五章 [22]
「じゃさ、妖舜が術で気の感度あげたら、悪い気の出所とかわかるんじゃない?」
「いや」と再び首を横に振る妖舜。
「確かに分かるかもしれないが、それをやると俺の身が危ない。あれこれ嗅ぎまわっているのが敵にばれたら、戦闘力皆無な俺はあっという間にお陀仏だ」
妖舜はけだるそうに自分の首をかき切るしぐさをしてみせた。
「それに、俺が調べなくても、そのうちお前や飛露将軍が気付くだろう」
「それが間に合えばいいけどね……」
「間に合う。そう言う運命だ」
妖舜は断言した。有能な占い師が言うのだから、そうなのだろう。
「そっか……。あと、俺に教えられることは――?」
「特にない。いや待て、あと一つ……。これが、吉と出るか凶と出るか、判断がつきにくい線だが――」
妖舜に仕草で耳を貸すように示され、志閃はいぶかしげにしながらも妖舜の方向へ体を傾けた。妖舜も有能な術師なのだから、部屋に盗み聞ぎなどをされないようにする結界を張っていそうなものだが……。
そんな疑問を抱く志閃の耳に、妖舜は小さく助言した。意外な言葉に、志閃の眉間に浅くしわが寄る。
「本当にいいの?」
必要なことをすべてささやき終って身を離した妖舜に、志閃は思わずそう尋ねた。
「吉と出るか凶と出るかはわからないが、と前置きしたはずだ。だが、俺はそうした方が良い気がした」
「じゃ、信じるわ。飛露にも俺から伝えとくね」
「ああ、頼む。俺は飛露将軍にかなり嫌われているからな」
妖舜は大きなため息をついた。
「あら? 気付いてたのね」
志閃は妖舜に対する飛露の辛辣な言葉を思い出してにやにや笑っている。
「あの人は少し思い込みが激しいが、裏表のないわかりやすい性格だからな。まぁ、禁軍内でも最強級の術師だ。そんなもんだろう。なんであの人仙術部隊じゃなくて弓部隊にいるんだろうな」
「男のことは興味ないから知らね」
「それもそうだな」
このような男性に対する冷めた態度はお互いよく似ている。
「むしろ、あんな堅物が上司じゃなくてよかったのかもな。変わり者が多い仙術部隊を治めるなら、志閃みたいな適当な人間の方が良い」
「意外と俺のこと評価してくれてるのね」
志閃の顔には隠しきれない喜びの笑みが浮かんでいる。
「そうじゃなかったら、今頃どこかの高貴で美しい女性のお抱え占い師になってよろしくやってるさ」
すまして答える妖舜は、ややふてぶてしさがあるものの冷静で顔も良く、女性受けする雰囲気だ。
「なにそれ、うらやましいんだけど」
一方の志閃は、陽気でにぎやか。似つつも対照的な二人だ。
「そうだろう。このあとも、たくさんの美姫に頼まれた占い結果をしたためて送らないといけない。だから、志閃はそろそろ帰れ」
妖舜は部屋の隅にある大きな書斎机を指さした。その片端には、女性から送られてきたらしき美しい意匠の便せんや封筒がうずたかく積まれており、逆の端には妖舜が書いたしき返事の手紙が丁寧に並べられている。
「やば……」
志閃はその手紙の量にほほを引きつらせている。妖舜がいたるところと多量の手紙のやり取りをしていることは知っていたが、実際にその量を見るとひいてしまう。
「それに志閃の明日は早いぞ。今日は早く帰って寝た方が良い」
「マジで? 俺、早起き苦手なんだけど……」
「ちゃんと日の出に起きれるように起床札を用意しておくんだな」
起床札は威嚇や合図として良く用いられる音のみを発する術式に遅延効果を持たせたものだ。指定した時間が経過すると音を発する仕組みになっている。老若男女、職業を問わず多くの術師に目覚ましとして愛用されている。
「はぁー」
志閃はうんざりしたように長くため息をついた。
「りょうかい……」
そして、悲しそうにそうつぶやいて席を立つ。
「また来い」
それにあわせて、妖舜も志閃を見送るために立ち上がった。
「未来はめまぐるしく変わる。俺が見える限りの最適解を教えてやろう」
「わぁ、すげー頼もしい」
疲れた口調で言ったものの、志閃のその言葉に嘘偽りはない。
「ただし、俺が美姫とよろしくしていない時に来い」
「…………。やっぱ俺、あんたのこと嫌いだわ」
そう言い残して、志閃は占い師の部屋をあとにした。




