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不老不死の男

作者: 谷山
掲載日:2026/09/29


 古瀬《こせ》真弘《まひろ》。1980年生まれの46歳。都内出身、都内在住、一人暮らし。


「じゃあ、この1980年生まれは嘘ということなんでしょうか?」


 私は彼の戸籍謄本(とうほん)から顔を上げて言った。


 本人確認が出来るものを見せてほしいと言っても、彼は免許もマイナンバーカードも持っていないという。

 だが誠実そうなその見た目に違わず、今日のためにわざわざ市役所でこれを取得してきたらしい。


「半分嘘、といった所ですかね。真弘は本当に1980年生まれですから」


「はい?」


 思わず眉根を寄せた。中年男性が、まさかの一人称名前か? 


 すると真弘さんは、もう一枚戸籍謄本を出してきた。

 名前は古瀬誠(まこと)。1950年生まれ。既に故人だ。もう一枚と見比べると、彼が真弘さんの亡き父であることが分かる。


 はて、とその名前を見つめた。古瀬誠。どこかで聞いたような。


「記者さんならご存じかもしれません。10年前、身投げしたんです」


 はっとした。失礼します、と断ってスマホで「古瀬誠」を検索する。

 何件かヒットした。確かに10年前、古瀬誠さんは海に身を投げて自殺している。享年66歳。元妻とはその数年前に離婚しており、残された家族は30代の息子が一人。これが真弘さんということだろう。


「10年前、身を投げたのは息子の真弘です。私はその父親、古瀬誠と言います。今年76歳です」


 

 「不老不死」を名乗る男から、うちの編集室当てに手紙が届いたのは先週のことだ。うちは真っ当な週刊誌であって、オカルト誌ではない。だが先輩の一人に命じられた。

 「お前来週、この近くまで取材行くんだろ? ついでだし、話聞きに行って来いよ」と。面白がっているのは明白だ。


 そしてやって来た。私も、面白がっているのは自覚している。


「えーっと……。それは何か、証拠というと聞こえは悪いんですが。あなたが76歳の古瀬誠さんだと、どうやって確かめればいいんでしょうか?」


 真弘さん、いや誠さんは、どう見ても30代か40代に見える。不老不死を名乗るからには、お爺ちゃんであってはならないのだが。


「これは40年前の、ちょうど私が歳を取らなくなったあたりの写真です」


 今どき珍しい、フィルム写真は白黒だ。40年前ということはおよそ1986年ごろ。東京の街並みも確かに今とは違う。

 そして真ん中に映っている人物は、確かに目の前の誠さんだった。


「……確かに、背景は昔の東京のようですが…………。今の技術では、こういう捏造《ねつぞう》は簡単に出来てしまうんですよ。疑っているわけでは無いんですが、記事にするならもっと違う材料の方が」


 誠さんは「そうですか……。いや、そうですよね」と頷《うなず》いて、考え始めた。


「ああそうだ、私は栃木の田舎の生まれなんです。両親はもう亡くなりましたが、まだ近所に住んでる昔馴染みがいるかもしれない。彼らにこの写真を見せて、尋ねてみてもらえませんか」


 そう言って、誠さんはその住所のメモを渡してくれた。旧友の名前は聞かなかった。こっちで勝手にあたった方が信憑《しんぴょう》性が高い。


 私はメモを手帳に挟んで、ボールペンに持ち替える。


   *


 ―――では古瀬真弘さん、もしくは古瀬誠さん。どうして取材を受けようと思われたのですか?


「もう全てがどうでもよくなったんです。遺書代わりです。76になっても老いない、病気もしない。一度かなり酷い肝臓がんになりましたが、何故か回復し、今は元通りです。医者に『奇跡です』と言われた時、おそらくもう死ぬこともないのだと思いました」(「」内以下古瀬さん)


 死ねない、という自覚があるのに遺書の代わりとは、どういうことでしょうか?


「今度初めて、自分が本当に不死なのかを確かめてみたいと思うんです。確かにがんは治ってしまいましたが、私は臆病だから、自分で命を絶つということは出来なかった。でも真弘が海に身を投げた時から、ずっと考えていたことなんです」


 息子さんは、不老不死のことをご存じだったのですか?


「はい。真弘はちょうど、私が老いなくなる少し前に産まれました。身を投げる前から、真弘はおかしくなっていました。……私のせいです。最初に不老不死のことを打ち明け、支えてくれた妻にも結局は離婚を切り出されました。母親と離され、父親は自分と同じ年頃の見た目のまま。それどころか、自分の方が父より老いていく。誰だっておかしくなります」


 では真弘さんが亡くなった後、死んだのは誠さんだということにして、ご自身は真弘さんに成り代わっていた、と?


「はい。その頃は私もおかしくなっていました。何日も何日も、真弘の部屋で涙が枯《か》れるまで泣き続けました。死んだのは自分で、真弘はまだ生きている。そう思わないと壊れてしまいそうでした。一時期は本当に、自分のことを真弘だと思い込んでいました」


 何故10年がたってから、すべてを打ち明けようと思われたんですか?


「それはもう、決心がついたんです。意味が無いことに気が付いたんです。自殺して死ねたら良いですが、やっぱり死ねないかもしれない。そうしたら私は不死ということです。それならこのわけの分からない私を、科学者の人たちに調べてもらって、世のために役立てた方がいい。死にぞこないの私に、人体実験の倫理観も人権も、必要ないんです」


   *


 「これは書かないでほしいんですが。身の周りを整えてから、真弘と同じ場所で一週間後に身を投げるつもりです。死ぬことが出来なかったらご連絡しますので、是非とも記事にしてください」


 誠さんの望み通り、私はそれを手帳には書かず、心の中に留めておいた。


   *


 四日後。私は記事の見出しを用意していた。


「大スクープ!! 不老不死は実在した!」


 誠さんを取材した後、メモに記された栃木の住所に向かった。辺りの高齢者に聞いてみると、誠さんのことを知る人物が数名存在した。

 彼らは私が数日前に会った男性の写真を見て、「昔の誠ちゃんだ」と言い、「懐かしい」「東京行ってからも元気にしているのか」と聞いてきた。


 古瀬誠が不老不死であるということは、これで立証された。


 私を取材に行かせた先輩も「古瀬さんから連絡が来たら、すぐに記事にしろ」と大興奮だった。


 しかし見出しを書いてからというもの、私の手は止まっている。


 これを記事にしても良いのだろうか? 息子の後を追うことすら出来なかった誠さんを、世間の、いや、世界の好奇の目に晒《さら》すことが。本当にこんな形でいいのだろうか?


 何度も逡巡《しゅんじゅん》して、指がキーボードを叩いてはその文章を消した。

 気が付けばそんな作業に、一時間もたっていた。


 私は決心する。

 誠さんから連絡が来たら、もう一度聞いてみよう。本当にそれでいいのか、私なんかが説得できるわけがないけれど。きっとそんな風に彼を説得する人ですら、今まで彼の周りにはいなかったはずだから。


 すると、編集室のドアが勢いよく開いた。


「先輩? どうしたんですか」


 先輩は息を切らしている。


「……おい、なしだ! 記事はなし!! くそっ!」



 ―――都内某所の交通事故で、トラックと衝突した40代男性が亡くなった。

 名前は古瀬真弘、無職。



 男は不老であったが、不死ではなかった。


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