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五百禁軍の姫  作者: 白楠 月玻
六章 消えた蓮と救世主
106/143

六章 [6]

 

  * * *


 泉蝶(せんちょう)は、足早に禁軍本部室を歩く。深く切り込みを入れた着物の裾が翻り、よく日に焼けた太ももをむき出しにするが、気にしない。

 今朝、謁見の間で起こった騒動は、現場を警護していた部下たちから泉蝶の耳に入っている。時間に厳しい飛露(とびつゆ)ならば、すでに毎朝行っている禁軍将軍同士の打ち合わせのために作戦本部室にいるだろう。


 泉蝶はやっとたどり着いた本部の扉に手を当て――。


「ちょっと! どういうことよ!!」


 扉を開けつつそう怒鳴った。


「何の話だ?」


 案の定、すでにひとり大机に広げられた地図に向かっていた飛露が顔を上げる。


「今朝、謁見の間で起こったことよ!」


 泉蝶は大股で飛露に歩み寄った。


「どうもこうもない。陛下が志閃(しせん)に謹慎処分を言い渡し、それを不服と思った志閃が陛下の目の前で暴れたと言うだけだ」


 怒り狂った泉蝶とは対照的に、飛露はいたって冷静だ。


「『だけ』じゃないでしょ! 『だけ』じゃ!」


 普段の泉蝶ならば、年長者である飛露にこんな口の利き方はしないものの、今は状況についていけないのか、ひどくいらだっている。


「そもそも、何で志閃が謹慎しなきゃいけないのよ! 周賢(しゅうけん)のことだって、志閃は悪くないでしょう!」


「たとえそうだとしても、陛下の判断ならば、それに従うまでだ」


「…………っ!」


 迷いのない飛露の返答に、泉蝶は絶句した。


「すでに聞いているかもしれないが、わたしは陛下の意向で陛下専属の護衛官になることになった。戦が終わるまで、禁軍の仕事は出来ぬだろう」


 飛露は変わらず話し続ける。


水蓮(すいれん)捜しはどうするのよ!」


「……それは、時間を見つけてやるつもりだ」


 返答に間があった。帝の頼みに夢中で、水蓮のことを忘れていたらしい。泉蝶が気を感じられる人間ならば、飛露の気が大きく揺らいだのがわかっただろう。


 彼の様子に、一気に泉蝶の怒りがしぼんで、不安が大きくなる。


「本当に大丈夫なの?」


 禁軍最強の術師志閃は謹慎、赤覇(せきは)王紀(おうき)は前線、飛露は禁軍を離れて帝の警護。おそらく水蓮を探す時間などないだろう。そして、ひとり禁軍拠点に残される泉蝶。不安しかない。


「前線から王紀と、仙術部隊の宗剛(そうごう)を呼び戻す許可をとった。代わりに護衛部隊から兵を前線にやる必要が出るかもしれぬが、禁軍は問題なく治まるだろう。わたしの弓部隊は義明(ぎめい)に託した。先代の角端軍将軍だ。体力の衰えがあるとはいえ、知力と人望はだれにも負けぬ」


 飛露自身で自分が抜けても大丈夫な状態になるよう、手を回してくれたらしい。


「…………」


 できる限りの最善手を打ってくれた飛露に、泉蝶は言いたかった文句を飲み込まざるを得なかった。


「水蓮のことにしても、なににしても、伝えるべき情報を得ればすぐに伝える。禁軍を離れるとはいえ、陛下のそば仕えだ。禁軍の面々とはよく顔を合わせるだろう。志閃のことにしても、繰り返し陛下に謹慎を早く解いていただけるよう働きかける。――ほかに何かすることはあるか?」


 志閃が謹慎処分になったのは飛露のせいではない。謁見の間で二人が戦ったのだって、部下からの報告によると、飛露のせいではなさそうだ。飛露が帝のそばで警護すること自体にも文句はない。そして、飛露はすでにできる限りのことをやってくれている。

 冷静になって考えれば、飛露に落ち度は全くなく、彼にあたるのは筋違いだ。


「……いえ。そこまでやってくれるのなら十分よ」


 飛露は何にしても帝優先で、何と比べても迷いなく帝をとる人間だ。その偏った価値観に不満を抱くときもあるが、そんな中でも飛露は自分のできる範囲で禁軍や仲間のために動いてくれている。

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