第一章 追放先での出会い
新作、書いてみます。
今までのよりは王道寄りなお話です。
十話前後で終わる予定です。
――わざわざ馬車をお使いにならなくても、魔法で転送させればいいではありませんかっ!
リディアン=オーネスヴァイン。
先ほどまで、アダンホーラ王国で定期的に開催される王家主催の舞踏会の会場にいた、舞踏会の参加者にして公爵令嬢たる彼女が最後に聞いた言葉がそれだった。
それは、どこか異質な存在の吐いた言葉。
それは、この世界を救うために転生したとされている存在の吐いた言葉。
そして、下手をするとこの世界の既存のルールを、根底から覆しかねない存在の吐いた言葉。
(空間を、操作するだなんて……あの、聖女はいったい――)
それゆえにリディアンは困惑する。
その存在――この世界を救うために、神様が五十年ごとにこの世に生誕させると言い伝えられている聖女とされる少女にして、自分の婚約者が自分との婚約を破棄したキッカケを作った少女がまさか、転移魔法を使えるとは思わなかったから。
だが、いくら困惑しようともそれはまぎれもない真実。
その目が、薄紫色の霧が出る森を映し。
その耳が、聞き覚えがない生物のいななきを聞き。
その鼻が、幼き頃に家族および使用人と遊びに行った森のニオイとは異なりツンとする、あからさまに危険なニオイを嗅ぎ。
そしてその肌が、周囲から生える見た事のない草木のせいで浅い切り傷を負ってしまうために……彼女は嫌でもその現実を突きつけられる。
自分は、その聖女が使った転移魔法により、馬車などを使わずして……よりにもよって自分がよく知らない森の中に追放されたのだと。
ギャギィッと、知らない生物の声が再び聞こえてくる。
そしてそれは、今の彼女にとっては良い気つけになったのだろう。
いまだに理解不能な状況ではあるものの、それでもこの森に長くいるのは危険である事実だけはすぐに理解し、改めて今の状況をどうすべきかを考えた。
「王都が……私の家族があれからどうなったかは気になる……でも今は、なんとか生き延びなきゃ――」
いや、考えるだけじゃない。
その考えを、あえて口にする。
そうでもしなければ。
また思考の迷路に迷い込みそうだったから。
だがしかし、それは彼女を窮地に陥らせる悪手だった。
考えるのはいい。
口にするのもいい。
けど同時に彼女は動くべきだった。
考えながらランダムに動き続けるべきだった。
「■■■■■■――――ッッッッ!!!!」
「ッ!?」
おかげで、モタモタする彼女の目の前にそれは現れる。
まるで金属の激突音のような声を発するそれが。彼女の身長の五倍以上は大きい体躯を持つそれが。木の幹や野原で見かける節足動物にも似た姿のそれが。
彼女を捕食せんと。
周囲の木の幹に器用に足を引っかけ頭上より現れる。
「…………ぁ……あ、あ……」
それは……実際に見た事は、一度もない存在だった。
その姿を最初に見たのは、王都の学院で授業を受けていた時。
光魔法を応用して立体的に映写された、王族直属の探検隊の、アダンホーラ王国の北東の国境付近にあるという【魔の森】の探検の映像の中に、それは出てきた。
一説によれば、野生化した隣国の生物兵器とされる存在。
撮影した探検隊を、撤退にまで追い込むほどの戦闘力を持つ存在。
アダンホーラ王国では【魔物】と称される存在の一種だった。
(……に、逃げ……ッ!?)
リディアンは戦闘向けの魔法も使える。
けれど相手は探検隊が撤退するほどの強敵。
どう考えても一人でどうにかできる相手ではない。
しかしだからといって、ここから逃げられるのか。
相手はすでにリディアンのすぐ近くにいる……リディアン自身は、どう考えても逃げきれるとは思えなかった。いやそれどころか、リディアン自身が恐怖のせいで足をすくませ、動かない。
死
彼女の脳裏にその文字が浮かび上がる。
既存の常識を超えた何者か――アダンホーラ王国に生誕した聖女と思われる少女の手により【魔の森】に転送される、という理不尽な目に遭った彼女の脳裏に。
死にたくない、とは思う。
だが同時に現実がその想いを圧迫する。
彼女はどうあがいても、この状況をどうにかできず。
どうにもできないがゆえに、どう動けばいいのか分からず動けない。
そして、そんな彼女を【魔物】は放っておかない。
動かないとはいえ、警戒しているのか、木の幹をギシギシと軋ませながら徐々にリディアンとの距離を詰め――。
「ほおー。まさか森の中でエビを見つけるとはなぁ」
――そんなのんきな声と共に【魔物】の全関節が一瞬で切断され、ズズン、と音を立てて【魔物】が行動不能になった。
「ッッッッ!?!?!?!?」
リディアンは驚愕する。
聖女が転移魔法を使った事と同じくらいそれは衝撃の出来事だった。
かつて、現在自分がいる【魔の森】を探検した探検隊のメンバーは誰もが、それなりの強者達だった。しかしそんな彼らでさえも、この【魔物】を前に撤退を選択した……ハズ。なのになぜ、そんな魔物が一撃で行動不能になるとは。いったい何が起きたのかすら理解できなかった。
「それじゃ明日の朝飯はエビピラフに決定だな」
「え、ありゃエビというかサソリじゃ……食べれるんですか?」
「サソリの料理があるくらいだから余裕っしょ☆」
それどころか、またもやのんきな声が聞こえて。
リディアンは反射的に、声のした方へと顔を向けた。
どんな事実がそこにあるかは分からない。
理解できるような事実が存在するとは限らない。
けれど、どんな事実でも受け入れなければ前に進めないと本能的に察したから。
そして彼女は見た。
バラバラになりそのまま命を落とした魔物の上に乗っかる、二人の男性と一人の女性の姿を。
男性の一人と女性は黒い髪を、残るもう一人の男性は燃えているかのように赤い髪を生やし、そして三人とも彫りが浅い顔つきをしている。少なくともリディアンは、アダンホーラ王国どころか王国があるこの大陸でも見た事がないタイプの人達だった。
いったい彼らは何者なのか。
リディアンはまず、そんな疑問を抱く。
先ほどと同じく余計な事をするという愚行をしてしまう。
いや、あまりにも理解不能な事態が連続して発生したために仕方がないところもあるだろうが……もしも相手が自分にとっての敵だったらどうするのか。
そして、その事実に彼女は。
「ん? …………え、人!?」
「ッッッッ!?!?!?」
燃えているかのように赤い髪の男性に見つかるまで、気づかなかった。
「ん? 人?」
「え? …………あ、ホントっしょ」
続けて、残る黒髪の男女もリディアンの存在に気づく。
途端にリディアンは、自分を襲おうとしていた【魔物】を瞬殺したと思われる謎の三人組に、どう対応すればいいのか分からず……より体を硬直させた。
結果的に助けてくれたのだから、まずはお礼を言うべきだろう。
だが相手は自分が見た事のないタイプの人達。そもそもなぜよほどの物好きか力自慢の者しか入らなさそうな【魔の森】にいたのか不明の人達。
下手をすれば違法行為が目的で【魔の森】までわざわざやってきた、国外の犯罪者かもしれない人達である。
どうしても警戒してしまう。
だが、そんな彼女の心境を察してくれたのだろうか。
黒髪の男性がすぐに「あ、すみません。ちょっとおたずねしたいんですけど……もしかしてアダンホーラ王国の方でしょうか?」と、両手を口元に添え、メガホンのように使いながら話しかけてきた。
まるで日常会話のような、あまりにも自然な声かけだった。
まだまだ油断できないかもしれないが、すぐに自分に危害を加えようとするような人達ではないと、リディアンは判断する。
「は、はいそうです!」
口元に手を添えメガホンのように使いながら、リディアンは言葉を返した。
「私の名前は、リディアン=オーネスヴァイン! アダンホーラ王国で宰相をしているオーネスヴァイン公爵の娘です!」
彼らの会話からして、彼らは自分を襲おうとしていた【魔物】を、食べるためにさばいたのだろう。決して自分を助けるためにさばいたワケではない。しかし結果として自分は助かった。
そしてそんな相手に、リディアンは偽名など名乗れなかった。
しかしだからといって彼女は油断しない。もしもの時は彼らをまいて逃げられるよう、攻撃魔法をいつでも使えるよう体内で魔力を練りつつ……話を続けた。
「助けてくださりありがとうございます! それで、あなた方はいったい……?」
「ちょ、これなんて物語っしょ!?」
「嘘だろ。いきなり重要人物か……?」
お礼と、質問の後……まず返ってきたのは、驚きの声だった。
貴族の令嬢が危険な森の中にいたのだから仕方がない……かもしれないが、声を出した二人の台詞に、リディアンは引っかかりを覚えた。
「あ、いや自己紹介でしたね……っておい、いつまで固まってんだよ」
「いたっ!?」
だが黒髪の男性が、赤い髪の男性の方をバシッと叩き、なぜか途中から話さなくなった彼を正気に戻すのを見て、緊張が少し解けた。
「ほら、自己紹介しろ。お前が責任者なんだから」
「あ、はいっ」
今度は赤い髪の男が口元に手を添え、メガホンのように使った。
「えっと、自分達はビヨンダード商会の者です! ドーランムスク王国からアダンホーラ王国に営業で来ました! もしよろしければ、アダンホーラ王国について、いろいろ聞かせていただけませんか!?」
この時、リディアンはまだ知らなかった。
彼らとの出会いが、自分の運命どころか、アダンホーラ王国の運命さえも大きく変えてしまう事に。
大いなる時代のうねりが迫っている事に。




