0019 - 粛清
東京の夜景を背に、首都高速の闇を切り裂くように疾走していた。
ハンドルを握るのはローガン。助手席にはアルフェが、そして後部座席には影と同化するようにスティンが音もなく座っている。
車内に漂うのは、ローガンが好む甘ったるい香水の匂いと、アルフェが吐き出す煙草の、刺すような煙の臭いだけだった。
「さて、ドライブの目的地だ。アルフェ、例の君の可愛いお人形さんは、目黒の廃倉庫に追い詰めてあるよ」
ローガンはバックミラー越しに後部座席のスティンを一瞬だけ盗み見、愉悦を孕んだ声で言った。
今回の任務は、マーレボルジェの資金と機密を外部へ流そうとした裏切り者の粛清。そしてその標的は、他ならぬアルフェの直属の部下だった。
スティンは無言のまま、窓の外を流れる街灯の光を見つめていた。
高級スーツの胸ポケットの奥、手袋越しでも伝わる銀時計の冷たさが、今の自分の心臓の代わりだった。人を殺したくないという本能的な拒絶が、胃の奥をじわじわと灼いていく。だが、助手席のアルフェは、ただ静かに煙を吐き出すだけだった。その横顔には、塵を掃う時のような冷淡さしかない。
やがて車は、湿った夜気に包まれた目黒の寂れた倉庫群の一角へと滑り込んだ。重い鉄扉を押し開けると、カビ臭い空気の奥、混凝土の床に組み伏せられた男がいた。アルフェの部下だ。既にローガンの部下によって退路を断たれ、拘束され、全身を恐怖で震わせている。
「ア、アルフェさん……!」
足音が響く中、部下は縋るようにアルフェを見上げた。
「間違いなんです、私は、私は組織を裏切ろうなんて……! 貴方のために、あの駿河の病院の件だって、私も必死に手伝ったじゃないですか! 私を信じてください、アルフェさん……ッ!」
必死の、命乞いだった。
かつて同じ釜の飯を食べ、忠実に命令をこなしてきた身内の、血を吐くような叫び。だが、アルフェの瞳には、怒りも、哀れみも、何の感情の揺らぎすらも浮かばなかった。アルフェは歩みを止めない。部下が言葉を言い終わるよりも早く、ただ無造作にジャケットの内側から銃を抜き放った。
その刹那――乾いた轟音が爆ぜる。
ワンコールすら許さない、あまりにも躊躇のない、一撃だった。
部下だったものの額の真ん中に、ぽっかりと黒い穴が空く。
男は言葉を失ったまま、崩れるように混凝土の床へと倒れ伏した。飛び散った鮮血の数滴が、アルフェの頬に赤く付着する。しかし、アルフェはそれを拭うことすらしない。ただ、煙草を灰皿に揉み消すような自然さで、銃口の煙を払うこともなく、愛銃――コルトM1911をホルスターへと収めた。
静まり返った倉庫内に、パチ、パチと場違いな拍手の音が響いた。
「素晴らしいね。君は本当に変わらないな、アルフェ」
ローガンが、心底感心したように微笑みながら歩み出てくる。
その傲慢な目は、アルフェの冷酷さを称賛すると同時に、その背後に立つスティンの反応を、蛇のように観察していた。
「慈悲もなければ躊躇もない。身内だろうが、かつての功労者だろうが関係ない。我々の理を違えた裏切り者には、誰であれ、平等に死を与える……その潔さこそ、君の最大の傲慢であり、魅力だよ。そうだろう、スティン君?」
ローガンは、アルフェの冷徹な本質をこれ以上ないほど残酷に言語化し、釘を刺すようにスティンへと笑いかけた。
――裏切り者には、例外なく、平等に死を。
スティンは、足元に広がる新鮮な血の海を、能面のような無表情で見つめていた。内側のハンスが、激しい嘔吐感を伴って悲鳴を上げている。だがここで少しでも牙の丸さを見せれば、このマーレボルジェでは一瞬で喰い殺される。冷酷な猟犬としての外套を、完璧に着こなさなければならない。
「……当然の処理だ」
スティンは、高低のない、酷く平坦な声で言い放った。
「理を違えた者に、存在価値はない。任務は完了だ。速やかに撤収する」
その素っ気ない態度に、アルフェは胸の奥の苛立ちを燻らせるように、新しい煙草を咥えた。デュポンのライターがパチンと冷たい音を立てる。アルフェは死体から視線を外し、スティンの灰緑色の瞳の奥にあるはずの揺らぎを、やはり執拗に探ろうとしていた。
踵を返し、外套をなびかせる。胸ポケットの奥の銀時計は、手袋越しでも、皮膚が壊死しそうなほどに冷たかった。




