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スケアクロウ  作者: カーズ
2/5

第1話 祐介

 よく目が合う女がいた。

 はっきりとそう認識できる頻度で女は俺を見ていた。登下校、休み時間――視界の隅にはいつもその女がいた。

 美波月子みなみつきこ。俺の通うガッコーではちょっとした、いやかなりの有名人だった。まず第一にルックスがいい。素晴らしい。黒髪の姫カットにくりっとした瞳。すうと伸びた鼻筋に薄い唇。そして真白な肌――うむ、やはり素晴らしいの一言である。

 入学してすぐに美波の噂が広がった。そりゃあそうだ。そんだけの美少女を野郎共が放っておくはずがない。俺と美波は同学の高一、入学してまだ一ヶ月半ほどしか経っていないが、彼女に猛アタックをしかけて撃沈した奴らは星の数ほどいた。さすがにそんなことが続いたので、最近になって美波フィーバーは沈静化してきた。まあ、それには他に二つの理由があるからなのだが。

 

 理由その一、同じ一年生に、これまたすんばらしい美少女がいること。名を黒木小明くろきあかりという。流れるような艶やかな黒髪に涼しげな瞳、いつも少し困ったような八の字眉毛とけしからんダイナマイトバディ――オトコの加虐心をくすぐる薄幸感溢れる良家の令嬢である。……うむ、すんばらしい。

 

 理由その二、これが不思議なのだが、美波に数多寄って行った野郎共のフラれ方に問題があったのだ。

 曰く、『まったく相手にしてもらえなかった』だとか『目ェすら見てもらえなかった』だと。……そうかなぁ、俺とはよく目が合うけどなぁ、とドヤ顔。とにかくそんな風にこの一ヶ月半の間で野郎共の大量爆死があったものだから、今では美波派、黒木派に分けるとしたら、圧倒的に黒木派の方が多いくらいだ。確かに黒木はすんばらしい。……でも、そうかなぁ、と再びドヤ顔。

 

「いや、俺は美波にこっぴどくフラれてる奴を何人も見てきたぜ。よく目が合う? 祐介、そりゃあ二百パーセントお前の勘違いだよ」

 悪友の中島が吐くように言った。本当にゲロ吐くような不細工な顔で。いや、それは元からか。

「俺は黒木派だな。だって黒木は超絶美人だし、おしとやかだし、何よりあのカラダだし……デュフッ」

 ゲロ以下の臭いがプンプンするぜってのはこいつの為にある台詞だったんだな、と実感。

 

「よし中島、いきなりだが今からお前のあだ名を決めることにする。それでいいな?」

「は? ……まぁ、いいけど」

 何でかって、長いのだ、とにかく。我が桜景学園おうけいがくえんへの道程が。正確に言えば、今もひたすら登っている学園へと続くこの坂道が。だから中島でも使って遊んでないとやってられないのだ。上級生には本当に尊敬の念しかないよ。こんなのを二、三年続けてるってんだから。

「よし、じゃあまずは候補その一。中島ぱみゅぱみゅ」

「……ブチ殺すぞ」

 クソみたいな、いやクソそのものな外見と『ぱみゅぱみゅ』とのアンバランスさがギャップ萌えに繋がると思ったんだがなあ。

「じゃあ候補その二。中島ブコビッチ」

「あのさぁ、だったらもうナカジとかでいいよ」

 西武繋がりかよ。ブコビッチ――お前の醸し出す雰囲気にピッタリだと思うんだがなぁ。

「贅沢言うなよ中島ゴリライモ」

「…………もう、ぱみゅぱみゅでいいよ」

 なんだよ、ゴリライモってお前の容姿に完っ璧に合ってるのに勿体無い。世の中にはゴリライモになりたくてもなれない奴がゴロゴロい……ねえな。

「わかった。じゃあ今からお前は中島ぱみゅぱ……」

「な、なんだよ」

「いや、なんでもない。中島ぱみゅ……」

「だからどうしたってんだよ!」

「……すまん中島。どうしても俺の口が、脳が、全神経が、お前を『ぱみゅぱみゅ』と呼ぶことに拒否反応を示すみたいだ」

「……まぁ、理解は出来るよ。我ながら」

 要するに、だ。

「だろ? だからめんどくさいから中島のまんまでいいよなっ」

 俺は中島の背中を強めにパンと叩いた。すると奴は想定外だったのか、大袈裟なくらいにつんのめって膝をついた。さすがにやりすぎたかと思い、中島に謝ろうとしたんだが――

「わりい、中島」

 ――奴は動かない。打ち所が悪かったのか? いや、いくらなんでもそこまで思い切りぶっ叩いた訳じゃない。少し様子を伺っていると、どうやら前方を凝視しているようだ。このゲロカス野郎が固まるくらい、目を奪われてしまうもの――まぁ、想像に難くないが、一応俺も奴の視線を追ってみた。

 すると、やはり。

 

「くっ、黒木ぃぃぃ!」

 ちょうど片膝をついていた中島はクラウチングスタートの体で前方に猛ダッシュする。早朝の冷気が俺の頬をかすめ、そして彼女の黒髪を揺らした。

 

 黒木小明。風に遊ばれ少し乱れた髪を耳にかけ、彼女はゆっくりと歩いていた。

「おっ、おはっ、よう! くろっき」

 坂道を全速力で駆け上がった中島はくろっきどころかグロッキーで、そのゴブリン顔にさらに拍車がかかっている。しかしそんな生きてるだけで公然猥褻ギリギリの中島に対して、黒木の対応は――

「えっと、中島君……ですよね。おはようございます」

 ――すんばらしい。

 黒木はまるで聖母のような淡い笑みを中島に贈った。こんな、下痢便を顔面にぶちまけられたような中島に。顔面だけじゃなく、内面もゲリゲリゲリクソンそのものの中島に、だ。殺意が止まらない。

「く、黒っ木、俺の名前覚えててくれたの?」

「はい、もちろん」

 おい、誰かチェーンソーか鉈か金属バット持ってきてくれ。世の中にゃあ生きてちゃいけねえ奴がいる。俺はそう思うんだ。

「お隣は、えっと……榊君、ですよね」

「は、はひっ!」

 ……中島、慈愛っていいな。死ねばいい奴なんてこの世にはいない。黒木だって、俺だって、下痢便だって、みんなみんな、生きているんだもんな。友達なんだもんな。

 それにしてもこの黒木小明、間近で見ると本当に美しい。その美しさはどこか儚く、ふうと息を吹けばかき消えてしまいそうな、そんな危うさをも孕んだ美。人間離れなんて簡単なコトバでは言い表せない何かが、この少女にはある。

 また、春風が黒木の髪を弄んだ。彼女は唇にかかった僅かな髪を小指で耳にかけ直し、少し困ったようにまた柔らかく笑んだ。

 正直、黒木のその一連の仕草に、俺達は言葉が出なかった。しかし心の内では、いいぞ春風もっとやれ春風! なんなら下もめくっちまえ! とユニゾンしていたに違いない。だよな、中島。

「どうしたんですか? お二人とも」

 どうしたもこうしたも、脳内で貴女をレイープしていただけです。だよな、中島。

「いやっ、今日も黒木はキレイだな~なんて」

 なんだてめえ、場慣れしてんじゃねえか。俺なんかロクに口もきけないってのに。

「もう、なんですかそれ。ふふっ」

 ……あかん、惚れてまう。このままここに居続けたら、間違いなく俺はこの子の奴隷になってまう。……でも、黒木小明の性奴隷か……。それってええやん? ステキやん?

 などと妄想に耽っているうちに、黒木は「それじゃ、また……」と再び坂道を登っていった。彼女が踵を返した瞬間、春風たんが最後の仕事をしてくれた。

 これは髪の香りなのか、それとも彼女がつけている香水のものなのか、ラベンダーのような芳香を残し、黒木は去っていった。今日の春風選手、打率十割でしたね。サンキューハッル。フォーエバーハッル。はい、もうたまりません。――いや、正直言うと溜まってます。溜まりました、黒木のせいで溜まりまくってます! ゲスな二人に乾杯!

 俺達は動けなかった。学園のスーパーアイドル・黒木小明と少しの間だけでも時間を共有した、その余韻が未だ漂うラベンダーの残り香と重なって、各々が創造する黒木とのあんなコトやそんなコトの妄想に微睡んでいた。はい、ゲスです朝っぱらから。しかし諸君、朝だからこそ勃ち上がるものではないのか、真のおとこなら!

 

 と、そこでだ。

 中島のゴブリンセンサーがまた働きだした。

 

「おい、あれって……」

 また中島の視線を追う。ちょうど電柱の影らへんに、その女がいた。

 

 美波月子が、いた。

 黒木とタメ張るくらいの美少女。もう一人の学園のスーパーアイドル、だった美少女。

 けれど、前方に立つ美波からそんなアイドルオーラみたいなものは感じなかった。それどころか、言ってしまえば……生気、すらも。

「はぁ~、やっぱ美波もイイよなぁ」

 呑気に言う中島だが、俺にはとてもそうは思えなかった。

 

 だってさ、違うんだよ。美波の様子が。

 

 いつもよく目が合う美波月子は、本当に宝石みたいなキラキラ輝く瞳をしていた。真白な肌、その頬だけにほんのり朱を浮かべて、こちらをちらりと見ては小走りで去っていく。それが、俺の中の美波だ。

 しかし今は違う。確かにさすが綺麗ではあるが、その目は輝きを失い、視線は中空に漂わせ、まるで幽鬼のようだ。電柱の影に佇んでるところが更に不気味さを際立たせている。

 そう、今の美波月子は不気味だ。何かおかしい。何かが足りない。彼女とちょくちょく目が合う俺だからこそ、その違いが判る。

 

 ――あ、まただ。

 また目が合った。

 途端、美波の目に光が戻った、その頬に朱が差した――ように見えた。

「あっ――」

 初めてだ。美波の声。割と甲高い。

「よし、じゃあ俺が行ってきてやる」

 見てろよ、と中島。さっきの黒木との会話で、変な自信つけやがったな。でもあれだろ? 美波月子ってのは――

「おはよう美波! 俺は中島ってんだ。よろし……く、な……」

「…………」

 ――こうなっちまうんだろ?

 また美波は何の反応も示さなくなった。何も、見なくなった。外界からのあらゆる情報をシャットダウンし、頑強な見えない壁を作っている。それこそ、なんたらフィールド全開! 的な。

 

 少し、いや、大いに興味が湧いた。

 ここで俺が声をかけたらどうなるんだろう、俺なら美波は何か反応するんじゃないかって。それこそ今さっきの中島じゃないが、変な自信があったんだ。

 でも何て話しかけようか。まあ朝だし、とりあえず定番のアレでいいか。

「おはよう」

 ……さあどうだ、何かあるか? それともやっぱり無反応か?

「――っ!」

 あった! 美波の瞳が輝いて、頬は朱どころか林檎も通り越してハバネロ気味の真っ赤だ。ウォッカをかっ喰らってもここまで赤くはならんぞ、たぶん。

「おっ、おはっ、よ、う」

 まるっきりさっきの黒木と俺との逆パターンだ。

「あの……さ、よく目ェ合うよね、俺達」

「…………うん」

 中島がぺたんと尻餅をつき、こちらを指差して驚愕している。

「み、美波が……喋った……コミュニケーションしっ、しっ、し、た」

 はたから見たらお前の方がコミュ力に問題があるぞ。

 しかしこの美波月子、不思議だ。噂に違わぬ奇妙奇天烈な女だ。中島の声に反応した美波は一瞬、中島の方を向くがやはりというか、またまたその表情から色を失わせるのだった。

「あの、さ。何か俺に言いたいことでもあるの?」

 美波のアイドルオーラが復活。……なんか面白くなってきたよ。コロコロ表情変わるから。

「いえっ、そういう訳じゃな……いんだけど、その……じゃ、じゃあまたっ!」

 どもりながらそう残した美波は脱兎の如く坂を駆け上がっていった。それが速いのなんのって、前方で小さくなっていく黒木をもう追い越さんばかりの勢いだ。学園二大アイドルの一瞬の邂逅。本来なら号外が飛び交うほどの大ニュースだが、そこには何の余韻もなかった。春風選手、今回はノーヒットでしたね。ファッキューハッル。グッバイハッル。

 

「おい……何なんだよあの女! 何で俺は完全無視されてお前だけに返事するんだよ!」

「さあ……ねえ」

「てかさぁ、俺、あんな目ェしてる女初めて見たよ。正直アレは……イキモノの目じゃなかった」

 確かに、な。

 中島が声をかけた時の美波の目。どろりとした黒目だけが際立った異様な目。あれは確かにヒトがやっていい目じゃない。あの時、美波は何を見ていたんだろう? いや、ひょっとしたら美波はあの時。

 

 何も、見えていなかったんじゃないか? 見ようとすらしていなかったんじゃないか?

 

「俺はやっぱ黒木派だなぁ。祐介、お前はどうよ?」

「俺? う~ん、わがんね」

 

 美波派、かな。面白そうだから。

 

  × × ×

 

 一時間目が終わった。やれやれ、いったいあと何時間拘束されなきゃいけないのかねえ。計算するだけで溜め息が漏れる。だいたいガッコーのベンキョーのほとんどが社会に出ても何の役にも立たんだろうに。だったら、なるべく合法ギリギリラインで楽してゼニ儲け出来る方法とか教えてくれんかねえ。この際だ、もう世の理なんか無視しちゃっていいから、錬金術とかさ。どうしても無理ってんなら、例えば俺がAV観て一発抜いたら空から千円降ってくるとかどうよ? AVのジャンル、抜き方、出た量によって金額が変わるとかどうよ? ちなみに中島はニューハーフほげっ!

「おっは~、祐介!」

 クソ古い台詞を添えて俺に強烈なヘッドロックをかける赤茶のベリーショート女が襲来。隣のクラス、一年C組の土屋楓子つちやふうこだ。こいつとは中学からの腐れ縁である。ていうかここ、B組ね。だから勝手に入ってこないでよね。

「ぎ……ギブ!」

「おっは~、は?」

 土屋楓子とは鬼である。この時代にそれを言わせようとするか。マヨチュチュってか。俺はもっと違うもんが吸いたいんだよ。例えばこう、柔らかくって、大きくて、今俺の頬に密接してるこれ――って、駄目だこいつドヒンニューの脳筋女だった。

「ほら、おっは~は?」

「んぐ……ぐ、ぐぎぎ」

 誰が言うかそんなもん。俺にだってプライドっちゅうもんがある。それを言っちまえば、男としての俺が終わってしまう。誰が、誰が――ッ!

「お、おっ」

「出やがったなこの山ザル女! さっさと祐介を離しやがれ!」

「むっ、な~か~じ~ま~っ! 誰が山ザル女よ!」

 ……助かった。本当に、助かった。

 ありがとう中島。お前のおかげで俺は人間の尊厳を死守することが出来た。今回は素直に感謝するよ。

 そんな中島は今、絶賛垂直落下式ブレーンバスター中である。

「ぶべらっ!」

 もちろん、される側だ。

 

 この楓子も黒木や美波に負けず劣らず、学園の有名人だ。その身体から溢れるアイドル性……では決してなく、みなぎる闘魂によってである。

 こいつは生粋のグラップラーだ。組みつかれたら最後、あらゆる投げ技、関節技のオンパレード。誰も手がつけられない。

 ――いや、いた。学園でただ一人、このプロレスゴリラを打ち負かせる人が。

 その人は二年生で、名を土屋桐子つちやきりこという。つまりは、楓子の姉ちゃんって訳だ。この姉妹が揃えばもう最悪。寝技の楓子に立ち技の桐子さん――まさに土屋ボンバイエである。

「てか、お前何しに来た訳?」

「ううん、何もないよ」

 要するにプロレスやりたかっただけってことですね。中島、死んでねーかな。まあ、どうでもいいが。

 

 と、視界の隅にまた例の――

「あっ、月子じゃん」

 ――えっ?

 

 楓子は廊下に佇む美波に駆け寄り、何やら談笑している。そしてやっぱりそんな中でもちらちらとこちらを伺う美波。

 何だか混乱してきた。

 美波月子ってのは誰とも話さない、接触しない、コクれば大爆死確定の幽霊美少女じゃなかったのか? それとも女だけにはコミュニケーション可能ってか? ……いや、そんな話聞いたことも見たこともない。それに、今朝のあの感じを見た限り、美波はそんな融通の効くタイプじゃないだろう。

 だったらなぜ楓子とそして――俺、なんだ?

 楓子は美波と談笑するどころか、チキンウィングフェイスロックまでしかけるサービスぶり。てか、俺の時より技がエグい。これもう楓子からしたら、親友確定ってくらいの扱いだよ。

 楓子の腕をタップし、ギブアップの美波。お互いノーサイド。再び談笑。……何だこれ? 楓子が美波の脇を肘でつつく。すると、美波はこちらをちらり。……何だこれ? 更に楓子は美波の脇をつつく。ならば美波はこちらに向かって少し、ほんの少しだけ手を振った。……おちょくられてんのか、俺。

 しょうがない。俺も振り返してやったさ。楓子に何されっか分からないからな。

 すると美波、また顔面ハバネロ化して、ぴゅ~って擬音が聞こえてきそうな小走りで逃げていった。

 間違いない。俺、おちょくられてる。そこんとこどうなんだよ、楓子。いったいどういうつもりなんだ?

「ンムフフフ……祐介、あんたこれからちょっと大変かもよ~」

「何だよそれ。てかさ、お前と美波ってあんなに仲良かったっけ? てかその、美波って……さ」

「あたしと月子は仲良しだよ。同じ小学校だったんだ。中学は違っちゃったけどね。まあ、祐介の言いたいことは分かるよ。あのコ、変だもんね。なんか、あたし以外の人は見えてないっていうか、見る気がないっていうか」

「そうなんだよ。俺もそこが気になって仕方ねえんだ。でもなんか、俺には反応してるっていうか……その」

「ンムフフフ……。まあ、あたしから言えることはただ一つ。頑張れってことくらいかな」

 何だよそれ。頑張れって、何を頑張りゃあいいんだよ。お前ら二人して俺をからかってるだけじゃなかったのかよ。

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。楓子はニヤケ面のままスキップで去っていった。俺はというと、未だ胸中で燻り続けるモヤモヤとしたナニかを相手に押し問答を繰り広げていた。

 

 美波月子とは、何者なんだ。

 俺に好意を持ってるのか? 楓子と連んでおちょくられてるだけなんじゃないのか?

 でも、あの態度……。他の連中に対するそれとは明らかに異なる美波の表情、仕草、瞳。

 うーん、ガチなのか? それともヤオか? 分からん。

 この際だから、はっきり言ってしまおうか。俺の過ごしてきた十六年はイカ臭い。あまりにイカ臭すぎる!

 だからこういったシチュエーションに対応出来ないんだよ。だから向こうが本気なのかも分かんねえんだよ。だからもう早く家帰ってAV観たいんだよ。先走ってんだよ。感情とか色んなモノが!

 

 暴走寸前の俺は、二時間目が終わっても未だに机に突っ伏し、悩み続けていた。アレは……絶対に好意だよな。もし違うってんならもうさ、ここがアメリカなら訴えたらウン十億はふんだくれるよな。

 だって美波さんったらあからさまなんだも~ん。いくらイカ野郎の俺でも一発で分かるくらいなんだも~ん。

 

 ――と、すぐそばに気配を感じた。

 中島だろうか。どうせまたAV談議だろ? はっきり言わせてもらうが中島よ、俺とお前とでは棲むセカイが違うのだよ。俺はニューハーフモノなんて……

 

 顔を上げた俺は硬直した。

 目の前に、ハバネロすら超越してマグマの領域にまで顔面を深紅に染めた彼女が立っていたからだ。

 

 美波月子が、立っていたから、だ。

 

「しゃっ、しゃかきくん!」

「ファッ!?」

 お互い、てんやわんやである。

 しかし美波は深呼吸を一つ。今度はゆっくりと口を開いた。

「……榊くん、お昼休みになったら、屋上まで来て下さい」

「ファッ!?」

 未だに動転する俺の返事を待たずして、美波はそこら中の机や椅子や教卓にクラッシュしまくりながら教室を後にした。落ち着けたように見えてもやはり、彼女も心中は俺と同じだったか。

 

 ていうか、さ。

 これって、

 やっぱり、

 そういうコトだよ、な?

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