幕間② ファミリー3の夏 Ⅰ
今回も長いので前編と後編に分けてます。
ヘレニキアの暦、ヘレニ暦。ヘレニキアに最古の文明国家、「クロンフォン」が誕生したといわれる年を0年として現代までを数えた暦だ。現在はヘレニ暦で3539年。ヘレニキアに文明が誕生したと言われている年は今から3539年前なわけだ。最古の文明の文字は1000年近く解読されておらず、はるか昔の文明の全貌は未だ謎に包まれており、長年、考古学者や歴史学者の好奇心の対象となっている。
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そんなヘレニ暦3538年の夏、今の時間軸からほぼ1年前のことだ。悠乃は茹だるような暑さの中、庭付けのウッドデッキでぼーっとしていた。201プロジェクトでファミリー3のメンツが家族として出会ってから早くも1年が過ぎようとしていた。悠乃は庭の片隅で少しでも涼しくなろうと水で遊ぶ他の3人をみながら、3ヶ月トライアル期間を経て本格的に家族として動き出した頃のファミリー3に思いをはせた。あの頃はみんなよそよそしかったなぁ。僕を含めてみんな猫被ってたから。今では考えられないようなおとなしいみんなを思い出して悠乃は1人笑った。みんな結局ちょっとずつボロが出てきて、なんとなくお互い、もう隠さなくてもいいんじゃない?っていう雰囲気になったんだっけ。あー。ある意味あの頃のみんなってすっごいレアだったな。動画とか写真で保存しとけばよかった。
「うわっ!水かけられた!」
るいが叫んだ。澪と湊音が偶然偶然〜と言いながら絶対に偶然とはいえない向きにシャワーホースを向けるのをみながら、悠乃はお互いの存在が他人という域を超えて友達ぐらいに昇格したのが、去年のこの時期のこの頃だったことを思い出した。
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トライアル期間を経て無事本格的に生活が始まって1ヶ月が経った頃だった。その日は猛烈に暑い日だった。猛暑日だったとしても普通なら大したことはなかっただろう。が、事件は突然起きた。朝の10時頃に停電が起きたのだ。もちろん、家中の電気製品が使えなくなった。突如部屋の明かりが落ち、フル稼働だったエアコンがピーっと音を立てて動かなくなって、青菊ノ国の夏らしい、ジメジメとした暑い空気があっという間にリビングを満たした。こんな中喜べたことは、冷蔵庫の中の生鮮食品やアイスクリームと言った冷凍や冷蔵が必須なものを、前日までに使い切っていたことぐらいだった。窓を開けたり、庭に打ち水をしたりして少しでも涼もうとした4人だったが、気休めにもならなかった。とにかく暑かった。限界を感じ始めたお昼過ぎに皆がせめてフローリングの冷たさを感じようとそんなに冷えてもいない床にへばり付く中、澪が突然起き上がった。彼は台所へ行くと、大量の2Lペットボトルを持って庭に出て行った。
「あいつ、暑さで頭おかしくなったんじゃない?」
自ら暑い庭に出て行く澪を目だけでみながら悠乃は隣のるいに話しかけた。
「この暑さならおかしくなってもしょうがないよ……」
できるだけ冷たい床を探そうと床を這いずり回りながらるいが答えた。
やがてジャーッというペットボトルに水を注ぐ音がきこえてきた。澪が何か作業を始めたようだった。
「ほんとになにしてんの」
悠乃は体と床の設置面を減らさないよう、床を匍匐しながら庭に面する窓を覗いた。るいと湊音も顔だけ窓の方を向けると様子を伺った。澪はたくさんある2Lペットボトルの一部に水を注いだかと思うと、室内の自分の部屋に入って、長いホースのようなチューブのようなものと結構な量のストローを手に出てきて、3人に声をかけた。
「お前らもやる?」
「何を……?」
「それはこれからわかるから。水使うから暑いならちょうどいいと思うよ。水もそんな冷たいわけじゃないけど」
3人は顔を見合わせた。いくら水がぬるかったとしてもこの湿気と熱気のこもった室内にいるよりはマシだろう。3人はそそくさと澪の後について庭に出た。
「みんなきたね。えーと、じゃあ湊音はこのペットボトルのキャップ全部にこのストローが通るぐらいの穴を開けてくれる?ものによっては2個ずつ開けてほしい」
澪は大量のペットボトルから外されたと思われる大量のペットボトルキャップを湊音に渡した。
「もう半分くらい空いてるけど」
湊音はペットボトルキャップを漁りながら言った。
「途中までは開けてるから。残りをやって」
「お前、もしかして結構前から準備してたの?ほんと何する気?」
「これからわかるって。るいと悠乃はこっちにあるペットボトルに水を汲んでこれる?あっちに置いてある方はいいかな。僕はこのペットボトルの加工と、それが終わったら湊音とキャップに穴あけするから」
「いいよ」
「わかった」
10分後。庭には水が入った大量のペットボトルと穴の空いたペットボトルキャップが大量に置かれていた。
「今から言う通りにチューブを繋いでくれる?」
「「「わかった」」」
キャップを使ってチューブをペットボトル同士に繋いでいった。澪の指示のもと、着々と繋がれて行くするとペットボトル。
「ねえ……これって……」
不意に湊音が手を止めて澪を見つめた。
「これってもしかして、あれだったりする?古代クロンフォンの発明品の、なんだっけ、名前が出てこないけど、空気圧で水が出るやつ」
「……エレスの噴水?」
「あー!!それ!」
湊音は悠乃の言葉に激しく頷いた。
「古代クロンフォンの賢者、エレスの発明品で、たしか水を下に落とすことで空気の圧が上がって、それで水が上から噴き出す……。僕も途中からそれかなって思った。ていうかこんだけペットボトル用意したってことは結構派手にする感じ?いいね」
悠乃はまじまじとペットボトル達をみて納得したように頷いた。澪が嬉しそうに笑った。
「気づいた?」
「いやーこんだけ繋げばこれは結構派手になるよな」
「早く繋ぎ終わってどれくらいになるか見ようよ」
「……あのー、ひじょーに申し上げにくいのですが、エレスの噴水?は、名前しか聞いたことないんでなんもわからないんですが……」
盛り上がる3人にるいが申し訳なさそうに聞いた。
「これはね、」
澪はチューブを繋ぎ終わったペットボトル達をビシッと指差した。
「昔の人が考えた、外からエネルギーを加えることなく水が吹き出してるように見える装置だよ。水がペットボトルに入ると、水でペットボトルの中の空気が押されて、吹き出し口に繋がってるペットボトルの方に移動してくるんだ。で、空気の圧によって吹き出し口側のペットボトルの水が押されて吹き出し口から噴水みたいに出てくる、そういう装置。1番簡単に作ろうと思ったら、ペットボトル2本とそれらを繋ぐもの、それから吹き出した水の受け皿になって片方のペットボトルに水を入れるやつがあればできる」
「え、じゃあなんでこんなにペットボトルがあるの?失敗した時用?」
「るい、これはさ、水を受け取る、初めは空のペットボトルに落ちてくる水の落差で噴水の高さが変わるんだ。落差が大きい方が吹き上がる水の高さが高くなる」
湊音がペットボトルを繋ぎ終わったようだった。余ったストローを片付けてながらるいに語りかける。
「……それにペットボトルの数って関係する?」
「落差を作るのってめんどくさいし大変じゃん。できるところって限られてくるよね。だけどこの、空気圧が水を押す仕組みを応用してたくさんのペットボトルを繋いで、ペットボトルを上下交互に置けば落差は作れる」
悠乃は言葉通り繋ぎ終わったペットボトル達をウッドデッキと地面の『上下』交互に並べながら言った。
「……つまり噴水を高くするためにペットボトルをたくさん用意したってこと?」
「そういうこと」
澪はそういうと加工して受け皿風になったペットボトルを端のペットボトルに設置した。
「よし、完璧」
澪は完成した装置を眺めてニヤッと笑った。湊音と悠乃も、状況を理解したるいも、待ちきれないとばかりにソワソワとしていた。
「ペットボトル一個余ってるだろ?あれに水汲んできて始めようか」
るいと悠乃は近くに落ちていた最後のペットボトルをつかむと水栓柱に急いだ。
「るい、なんで水がいるかわかってる?」
悠乃が水を汲みながらるいに聞いた。
「わかってるって。一番はじめにペットボトルの空気を押すためでしょ」
るいの自信満々な答えに悠乃は親指を立てた。
2人が帰ってくると早速水が注がれた。
「すごい!ちゃんと水出てきたよ!」
「え、めっちゃうまくいくじゃん」
「しかもまだまだ高くなってるし」
「これはいいわ。みてるだけでも涼しいし、なんならたまに飛沫が飛んでくる」
結局はしゃぎまくって、噴水が止まっても、もっかいやる?という流れになって、18時頃まで遊んだ。停電のことなどすっかり忘れていた。7回目をする為にるいが水を汲みに行った時、るいは隣の家の室外機が動いているのを見つけた。
「ねえ、停電終わってるっぽい!エアコンつくかもよ!」
水がたっぷり入ったペットボトルを抱えてるいが言った。
「マジで?それなら……水汲んできてくれたるいには悪いけど片付けて流石に部屋戻るか。ちょっと疲れたし」
「でもこれ片付けるのすっごい忍びないっていうか、もったいないていうか……」
「……確かに」
ウッドデッキに腰掛けた湊音が伸びをしながら立ち上がって、装置を見ながら名残惜しそうにする悠乃に相槌を打った。