説得
毎日18時10分に投稿できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。
コンコンッ
院長室の扉を軽くノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
院長室に入ると院長が何かの資料に目を通しているところだった。
院長室は簡素な机と応接用の古びたソファと低いテーブル、壁際に書棚が一つあるだけのお世辞にも豪華とは言えない部屋だ。
院長は資料から顔をあげ、その丸眼鏡越しに俺の姿を捉えた。
「おや、ネロ。どうしたんだい?」
院長は優しく問いかけてきた。
目尻に刻まれた深い皺、白い髪と、歳を感じさせるものの、その佇まいはどこか品があり紳士を連想させる。
俺はそんな院長の目を見据えた。
「実はお願いがあってきました」
「お願い? 私にできることなら」
そう言ってニッコリと微笑んでくれる。
ゴクリッ
固唾を飲み込む。
「僕に剣術を教えてくれる人を雇ってくれませんか? 出来れば魔法も教えてもらえると嬉しいです」
一瞬の沈黙。
「それはまたなんで?」
院長がなおも微笑みを絶やさず問いかけてくる。
「強くなりたいからです。院長はすでにご存知だと思いますが、僕は十歳になったら教会へ行かなければいけません。そこで、スキルの検証をされるとの事ですが、その際僕の意見を通せるようにしたいんです」
院長の眉が少しピクリとする。
「意見? 武力でかい?」
「あくまで牽制の武力です。実際に振るう気はありません」
嘘だ。俺はもし都合が悪くなったら武力行使に出るつもりだ。それぐらいの腹づもりでいる。
「なんでそこまでスキルを検証されるのが嫌なんだい?」
院長の表情が読めない。今の心境はどうなっているんだろう?
これだからこういう交渉ごとは苦手なんだ。前世で上の人に話を通すのも苦手だった。
でも、やるしかないんだ。
このまま突き進む。
「それは実際に見て頂くのが早いかと」
俺は早速手持ちのカードを切った。
「ナイフか何かはありますか?」
「何に使うんだい? 残念だが五歳の君に刃物を持たすことはできない」
「ならいいです」
俺は院長の元まで駆け寄りテーブルの上にあったペンを素早く取ると、それを躊躇いなく左の手のひらへと突き刺した。
ペンが貫通し血が滴る。
「ネロ!」
院長が大慌てで椅子から立ち上がり横へと膝をついた。
「こんなことして何に……」
俺はペンを手のひらから引き抜く。
するとみるみると穴が塞がっていき、一秒も満たないうちに穴が綺麗に塞がった。
「こっこれは……」
院長が動揺して声を震わせる。
「これが理由です。僕のスキルは怪我を一瞬で癒します。このことが教会に知られると何をされるか分かりません。スキル検証のためと頭を弄りまわされることだってありえます。そんなのはまっぴらごめんです。なので、武力で僕の意見が通るようにしたいんです」
「確かにこれはその可能性を含んでいる力かもしれない。しかし、見たところ非常に稀なスキルではあるが再生と同じものだと思われる。再生ならすでに検証は済んでいるはずだから、そこまで酷い扱いを受けるとは思えないよ」
院長は先ほどの動揺を感じさせず毅然とした態度で言った。
「僕のスキルが再生ならそうでしょう。しかし僕のスキルは院長も知ってらっしゃると思いますが、究極健康体という未知のスキルです。どこまで再生可能なのか、その速度は? など検証されることは考えられるかと」
院長が顎に手をあて考え始める。
しばらくして口を開いた。
「その可能性はあるね。でもね、子供が武力で解決しようだなんて考えは許容しがたいものがある。それに教会の意思を捻じ曲げるんだ。相当の強さがないといけない。厳しいようだけど、あとたった五年でネロがそこまでになれるとは思えない」
そうきたか。でも、検証の危険性は分かってくれた。それなら、このカードも使ってしまおう。
「それなら、僕があと五年でそれほど強くなれることを証明すればいいんですね?」
「どういうことだい? そんなのどうやって証明するんだい?」
院長が怪訝な表情になる。
「ついてきてもらえますか?」
「いいでしょう」
俺は院長を連れて中庭に出た。中庭で遊んでいた子供達が院長と連れ立つ俺を見て何事かと静かになる。
「子供達に離れるように言って下さい」
「シスターアンジェリカ!少し子供達を建物の中へ」
「はっはい」
シスターアンジェリカは慌てた様子で子供達を建物の中へと誘導する。
「それじゃ見ていて下さい」
俺は空に片手をあげた。
そして魔力を放出、イメージする。
最初はドッチボール大の火球が出現。院長と遠巻きに見ていたシスター達が息をのむ。
さらに魔力を注ぐ。ここからは部屋では出来なかった領域の魔法だ。慎重に慎重に。
火球がみるみるうちに大きくなっていき、やがて火球が直径10メートルほどになりシスター達が悲鳴を上げる。院長も驚きで目を見開いている。
「これが俺の今の力です。自力でここまできました。あと五年、然るべく教育を受ければもっと強くなれると自負しています。どうか、僕に訓練を行なってくれる人を紹介して下さい。お願いします」
「わっ分かりました。これほどの力。扱い方を間違ってもらっても困る。ネロの希望が叶うように努力しましょう。ですので、とりあえずその火球をどうにかして下さい」
よし! 言質はとった!
俺は出来た火球の魔力を空中に霧散させ、火球を掻き消した。
周囲から安堵の息が聞こえる。
院長が額に汗を浮かべながら立っていた。
少しやりすぎたか?
まぁでもいっか。
これで俺の希望は通りそうだ!
……と思ったのだが、現実的な問題が残っていた。
院長が話の続きをしましょうと院長室へと戻ってきた。
「それではネロには剣術指南役と魔法の教師をつけましょう。……と、言いたいところなんですが情けないことにうちの孤児院には人を雇えるだけのお金がありません」
ガビーン!
そうか、そうだった。うちは貧乏だったんだ。うーん、どうすれば……
「そこで、私の古い伝手をあたってみようと思います。ただ、望みは薄いです」
そうか……わかった! お金がないなら稼げばいいのではないだろうか!
「それなら僕が森に行って動物なりを狩ってきてそれを売るとか!」
「力の使い方を覚えるのに、その力をむやみに使っているようでは本末転倒です。却下です」
それならどうすればいいんだよー!
「まぁ焦らず、ともかく私に任せといて下さい」
ここは院長を信じるしかないか……
「分かりました。よろしくお願いします」
そうして話し合いは終わり一応俺の希望通りにはなった。
後は天に運を任せるのみ。
どうかいい人が見つかりますように!
俺は以前会った女神様を思い浮かべながら、空に手を合わせた。
-----
【院長視点】
「ふぅ」
思わずため息が出た。
孤児院の最年少の少年ネロ。昔から頭のいい子だと思ってはいたが、まさかこれほどの人物だったとは……
最初ネロが部屋へ入ってきた時、何を言いにきたのだろうと不思議に思ったが、その決意に満ちた表情から何かただならぬことであることは分かった。
話をすると五歳の子と話しているとは思えず、まるで大人と話している感覚に襲われた。
内容は教会の言いなりにならないように力をつけたいので、剣術と魔法を教えてくれる人を探して欲しいということだった。
もちろん最初は反対した。子供が武力で抵抗だなんてそんなことをさせるわけにはいかない。
しかし、その後の彼のスキルのことを知るとその必要性はあるように感じた。
だが、武力による行使がどうにも引っかかっていた。
なので、少し論点をずらしてネロがそこまでの強さになるとは思えないと言わせてもらった。
これで引いてくれれば、私が教会に掛け合ってどうにか譲歩してもらおうと思っていた。
もちろん、焼石に水かもしれないが、やらないよりはマシだろう。
私にはそれぐらいしか出来ない。情けない限りである。
だが、ネロはなら証明すると言い出し私を中庭へと連れていった。
一体何をするのか?
一抹の不安を抱きながら見ていると空に手を掲げるネロ。
そして、火球が現れた。
その火球は青かった。
昔おとぎ話で聞いたことがある。
時の大賢者だった偉大なる魔法使いの火球は青かったと。
ネロの火球はまさにそれ。
それだけでも驚いたが、火球がみるみるうちに大きくなっていき孤児院の建物と同じくらいになる。
強烈な熱が押し寄せ息をするのも熱い。
私は咄嗟に彼の提案を受け入れ、火球を消してもらった。
あの力は強大だ。今のままでも教会に意見を通せるだけの力はあるかもしれない。
しかし、使い方を一歩間違えると世界を混乱に陥れかねない。
しっかりと教育を施すべきだ。
私は机の引き出しから紙を取り出すと、知人達へと筆を走らせた。
これは、必ず見つけ出さなければいけない。
でなければ、ネロの将来は暗いものになるかもしれない。
そうさせないため、一言一句強い意思を込めて手紙を書いた。
どうか一人でもいい。
希望を叶えてくれる人物が現れることを私は神に強く祈った。