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イワンのばか  作者: 石川
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大森Ⅱ

高校生時代の大森は、悩み無く生きていた。



不安神経症もPTSDもパニック発作も発作予期不安も偏頭痛も無縁だった。


抗欝剤も頭痛薬も睡眠薬にも無縁だった。



成績は中の中。

部活は茶道部。

整った容姿でもないので女子にモテもしなかったが、飛び抜けたチビでもデブでも不細工でもなかったので嫌われてもいなかった。


つまり、この男には特徴と言える特徴が全く無かった。



友人も多くはない。

茶道部員にたまにノートや教科書を貸す程度。


毎日教室で分かった様な分からない様な授業を聞き、日がなSF小説を読み、プログレを聴き続ける日々だ。


友人が少ない大森には、孤独な日々ではあったが、寂しいとは感じなかった。


起伏は無いけれど、悩みも落ち込みもしない毎日。



このまま静かな、のっぺりとした毎日を俺は過ごして行くのだと、大森は感じていた。



そんな大森のじーさんの様な日々が、高校2年の冬に一辺した。



近所のレンタルビデオショップで、「妖怪ハンターヒルコ」というZ級ホラー映画を借りた時、彼は店員のお姉さんに声を掛けられた。


「諸星大二郎面白いですよね。

いつも素敵な映画借りて行きますね。」


「………あぁ。そーすかね。」

この時大森が天にも昇る気分であったことは言うまでもない。


「私、映画好きなんですけど詳しくなくて…。

おすすめの映画ありますか?」


嵐の如く押し寄せる多幸感に包まれながら大森は、なるべく平然とした表情を保つ。

アップル社制電子機器の計算速度より早く、彼の脳髄は映画ライブラリを検索する。


「青春の殺人者なんてどーですかね。」



あぁバカ!!

大バカ野郎である大森は。


友人が少なく恋愛経験の一切無い大森は、全く間違ったチョイスをぶちかましてしまった。


彼は同級生達が異性に対し当たり前にこなしている、自分の趣味を反映させつつ相手の女子の好みに合わせる計らいを、全く知らない。


先ほど彼の脳髄計算式を文章で表現するならばこうだ。


「何をすすめる!?

やっぱゾンビか!? 頭悪そうだな…。

ドグラマグラは? 原作読んでなきゃ意味分からんか…。

ホーリーマウンテン! 益々意味が分からん! 変態に思われる!」



「ゾンビ」は、ゾンビ映画の代表映画であり、

「とりあえず時計仕掛けのオレンジは?」というべき、『まず当たる』映画に位置する。

これを回避したことは正解。

本来の意味で頭の悪そうなチョイスである。


「ドグラマグラ」は日本三大怪奇小説の一つを映画化した意欲作ではあるが、100人見たら90人は気分を悪くする怪作である。

残り10人に当たる大森は、原作を読まなければ意味が分からないと思ってこれを回避したが、原作を読んだ大森にも映画の意味はさっぱり分からなかった。


「ホーリーマウンテン」はシュールを遥かに越えて徹頭徹尾意味の分からない映画であり、さらに奇形役者や怪奇な描写が波状攻撃で襲う怪作だ。


ここで大森に初めて、「相手に嫌われたくない」という心理が生まれる。


つまり、店員のお姉さんに対し良き自分を表現しようとしたのだ。


高校2年のこの時まで、恋や異性に対し全く反応を示さなかった大森の、それは初めての「異性への見栄」だった。


彼の脳髄は更に計算を加速させる。


出した答えは、「青春の殺人者」。

確かに前述した三作に比べれば文学の匂いがする作品ではある。

しかし、訳もなく両親を殺した男という、どうしようもなく暗い題材を扱ったこの映画は、問題外に女性受けしない。


初めて女性受けを狙った大森のこのチョイスは、アウトといえる。


しかし彼は翌週、「妖怪ハンターヒルコ」を返却した時に、お姉さんとアドレスを交換した。


「青春の殺人者、すごく面白かった。

もし良かったら面白い映画、もっと教えて欲しいです!」



それが、大森と詠子の出会いだった。

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