幕間③ 絵日記かこ!
絵日記。日々の出来事を絵で表し、文章を添えたスタイルの日記だ。青菊ノ国では小さな子供達のお馴染みの夏休みの宿題で、貯めると手に負えなくなるため、恐れられている宿題である。そんな絵日記だが、最近の研究から絵日記を書くことで記憶力や伝える力の向上が見込めるということがわかり、一昨年の冬頃「大人の絵日記」ブームが青菊ノ国全体で起こったのである。大人が絵日記を書く波がくれば、それは子供達の教育にも反映されるわけで。中学校や高校でも夏休みに宿題として絵日記を出すブームが来たのである。るいの通う星蘭学園でも、澪達の通う東愁夏中高一貫でも当然のように出された。
「絵日記なんて何年ぶりだろうな……」
去年の8月中旬の夜、澪は自身の書いた絵日記を見返しながら呟いた。
「小学校低学年とか以来じゃない? 僕、すごい適当に書いてた記憶ある」
湊音がスマホをいじりながら言った。
「お前文章書くところ、3割程度書いて終わってたタイプだろ」
澪は自身の開いた日記越しに湊音を見てぼやいた。
「よくわかってるね。その通り。なんなら2割の日もあった」
「僕も3割程度しか書いてなかったからあんま人のこと言えないけど、2割は酷すぎる」
「僕はすごく力を入れる日と、手抜きの日の落差が激しかったなぁ……ちなみに今回もそうだけど」
悠乃が遠い目をしながら呟いた。
「るいはこだわりそうだよな。小さい頃とかめっちゃいろんな色とか使って書いてそう」
湊音は製氷機からいそいそと氷を出してコップに入れるるいの方を振り返って言った。
「確かに。もし小学生とかの頃に書いてたらそんな感じだったかも」
るいは氷入りのコップに水道から水を注ぐと面白そうに答えた。
「え、お前もしかして子供の頃に絵日記、書いたことないの?」
るいの思わぬ返事に澪が驚いた。夏休みや長期休暇の絵日記の宿題は青菊ノ国の子供たちの通過儀礼だ。やってないことがあるのだろうか。
「あー、私、小学校低学年から中学年の頃はリューミュとか、フリージカにいたから絵日記の宿題を出された経験ないんだよ」
肩をすくめるるいに3人は納得した。なるほど。外国にいたのなら青菊ノ国特有のこの文化を体験する機会がなかったのもわかる。
「だから今回学校で出たおかげで、遅めの絵日記デビューをはたしたんだよね」
「どんなこと書いてるの?」
悠乃がるいに尋ねた。
「どんなことって、普通にその日あったことを書いてるけど……絵日記ってそういうもんじゃないの?」
「でも本当に何もない日とかあるじゃん。そういう時どうしてるの?」
「そんな時は正直に何もありませんでした、って書いて、今日の理想は本当はこうでした、って書いてるよ」
「そんな手があったのか……」
澪が感心したように口を開いた。
「逆に悠乃はどうしてるの?」
るいが中身が氷だけになったコップをダイニングテーブルに置きながら聞いた。
「僕は、なんか、適当に」
「なんか適当に、って何」
「どういうこと」
「めっちゃ気になるんだけど」
「ちょっと待ってて、見たらわかる」
不思議がるるい、澪、湊音の為に悠乃は自身の絵日記を遡り始めた。
「これとか」
そう言って悠乃はるいにあるページを開いて絵日記を渡した。何気なく日記を覗き込んだ3人はページに視線を落として目を見張った。
「なんじゃこりゃ」
悠乃の絵日記の文章欄は見たことのない文字で埋め尽くされており、絵を描く部分にも大量の文字が書かれていた。
「新しい文字作ってみた。あ、絵のところに和語との対応表書いてあるから一応誰でも読めるよ」
「……お前暇か?」
湊音が日記から顔を上げてなんとも言えない表情で悠乃を見つめた。
「いつもならクッソむずいので有名なエルヴェ語の文字とかで書きたい内容を翻訳機にかけて写して、絵のとこは適当に描いて終わるんだけど。この日は特別書くこともなくて暇で」
「僕も外国語で書いたことはあるけど文字作ったことはないぞ、普通文字作ろう、暗号にしようっていう発想にはならないでしょ」
湊音が同意を求めるように澪を見た。
「……僕も暗号で書いたことあるんだけど」
澪が言いにくそうに言った。
「さすがに文字から自分で作るようなのはしてないけどね」
澪が慌てたように付け加えた。
「……ここにも暇人がいたか……」
「そういうお前はじゃあどんな日記書いてんの?」
澪がムッとしたように聞いた。
「別に普通だと思うけど……」
そう言いながら湊音は絵日記を差し出した。なるほど、確かに毎日和語で書かれていて、たまに数行しか書かれていない日もあるが、普通の絵日記だ。──絵を描く欄以外は。湊音の絵日記の絵を描く場所には、全てプリントアウトされた写真が貼られていたのだ。
「お前、これ絵日記じゃなくね?」
澪が突っ込んだ。
「いや、写真は写し絵ともいうからさ」
「今僕どこがおかしいとも言ってないのに、お前自分から言及したな」
「……絵描くのってめんどくさいじゃん」
「だとしても効率求めすぎだろ」
「僕は今、湊音が一緒に出かける度に必ずスマホで写真を撮ってた理由を理解したわ……」
「これはまた大胆な……」
「正直、天才だとは思う」
「だろ。悠乃、お前はわかってんな」
「でもこれ、先生に怒られない?」
るいがページをパラパラとめくりりながら聞いた。どのページも写真が貼られており、見事に絵は一切ない。
「この前登校日に宿題の中間チェックあって、出したけど先生『お、この写真映えじゃん』とか言ってたから大丈夫だと思う」
「先生ゆっるっ、うちの学園だったら絶対怒られてるよ。これが進学校と自称進学校の違いか…」
るいが嘆いた。
「じゃあお前はちゃんと書いてるんだ」
湊音が自分の絵日記を閉じながら言った。
「うん、書くことない日はさっき言ったみたいにしてるけど、基本は結構ちゃんと書いてる。忘れて後から書く日もあるけど。ほら」
るいはダイニングテーブルの上に乗っていた自分の絵日記帳をみんなに手渡しながら言った。
「ほんとだ。真面目に書いてる」
「まあ初めてだからねー。あんまり冒険はやめとこうかなって」
まあ、健全な判断だろ、という湊音の横でペラペラとるいの絵日記帳のページをめくっていた澪が急に手を止めた。
「……待って、この日のるいが書いてること、僕も自分の日記で書いたわ」
「え、まじで? まあでも私達一緒に住んでるから話題が同じになるのはありうるよね」
「いや、話題が同じなんだけど、なんていうんだろう、僕サイドとるいサイドに別れてるっていうか……」
澪はるいの絵日記を置くと自身の絵日記を引き寄せた。
「この日。8月8日」
澪はるいの8月8日のページと自分の8月8日のページを開いて3人に見せた。
「えーっと……ああ、私が冷蔵庫から出る冷気で涼んでたって書いた日の日記だ」
「そう。そして僕のはるいが無駄に冷蔵庫を開けてるの見て注意した日記になってる」
澪が頷いた。
「それは注意されるわ」
「なんか、片方読んだ後にもう片方読むと完結するみたくなってる」
突っ込む湊音と2つの日記を読み比べる悠乃。
「それにしても、ここまでみんなの絵日記見たけど、絵日記って結構個性出るもんだね」
るいが先程ダイニングテーブルに置いたコップを持ち上げて言った。なかの氷がカラン、と涼しげな音を立てた。
「だな。写真貼る奴もいれば、文字作る奴もいる」
「同じことを書いてても視点が違うと書くことの重点が変わってくるしね」
「来年も絵日記の宿題出るかな?」
「なんとなく出ない気がする。流行りも7月後半頃から廃れてきた感じあるし」
るいの疑問に悠乃が答えた。
「そっかー」
「僕的には嬉しいけど。いちいち話題を毎日考えなくていいし」
「同感」
「右に同じ」
「私も」
「結局はみんなない方が嬉しいってことじゃん」
悠乃の突っ込みに3人の笑い声が響いた。
来年、つまり、今年の夏を彼らがどう過ごすのか。それはまだわからない。
ちなみに、彼らの書いた絵日記はアルファポリスの方の小説で見ることができます。ランキングタグの方にリンクを貼っていますでの、気になる方はぜひそちらからどうぞ