15.佐藤さんと冥土さん
キッドさんがオススメしてくれた美容室はオーナーが一人でカットを行う小さなお店だった。
どういう人物かあらかじめキッドさんから聞いてはいたが、初めてあった時のインパクトはなかなかだったな。
「なるほどなー、おっちゃんの髪型がパンチパーマだったからびっくりした訳か」
「キッドさんからは人柄と腕が良いとは聞いていたんですけど、容姿について聞いてなかったので⋯⋯」
「ハッハッハッハ!おっちゃんと顔が合った瞬間に扉閉めたもんな!その後、直ぐにキッド君に電話してたからおっちゃん笑ってしまったよ」
おおらかに笑う男性───佐藤さんに頭を下げると気にしなくていいぞと、優しく声をかけてくれた。男性にしては、高い声だ。このギャップがある意味、素晴らしい。
いや、でも本当に申し訳ない事をした。扉を開けて直ぐにこの店のオーナーである佐藤さんと顔を合わせる形になったのだが、パンチパーマの強面の顔をされていたので思わず扉を閉めてしまった。
人を外見で判断してはいけないのは、分かってはいるんだが⋯⋯佐藤さんの服装が高そうなスーツだったのもあって本職の人にしか見えなかったので、つい。
「初めてこの店に来るお客さんはだいたい同じ反応をするからな!おっちゃんも慣れてるからいちいち気にせんよ」
「そうなんですね⋯⋯」
自分だけではなかったのか、と少し安心してしまった。佐藤さん曰く、キッドさんの紹介で来るお客さんは特に同じような反応をするそうだ。
人柄が良い、腕が良いとキッドさんのオススメとしてこのお店を紹介してくれるそうだが、オーナーの外見については一切話さず会えば分かると濁すらしい。
俺もそんな感じだったと遠い目をしてしまう。
「キッド君はお茶目だからなー」
「電話越しのキッドさんも笑ってましたからね。完全にわざとですよ、あれ」
これで佐藤さんが聞いていた通りの人でなければ、一生恨んでいたと思う。本当に怖い体験をしたんだぞ。
キッドさんにお店が間違っていないか確認の電話をしている時に、佐藤さんが俺の肩に手を置いた時は⋯あ、俺今日でおわるんだって絶望したからな。
その後直ぐに、佐藤さんからとても丁寧な挨拶をされて落ち着いた訳だが。
「次にあった時に文句を言っていいとおっちゃんは思うぞ」
「あ、それはもう言いました。電話越しに笑ってたのが分かったので、腹が立って⋯⋯」
働くお店間違えたかなって、真剣に考えた。キッドさんはいつもやってるドッキリのつもりだったらしいから、余計にタチが悪い。
キッドさんが、そういう人だとは思わなかった。
⋯⋯いや、キッドさんはそういう事する人だな。俺に自信を付けさせる為とはいえ、女性に嘘を伝えて連れてきてたし。
俺に人を見る目がない事がよく分かった。ため息をついていると、佐藤さんが笑っている。お顔に反して可愛らしい笑い声だ。
「柊君には怖い思いをさせてしまったからね。サービスするけど、どっちがいい?」
「どっちがいいと言われましても」
先にサービス内容を教え欲しい。そうじゃないと選べないんだが⋯⋯。
「①今回のカットの料金の割引」
あ、ちゃんと話してはくれるんだ。良かったと一安心する。
サービスの内容の1つの、カット料金の割引か。素直に嬉しい。美容室に行くお金はキッドさんから貰ってるので自分の懐は痛まないが。
「②キッド君におっちゃんが嫌がらせ」
「②で」
即答だった。
割引よりもそっちの方が俺の気が晴れる。
佐藤さんも俺の返答を予想済みだったのか、ニヤッと笑みを浮かべている。素直に怖いと思った。
ちなみにキッドさんの紹介できた人はみんな②を選ぶらしい。よく分かっていらっしゃる。
「さて、柊君の予定もあると思うから席にどうぞ」
「あっはい」
佐藤さんに案内されるまま椅子に座ると、ポンチョのようなものを付けられた。ふと、気になったので佐藤さんに質問すると、これはカットクロスと言うらしい。
「今日はどんな感じに仕上げますか?」
「えっと、キッドさんから俺はセンスないからマスターに任せた方がいいと言われまして」
「なるほど⋯⋯柊君に似合う髪型にしてって事ね。キッド君の紹介だとこういうケース多いからおっちゃんに任せて」
「お願いします」
眉毛も整えるかどうか聞かれたので、お願いする事にした。キッドさんからマスターに何か提案されたら受けておいて方が良いと言われたので、そうした訳だ。
「結構伸びてますね」
「3年くらい髪は切ってないので」
「道理で」
鏡に映る自分の髪が佐藤さんの手で切られていく。キッドさんが絶賛するのがよく分かる手際だ。
「柊君はルックスが良いからね、どんな髪型にするかおっちゃん悩むよ」
「そうなんですか?」
「ちょっと気合い入れるならパンチパーマとかどう?おっちゃんとお揃い」
「すみませんナシで!」
パンチパーマの自分の姿を想像して、思わず首を振る。佐藤さんに急に顔を動かさないでと、注意されたので謝った。
ちなみにパンチパーマは冗談である。
そんなこんなで佐藤さんと何気ない会話を楽しみながら、自分が変わっていくのを鏡越しに見ていた。
「よし、こんな感じでどうかな?」
「結構、バッサリいきましたね」
「柊君の場合はかなり長かったからね。違和感はあると思うけど似合ってるよ。若い子に今流行りのセンターパートっていう髪型」
「なるほど⋯⋯」
前髪を真ん中で分け、左右に流したような髪型。佐藤さん曰く、セットが簡単だし俺に似合うと思ってこの髪型にしたそうだ。
なるほど⋯⋯。
小中と坊主頭だった俺がこの髪型はどうこういう権利はないだろう。プロがそう判断したのなら間違いはないと思う。
髪型に映る自分は確かに変わった。自分自身でルックスがいいとはナルシストではないので言えないが、前の髪型と比べて清潔感があるのは分かる。
後、顔の印象が違う気がする。前は髪が長かったせいで陰ができていた。今はさっぱりしているから明るい印象を受けるな。
「ありがとうございます」
「満足してくれたならおっちゃんも嬉しいよ。それと、眉毛の整え方が分からなかったらお店にきたらまたおっちゃんがしてあげるよ」
「はい!その時はお願いします」
鏡越しに笑みを浮かべる佐藤さんが映っている。笑顔なのに妙に威圧感がある。そんな佐藤さんの頭の上に『41』の数字が浮かんでいる。
赤の他人より少し高い程度の好感度。
キッドさんは髪型を整えるだけで十分だと言っていた。そのルックスがあれば人を惹きつける事が出来る、それだけの魅力があると。
真に受けていた訳ではないが、キッドさんが言う『人』とは、おそらく異性に対しての話だと思う。
確かに佐藤さんから俺に向けられる好感度は初対面の時よりも増えている。けど、それは髪型が変わって印象が良くなったからではなく、会話をしていると自然と上がっていったものだ。
つまり俺のルックスは関係ない。
で、俺なりにちょっと冷静に考えてみたのだが。同性の容姿の優れた者を見た時、好感度が上がるか?と自分に問いかけるとNOと返ってきた。
イケメンの方が印象がいいのは確かだが、自分と関わりのないイケメンに好意を持つことはまずない。顔がいいな、と思うくらいだろう。
人によってはかっこいい、こんな人になりたいと憧れるパターンもあると思うがそれが全てではない。少なくとも俺はイケメンを見て好感度は上がらない。
なら、逆はどうだ?
容姿の優れた異性なら関わりが少なくても好感度は上がらないか? 話した事もない、ただ通り過ぎただけの関係でも、綺麗だなとか、可愛いなって思ったりしないか?
話してみたら性格悪かったとかで下がったりはするだろうが、異性の方が他人の場合は好感度を持ちやすい気がする。
───そう、他人の場合。ここが重要。
人に対する好感度なんて、結局は関係性でしかない。俺に対して妹の二人の好感度が高いのは小さな頃から築いてきた関係値のお陰だ。
特に離婚とかで家庭環境が壊れた時に、二人の俺への好感度が爆上がりしていた。最悪な環境だったからな。あの時は二人にとって、俺くらいしか頼れる相手がいなかった。
あの時、俺が妹たちを突き放していたら今のような関係はなかっただろう。二人に関しては少しばかり好感度が高すぎるけどな。
キッドさんも、佐藤さんも同じだ。実際に話して人となりが分かると、俺へと好感度が上がっているようだった。結局は関係値だ。
「それじゃあ料金の方なんだけど」
「はい、おいくらですか?」
「今回のはね、キッド君からあらかじめお金を貰ってるから柊君は払わなくていいよ」
「え?」
髪を切り終えて、さぁ支払いという段階で予想外の事を打ち明けられた。
キッドさんからもうお金を貰ってる?
いや、けどキッドさんはこのお金で美容室に行って、お店で働く準備をしてって⋯⋯。
「来た時に話していたけど、よほど君がお店で働いてくれるのが嬉しかったんだろうね。いつになくニコニコしてたよ」
「そうなんですか⋯⋯」
「君に渡したお金はお小遣いとして取っておいてって」
「キッドさん⋯⋯」
鞄から取り出した封筒に一万円札が5枚ほど入っている。髪切ったり準備するだけならこんなにいらないし、余ったお金は俺は返す気でいた。
「それでもし、君が渋るようだったらこう伝えてって言われてる。『ボーイにあげたそれは『準備金』ネ。ボーイが光り輝くためのネ!その輝きでミーのお店に還元してくれたらOKネ』だってさ」
「そうですか」
「せっかくだし、素直に受け取っておくのがいいとおっちゃんは思うよ。それだけ君に期待してるって事だよ」
「ちょっと期待は重たいですけど⋯⋯うん、頑張ります」
こういう気遣いがキッドさんのいい所なんだろうな。俺がヒロインとかなら、今のでキッドさんに対する好感度が上がったな⋯⋯間違いなく。現金な男だな、俺。
「それじゃあ、また来ます」
「おっちゃんも柊君が来てくれるの楽しみにしてるよ」
「はい!ありがとうございました」
佐藤さんに頭を下げてからお店を出た。
キッドさんのお店で働くのが楽しみになった。
───現在の時刻は13時30分。猫大福さんとの合流まで時間があったのでふと気になってキッドさんのお店を調べてみた。
最近は色々と便利でネットで調べるとお店の評価やクチコミが見れたりする。キッドさんから教えて貰った店名を入力するとお店がヒット。
「評価⋯⋯2.4」
お店を利用したお客さんが、お店に対して評価をするなんて事が何時からか行われており、この評価やクチコミを参考に来店する者は少なくない。
キッドさんのお店の評価は言ってはアレだが、高くない。何か原因があるのだろうかとクチコミを見てみるとこんな書き込みが。
【トラマル
34件のクチコミ 14枚の写真
★ 最終編集 :1ヶ月前。
この地域では珍しいメイドカフェ。出張でこの近辺に来ることが多いのだが、このお店には来た事がなかったので物珍しさから来店。
東京で何度かメイドカフェには行った事があったので緊張はなかったが、入店と共に案内に来た冥土(誤字ではない)さんを見て、戦慄。
還暦を超えていそうなババアがメイド服をきて、おかえりなさいませご主人様と定番の言葉を言ってきた。
まさかの事態に驚きはしたが、幅広い年齢層のキャストを雇っているんだと自分を納得させ、案内の元に席についた。
そこで衝撃の事実を知る。
なんと平日の昼間はこの冥土さんしかメイドさんがいないらしい。何が楽しくてこんなババアからサービスを受けないといけないんだ。
それでも来店したからには、何も注文しないのはプライドが許さなかったためオムライスを注文。
冥土さんがオムライスに『美味しくなー!萌え萌えキュン』などと唱えていた。冥土さんが燃えて欲しいと強く思った。
料理は普通に美味しく、値段も相場と変わらない。料金に関しては不満はない。
ただ、冥土さんからの定番の魔法はいらなかった。
お店をよく確認しなかった自分も悪いが、こんな冥土しかいないのなら日中はお店を開けないで欲しい。
俺のような犠牲者が出ないように日中ではなく、夕方以降に来店する事をオススメする。
俺は二度といかない。】
───そっとページを閉じた。




