決壊
今日も森の中で特訓だ。ミルフィは魔力を感じ取るところまで出来て、今は魔力操作の練習をしている。
魔力放出まで出来たら、家に帰っても魔力放出を行って魔力を枯渇させるのを義務づけようと思う。
魔力は使わないと増えないからね。
魔法の鍛錬が一段落したら次は剣術の訓練。今は最初に型を行い、その後俺と打ち合うようにしている。
カガミ師匠がやってくれたように俺からは一切手を出さない。好きに打ち込ませて感覚を掴ませている。
徐々に上達しているが、俺に一太刀入れるのはまだまだ先になりそうだ。
そこで、だいたい昼過ぎになる。
俺と師匠は持参したパンと干し肉を食べるが、ミルフィは食欲がないと言ってなにも食べない。
育ち盛りだ。これはちょっといかんなぁと思いつつも口は挟まないことにしている。
きっと事情があるのだろう。
訓練が終わったら勉強だ。
俺はもう軽い読み書きは出来るようになった。ミルフィはまだ簡単な単語を覚えている段階だ。でも、怠けず勉強も真剣に行っている。
うんうん、いい子だ。
そんないつも頑張っているミルフィに今日はねぎらいの意味を込めて、ご飯を奢ることにした。昼飯は食欲がないと言っているが、絶対腹を空かせているに決まっている。朝から訓練に勉強だ。カロリーは相当消費しているはず。
前世で後輩に奢ったことはなかったが、上司から褒美としてご馳走を頂くことはあった。
あれは気は使うが、普段食べれない食事を食べられるのは嬉しかったものだ。
ミルフィは俺に気を使ってる素振りはないし、きっと喜んでくれるだろう。
「ミルフィ今日この後時間ある?」
勉強を済ませギルドを出たところでミルフィに問いかけた。
「……少し……なら」
「それじゃ行こう!」
俺はミルフィの手を引いてウキウキ気分で歩き出した。
ミルフィが若干遠慮がちについてくる。
師匠がそんな俺達を見て静かに微笑むのだった。
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「さぁミルフィ! 好きなものを頼むといい!」
俺はいきつけの酒場でメニュー表をミルフィに見せていた。
「ネロ、ミルフィはまだそこまで字が読めないんじゃないか?」
師匠のツッコミが入る。
そうだった! テンションが上がって忘れていた。
「ごめんごめん、それじゃメニューを読んでいくから好きなの選んで。今日は俺の驕りだ」
「いっいいの?」
「ああ、いつも頑張ってるミルフィへのご褒美だ」
「あり……がと」
やっぱり腹減ってるんじゃないか。
それからミルフィは俺のオススメのステーキを選んだ。
ちなみに俺はビーフシチュー。師匠はオムレツだ。
少しすると料理が運ばれてきた。
ミルフィはステーキを見るとゴクリと固唾を飲み込んだ。
そして、ナイフで切り分けそれを一口。
「ミルフィどう? 美味しい?」
「……」
あれ、口に合わなかったかな。
「ミ、ミルフィ口に合わなかったのなら俺のビーフシチュー食べる?」
ポタッ
見るとフードから雫が垂れている。
「おい……しい……おいしいおいしい……」
ミルフィは号泣しながらステーキを口に運んだ。
まるではじめてまともな食事を食べたかのように。
まるでこの世の幸せを噛み締めているように。
その姿を見るとミルフィがいかに過酷な生活を送っているのかが鑑みえた。
最近はたまに討伐依頼もして食事をするくらいならお金はあるはずだ。
それなのにこの様子。
ミルフィの事情には関与しないつもりだが、それでも何か出来ないかと思ってしまった。
ご飯を食べ終え店を出てから、俺はミルフィに言った。
「これからはご飯は一緒に食べない? 全部俺が奢るよ」
こんな申し出はともすれば不快にとられるかもしれない。
哀れんでいるのか? と。
だが、俺は言わずにはいられなかった。
ミルフィには幸せになってほしい。
「いっいいよ……悪いよ……」
「そんなのは気にしなくていい。俺がしたいからするんだ。ダメかい?」
「ダメじゃない……けど。やっぱりいいよ」
「どうしても?」
「……ど、どうしても」
「そっか……わかった。でも、辛くなったらいつでも言うんだよ。俺はミルフィの味方だからな」
「あり……がと」
ミルフィは顔を伏せて貧民街の方へと足を向けた。
やっぱり不快にさせてしまったのだろうか……失敗したなぁ。
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【ミルフィ視点】
ネロ達と分かれた後、ミルフィは泣いた。
涙がとめどなく溢れてきて抑えられない。
嗚咽が細い路地に響く。
嬉しかった。ただひたすらに嬉しかった。
こんな自分を思いやってくれた。味方だと言ってくれた。
ネロが辛くなったらいつでも言えと言った時、助けてと思わず言いそうになった。
でも、ダメだ。
ネロに危害が加わるのは耐えられない。
もし、ネロに何かあったら……考えるだけでまた涙が溢れてくる。
私は耐えないといけないんだ。耐えて耐えて……その先に何があるんだろう——
いつものあばら家に着いた。
中に入るといつも偉そうに樽の上で酒を飲んでいる親分がおらず、子分が一人だけいた。
その子分はいつもミルフィを見て舌舐めずりする男だった。
「よぅミルフィ〜。親分達は今街道の馬車を襲いに行ってる。俺は留守番だ。今日は二人っきりだぜぇ」
いつものように舌舐めずりして男が近づいてきた。
ミルフィはジリジリと後ずさる。
「いつも思ってたんだ。俺好みだってなぁ。将来売りに出すが少しぐらい味見しても構わねぇよなぁ〜親分にゃお前が言わなきゃバレねぇ、だから、なっ大人しく服を脱げ」
「なに……する気……?」
「なーに今日は痛いのは最初だけだぁ。その後は気持ちよくなる」
男がいつも以上に爛々とした目でミルフィを見つめ舌舐めずをした。
「やっやだ……」
ミルフィは震える手で腰の刀を抜いた。
「抵抗するのかぁ? まぁそれも楽しいかもなぁ。お前が絶望する顔が楽しみだぁ」
男は嗜虐的に笑いながら剣を抜いた。
ミルフィが心を決めて先手をしかける。飛び込んで横凪に一閃。
それを男は軽々とスウェーすることで避けた。そして、上体を戻すとともにミルフィを上から下に切りつけた。
ミルフィの服が裂けた。
その細い体が裂けた隙間から覗く。
男がさらに醜悪な笑みを深めた。
ミルフィは服のことは気にせずまた切りかかる。しかし、相手にならない。
男は元々D級冒険者。駆け出しのミルフィに勝機は無かった。
やがて、ミルフィは足を払われて地面に転がる。
それに覆い被さるように男がやってきた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ——
何をされるのかうっすらとわかっていた。昔奴隷商のところにいた時に、同じ奴隷の子が男達にされていたことを見ていたから。
あの時は耳と目を塞いで見ないフリをした。
これはその報いなんだろうか。
あの時助けてあげなかったから今度は私の番になったのだろうか。
嫌だ——こんなの嫌だ!
せっかく強くなってきたのに。せっかく少しでも幸せな時間を過ごせるようになったのに。せっかく…‥ネロと出会えたのに。
ネロ! ネロ! 私に力をちょうだい!
少しでいいから!
お願い!
意を決してミルフィは床に落ちていた刀を握る。そして、男へ向けて一閃した。
それは、ネロがいつも描いている軌跡。魔物達の首を一瞬で落とす華麗な技。
近くで見てきた。ずっと——
だから、それを少しだが模倣することが出来た。
その剣撃は男の喉を切り裂いた。男が苦しそうに喉を押さえ倒れ込む。
ミルフィは立ち上がりすぐさまあばら家を飛び出した。
おそらくもうすぐ親分達が帰ってくる。
見つかったら命はないかもしれない。
だから、逃げた。
夜の街を駆けた。
はだけた服を抑えながら必死になって。
目指すのはネロ達がいつも帰っていく方角。
会えることはないかもしれない。でも、そうするしかミルフィに選択肢はなかった。
ミルフィは心の中で必死に名前を呼んだ。
ネロ! ネロ! ネロ!
「たす……けて」
「ミルフィ?」
そこにはぽけっとした顔で佇むネロがいた。
ミルフィはその顔を見るとすぐさま駆け寄りネロの胸の中で号泣した。
ネロはそっとミルフィを抱いた。
「大丈夫だよ」
ミルフィの泣き声が夜の街にどこまでも響いた。
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ミルフィと分かれて失敗したなぁと落ち込みながら宿へと戻った。
師匠は気にするなと言ってくれたが、やっぱり気持ちが落ち着かなかった。
明日どんな顔してあえばいいのだろう? とか悶々と考えてしまう。
俺は、居ても立っても居られず外の空気を吸いに外へ出た。
少し夜風に当たって散歩でもすれば収まるかもしれないと思って。
しばらく歩くと遠くの方から小さな影が走ってきた。
近くにくるとその姿をしっかりと捉えられた。
ピンクの髪に長い耳。その容姿には思い当たる節がなかったが、いや一つだけ見たことがあった。
それは緑の瞳。いつもフード越しに見ていたあの目だ。そしてよく見ると裂けているものの服はミルフィのものだった。
だから、俺は呟いていた。
「ミルフィ?」
そこからミルフィは俺の胸でひとしきり泣いた。
泣き止んだ後、とりあえず宿へ向かうことにした。
ミルフィは何も言わずについてきた。
「師匠、ちょっと何かあったみたいで」
宿に着くと師匠がミルフィを見て驚いていた。ともかく格好をどうにかしないといけないということで、俺の服を貸した。
師匠がベットの上でミルフィの手を握りながら、何があったのか話せそうなら話してほしいと言う。
そこからミルフィは語り出した。自分の今までのこと、今夜あったこと、それを涙を流しながら話した。
全てを聞き終えた時、俺は部屋の隅に置いてある刀を持っていた。
師匠がそれに待ったをかける。
「ただのゴロツキならいいが、裏にマフィアが絡んでいたら厄介だぞ。私達でも太刀打ち出来ないかもしれない」
「そんなの関係ありません。全てぶっ潰してやりますよ」
俺は怒っているんだ。今にも血管が切れそうだ。
こんなに怒ったのは前世も合わせて初めてかもしれない。
どんな奴が相手だろうと容赦はしない。
必ずその報いを受けさせてやる。
俺の大切な人に手を出したことを死ぬほど後悔させてやる。




