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前世

新作です!

ストックが30話10万字ほどあるので、当分は毎日投稿確実です!

よろしくお願いします!

 突然だが医者に憧れていた。


 怪我や病気で苦しむ人を助け、感謝される。その為に知識を蓄え技術を磨く。

そんな姿にとても憧れを抱いた。

 そりゃ綺麗事だけですまされるようなことばかりではないと思う。時には患者に憎まれることもあると思う。また命を預かる以上絶大な責任も伴う。

 その重圧は計り知れないと思う。また、派閥争いなどもあるだろう。

 それはそれは大変な職業だ。


 しかし、どうにも俺は憧れずにはいられなかった。

 なぜなら、患者の気持ちが痛いほど分かっていたから。


 幼少の頃から病弱で寝たきりだった俺は、外で元気よく走り回る子供達をとても羨ましく思った。

 なんで自分だけこんな体に生まれてしまったのか? 

 なんで自分だけこうも苦しまないといけないのか?

 あの頃の俺は自分の境遇を呪ってばかりいた。


 そんな俺に転機が訪れたのは5歳の時。

 あるお医者さんに出会った。その人は特に有名というわけでもなく、ごくごくありふれたお医者さんに見えた。

 俺の通う総合病院に転勤してきて、ある日主治医になった。


「よろしくね」


 そう言って差し出された手をそっと握ると、とてもあたたかったのを今でも覚えている。


 そこから、その先生は薬物療法に加え食事療法、運動療法を交えて徹底的に俺を治そうと頑張ってくれた。

 思えばこの時俺は医者という職業に憧れたのかもしれない。


 そして一年後、小学校入学までに俺は外に出て走り回れるようにまで回復していた。

 嬉しかった。世界が綺麗だった。近所に友達もでき毎日がキラキラしていた。

 そうして俺は小学校に入学する。

 しかし、人生とはままならないものだ。

 

 小学校に入学すると複数の子供に囲まれ危険な事も近所で遊んでいた時とは比べ物にならないぐらい増える。

 その結果俺は怪我をしまくった。

小学校を卒業するまでに骨折11回、肉離れ6回、靭帯断裂3回、etc etc……

それに加え生来の病弱のせいで風邪などを頻繁に引いた。

 学校を休んで昼間布団に寝転がっていると、小学校に入学するまでの自分を思い出した。

 だけどもあの時のように悲観する事はなかった。

 今は世界の楽しさを知ってる。人のあたたかさを知ってる。そしてこれが治らないものでないと知ってる。

 なら俺は今は耐えてまた楽しい日々に戻ればいい。

 ただ、それだけだ。


 俺はもう負けない。

 病気や怪我なんかに負けてやるもんか。


 その気概のもと中学に入学。

 部活動はサッカー部を選んだ。家族や周囲からは反対された。でも、運動部に入る事は夢だったんだ。俺は反対を押し切り入部した。

 案の定怪我をしまくった。病気にもかかった。しかし、毎日が充実していた。

 三年間レギュラーにはなれなかったものの、とても充実した三年間だった。


 勉強はとても頑張った。そりゃもう必死こいて頑張った。

 なぜならこの時にはすでに医者になりたいという気持ちが固まっていたから。

 しかし、頑張り過ぎるとすぐ体調を崩すこの体ではそこまでの学力にはならなかった。


 高校は地元でも中の上程度の高校へ進学。

 そこでもサッカー部に入り勉強も頑張った。嬉しいことに彼女なんかも出来たりした。相変わらず病気と怪我に悩まされる毎日だったが、充実していた。


 大学に進学した。

 偏差値は55程度の中堅大学。

 いくら頑張っても俺にはここが精一杯だった。医学部に入れなかった以上、医者になるという夢は薄れた。そりゃ編入、卒業してからまた再受験という道もあるが俺はもう気持ちを切り替えていた。


 なぜなら、入った学科は生物学を専攻する学科だったから。

 ここでは生物学を中心に基礎医学を学べる。

 将来、研究者になり病気や怪我を根本から治すことが可能なのだ。

 直接患者からお礼を言われる機会は少ないかもしれない。

 でも、そんな事は関係ない。

 俺は人を癒せると思うだけでモチベーションが上がった。

 

 大学では部活動やサークルには入らずひたすら勉強した。

 何度もぶっ倒れた。その度に周りに心配をかけた。それはとても心苦しかったが、自分の夢のため突き進んだ。

 

 努力の甲斐あってその大学の院へ無事進学。日々研究に明け暮れた。

 この頃には人体の構造や仕組みを詳しく知ることが出来た。

 この頃、いやだいぶ前から気づいていたが俺は生命の仕組みを知るのが好きらしい。

 勉強は辛いがそれよりも知的好奇心が勝っていた。

 そして、その熱意により無事博士号を取得。

 就職は中堅規模の製薬会社に就職した。


 なぜ、研究所ではなく一般の製薬会社に就職したかと言うと、そこでは「風邪を治す薬を開発する」との謳い文句を掲げていたからである。


 風邪薬ならあるじゃん、と思うかもしれない。しかしあれらは厳密には風邪薬ではない。正確に言うと風邪を根本から治すものではないのだ。

 風邪薬に含まれるのは、熱を下げる、喉の痛みを和らげる、鼻水を抑えるなどの症状を緩和させるだけのものでしかない。

 風邪の原因は体内に侵入した病原菌である。それを打ち倒す効果は今の風邪薬にはないのである。


 ならなぜ風邪は治るのか?

 それは免疫のなせる技だ。体内の制御機構、免疫。これはほとんどの菌を駆除することが可能だ。

 なので風邪薬で症状を抑え体を楽にしてる間に免疫に頑張ってもらい風邪を治すというわけである。

 しかしここでもし根本の病原菌を打ち倒す薬、またはそれにならう制御機構の薬ができたら……それはもうノーベル賞ものである。


 そんな途方もない挑戦にたかだか中堅規模の製薬会社が挑もうとしてるとこにどこかシンパシーを感じてしまった。

 なぜなら、おれも病気、怪我で悩ませれる病弱な体ながらも体を動かし勉強し、自分の信念を貫こうとしていたから。


 こうして社会人になった俺。

 そこでは今までとは比べ物にならない苦行が待っていた。

 慣れない一人暮らし。成果はでないのか?との会社からの催促、上司部下との人間関係。高校から付き合っていた彼女との破局。

 それに加え俺の生来の虚弱体質。

 頻繁に休む俺への視線はとても冷たかった。

 そんな中で成果が全く出ない研究の繰り返し。

 もう精神が擦り切れる寸前だった。


 いや、擦り切れた。


 最初は胃に穴が空いた。それでも会社に出社し、なんとか仕事を続けた。ただでさえ休みがちな俺がこれ以上休んでしまうといけないと思ったからだ。

 会社の催促がきつく、いつもは休む程度の体調でも無理して出社するようになった。

 そんな事をしていればいつか破城する。そう分かっていても止められなかった。意地なのか正義感からなのか、それはわからない。


 そんな生活が五年ほど続いた。

 ある朝起きようとすると体が鉛のように重く全く動かせない。頭が重い。気分も落ち込んでいた。

 なんとか家族を呼び病院へ行くと鬱だと診断された。

 幼少の頃からの病弱によるストレス、それでも懸命に生きようとの努力、それらが会社のストレスがきっかけで爆発したのだと思う。


 そこからの人生は最悪だった。会社には休職願いを出し休職した。

 毎日体が重く思考もマイナス思考、なんどもこの世からいなくなりたいと思った。

 でも踏みとどまった。それが何故なのか自分でもわからない。

 

 くる日もくる日も布団の上。なんの為に生きてるんだろう?

 そんな疑問を繰り返した。


 なかなか回復しない中、会社の休職期限が来てしまった。

 あえなく俺は退職。無職となった。


 何年かなら今まで貯めた貯金で暮らしていける。その先は……どうなるかわからない。


 それからはひたすらに療養に専念した。

 会社を辞めたことが心の楔を破ってくれたのかもしれない。

 体調は少しずつ回復していった。


 貯金がそろそろ尽きるという頃合いで、生来の病弱体質は変わらずだが、一応の元気を取り戻した。


 さて、また働こう。今度は研究職などは無理だろう。障害者雇用で雇ってもらおう。


 そうして俺は清掃の仕事を始めた。今までのキャリアなんて全く関係ない仕事。

 ずっと夢だった医者、そして人を治すというものからも遠くにある職業。


 しかし、充実していた。掃除のオバチャン達は優しいし、たまに清掃している施設の人からお礼を言われる。それだけで心が弾んだ。


 さて、このまま自分の体と相談しながら生きていけると思った矢先。

 朝目覚めるとまた体が動かない。

 鬱が再発したか? 

 そんな嫌な考えが脳裏をよぎった。

 しかし、頭が重い、思考がネガティブなどの症状はない。


 ともかく病院だ。俺は家族を呼んだ。


「末期の膵臓がんです」


 体が硬直して先生が発した言葉が脳にうまく浸透しない。


 えっ? なに? 俺死ぬの?

 こんなに頑張ってきたのに?

 最近は少しまた希望が見えてきたのに?

 なんなんだよ! いったいなんなんだよ!

 こんなに苦しめて何が楽しいだよ!

 なぁ!! 神様!!

 ふざけんなよ……ホントふざけんなよ……




 俺の人生に意味なんてあったのかな?




 灰色だった。

 俺は宣告されてから二日で病院へ入院。もう体を少しも動かす事が出来ない。

 このまま死ぬ。

 何も出来ずに。

 あぁホント無意味だったよ。

 せめて俺が虚弱じゃなかったら……

 病気や怪我がなかったら俺は何かをなせたのかな?

 ホントわかんねぇよ。

 なぁ神様……もし来世があるならせめて健康なからだ……に……


ピーーーーーーーー


 心電図の無機質な音が病室を支配し、医者や看護師が慌ただしくかけてくる中、俺は他界した。


 享年34歳という若さだった。

カクヨムでも連載してます。

読みやすい方で読んで頂ければと思います。

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