表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スケアクロウ  作者: カーズ
4/5

第3話 上からツキコ

「祐介くん、おはよー!」

「ああ、おはよう」

 あれから俺と月子は、坂道の前で待ち合わせて毎朝一緒に登校するという約束をした。今朝はその初日って訳だ。すまんが中島は排除させてもらった。というより、中島は月子にビビりまくって近寄らないんだよな。まあ、あんな扱いを受けたんだから仕方ないか。

「ん? どうかしたの?」

「いや、何でもないよ」

 かわええ。

 やっぱり月子、とんでもなく可愛いのである。こうして間近で見ると、顔の各パーツが奇跡のようなバランスで成り立っているんだな、と実感する。俺が普段見ている人間の顔――中島の下痢便ゴブリン顏やキカタンAV女優のアヘ顔とは比べ物にならない黄金律だ。

「手……つないでも、いい?」

 かわええ。

 俺は何も言わず、行動で答える。自分の抜きダコが出来たゲスな右手と月子の白く細い指を絡め合わせた。それだけで何かこう、月子を陵辱しているような気分になってきた。朝っぱらから絶好調だな、俺。

「……うれしい。ずっと、こうしたかったから」

 かわええ。

 俯きがちに、月子。姫カットからちらりと覗いた耳まで真っ赤だ。

 そう、この姫カットがまたいいんだよな。月子の雪のような肌と相性抜群なんだよな。……まあ、ガングロで姫カットの奴って見たことないけどさ。

 

 なんて余裕かましてるように見えるかもしれないが、俺だって内心いっぱいいっぱいなんだよ。初めて女と付き合って、初めてしっかり手を繋いで、初めて一緒に登校して……アカン、なんかこう、ムクムクとマイサンがバリサンでライジングサンしてしまいそうだ。マジで朝っぱらから絶好調だな、俺。

「昨日は本っ当に緊張したんだよ。前の晩から眠れないくらい。……今も、ドキドキしてる」

 アカン、イッてまう。言葉だけで昇天しそうだ。今まであらゆる方法を試し、可能性を模索し続け鍛錬を積んできたこのマイサンが、まさか言葉だけでとは……ッ! この月子、侮れんッ!

 

 しかしまあ、あれだな。カノジョが出来るってのもなかなか悪くないもんだな。しかも相手は超絶美少女の月子さんときたもんだ。更に言うなら向こうから告ってきたんだからな。クラスメイトには桜景学園史上最大の珍事とまで言われたさ。入学して一ヶ月半ほどでそんな大事件を起こしてしまう俺って……持ってるなぁ。

 いつもなら中島のゲロ顔を嫌でも拝みながら登るしかないこの坂道も、今朝はなんて清々しさに満ち溢れているんだろう。ああ、いつまでも登り続けていたい。昇天し続けていたい。そうだ、ガッコーなんかぶっ壊しちまえばいいさ。それで、この坂道はこのまま天国へと続いていけばいいんだ。

「祐介くん?」

「ファッ!?」

「どうしたの? 何か考え事でもしてた?」

「……いや、月子があまりに可愛いから、さ」

「はうっ!」

 ――決まったぜ。

 月子はまた顔面ハバネロ化し、繋いだ手を前後にブンブン。足はその場でバタバタと踏み鳴らし、余った右手は髪を掻いたり直したりとせわしない。つまりはクリティカルヒットって訳だ。初めてにしてはなかなかやるよな、俺。

「ゆ、ゆ、祐介くんも、その……かっこいいよ。すごく」

 それにね、と月子は続ける。

「今の私、自分でも可愛いって自覚あるの。……だってわた、わ、私は祐介くんのか、彼女……だから」

 アカン、ちょっと出た。

 これが女と付き合うってヤツか。

 これが美波月子と付き合うってヤツか。

 そしてこれがリア充ってやつか!

 

 リア充――俺の人生には全くもって無関係な言葉だと思っていた。中学辺りから色気付いていくクラスメイト達。早い奴は小学生からってのも結構いたな。そんな連中を尻目に、俺はいつも中島と一緒にそいつらに呪詛を吐き続けていた。

 

 ――もげろ。

 ――潰れろ。

 ――腐り落ちてしまえ。

 

 当然そんなものはザラキみたいな効果など全くなく、逆に奴らのイチャつきぶりを見せつけられ、イオグランデクラスの爆死を続ける毎日だった。

 ……ところでさ、イオグランデって何か分譲マンションの名前っぽくね?

『榊さん、おたく、どこ住んではりますのん?』

『ああウチあそこですわ、二丁目の煙草屋の近くのイオグランデ平野ですわ』

 的な。

 ……閑話休題。それがどうだ諸君! 今、私の隣でメロメロになっているこの超絶美少女を見よ! 美波月子を見よ!

 諸君、私は今ここに宣言しよう。この榊祐介はリア充であると! もう一度言うぞ諸君。

 

 この榊祐介はリ・ア・充・である!

 

 ウェーッハハハハハ! もうIKUMI以外のAVは処分確定だな。中島にでもくれてやるか。……あ、あいつはニューハーフ専門だったか。

「あの、祐介くん?」

「ファッ!?」

 おっといけねえ、取り乱すな祐介。月子の前ではクールなナイスガイを演じろ。

「あ、ああ。月子は間違いなく可愛いよ。この俺の彼女なんだから、な」

「そうだよね! 私達、地獄の底まで愛 LOVE YOUだもんね!」

 

 ……へ?

 

 地獄の底までってか。なんとまあ、これは大きくでたな。月子ほどの女にそこまで言われるってのは男冥利に尽きるってもんだが、何かどうもひっかかるっていうか……。例えば今の台詞を楓子や留美っぺが言ったとしたら、それは軽い冗談で済まされるだろう。しかしそれが月子の場合、言葉の重みが格段に違うというか……。何かこう、胃のあたりにずっしりくるというか……。

「そう……だな。地獄の底まで……な」

 月子はくしゃっと破顔した。こんな笑顔を見せられたんだ、今までのイカ臭人生とはえらい違いだ。たとえ少々胃にもたれる重い愛情だったとしても、つまりはそれほど深く愛されてるってことだよな。だったらいいよもう。地獄の底まで付き合ってやろうじゃねえか。……たぶん。

 

 そうこう言ってるうちに、坂道なんて軽くクリアしてしまった。なるほど、俺は今、相対性理論ってやつを身をもって体感した訳だな。中島と歩く十数分はクソみたいな十数分だが、月子と歩く十数分は一秒ほどに感じた。……うむ、また一つ賢くなったね、祐介くん。

 他の生徒の好奇に満ちた視線を全身に浴びながら、しかし俺は堂々と歩を進める。どうだ、貴様ら愚民どもが手の届かなかった美波月子は今、我が手中にある。愚民ども、この榊祐介を世紀末覇者と崇めよ! ……二十一世紀はまだ始まったばかりだがな。

 B組の教室に到着。一抹の寂しさはあるがまあ、仕方ない。月子とはここでいったんお別れだ。

「じゃ、また後でな」

「うん、それじゃ」

 月子は少し名残惜しそうに手を離し、その手を小さく振ってからC組に向かって行った。

 ……なんだ、変な女だなと思っていたけど、いざ付き合ってみるとそんな素振りは全く見せない超絶美少女じゃないか。これなら上手くやっていけるってか、こちらからスパイラルジャンピング土下座して「これからもこの不肖・榊祐介を何卒よろしくオナシャス!」って言いたいくらいだ。ガッコーに拡散してる噂も尾ひれが付きまくってたんだろう。昨日見た異様な月子もたまたま機嫌が悪かったとか、それこそぶっちゃけ『あの日』だったとかそんなんだろうよ。

 

 さて着席、と。

 よう中島オブ・ヴェスペリア。調子はどうだね?

「……何かお前、たった一日で変わっちまったな」

「変わっちまったって、何がだい?」

「そのクソ忌々しいリア充オーラのことだよ! ……どうしちまったんだよ祐介よぅ、俺達はついこないだまでAV談議に花を咲かせる仲だったじゃねえかよぅ……」

「おいおい中島、ちょいと待ってくれよ。確かにお前の言うとおり、俺達はハナタレ小僧の頃からAVについて語り明かしてきた。だが、俺は一度たりともニューハーフモノは――って、おい」

 このクソカス野郎、俺の話なんざ聞いちゃいねえ。そのアホ面、ゲロ視線は俺の隣にちょこんと座る月子に釘付けだ。

 

 ……え?

 

 月子さん、貴女……え?

 

「えへ、今日から私、B組になります」

「ファッ!?」

 いやいやちょっと待て。ちょっとアタマを整理させてくれ。さっき月子とは教室の前で別れたはずだ。それがどうしてこうなった? 中島と話してるちょっとした隙に、気配すら感じさせず、律儀にC組から自分の机一式持ってきた月子さん。あなた伊賀なの甲賀なの?

「私達、これからずっと一緒だもんね」

「いや、あの……」

 かわええ。

 なんて言ってる場合じゃなかった。どうすんだこれ。何なんだこいつの思考回路は。これが『地獄の底まで愛 LOVE YOU』のレベル1ってか。

「ちょっと待った月子。たしかに昨日、俺達はずっと一緒にいようって約束した。けど……けどさぁ、もうすぐ授業始まるしクラス違うんだしさぁ」

「ん? だから、私今からB組にクラス替えするの」

「……正式な手続き、とかは?」

「いらないよ、そんなの。私達が一緒にいればそれだけで地球が回るんだもん。宇宙が廻るんだもん。だから、いいの」

 超理論来たよこれ。学界のお偉いさん方、聞きましたか今の。どうやら今の地球があるのは俺と月子のおかげらしいですよ。俺ってば一日にして超英雄。……なんてこと言ってる場合じゃないんだよ。このトンデモ娘をどうにかしないと。

 

 クラス中が静まり返っている。何か異様なモノ、日常の中に無理矢理割り込んできた非日常を目撃した――そんな空気が漂っている。俺達二人以外、誰も口を挿めない。普段は快活な留美っぺですら、黙り込んでいる。

 だから、尚更月子の声がよく通る。真っ直ぐなトーンで。だからこそ、歪なトーンで。

 ――と、教室後方の戸がガラリと勢いよく開かれた。その瞬間、クラス中が寸分の狂いもなく一斉にビクリと反応した。心臓が飛び出そうってのはこういう時に使う言葉だったんだな。

 そこに立っていたのは――

「月子! あんたこんなとこでいったい何やってんのよ!」

 ――赤茶頭のプロレスバカ、楓子だった。

「さあほら! C組に戻るよ!」

「い~や~だ~っ! 私は祐介くんとここにいるの~っ!」

 まるでガキンチョが駄々をこねているみたいに手足をバタつかせ、月子。

「ったく、しょうがないわね!」

 楓子が駆ける。その眼光は狩猟者のそれと全く同じ。月子は身の危険を察知したのか、

「――っ! 祐介くん、助けて!」

 まあとりあえず俺も、

「つきこー」

 と棒読みでリアクションしておいた。

 そうしている間にもう楓子は月子の背後に張り付いていた。右腕が月子の首にするりと絡まる。――瞬間、『こひゅっ』と普段聞いたことのないヒトの声がしたかと思うと、もう月子の全身から力は失せ、だらりと失神していた。所謂、チョークスリーパーで落とされた、というやつだ。

「ほんじゃB組の皆さん、失礼しやした~」

 月子をおぶって、楓子。去り際に俺に不器用なウインクを一つ。ううむ、フクザツだ。

 

 二人がいなくなると、途端にクラスが安堵の声に包まれた。と同時に、俺に集中する視線。ヒソヒソ話も聞こえる。そんな声を代表してか、留美っぺ。

「あのさ、榊……大丈夫、なの?」

 色んな意味が含まれてんだろうなあ、その言葉に。俺はとりあえず、

「う~ん、わがんね」

 そう答えるしか、出来なかった。

 

 

  × × ×

 

 

 一時間目が終わって、俺は今猛ダッシュ中である。理由はしごく単純だ。催したのである。しかも大だ。これぞまさに、ダイの大冒ゲフンゲフン。

 そんなアホを言ってる場合ではなかった。今朝は色々胃腸にズシリとくる出来事ばかりだったから、結構なエグさのモノが押し寄せて来ているのだ。

 途中、月子とすれ違ったような気がしたが、すまない。今はお前さんに構っている暇はないんだ。また後でな。

 

 無事、トイレに到着。普段なら留美っぺのパイオツでもオカズにして――なんて考えるとこだが、今回はそんな余裕はない。もう既に出口付近までキているのよね。

 ベルトを外し、ズボンを下ろし、さてパンツも――と思ったところで、俺は妙な気配……いや、視線を感じた。

 何故だ。この完全密室の個室トイレで何故こんな気配がする? 四方は壁に囲まれ、中には当然俺しかいない。そんな状況で何故――と考え、出した結論は。

 上、だ。

 誰かが面白がって俺のダイの大冒ゲフンゲフンを見ようとしてやがる。そんなまさしくクソな悪趣味野郎といえばもう、答えは出ているも同然だ。俺は中腰のまま顔を上げ、一喝した。

「ゴラァ中島! てめぇブチ殺す……ぞ……」

 

 あれれ? おかしいぞ? 中島にしては髪の毛超キューティクルで前髪ぱっつんの姫カットだし、目はくりっとフランス人形みたいだし、月子みたいだし――って!

「つ、つつつ月子!」

「えへ、来ちゃった」

「ファッ!?」

 月子は隣の個室の壁上部から顔半分を覗かせ、こちらをじっと見ている。

「来ちゃったって、お前……」

「私、見なきゃいけないの。観察しなきゃいけないの。祐介くんの全部を」

 俺のブツは夏休みの課題か!

「いや、だからって何もこんなとこまで……」

「だってわた、私は祐介くんの彼女……だから。キャッ恥ずかしい」

 そこか? そんなとこが恥ずかしいのか? もう何なんだこの女。理解出来る出来ねえの問題じゃねえ。はなから常識の範疇に生きてねえよこいつ。

「で、祐介くん、まだ?」

 出るかっちゅーの! ……いや、正直言うと本気でヤバイ。俺は今、何とか出口付近にバリケードを築いている最中だ。しかしそれは発砲スチロールよりも軽く、脆いものだと自分だから分かる。

「つ、月子、頼むから出てってくれないか?」

「だ~め」

 なんと無邪気で無慈悲なコトバだろう。そうしている間にもじわりじわりと悪魔の大群が押し寄せてくる。俺のヘルズゲートはもう臨界点に達しようとしていた。

 そうだ、この中腰が余計に悪いんじゃないか? そう思い、俺はパンツのまま、便座に腰を下ろした。

「ぶべらっちょ!」

 思いっきり逆効果やんか。『便座に座った』ってことで、脳がGOサイン出してもうてるやんか。そういうのってあるよね。トイレに入る前はそうでもなかったけど、入った途端いきなりくるっていう。今そんな状態。

「つ、つきっ……たのっ、たのっむ」

「出ちゃう? んねぇ、出ちゃうんでしょ? んねぇ、もう出ちゃった? んねぇ」

 お前それ某ゴールドフィンガー男優のモノマネだろ! なんで知ってんだどこから仕入れてきたんだ!

「つ……き……」

 頭がボーッとしてきた。今までの十六年間が走馬灯のように蘇ってくる。……思えば、何もいいことのないクソみたいな人生だったなぁ。場所が場所だけに。

 でもまぁ、最期はこうして月子に看取られながら逝けるんだ。なかなかどうして、悪くはないもんさ。これが地獄の底まで愛 LOVE YOUってやつか。なぁ、月子。グッバイツッキ。フォーエバーツッキ。

 

 ……な訳ねえだろう!

 何が地獄の底まで愛 LOVE YOUだ! 俺は今、便座の上から排 SETSU CHUなんだよ!

 おい中島いねえのか! 助けろ! カムヒア!

「…………」

 ですよねー。

 ホントに役立たずのゲロカス野郎だぜまったく!

 ツレション野郎どもの悲鳴が聞こえる。そりゃそうだよな、ションベンしようとしてたら、個室から女の頭がニョキッと出て、隣の個室を見下ろしてんだもんな。軽くホラーだよな。

 そんな悲鳴を吹っ飛ばす、あのお方の声。

「こら~っ! 月子~!」

 サンキューフッコ。フォーエバーフッコ。

「もうアンタって子は~っ! いい加減にしなさいよ! そういうプレイはお家でしなさい!」

「やめて、離して! 私は祐介くんの全てを見なきゃこひゅっ」

 ……また、伝家の宝刀が抜かれたようだな。

「祐介! オッケーだよ!」

 その声と共に、俺の全神経が一つの行動に向けて研ぎ澄まされる。

「カラダもってくれよ! 界王拳四倍!!」

 

 俺は、確かに、天国を、見た。

 

 

  × × ×

 

 

 夕暮れ、帰り道。な~んかぎこちない二人。ちょっぴり拗ねてる月子。あまり会話もないまま、俺の家の前まで来てしまった。

「……あのさ、ほんっと今日みたいなのは勘弁な。マジで! ガチで! シュートで!」

「……ぇええ~」

 もの凄く残念そうだ。そんなキミを見た僕はもっと残念だよ月子。

「とにかく! トイレにまで付いてくんのは禁止! 分かった?」

「……えぇえ~?」

 本当に、残念だよ月子。

 

「分かった?」

「……はぁい」

 

 消沈した月子の瞳が次の瞬間、再び光を灯した。

「じゃあじゃあ祐介くん! お風呂は? お風呂だったらいい?」

 

 こいつは次から次とまったく……。

 

「まあ……いつかな。風呂ならいいよ」

「ほんと!? やったあ! ねえ、いつかっていつ!?」

「でもさあ」

 ちょっとは反撃したっていいだろう。俺は少し溜めて、キョトンとする月子に続けた。

「月子も一緒に入るんだったら、裸にならないとな?」

 この程度じゃ、こいつは怯まないだろうと思った。だから軽い気持ちで言ったんだ。

 

 でもさ、

 

「えっ、あの……えっ、えっ、私……もはだ、裸……」

 超困ってるんですけど。ほっぺた真っ赤なんですけど。人の排泄を観察しようとしたこの女がですよ奥さん。一緒に風呂に入る――なんていう、付き合ってればいつかはあり得るシチュエーションにクラクラしちゃってるんですけど。

「でっ、でででも私、色んな所の処理とかその……えっ、ええ~っ!?」

 自分の言葉で更に赤面してる。月子はその艶やかな髪を掻き毟ったり整えたりと、せわしない。今朝も見たな、この光景。

 何を言ってんだよ。そんなもん、俺が色んな所を処理してやろうじゃないの。そりゃもう色んな所をつるんつるんに処理しすぎてやろうじゃないのよ。

 

 よし、ここでトドメだ。

 

「なんだよ、俺達は地獄の底まで愛 LOVE YOUだろ?」

 

 ――決まった。

 俺には聞こえたぜ? 月子のハートをズッキューンと貫く音が。

 

「ほえ……ほえ……」

 

 その証拠に、月子はもうメロメロのクラクラだ。端から見たらアル中かヤク中間違いなしだ。怪しいぞ、月子。

 

 でも、さ。

 

「うっ、うううん! 私、しっかり処理しておくから! 地獄の底まで!」

 

 可愛いんだよ、な。

 しかし処理は俺に任せろ。

「どうする? なんだったら今から――」

「わ、私帰るね! 綺麗に処理しとかないといけないし!」

 俺は処理してない方がイケるんだけど。

 まあいいか、今日は色々あって疲れたしな。

「分かった。じゃな」

「うん。さよなら、祐介くん」

 言って、月子は踵を返した。

 が、また俺に向き直り――

 

「祐介くん」

 

 顔が、近い。

 いや、近いなんてもんじゃない。このままだと、唇が触れ――――た。

 

「大好き」

 

 月子の唇が俺から離れた瞬間、植物のような香りが鼻を優しくくすぐった。

 それは、月子の髪の香りだった。それは、黒木とはまた違った香り。月子の、香り。

 

「えへ、さよなら」

 

 俺は、月子の後ろ姿を、その揺れる黒髪を見つめるしか出来ないでいた。

 やばい。ズッキューンなのは俺の方じゃないか。

 

 何だ、何なんだよこのモヤモヤした気持ち。ひょっとして俺も月子に惚れてんのか? ――いや、そりゃあ好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだが、ぶっちゃけ色々と面倒くさそうな女だしなあ。

 でも、チューしちゃったよ俺。はじめてのチュウだよ俺。家ではオカンが絶賛クッキング中だが、そんなもん投げっぱなしドラゴンスープレックスで瞬殺して、月子を無理矢理にでも連れ込めばよかったか?

 あ~モヤモヤする。

 こんな時はアレだ。シャワー浴びてついでに自家発電するのみだ! それでこそ男ってもんよ。

 

 

 いやぁ~スッキリした。そりゃもうスッキリしまくったさ。発火するんじゃねーかってくらいに超摩擦!

 ベッドに腰掛け頭を拭いていると、ドア越しにオカンの声が聞こえた。

「祐介~、ご飯出来たわよ~。今日は奮発してステーキよ。お父さん遅くなるみたいだから、先に食べちゃいましょ」

 哀しいぜ、オトン。

 しかしステーキとはな。またまた精がついちまって俺のサテライトキャノンが火を噴くぜ?

 しかしまあ、チューかあ。意外とあっさりしたようで、それでいてこう、まだ感触が残ってるような気がする。

 

 美波月子。

 何だろう、あの女。深みにハマっちまったらえらい目にあいそうだ。

 でも俺、もうそれなりのとこまでいっちゃってんのかな? たった一日で。

 そう考えると、何だかケツが痒くなるようなこっぱずかしさと同時に、確かに俺は言いようのない薄ら寒さを感じた。

 

 確かに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ