魔法剣士
ある酒場の片隅。項垂れる一人の女がいた。目はうつろで重苦しい空気が周りに漂っている。他の客は遠巻きから見ているだけで誰も話しかけない。
「私のせいで……くそっ!」
何度目になるかわからない癇癪。店員が迷惑そうに目を細める。
女はあるパーティに属していた冒険者である。実力は確かでその界隈では有名だった。
悲劇が起こったのは数週間前のこと。
女のパーティはある魔獣討伐を依頼され、山の中へと入った。
一行は順調に進み目的の魔獣まで辿り着いた。
ホワイトウルフェン。Bランクの狼のような魔物。見た目こそ狼だがその大きさは五メートルを超える。鋭い牙に爪と触れればひとたまりもない。
しかし、パーティは落ち着いていた。パーティは全員Bランクの剣士、タンク、魔法使いそして魔法剣士からなるBランクのパーティ。
油断せず戦えば問題なく勝利できる。
戦闘はパーティ優勢で進んだ。
ホワイトウルフェンは弱り、もう立つのも精一杯といった様子。
剣士が魔法剣士にとどめを指示する。
他のメンバーでも良かったが、多彩な攻撃を有する魔法剣士が最適だろうと判断した。
魔法剣士は風魔法を選択。無詠唱でも魔法が使えるがホワイトウルフェンの生命力の強さを危惧して、詠唱を行い威力を高めることにした。
詠唱を朗々と唱えていると死に体のホワイトウルフェンがウォーンと遠吠えをした。
剣士が焦って周囲を警戒する。
それにならい魔法剣士以外の皆も警戒心を高める。
魔法剣士は詠唱を完了。魔法を発動しホワイトウルフェンを打ち倒した。
喜んで皆の顔を見て笑いかけようとするが、それどころではないと判断。魔法剣士も警戒を高める。
「囲まれたな……」
剣士が呟く。
周囲から複数の気配を感じる。どれも油断できない気配だ。
そして森に潜む影が一斉に飛び出してきた。それは先ほど打ち倒したホワイトウルフェンの群れだった。その数十頭。先の遠吠えは仲間を呼ぶものだった。
パーティは一目散に徹底。しかし、森の中はホワイトウルフェンのテリトリー。十頭もの数から逃げられることなど出来ない。誰かが犠牲にならなければ……
最初に声をあげたのはタンクだった。ホワイトウルフェンの意識を向けるには自分が最適だと一人残ると言った。
仲間達は歯がみしながらも、今はそれしかないと走り出す。
タンクが上手くやったのか、しばらくはホワイトウルフェンの追跡がやんだ。
しかし、再度追いつかれる。数は減らず十頭のまま。
次に剣士が名乗り出た。
俺が数を減らすと。
剣士と分かれてしばらくまた追跡が再開し数は八頭に減っていた。
しかし、いまだ圧倒的劣性。
最後に魔法使いが名乗りをあげた。自分なら広範囲魔法を使えると。
魔法剣士は唇から血が滴るほど噛み締め、意を決して逃走した。
後方で巨大な爆発音がした。
ホワイトウルフェンのテリトリーの外はもうすぐそこだった。
どれほど走っただろう。
もう、足が棒のようである。前に進めてるのかも分からない。目も霞む。
魔法剣士はついに力尽きてその場に倒れた。
気がつくと街の治療院だった。
聞いたところによると他の冒険者が見つけてくれ運んでくれたとか。
後でお礼を言わなければと魔法剣士は思う。
それよりも、昨日の光景がフラッシュバックした。
自分が止めを無詠唱で行っていれば……それか刀で……いや、そもそもホワイトウルフェンに仲間を呼ぶ習性があることを知っていたら……無知だった自分を呪った。
こんな状態でも腹は減る。夜近場の酒場で腹を満たすと一人酒に溺れた。
客も店員も遠巻きに見るのみで近寄ろうとしない。
(それもそうか……こんな人間に近づきたいやつなんているわけがない)
やさぐれ、毎晩飲む習慣がついた。
その日も同じように飲んでいると、唐突に肩を叩かれた。
自分になんのようだ?
からかいにでもきたのか?
と一瞬気色ばんだが、肩を叩いた張本人を見ると郵便配達員だった。
「ちわー郵便です。ここにサイン頂けます?」
言われるがままサインし届いた手紙を受け取る。
(誰からだろう?)
裏を見るとスコットと書いてある。
一瞬で酔いが覚める。
「スコット神父!」
(どうしたんだろう? ずっと連絡なんてなかったが、もしかして命がもう短いとか?)
と不吉な予感がよぎる。
封を切り内容を確認する。
「はっはは、私が教師……」
思わず額に手を当て天井を見上げる。
こんな体たらくの私が教師など出来るわけがないだろうと思う。
しかし、この文面からはスコット神父の執念が感じられた。
手紙には受けてもらえなければ、一人の少年が悲惨な道へ進むかもしれないとあった。
依頼を受ける気は今のところなかった。しかし、こう言われると自分の失態で仲間を失った身としては感じるものがあったのも事実。
自分のせいでまた一人の人間が不幸になるかもしれない。
それは許容しがたかった。
幸い今までの活動で資金はあった。今は冒険者活動を続ける気にもならない。
なら、ここは一つスコット神父の顔を見に行ってもいいかもしれない。
少年を教えるかは分からない。
ともかく会って話だけでもしてみようと思った。
女魔法剣士は顔を上げ大きく会計! と言うと、店を出て行った。
(明日にでも返事の手紙を書いて出発することにしよう)
分からないが女魔法剣士は泥のような毎日の中で、しらず求めていたのかもしれない。自分を動かしてくれるきっかけのようなものを。
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【魔法剣士視点】
片田舎の町リーネットに着いた。
懐かしい。町は少し変わったかな?
でも、大して変わらない。昔のままのところが多い。
記憶を頼りに孤児院を目指す。
しばらく歩を進めると教会の十字架と子供達の声が聞こえてきた。
着いたか。
教会の中に入りシスターにスコット神父から手紙をもらって来たので取り継いでもらいたいと頼む。
しばらくすると、こちらですと先ほどのシスターが案内してくれる。
孤児院の中へ入り奥の古びた扉を開くとそこには柔和な笑みを浮かべたスコット神父が立っていた。
「よく来てくれたねカガミ」
「お久しぶりです。スコット神父」
スコット神父は昔よりも少し皺が増えていたが、あまり変わらずで元気そうだった。
私は握手を交わし応接用の古びたソファに座りスコット神父と向かいあった。
「立派になったね、すっかり見違えた」
そんなことはない。私なんて……ついこないだも私のミスで仲間を全員死なせてしまった。
「そんなことないです。スコット神父は変わりなく元気そうで。良かったです」
「まあね、でも見た目だけだよ。中身はそろそろガタが来てるよ」
そうスコット神父は笑いながら言った。
私も笑い返す。
「もう十年になりますもんね。私がここを出てから」
「そうだね。もうそんなに経つのか。時が経つのは早いね。カガミは今までどう過ごしてきたんだい?」
それから私は孤児院を出た後のことを話した。冒険者になり、各地を回ったこと。パーティを組んだこと。ダンジョンに潜り踏破したこと。気づいたらB級冒険者になっていたこと。
「そうか充実していたんだね」
スコット神父が微笑みかけてくれた。
その言葉と笑みがわたしの胸をチクリと刺した。
充実……確かに充実していた。それも数週間前までだ。それからは、絶望一色だ。
「実は最近仲間を失いました……」
「それは……不躾な言葉を投げかけてしまったね。すまない」
「いえ、スコット神父は悪くありません。悪いのは……私です……」
最後の方は消え入りそうな声だった。
まるで子供の頃に戻ったようだ。
スコット神父の前だと不思議とそうなる。
「私でよければ話を聞こう。もちろんカガミが話したければだけど」
「はい……」
そこから私はスコット神父に自分の失態を聞いてもらった。まるで懺悔だ。スコット神父は適度に相槌を打ちながら静かに私の話を聞いてくれた。
「辛かったね。その辛さはカガミにしか分からないだろう。私が分かるだなんて簡単な同情はできない。ただ、私もこの歳だ。大切な人は何人も見送ってきた。カガミのように自分のせいで死なせてしまったと感じる友もいた」
「スコット神父はその時どうやって立ち直ったんですか?」
沈黙が流れる。
「子供達がね。休ませてくれないんだよ」
スコット神父が笑っているような悲しんでいるような複雑な顔をした。
「手を引かれるんだよ。こっちだこっちだって。落ち込んでる暇なんてないぞって。未来はいつも目の前にあるんだぞってね」
とても抽象的な言葉だ。スコット神父もどう表現したらいいのか分からないのかもしれない。
それもそうかもしれない。人の心は正確に言葉にするには複雑すぎる。
「なんとなくですが…わかった気がします。ありがとうございます」
「うん、上手く言えなくてすまないね」
「いえ……」
「ただ、君にもハッキリと分かるかもしれない。手紙の内容は理解してくれたね」
「はい、ですが受けるかは……自分は人に教えられるような人間ではありません。今回はいい機会だと思ってスコット神父の顔を見に来たんです。少年とは話ぐらいはしてみようと思いますが、あまり期待はしないで下さい」
「そうか、それで十分だよ。ありがとう。では、早速その少年と話してみてはどうだろう?」
「そうですね、話してみます」
スコット神父は立ち上がり私を部屋の外へと促してくれる。
そのあと前を歩いて少年の元へ案内してくれた。
子供達の声が聞こえてきた。
中庭だな。懐かしい。
中庭に出るとスコット神父が声を張り上げる。
「ネロ! ちょっと来てくれるかい?」
「はい!」
ネロと呼ばれた少年が元気よく返事をし、駆けてきた。
少年が目の前までくるとスコット神父が私を手で指し示しながら紹介する。
「こちらここの孤児院出身のカガミさんだ。今日は私の顔を見に挨拶しにきてくれたんだ。ネロも挨拶して」
少年はいささか戸惑った様子でおずおずと言葉を発した。
「あの〜僕の先生になってくれる人ではないのですか?」
「それは分からない、ネロ次第だよ」
スコット神父が微笑みながら少年に言った。
「俺次第……」
すると少年は少し考えた素振りを見せたのち、キリっと私の目を見つめてきた。
「ネロと申します! 見ての通りふつつかものではありますがよろしくお願いします!」
少年は腰を綺麗に九十度に曲げてビシッと手を差し出してきた。
「……ぷっあはははっ!」
私は盛大に笑ってしまった。なぜなら、こんな子供がかしこまって精一杯誠意を見せようとしてるのが可愛くて。
私はひとまず笑うのをやめて少年に向き合った。
「よろしくねネロ」
私はネロの差し出した手を取った。ネロは嬉しそうに笑うと「はい!」と大きな声で返事した。
これが私とネロとの初めての出会い。
それは私にとってかけがえのない思い出になるのだった。