六章 [5]
周りが戸惑う中、志閃の行動は素早かった。
彼は両手に札をとると、それを四方に放ったのだ。目にもとまらぬ早業で。
札はすべて高速で周りの禁軍隊員たちに飛び、彼らの腕や武器に張り付いて彼らの攻撃手段を封じた。あるものは剣が鞘から抜けなくなり、あるものは札をとろうとした手が動かず固まってしまっている。
唯一飛露だけは、すばやく放った矢で志閃の札を射抜き、術にかかるのを回避した。
「部下を巻き込むのはなしにしよう。かわいそうだ」
志閃は札を放った時の両手を広げた状態のまま飛露を見据えている。
「貴様、本気で陛下に歯向かうつもりなのか?」
一方の飛露も弓に矢をつがえ、まっすぐ志閃を狙っている。しかし、うかつには動けないようだ。
一見無防備な体勢の志閃だが、彼の右手の指の間には札が一枚残っている。飛露が矢を放てば、志閃もその札で何かを仕掛けてくるだろう。
「歯向かうつもりはないけど、謹慎処分は不本意だし、気を封じられるのは困る」
「貴様はどうしてそう自分勝手なのだ!」
「俺に言わせれば、飛露のそういう思考停止して命令に従うだけのやり方、すごく気持ち悪くて嫌いだよ。でも――」
志閃はそう言って札を構えた手を下ろした。
「俺が何を言っても聞いてもらえそうにないし、休暇をもらったつもりでのんびりさせてもらおっかな」
短く息をついた志閃の気がいつものものに戻る。まだいらだちで乱れているが、彼の気特有の穏やかさやあたたかさが感じられた。
それを確認して、飛露も構えていた弓を下ろす。
「気を封じたら怒るから」
そこだけくぎを刺して志閃は踵を返した。
その背に「志閃」と声をかけたのは、帝だ。志閃は半身になって振り返った。
「わたしは、お前の能力を高くかっているつもりだ」
「……そりゃどーも。俺、本気を出せばこの国を傾けるくらいの力は持ってるつもりっすからね」
警告するように言って、志閃はひらひらと手を振りながら謁見の間を辞した。追うものはいない。
志閃を見送った飛露は、彼の姿が消えた直後帝に向かって膝をついた。
「陛下、志閃が無礼を申し上げました。申し訳ありませぬ……」
そう深々と頭を下げる。
「志閃の不祥事は、同じ禁軍将軍と言う立場であり、年長者であるわたしの責任でもあります。いくばくかでも、わたしも責任を負いますゆえ、彼の気を封じることにつきましては、ご勘弁いただければ――。また、彼は今の索冥軍、果ては禁軍にいなくてはならない存在です。一刻も早く復帰させてくださいますよう、温情をいただけないでしょうか?」
飛露はそう言って、頭を床にこすりつけんばかりに下げた状態のまま待った。帝が口を開いたのはその数秒後だ。
「……志閃の気を封じる命令は取り下げる。だが、志閃の部下が廣に情報を漏らしていたという不祥事があったのは事実。その責任は取らせる」
「……はい」
「話は変わるが、飛露、お前に一つ頼みたいことがある」
影の中で帝が身じろぎしたのがわかった。それを合図に、先ほどの文官が一歩進みでてきた。
「こちらは、正式な勅令書はないのですが、飛露将軍、戦が終わるまでの間、陛下直属の護衛官として常に陛下の近くで警護に当たっていただけないでしょうか」
禁軍は帝とその家族、住居を守る近衛軍だが、飛露にはそれよりもさらに帝に近い場所での仕事をしてほしいと言うことらしい。
「現在は戦で軍人の多くが前線へ派遣されています。深く信頼でき、戦いの腕も確かな飛露将軍には、常に陛下の身辺を警護していただきたいのです」
「非常に光栄なことでございます」
飛露はすぐさまそう深く頭を下げた。考えるまでもない。
「ありがたい」
陰で帝がうなずくのがわかった。
「ならば、飛露。お前も下がれ。禁軍の仕事の引継ぎなどがあろうから、明日また来てくれると助かる」
「はっ!」
篤い忠誠を誓う帝の言葉に、飛露は勢いよく返事した。




