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第三章 スキルを持つ者達

「いやぁ、まさかあのサソリ……うまい部分がほとんどないとはなぁ」


 たき火を囲み、サソリまぜご飯をみんなで食べながらヒイロは言った。

 先ほど作った激マズなサソリまぜご飯を、よりおいしくリメイクしたサソリまぜご飯である。


「サソリの中に残っていた苦味や渋味の元を可能な限り、ゆでたりして全部とったら味がなくなっちまうとは思わなかったぜ。こりゃ食材に向いてないな。別の味を付与する事はできるかもしれないけど……量が増える程度で、あまり食材としての価値はないかなぁ。まぁ、今回と明日の朝食には使うけどね。量を増やすために」


「ヒイロさんのスキルがあまり通用しないだなんて、初めてじゃないですか?」


「まだ舌がヒリヒリするっしょー。いったい何を食べてるっしょ、あのサソリー」


「…………え、スキル?」


 ヒイロのリメイクのおかげで、なんとか食べられるようになったサソリまぜご飯のひとくちめを嚥下した後、リディアンはレノン達が話す『スキル』という単語に改めて反応し、三人……主にヒイロに驚いた顔を向けた。


 スキル。

 それはアダンホーラ王国では王侯貴族や、その血を色濃く受け継いでいる平民の内の、およそ一割が手にする〝神の贈り物〟とされるモノ。


 そしてリディアンを【魔の森】に送った聖女もまた、このスキル……それも神にもっとも愛されている聖女にしか宿らないとされてるEXランクのスキルがあったからこそ、王侯貴族の世界へと足を踏み入れる事になった。


 リディアンが知る、そんな常識がもしも正しければ。

 彼女の目の前にいるこのヒイロもまた、神に選ばれた存在という事になる。


「ま、まさかスキルをお持ちの方だったとはッ!!」


 リディアンの頭の中で、今までヒイロにしてきた事すべてがよぎった。

 最初からずっと、相手が自分の命の恩人の一人ではあるものの、物理的にも精神的にも油断ならない相手だと認識し……可能な限り丁寧な言葉づかいでありながらも内心ずっと警戒していた、自分の行動が。


 ――それは、果たして神に選ばれた存在にしていい事なのか。


 そんな疑問を抱いた彼女は、慌ててサソリまぜご飯を近くの地面に置き。

 そのまま地面にじかに座り頭を下げ……ヒイロに向けてまさかの土下座をした。


「そ、それなのに疑ってしまい……誠に申し訳ございませんッ!!」


「……え? え? なに?」

「ど、どういう事っしょ?」

「えっと、あの……落ち着いて、リディアン嬢」


 一方でレノン達は、公爵令嬢リディアンのまさかの態度の一変に困惑した。

 アダンホーラ王国について詳しくは知らないから当然だが、同時に三人は、たくさんの人と会話した経験があるからこそ、うすうす察していた。


 アダンホーラ王国には、貴族の階級に、保有スキルの階級を加味した階級により優劣をつける階級制度が存在する国家なのではないか、と。


 そして、リディアンから見たスキル持ちである『ビヨンダード商会』の営業マンことヒイロは、彼女の階級よりも上の存在なのではないか、と。


「ヒイロさんは、そこまでたいそうな存在ではありません」


 そして、察したからこそ。

 レノンは三人を代表してすぐリディアンに……まるで子供に諭すように、優しい声で告げた。


「ひどいなー、レノンくん。いや組織内ではそうだけどさ」


 ヒイロはさすがに、苦笑しつつも先輩として意見した。

 するとレノンは、言われてようやく自分の失言に気づいたのか「すみません!」と慌てて謝罪をし……改めてリディアンに告げた。






「というかスキルは、アダンホーラ王国以外の国では、神様からの贈り物とは認識されていません」






 レノン達が知る、この世界の事実の一つを。






 下手をすると、リディアンが信じていたすべてを崩壊させかねないそれを。






「…………え?」

 案の定、リディアンは一瞬思考を停止させた。


 しかし、レノンはそこで止まらなかった。

 いやむしろ、彼はここで止めるワケにはいかないと思った。


 このまま誤解させたままだとなんだか心苦しいし、それにアダンホーラ王国での自分達の仕事が終わった後の時点で、この事実を知っていなければ他国の犯罪組織などに騙される可能性があるからだ。


 ただただリディアンのためを思い、レノンはさらに彼女に告げる。


「その証拠に、俺とジュリさんもスキル持ちです。いやそれどころか修業次第ではリディアン嬢……あなたもスキル持ちになれます」


「…………いや、そんな……バカな事……」

 しかしそれを、リディアンは簡単に信じなかった。


 自分の信じていた常識が、崩壊するかもしれないから。

 そして、自分の今までの行動の一部が否定されているも同然なのだから、当然の判断だ。


 いやそれ以前に、相手はまだ会って数時間の存在。

 それどころか、どんな組織かもよく分からない組織の人間なのだ。


 スキル――【魔物】を一瞬で行動不能にするどころか、その【魔物】を料理する事ができるという……少なくともリディアンは聞いた事がないそれを持つ者がいる組織の、営業マン達を信じたい気持ちはある。だが自分の知る常識を否定されるとなると、さすがにそう簡単に、信じるワケにはいかなかった。


「ホントっしょー」


 しかし、いい加減信じないリディアンにやきもきしたのか。

 それとも、ただ単に今の展開を楽しんでいるのか……ジュリが、楽しげな笑みを見せつつそう言って立ち上がり、リディアンの背後にいつの間にか回り込んだその瞬間……リディアンは否応でも、一つの事実を受け入れなければいけなくなった。


「ッッッッ!?!?!?」


 なぜなら、ジュリが背後に回り、リディアンのドレスに触れたその時。

 まるで事が起きた後の時点に時間がスキップしたかのように、一瞬でリディアンの着ていたドレスが、レノン達も着ている登山用の服装に替わっていたからだ。


「これ、あたしの持つスキルの一つっしょ」

 ウインクを挟んでから、ジュリは話を続ける。


「触れただけで相手の服装を変えられるからー、正直言ってあたし、ビヨンダード商会の営業マンの間では重宝されているっしょー。そんで今回は、リディアン嬢にいつまでも、木々のせいですれたドレスを着せとくのもあれなんで、登山用の服を着ていただいたっしょー。あ、ちなみにドレスはリペアして、終わったら返すから安心するっしょー」


「…………そ、んな……レノンさんも……ジュリさんも……?」


 一つの事実をこうして実演され、証明されて。

 リディアンは驚きのあまり、大きく目を見開いた。


 いやそれどころか、止めていた思考が再び動き出し。

 思考の渦へと、まるで千尋における子供の獅子のように落ちていく。


 ――自分の中の常識を信じたい思い。


 ――自分の命の恩人達の発言を信じたい思い。


 それらが彼女の中でせめぎ合う。


 ――もしやレノン達は、スキルがない人間に会った事がないのではないか。


 ――国外をよく探せば、スキルを持たない人間も見つかるんじゃないのか。


 ――というかそれ以前に、三人が自分に嘘をついている可能性はないのか。


 だが少し考えると、リディアンの中にそれらの可能性がよぎる。

 レノン達の伝えた事実は、残念ながらそう簡単に信じてくれなかった。


 それだけリディアンの中の常識は強固だったのだ。

 それも、小さい頃から教えられ続け、もはや常識が彼女の一部となるほどに。


「……………………まぁ、無理に信じなくてもいいですけど」

 レノンは微笑みながらそう付け足した。


 信じてもらえなかった事を、残念には思っている。

 しかし、ここで信じさせようにも、本人に既成概念を破壊する意志の力がないと意味がないため、無理強いはしなかった。


「少なくとも、自分達がスキル持ちである事は事実です。ちなみに俺のスキルは、食事中に見せるにはかなりえげつないので今は見せられません。すみません」


「え、あ……そ、そうなんですね」


 リディアンは、まだ迷いを抱えながらもそう返す。

 少なくとも、レノン達は命の恩人。たとえ自分を助けるための行動ではなかったとしても、現時点でお世話になっているため、下手をすれば嫌な空気にしかねない言動は慎まなければいけない……貴族の令嬢として、そう思ったから。






 仮に、間違っているのはレノン達だとしても。






「それはそうとリディアン嬢、今度はあなたが、アダンホーラ王国について教えていただけませんか?」


 空気を変えるためか、レノンは話題を変えた。

 というかそのためにも、リディアンとこうして会話しているのだ。


 というかアダンホーラ王国での仕事のためにも。

 そろそろアダンホーラ王国について聞いておかなければいけなかった。


「あと、よろしければ……なぜこんな危険な森にあなたがいらっしゃったのかも。先ほどから気になりますので」


「ッ! …………そう、ですね」


 しかし深く踏み込みすぎたのか。

 レノンの言葉を聞き、リディアンは歯切れを悪くした。


 交渉失敗の可能性が頭をよぎり、レノン達に緊張が走る。

 それと同時に、ヒイロとジュリはレノンにジト目を向けたが――。






「分かりました。命を助けてくださったお礼として、可能な限り……アダンホーラ王国について、そして私がなぜこの【魔の森】にいたのかをお話しします」






 ――ついに、リディアンは覚悟を決めた。






     ※


 アダンホーラ王国が生まれる前、世界規模の戦争があったという。

 今も、なぜ起こったのか……資料が少ないため判明していない謎の戦争が。


 戦争は、百年近くかけて……ようやく終わりを迎えた。


 だがそんな戦争が終わった後も、なかなか世界は平和にならなかった。

 戦争により多くの者が死に、そのせいで国家は国力をなくし、世界規模で治安が悪くなり、まさに終末さながらの世界となった。


 だがこの世界を創った創世の神は、人間を見捨てていなかった。

 己が創った世界を生きる人間の内、人として特に見込みがある者を神が聖別し、導いて……そして選ばれた者達は最終的にある地に辿り着いた。


 そこは、世界でもっとも上質な魔力が満ちた場所。

 そこにいるだけで、どんな願いも叶うとされる理想郷。


 そしてその地こそが、現在アダンホーラ王国がある場所。


 今ある国家の中でもっとも栄え、もっとも強い軍事力を持っていて。

 今では『世界の調停者』と呼ばれるほど世界への影響力が強い……そんな国家が誕生した地である。


 だが、永遠に変わらないものはない。

 形あるものは、いずれ必ず変化を迎える。


 そしてそれは、アダンホーラ王国もまた例外ではなく。


 そんな理不尽な現実を憂いた創世の神は。

 聖女という名の〝楔〟をこの世界に誕生させた。

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― 新着の感想 ―
ジュリのスキルメッチャ便利!!
 常識が常識じゃ無くて、非常識が非常識だった、と言われても普通は納得出来ませんよねぇ。  ここまで、有無の是非すら問わずにすっ飛ばされてきたリディアンですが、次回でようやく悪役聖女の魔力は煩悩ですと…
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