不老不死の男
古瀬真弘。1980年生まれの46歳。都内出身、都内在住、一人暮らし。
「じゃあ、この1980年生まれは嘘ということなんでしょうか?」
私は彼の戸籍謄本から顔を上げて言った。
本人確認が出来るものを見せてほしいと言っても、彼は免許もマイナンバーカードも持っていないという。
だが誠実そうなその見た目に違わず、今日のためにわざわざ市役所でこれを取得してきたらしい。
「半分嘘、といった所ですかね。真弘は本当に1980年生まれですから」
「はい?」
思わず眉根を寄せた。中年男性が、まさかの一人称名前か?
すると真弘さんは、もう一枚戸籍謄本を出してきた。
名前は古瀬誠。1950年生まれ。既に故人だ。もう一枚と見比べると、彼が真弘さんの亡き父であることが分かる。
はて、とその名前を見つめた。古瀬誠。どこかで聞いたような。
「記者さんならご存じかもしれません。10年前、身投げしたんです」
はっとした。失礼します、と断ってスマホで「古瀬誠」を検索する。
何件かヒットした。確かに10年前、古瀬誠さんは海に身を投げて自殺している。享年66歳。元妻とはその数年前に離婚しており、残された家族は30代の息子が一人。これが真弘さんということだろう。
「10年前、身を投げたのは息子の真弘です。私はその父親、古瀬誠と言います。今年76歳です」
「不老不死」を名乗る男から、うちの編集室当てに手紙が届いたのは先週のことだ。うちは真っ当な週刊誌であって、オカルト誌ではない。だが先輩の一人に命じられた。
「お前来週、この近くまで取材行くんだろ? ついでだし、話聞きに行って来いよ」と。面白がっているのは明白だ。
そしてやって来た。私も、面白がっているのは自覚している。
「えーっと……。それは何か、証拠というと聞こえは悪いんですが。あなたが76歳の古瀬誠さんだと、どうやって確かめればいいんでしょうか?」
真弘さん、いや誠さんは、どう見ても30代か40代に見える。不老不死を名乗るからには、お爺ちゃんであってはならないのだが。
「これは40年前の、ちょうど私が歳を取らなくなったあたりの写真です」
今どき珍しい、フィルム写真は白黒だ。40年前ということはおよそ1986年ごろ。東京の街並みも確かに今とは違う。
そして真ん中に映っている人物は、確かに目の前の誠さんだった。
「……確かに、背景は昔の東京のようですが…………。今の技術では、こういう捏造は簡単に出来てしまうんですよ。疑っているわけでは無いんですが、記事にするならもっと違う材料の方が」
誠さんは「そうですか……。いや、そうですよね」と頷いて、考え始めた。
「ああそうだ、私は栃木の田舎の生まれなんです。両親はもう亡くなりましたが、まだ近所に住んでる昔馴染みがいるかもしれない。彼らにこの写真を見せて、尋ねてみてもらえませんか」
そう言って、誠さんはその住所のメモを渡してくれた。旧友の名前は聞かなかった。こっちで勝手にあたった方が信憑性が高い。
私はメモを手帳に挟んで、ボールペンに持ち替える。
*
―――では古瀬真弘さん、もしくは古瀬誠さん。どうして取材を受けようと思われたのですか?
「もう全てがどうでもよくなったんです。遺書代わりです。76になっても老いない、病気もしない。一度かなり酷い肝臓がんになりましたが、何故か回復し、今は元通りです。医者に『奇跡です』と言われた時、おそらくもう死ぬこともないのだと思いました」(「」内以下古瀬さん)
死ねない、という自覚があるのに遺書の代わりとは、どういうことでしょうか?
「今度初めて、自分が本当に不死なのかを確かめてみたいと思うんです。確かにがんは治ってしまいましたが、私は臆病だから、自分で命を絶つということは出来なかった。でも真弘が海に身を投げた時から、ずっと考えていたことなんです」
息子さんは、不老不死のことをご存じだったのですか?
「はい。真弘はちょうど、私が老いなくなる少し前に産まれました。身を投げる前から、真弘はおかしくなっていました。……私のせいです。最初に不老不死のことを打ち明け、支えてくれた妻にも結局は離婚を切り出されました。母親と離され、父親は自分と同じ年頃の見た目のまま。それどころか、自分の方が父より老いていく。誰だっておかしくなります」
では真弘さんが亡くなった後、死んだのは誠さんだということにして、ご自身は真弘さんに成り代わっていた、と?
「はい。その頃は私もおかしくなっていました。何日も何日も、真弘の部屋で涙が枯れるまで泣き続けました。死んだのは自分で、真弘はまだ生きている。そう思わないと壊れてしまいそうでした。一時期は本当に、自分のことを真弘だと思い込んでいました」
何故10年がたってから、すべてを打ち明けようと思われたんですか?
「それはもう、決心がついたんです。意味が無いことに気が付いたんです。自殺して死ねたら良いですが、やっぱり死ねないかもしれない。そうしたら私は不死ということです。それならこのわけの分からない私を、科学者の人たちに調べてもらって、世のために役立てた方がいい。死にぞこないの私に、人体実験の倫理観も人権も、必要ないんです」
*
「これは書かないでほしいんですが。身の周りを整えてから、真弘と同じ場所で一週間後に身を投げるつもりです。死ぬことが出来なかったらご連絡しますので、是非とも記事にしてください」
誠さんの望み通り、私はそれを手帳には書かず、心の中に留めておいた。
*
四日後。私は記事の見出しを用意していた。
「大スクープ!! 不老不死は実在した!」
誠さんを取材した後、メモに記された栃木の住所に向かった。辺りの高齢者に聞いてみると、誠さんのことを知る人物が数名存在した。
彼らは私が数日前に会った男性の写真を見て、「昔の誠ちゃんだ」と言い、「懐かしい」「東京行ってからも元気にしているのか」と聞いてきた。
古瀬誠が不老不死であるということは、これで立証された。
私を取材に行かせた先輩も「古瀬さんから連絡が来たら、すぐに記事にしろ」と大興奮だった。
しかし見出しを書いてからというもの、私の手は止まっている。
これを記事にしても良いのだろうか? 息子の後を追うことすら出来なかった誠さんを、世間の、いや、世界の好奇の目に晒すことが。本当にこんな形でいいのだろうか?
何度も逡巡して、指がキーボードを叩いてはその文章を消した。
気が付けばそんな作業に、一時間もたっていた。
私は決心する。
誠さんから連絡が来たら、もう一度聞いてみよう。本当にそれでいいのか、私なんかが説得できるわけがないけれど。きっとそんな風に彼を説得する人ですら、今まで彼の周りにはいなかったはずだから。
すると、編集室のドアが勢いよく開いた。
「先輩? どうしたんですか」
先輩は息を切らしている。
「……おい、なしだ! 記事はなし!! くそっ!」
―――都内某所の交通事故で、トラックと衝突した40代男性が亡くなった。
名前は古瀬真弘、無職。
男は不老であったが、不死ではなかった。




