シンデレラ?いいえ、別の何かです。
常識など……投げ捨てる物なのだ。だって自称コメディーだし。
むかしむかし、あるところにシンデレラと言う名前の少女が住んでいました。父は単身仕事に出かけているので、彼女は継母と、継母の連れ子である姉二人と暮らしていました。シンデレラは時間や規律に大変厳しく、コンマ1秒でも継母や姉二人が寝坊しようものならば
「バシーン!バシンバシン!」
「きゃああ!?な、何!?」
「随分遅い起床ですのねお姉さま。そのような愚姉をこうやって毎朝起こして差し上げる私の身にもなってくださいな。さっさと起きてくださらないと、次はその寝ぼけ眼にこの鞭を叩き込みますわよ?」
「は、はいい!ごめんなさいシンデレラ~!今起きますからどうかそれだけは勘弁してくださ~い!」
こんなふうに、シンデレラは愛用の鞭で地面を叩き、ものすごい音を出して強制的に叩き起こします。例え相手が継母でもお構いなしです。最初はシンデレラを虐めるかもしれないと父はこの継母や姉を心配していましたが、むしろ姉二人や継母がシンデレラに虐められていると言っても良い状態でした。シンデレラはどこかの軍隊の鬼教官にでもなったのでしょうか。
「全員そろいましたね。さあ、あなたたち3人の食事の時間ですわ。言っておきますけど、少しでも残そうものなら、後でお仕置きしますわよ?」
継母や姉を叩き起こしたらシンデレラを除いた3人の食事の時間です。朝食を作っているのはシンデレラです。彼女はいつの間にか家政婦としてこの家の実質的な支配者になってしまっていました。
「は、はい……それじゃ……食べるわ……」
半分震えながら継母が食事に手をつけます。シンデレラの手には鞭が常に握られており、少しでもヘマをすればその鞭が容赦なく飛んできます。このシンデレラの方が本家シンデレラの姉よりもよっぽど恐ろしいです。
「あら、どうしましたのお姉さま?まだ半分は残っていますわよ?」
「え……そ、そうはいっても……朝からこんなに食べるのは……」
シンデレラが作ってくれているこの料理自体は継母や姉も美味しいと思っているのですが、いかんせん量が多いのです。今朝の食事を例に出すと、人参、ポテト、玉ねぎ、肉のスープとトマト、レタス、パセリのサラダと食パン一切れとステーキ一切れとミルクです。どう考えても朝食べるとは思えない量です。
「あら……お姉さま……まさかとは思いますけれど……」
シンデレラの雰囲気が変わりました。そうです。彼女は朝からこれだけ大量の料理を完食しろと継母や姉に言ってきているのです。どう考えても普通だと無理です。
「せっかく私が毎日パーティに行くばっかりでロクに働きもしない穀潰しのあなたたちのためだけに作って差し上げたその料理、食べきれないとか言うつもりじゃないでしょうね……?」
どう考えても脅迫です。もしここで姉が「はい」とか答えようものなら、制裁としてその場で鞭が姉目がけて振り下ろされるでしょう。このシンデレラ、姉や継母が家では自分に何もかも押し付けてだらけきっているのを数回見て以降、何を考えたのか鬼のように厳しくなり、もし反発されれば家事を放棄するようにもなったのです。これだけだったら反発するシンデレラを叩き出せば済むかもしれませんが、継母も姉二人も家事すらロクに出来ないため、シンデレラが居ないと生活に支障が出てしまいます。
「た、食べるわ!食べます!だから、その鞭を降ろしていただけないでしょうか!」
姉は慌てて弁明し、必死で食事を喉に詰め込みます。一度シンデレラにお仕置きされたことがありますが、その時のあまりに恐ろしい記憶が未だに残ってしまい、彼女のトラウマになってしまったのです。「シンデレラに逆らってはいけない」これがこの家での暗黙の了解でした。
「ええ。大人しく食べればいいんですわよお姉さま。さあ、食べ終わったらとっとと着替えていつものようにダンスパーティにでも行ってらっしゃいな。私はこれから夕食の準備を行わなければなりませんの。あなたたち3人は邪魔者でしかありませんから、夕方まで帰ってこなくて結構ですわよ?早くお相手を見つけてさっさと結婚できるとよろしいですわね」
食事を終えた3人にシンデレラの暴言が飛びます。シンデレラは家事は何でもこなせ、おまけに容姿端麗と一見最高の少女ですが、いかんせんこの性格なのでダンスパーティなどには出せません。仮にダンスパーティに出せばダンスの相手が少しでもミスをすれば機関銃のように暴言を吐くかもしれませんし、結婚したとしても夫にも構わずこのような暴言を吐きまくることでしょう。
「え、ええ。それじゃ行ってくるわねシンデレラ」
継母はそう言って娘二人と共にさっさと着替えて出て行きました。シンデレラはここから家事を始めます。家じゅう徹底的に掃除し、かまどの灰も完璧に取り除き、食材も新鮮な物を買い付けます。これで性格がアレでなければ嫁にしたがる人ばかりでしょうが、性格がこれでは誰もシンデレラを貰おうとはしないでしょう。よっぽどのドMでもなければ彼女の事は拾いません。
「ふう。無事に家の外の掃除も終わったわね。さて、食材が届き次第夕食の準備でも……」
「ちょっとそこのお嬢さん」
シンデレラが夕食の準備以外すべてを終わらせたタイミングを見計らって、一人の老婆がシンデレラに話しかけてきました。
「何かしら?」
「シンデレラ……じゃったっけな。お前さん、舞踏会に出てみないかね?」
老婆はシンデレラに舞踏会に出ないかと声をかけてみます。シンデレラの返事は
「着飾っただけの穀潰しが踊る舞踏会など別に私は興味ありません。なので結構です」
超絶な暴言による拒否一択でした。
「ま、まあそう言わずに!せめてこの一度だけでもいいんじゃ!」
「肥え太った穀潰しに目をつけられるのは好きじゃないので失礼します」
老婆が何とか説得しますが、まるで耳を貸しません。そもそもシンデレラ、舞踏会自体に興味も関心も無かったのです。
「お、王子は一応顔もイケているぞ?」
「所詮上っ面だけでしょう?興味ありません」
(うぬぬ……どうすればこのシンデレラを舞踏会に連れて行けるのじゃ……)
老婆はシンデレラが王子の名を出しても関心を持たないことに内心絶句しつつも、何とかシンデレラを舞踏会に出そうと考えます。
(む~……じゃが、王子はああ見えて馬鹿じゃからな……喝を入れてもらうのに適任だと聞いたんじゃが)
老婆はシンデレラに王子に喝を入れてもらいたいようでしたが、肝心のシンデレラは舞踏会としか聞いていないので興味も関心もありません。
「はあ……うちの馬鹿王子に喝を入れてほしかったのじゃが……」
「……なるほど。どうやらお姉さまたち以上の怠け者が居るようですね?」
老婆が口にした「馬鹿王子」「喝」という単語を聞いたシンデレラは興味を持ってくれたようです。まあ、彼女に興味をもたれると言う事はそのままその人の地獄を意味することになりますが。
「え、ええ!そうなんですよ!あの馬鹿王子ときたら、毎日ロクでもない事ばかりしおって……この間もいかがわしい絵画を注文して書かせておったし、どんどん堕落していくのがわしには辛くて……」
どうやら、老婆の関係者の王子は相当な色ボケをしているようです。わざわざその手の絵画を描かせているぐらいなのですから、相当なお馬鹿さんなのでしょう。
「なるほど……それはお仕置きしなければなりませんね……」
シンデレラは老婆から話を聞き、その王子をお仕置きしなければいけないという考えに達しました。実際にそのような絵画を描かせていると言う時点で相当お馬鹿なので、少しお仕置きしないといけないでしょう。
「分かりました。その王子の元に案内して貰えるかしら?……お姉さまたちの夕飯は……まあ、勝手に作っておいてもらいましょうか」
シンデレラは王子にお仕置きをするために舞踏会に行くことにしました。何か明らかに目的がおかしいですが、気にしてはいけません。シンデレラはこういう人なのですから。
老婆によって馬車に乗せられ、着替えを済ませたシンデレラが老婆によって王子の元に連れてこられました。そして幸か不幸かその会場には……
「げ!?何でシンデレラが……」
「た、他人のふりをするのよ!私たちは気にしてはいけないわ!」
「見なかったことにしましょう!あの子はこんな所には絶対に来ないわ!」
シンデレラと一緒に暮らしている継母や姉も来ていました。しかし、三人はシンデレラとは何の関わりも無い他人として過ごすことを決め、スルーすることにしました。
「おお!なんと美しい!君、私と結婚してくれたまえ!」
何といきなり王子(馬鹿)からの求婚が。シンデレラはさすがに呆れます。
「王子、いきなりそのような事を言われても困りますわ。少なくとも、私はあなたの事を知りませんのよ」
正論です。シンデレラは王子の事など知りません。
「何を言うんだ、私はこんなに君の事を愛している!」
「そのセリフ、自分の顔を見てから言っていただけませんか?少なくとも、穀潰しに告白されても何とも思いませんし、今会ったばかりの私にそのような事を言う時点であなたは常日頃からそう言う物言いをしていると理解しました」
シンデレラの暴言に、会場の空気が凍りつきます。王子は口を開けて茫然としています。
「な、何でその事を知ってるんだ?ま、まあいい。とにかく、私は君に恋をした、だから求婚した。いいかい?」
「そのような恋でしたら、結婚した翌日に私は財産をすべて持ち出して逃げ出すつもりですけど、よろしいですか?」
またもやシンデレラの発言で会場の空気が凍りつきます。暴言を吐きまくるシンデレラには、継母たち以外も凍りつくしかありません。
「な、なんてことを言うんだ……ま、まあそんなことはいいや、さっさと踊ろう!」
「いいでしょう。あなたが失敗したら、お仕置きをさせてもらいましょう。良いですね、お婆さん」
「ええ。どうぞお願いします。灸を据えてやってください」
「な、何を言うんだおばあ様!まあいい、失敗しなければいいだけだ」
そして、王子とシンデレラは踊りはじめます。普通に踊りだしたので周囲の人達もとりあえず踊ることにしました。
「……どうだい?絶対に失敗なんかしないさ。君とおばあ様が何を考えてるのかは知らないけど、僕の邪魔はさせないよ」
「確かに、普通にやるとだめでしょうね。ですけど」
シンデレラが王子の足を自分の足で蹴って転ばそうとします。無理やり失敗させることもいとわないと言う驚異的な考えです。
「うわあ!?あ、危ないじゃないか!いきなり足払いをしかけるなんて何を考えているんだ君は!?」
王子は間一髪飛び上がってシンデレラの足払いを回避することに成功します。
「王子を失敗させるためには手段は問いませんので。これは武闘会ですし」
「字が違うよ!?そっちで書くと明らかに意味がおかしいからねシンデレラ!?」
その後もシンデレラは王子を突き飛ばしたり、わざと力を抜いて王子の失敗を誘います。王子は無様にこける一歩手前で持ちこたえていましたが、不意打ちの連発で今にも転んでしまいそうでした。
「ここまで粘りますか……」
「はあ……はあ……僕だって王子だ。何年も踊り続けていた身として、簡単にしくじるわけにはいかないんだよ!」
「踊ることに命をかけてロクでもないことに精を出しているんですよね。分かります」
「何でそうなるんだい!?」
「古今東西、舞踏会を開く王子にはロクな物は居ませんからね。王子も実際、いかがわしい絵画を描かせるわ、会ったその場で私に求婚するわとろくでもない人間なのは明らかですしね」
「ああ!それはもう否定のしようが無いよね!こんな悪魔だと知らずに会ったその場で求婚した私が悪いとも!」
「ええ。ですので、さっさと転んでお仕置きされてください」
「だが断らせてもらうよ!私にも王子としてのプライドが」
ドスッ
その先は言う事が出来ませんでした。シンデレラが王子の急所に地獄突きを当てたからです。
「なああああ……っ」
バタッ
「ふう。転んだことで、お仕置きの許可が出ますね」
「おおおおぉ……ちょっ!ちょっと待てシンデレラ!明らかにこれは理不尽だ!反則じゃないか……!」
まさか地獄突きを当てられるとは思わなかった王子。悶えることになりますが、シンデレラは容赦ありません。
「私は、目的のためには手段など選ばないので。ついでに、あなたのだらしない(発言規制)も制裁しますね。それが盛っているせいでいかがわしい絵画を調達するんでしょうし」
そして、シンデレラと老婆があらかじめ打ち合わせていた通りに王子を連行します。その後、さっそく連れて行かれた先から鞭が打ち鳴らされる音が聞こえてきます。
「ぎゃああああ!洒落にならないよそれは!」
「知らないですよ。ほら、そんなに興奮していると、お仕置きの一環として鞭を叩きつけますよ?」
「バシン!」
「plkmnjhbvgytfcxdrszwq!!」
愚かな行為をしていたがためにシンデレラの餌食となった哀れな王子の絶叫がこだましました。その後、一晩中鞭を撃たれ続け、ついにドMとして覚醒してしまった王子がシンデレラと結婚しますが、その後毎日この日のような状態になったのは想像に難くありません。
執筆中のタイトルはバイオレンス・シンデレラ。……こんな恐ろしいシンデレラ、ドMでもなければ引き取れません。
え?結婚までのお話じゃなかったかって?何の事ですか?