別れと成長
「師匠ちょっと相談があるんですけどいいですか?」
午後の訓練及び実験を終え町へと帰るすがら、俺はカガミ師匠に話しかけた。
「うん? どうしたの?」
「いや、ミリアが春になると孤児院を出るじゃないですか? それで何か送り出すお祝いというか、餞別というかなんというかそんな感じのことをしたいんです。でも、なかなか思いつかなくて……カガミ師匠のお知恵もお借りたいなと思いまして」
「うーん、なるほど。そうねぇ。私が孤児院を出る時はみんなからプレゼントをもらったわね。それじゃダメなの?」
「出来ればちょっと趣向を凝らしたものにしたいなと思いまして……難しいでしょうか?」
カガミ師匠が顎に手を当てて考えた。
「それなら、私の故郷の話なんだけど——」
なるほど! それはいい!
-----
俺がカガミ師匠からヒントをもらい、準備を進めていたある日、魔法の訓練から帰ってくるといきなり子供達に囲まれた。
なんだなんだ!? 何事だ?
内心焦る俺をよそに子供達が話しかけてきた。
「ネロ! 誕生日おめでとうー!!」
「「「おめでとうー!!」」」
「へ?」
俺は呆けた顔をしてしまう。
マリエラが先頭に立って何やら差し出して来た。
「これ、皆んなからネロに! 頑張って作ったんだよ!」
見るとマリエラの手のひらの上に、片方だけのイヤリングのような物があった。
羽根とビーズのようなものでできていてとても綺麗だ。
そっとそれを手に取る。
「これ、作ってくれたの? 凄い……」
「つけてみて」
マリエラが促す。
俺はイヤリングをそっと手に取り左耳につけた。
「どっどう?」
「凄い! カッコいいよ! ねぇ皆んな!」
マリエラが皆んなにも同意を求めるとそれぞれが褒め言葉を送ってくれる。
あのヒースでさえ似合ってんじゃねーかと不貞腐れたように答えてくれた。
こんなプレゼントをくれるなんて……そういえば昔からみんな誕生日にはいろんなものをくれたよなぁ。
ありがたいなぁ。
「皆んなホントにありがとっ! 大事にするね!」
「うん! 喜んでくれて良かった! えへへ」
マリエラが嬉しそうに微笑む。
俺は本当にいい家族に巡り会えたものだ。本当大切にしないとな。
それじゃ今度は俺の番だ。ミリアをしっかり送り出すぞ!
-----
春、心地よい風が吹き抜けこの季節特有の草花の匂いが香る夜。
明日は、ミリアの出発の日だ。
俺は孤児院の皆んなを中庭に集めていた。
「ミリア、明日出発だね」
「うん。そうだね。寂しくなるよ……」
「離れていても俺達はミリアの家族だよ」
「ありがとうネロ」
「それで、餞別といっちゃなんだけどミリアに見せたいものがあるんだ」
「なに?」
師匠に相談した時、師匠の故郷ではお祝い事があるとこれが空を彩ったらしい。
それは、前世にもあったアレだ。
俺は人差し指を空中に掲げ、火系統の魔法を発動した。
それは空を登っていき、上空で弾け綺麗な花を咲かせた。
ドーンという音が体に響く。
「こっこれは……」
ミリアが戸惑っている。
「どんどんいくよー!」
そこから俺は花火を連発、前世でも見たような美しい光景が空を彩った。
「キレイ……」
ミリアが瞳に花火を映しながらポツリと呟いた。
「わー! 凄いすごーい!」
「すっげーなこれ!」
「キレーイ!」
「すっ凄い……」
「こんな技術があるなんて……」
孤児院の他の子供達も興奮している。
そして、花火はフィナーレへ。
数千発の花火が次々に空へ上がり弾ける。
そして最後の一発、それは特大の花火だ。
一際空高くへと舞い上がり弾けた。
それは夜の闇を取り払い世界に光が満ちた瞬間だった。
ミリアの顔が昼間と同じようにハッキリと見える。
その瞬間、ミリアの頬に一筋の雫が流れていたのが見えた。
-----
花火作戦は大成功し今日はミリアが旅立つ日。
送り出すため孤児院の皆んなが外に出ていた。
「元気で……元気でね……うぅ」
「ミリアー!!」
テファとマリエラがミリアに泣きついている。ミリアは二人の頭を優しく撫でていた。
二人が落ち着いた頃、ミリアが皆んなに顔を向ける。
「皆んなホントに今までありがとう。これから少し離れ離れになっちゃうけど皆んなのことは絶対忘れないから。だから……皆んなも忘れないでよ?」
そういってミリアははにかんで笑った。
孤児院の皆んなが忘れるわけないでしょー! と口々に言う。
「それじゃそろそろ行くね。院長、シスター今までありがとうこざいました。孤児院の皆んなもホントにありがとう」
「体に気をつけるんだよ」
院長がいつもの優しい笑みをたたえながら言った。
「はい、それではそろそろ行きます」
そうしてミリアは皆んなに背を向けて町の外へと歩き出した。
その背中は寂しそうであったが、その足はしっかりと大地を踏み締め前へと進んでいた。
-----
ミリアが巣立ってから、皆んな当分の間は寂しそうにしていたが、そのうちいつもの日常を取り戻していた。
俺も、今日も今日とて訓練だ。
今はカガミ師匠と打ち合っている。
といっても、カガミ師匠は相変わらず防御一辺倒だが。
なんとか一本取るために攻めたてる。
俺は体が小さいのを活かして数で勝負する。力が弱い分連撃を繰り出しなんとか隙を見つけ一本入れようという作戦だ。
俺の大上段からの一撃を防いだ師匠が剣を正眼へ戻す。
なんとかあの防御の後の引き際を狙えないだろうか?
俺はさらに連撃のスピードを上げる。袈裟斬り、一文字斬り、真っ向斬り様々な角度から攻撃を繰り出す。
「くっ」
すると師匠からはじめて苦悶の声が発せられた。
今だ! 俺は、師匠がわずかに遅れた剣の引き戻しに合わせて懐に飛び込んだ。そして下から上へと、斬撃を放つ。
カンッ!
「お見事」
師匠は持ち手の端で俺の木刀を受け止め無傷で佇んでいた。
どんだけなんだよ。
「ネロはそろそろ私から攻撃をしてもいいかもしれないわね。さっきの一撃は良かった」
「ありがとうございます」
「なーなー! 俺は!?」
ヒースが自分を指して主張する。
「ヒースはもう少し今のままでいこうか」
「そうかよ……ネロばっかりずりー」
「ヒースも筋がいいよ。きっと私よりも強くなれる」
「ほっほんとか!? うっしっしぜってー追い抜いてやる」
カガミ師匠は弟子のコントロールが上手いね。
午前の剣術を終え、午後の魔法訓練及び実験。
いつもの草原で佇み棒立ちのまま火球を生み出す。その数4つ。
集中を切らすと魔法が霧散するが、ここまで来た。
「うん、安定してるね。それじゃ今度はそれを走りながら出来るようにしようか」
「わかりました」
走ると難易度が一段階上がる。集中が切れそうになり魔法が不安定になる。暴発だけは絶対してはいけないので、危なくなったら止まる。それを繰り返した。当分はこの訓練になりそうだ。
次に魔法実験。特大級の火球が今はドッチボールサイズになっている。見た目は小さいが、その威力は凄まじい。一度遠くに見える山に放ったら山の上半分が消し飛んだ。対人では絶対に使えないな。
目標はこの魔法を先ほどの訓練のようにモーションなしで発動出来るようになり魔法剣士として戦うことだ。
そうすれば相当な強さになれるだろう。
精進あるのみ。
-----
季節は春から夏へ、そして秋になった。
「いきます」
俺はカガミ師匠と対等に打ち合っていた。
まだまだ、剣術のみでは太刀打ち出来ない。だが、今は身体強化の魔法を使っている。身体強化は無属性の魔法だ。午後の研究で身につけた。
剣術のみでそこそこ打ち合えるようになった時、カガミ師匠が実践形式でもやろうと言い、今こうしている。
俺の早さに身体強化による膂力が加わり、カガミ師匠とて油断は出来ない。
凄まじい剣戟の末、ついにその時は来た。
俺の木刀がカガミ師匠の木刀を弾き飛ばし、カランカランと乾いた音が響いた。
「ついに負けちゃったね」
そう言うとカガミ師匠は笑ってみせた。
「いえ、魔法ありきなので。それに師匠は身体強化を使ってないじゃないですか。僕の剣術はまだまだです」
「そんなことないさ。剣術も随分上達している」
「話半分に聞いときます」
「素直じゃないなー」
そう言ってまたカガミ師匠は笑った。
するとヒースが俺に近づいてきた。
「今は俺の負けだ。でも、ぜってー負けねぇ。待ってろよネロ」
拳を突き出して俺を見つめるヒース。
俺はその拳にコツンと自分の拳を合わせた。
やっぱりヒースは根は曲がっていない。
午後の魔法訓練。
今では走りながらでも4つの火球を維持できるようになった。
すると、カガミ師匠がおもむろに木刀を手渡してきた。
見るとガガミ師匠の手にも木剣が握られていた。
「ここからは実践だよ。魔法と剣技を同時に扱う。それを身をもって覚えていく。いいね?」
「分かりました」
それから、カガミ師匠と魔法剣士として戦う。実践といっても火球では危ないので、小さい水球を使って行う。
剣術の隙に魔法を放つのは非常に難しく全然上手くいかない。魔法が消えたり剣がおろそかになったり。
カガミ師匠は見事に魔法と剣技を組み合わせてる。剣の引き際に魔法を放ち、魔法形成の時に剣で牽制する。全く隙がない。
実践の師匠はここまで強いのかと実感した。これでBランク冒険者。
俺が目指す強さは教会の圧力を跳ね除けるほどのものだ。
カガミ師匠から聞いた話によると、それには少なくともAランク冒険者の力が必要だ。Aランクともなると一騎当千の力を有する。国もその存在は無視出来ないらしい。
もうそろそろ7歳になる。そうなると後3年。たったそれだけの期間にそこまでの強さになれるだろうか?
いや……なるんだ。なってみせる。
それが俺の未来をつくるのだから。