考察とボスと
五階層をある程度進み夕方になったので帰ることとする。
いつもの酒場で飯を食べ、宿に戻る。
宿に着くと俺は一人思考の渦に埋もれた。
考えていたことは、もちろん今日の麻痺毒についてだ。
麻痺毒を受けた結果一瞬体全体が硬直した。
このことから分かるのは麻痺は《《脳に障害を与えて起こった》》ということである。
麻痺は神経系に障害をもたらすことで起こる。神経系とは脳、脊髄、末梢神経などである。
この内末梢神経が障害を受けたら末端の麻痺が起こり、脊髄が障害を受けたら下半身や四肢が麻痺したりする。
今回なぜ俺は麻痺は脳に障害が起きたからと判断したかというと、脳が神経系の最上位の司令塔であり、全身が麻痺するには脳が障害を受けたとしか考えられないからである。
仮に脊髄の上の方が障害されても表情筋は動く。
しかし、あの時。
麻痺毒を浴びた一瞬。
表情筋も動かすことが出来なかった。
このことから脳に障害が及んだと考えられる。
そして重要なのは、その脳に及んだ障害を俺のスキル究極健康体は無効化したということである。つまり、俺のスキルは脳にも干渉できるということである。
このことから幻覚や幻聴などにも効果があると思われる。
まぁ統合失調症という幻覚や幻聴を引き起こす病気もあるので、健康体というからにはこの病気にも罹らないと思われる。
なので、そういう考え方でもそのような精神に作用する攻撃などにも耐性があると予測出来る。
まぁいわば状態異常耐性みたいなものだろうか。
神は健康になるだけと言っていたが、このスキルはなかなかとんでもないスキルだと思う。
怪我は一瞬で治り、状態異常も起こらない。
しかし、ここで一つ疑問が浮かび上がる。それは、なぜ一瞬とは言え怪我をし、また麻痺が起こるのか?
究極健康体というからにはそもそも怪我にもならないし、麻痺にもかからないのが言葉通りの意味ではなかろうか。
それが、一瞬とは言え傷つき状態異常の効果が体に及ぶ。
これはただの仮説だが、このスキルが発動するには自分の体の異常を感じ取るステップが必要なのではないかと思われる。
身体の異常を感知し胸の辺りにあるスキルの発動キーが作動、正常な体への回帰を外部の何かの力によって行う。
もし、外の何かの力の正体が分かって、体の異常を感じ取る前にスキルを発動することが出来たら、それこそ究極健康体と言えるのではないだろうか?
俺はそれを目指すべきではないかと思う。そうすればそんじょそこらの奴には負けないだろう。
その為にやはり外の力が何なのか知りたい。俺は以前マナではないかと予測したが……それを確かめる為にもマナが見えるようになりたい。
何かいい方法はないものか……
「ネロ、タオルで体は拭かないのか?」
俺は声に釣られて振り返ってしまった。
そこには一糸纏わぬ師匠の姿が——
俺は咄嗟に顔の向きを戻して叫んでいた。
「てっ師匠ーー!! 裸で呼ばないで下さいよ!」
「なんだ? 照れてるのか? そんなの気にする歳でもあるまい?」
「きっ気にしますよ! これでも健全な男子ですよ!」
「はははっネロは老成してるなぁ。で、体は拭かないのか?」
「拭きます拭きます! なので桶はそのままにしといて下さい!」
「分かった分かった。ところでネロ、考え事でもしていたのか? ずっと一人黙り込んでウンウン言っていたぞ」
師匠がおそらく服を着ているのだろう。衣擦れの音がする。
「そっそうですか?」
あっそうだ。今は一人じゃないんだ。分からないことは聞いてみたらいい。
「そっそういえば聞きたい事があったんです」
「ん? なんだ?」
「マナっていうのをどっかで聞いた事があるんですけど、それが見える方法とかないのかなーって」
まずもってマナがこの世界にあるか分からない。なので、こんな曖昧な聞き方になった。
「マナか。ネロはよく知ってるな。マナは精霊と契約することで見えるようになるとかならないとか。私も詳しくは知らん」
この世界にもやっぱりマナあるのか。それに精霊と契約か……
「精霊と契約するにはどうすればいいか知ってますか?」
服を着た師匠がベットに座っていた俺の隣にどかっと腰掛けた。
「精霊に気に入られると契約できるらしい。これも詳しいことは知らん。だが、エルフがよく精霊と契約して精霊魔法を使うな」
精霊魔法もあると。
「ネロは精霊魔法を使いたいのか?」
「じっ実はそうなんです! なんか威力も凄いって聞きますし!」
「今のままでもネロの魔法は強力だがな……まぁ上を目指すのは悪いことではない。何か分かったことがあったらまた教えよう」
「ほっホントですか? ありがとうございます!」
思わず興奮して師匠に顔を寄せてしまった。俺は恥ずかしくなり赤面してしまう。
「はははっネロは可愛いな!」
「やっやめて下さいよ……」
俺は思わず顔を伏せた。
それにしても精霊と契約か。
エルフの知り合いとかいれば良かったんだけどなー。
まぁこれは焦ることではないし、おいおいでいいか。
今はとりあえずC級ダンジョン制覇だ!
上手くいけば明日にはボス部屋に着くだろう。
C級ダンジョンのボス。楽しみだ。
こうして夜は更けていく。
眠る時いつも一緒に寝ている師匠の顔を見ると、さっき見てしまった光景を思い出して赤面した。
本当ウブになったものだよ俺も。
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翌日、ダンジョン五階層にて。
「そろそろじゃないか?」
カガミ師匠がダンジョンの一本道を進みながら言う。
「そうなんですか? 確かになんか雰囲気はありますね」
さっきから歩いているここは普通の通路より広く幅が二十メートルはあった。そして魔物が全くいない。
ボス部屋が近いと言われても不思議はなかった。
そして、ついに到着した。
三メートルはあろうかという鉄の赤い扉。
この先にボスがいるのか……
時刻は四時過ぎ。アタックする時間は十分にある。
「どうする? 挑戦するかい?」
「します」
ここまで来たらやってみたいと思うのが男心だろう。
俺は静かにゆっくりと扉を開いていく。
視界に入るのは広い体育館ほどの広場、その中央に体長三メートル、赤い肌でツノの生えた鬼がいた。
「リトルオーガ、C級ダンジョンだが、B級に近い強さを持つ。気を抜かないようにな」
師匠が俺の耳元で囁いた。
「はい」
俺もそれに小声で返し刀をゆっくり抜いた。
さぁ力試しだ。
まずはコテ調べに氷の槍を三本飛ばした。一本一メートルはあろかという巨大な槍がオーガに迫る。
リトルオーガはそれらを右手の大剣で砕こうとし、右手を振り抜く。
しかし、氷は割れず軌道を反らせるまでに留まった。
リトルオーガが雄叫びを上げ突進してくる。俺は身体強化を発動。リトルオーガを待ち受ける。
リトルオーガからの大上段の一撃。かわすのは容易だったが、あえて受けてみた。
重い衝撃が手足を伝わり地面がひび割れた。
重い……重いがまだまだ余裕で耐えられる!
その後リトルオーガの連撃が俺を襲う。
俺はそれを全て受けた。
衝撃が体全体に響く。
うん、こんなもんでいいか。
俺はリトルオーガの懐にスッと飛び込むとカウンターを一撃入れた。
だが、倒しきるには至らない。何故なら《《手加減》》したから。
どれくらいで死ぬのか実験してやるよ。
そこからは一方的だった。
リトルオーガは俺に斬られ魔法を放たれ満身創痍。
もう立っているのもやっとの状態だった。
所詮はC級ダンジョンのボス。
こんなもんか。
俺は興味を無くしてリトルオーガの首を刎ねた。
刀を鞘に納め師匠の元へいく。
「なんで手加減したんだい?」
「自分がどれくらい強くなってるのか確かめたくって」
「それで、確かめられたかい?」
「なんともですね。相手が小粒過ぎました」
「アレでも世間一般では強い方なんだけどね……」
「僕が求める強さはもっと上にあるので」
「そうかい」
こうして俺はC級ダンジョンを制覇した。
ちなみにボスの間にあった宝箱からは、鋼の防具が出てきた。
大きくて俺には着られない。
ボスも宝も俺にはがっかりする結果となったのだった。
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「C級ダンジョン制覇おめでとうございます。この功績によりネロ様はCランクへと昇級となります。こちらプレートです」
討伐証明部位を持ってギルドに報告に行くとこう言われた。
ギルド内がざわざわしている。
「おい、あいつついこないだ登録したばっかじゃなかったか? もうCランクなのか?」
「馬鹿! あの神速が付いてんだ。大方神速の手柄を横取りしてるんだろうよ」
「ちげーねー。 あんなチビがリトルオーガを倒せるとは思えねーしな」
「だな」
「俺はあいつはすげーやつだと思ってるぜ。登録初日にC級三人をのしちまうほどだしよ」
「俺もそれに賛成だな。神速の助力はあるだろうが二人でC級ダンジョン制覇はすげーよ」
などなど口々に憶測を話している。まぁ所詮全て憶測、噂。
好きに言ってたらいいさ。
「それじゃまた来ます」
それだけ受付嬢に言って俺達はギルドを後にした。