幕間① 夜中の雑談
星々が漆黒の空に瞬き、寝息ですら闇に吸い込まれていそうなほど静かな深夜に、湊音はダイニングテーブルでヘレニキアで主流の携帯端末、スマクスホプタ──通称スマホを使ってネットサーフィンをしていた。
「また軍部が暴れてるんだけど……」
湊音は目についた『【国軍】ストライキ実施を発表 新法案への反発か』というニュース記事をタップしながらため息をついた。
「独立してからずっとちょっかいかけてきてた紅玉ノ国に変に目立った動きがない今、もっと警戒しろよ、ストライキなんかしてる場合じゃないだろ」
「今だからするんだろ」
キッチンにいた澪はやかんを火にかけるとダイニングテーブルまでやってきて言った。
「紅玉ノ国が怪しすぎる今、軍にストライキなんかされたらたまらない。今脅しをかければ国を揺さぶれるっていう魂胆なんだろうよ」
「その魂胆が見え見えだから余計ムカつくんだよな……」
湊音はざっとニュース記事に目を通すとため息をついた。
「まだこれが軍関係の法案についてだったりしたら百歩譲ってわかるけど。新法案だって全く軍に関係ないことじゃん?もうなんでもいいから言いがかりをつけて、話し合いに持ち込んで、要求飲ませたいのが丸わかり」
「国民も不満に思ってるみたいだけど、軍には頭が上がらない。なんせ、軍に見捨てられたら紅玉ノ国が攻め入ったくること間違いなしだからな」
「……終わりだな。この国も」
「近いうちに紅玉か軍かのどっちかで混乱するだろうよ」
ピーッ、とやかんのお湯が沸いた音がした。澪は椅子から立ち上がった。
「そうなったとき心配なのがこの201プロジェクトだよなぁ……」
澪はため息を吐きながらやかんを火から下ろした。
「…まあ、軍部が政権を乗っ取ろうが、紅玉に支配されようが、どっちでも前政権の象徴みたいなこのプロジェクトを見逃してくれるわけがないもんなぁ……」
湊音もスマホを伏せるとテーブルに突っ伏して言った。
「…もしもそういうことが起こった時、澪はどうすんの?」
湊音はテーブルから顔だけ起こすとお湯を注ぐ澪の方を向いた。
「まあ、とりあえずは自身の安全の確保。で、できるだけあの2人もなんとかする」
「思ったよりも考えてた」
「あれ、お前は考えてないの?」
驚く湊音に澪はコップを差し出しながら聞き返した。
「考えてるよ。なんなら軍部が怪しい動きをし始めた時ぐらいから考えてる」
「で、お前はどうすんの?」
澪は自身の席にもコップを置くと椅子を引いて湊音の前に座った。
「僕も澪と同じ。さすがに自分の命には変えられないけど、出来るだけあいつらはなんとかしたい」
「まあ、軍部や紅玉が孤児に寛容だったらそんなに心配しなくてもいいんだけど。絶対そんなことなさそうだからな」
澪は苦笑いした。
「軍部は普通に現政府へ反発として寛容じゃないだろうし、紅玉ノ国は、あそこは福祉が終わってるからな。どっちにしろ期待できない」
「僕らはもう16超えてるからさ、最悪1人で暮らすっていう選択肢もあるけど、問題はるいと悠乃なんだよな。僕らが準成人じゃ養子にすることもできないし」
澪は2人の寝室の方を見ながら言った。ヘレニキアの世界では16歳を超えるとどこの国でも準成人と認められ、ほとんどのことが1人でできるようになる。しかしながら、本成人である18歳にならないとできないこともあり、その中には養子をとることも含まれているのだ。
「国の混乱に乗じて年齢偽るとか?」
「うーん、最悪の場合だな」
「とにかく、身柄引き渡しには絶対応じちゃいけないよな……」
201プロジェクトは国家プロジェクトである為、16歳未満の参加者の後見人は必然的に国となる。その後見人の国が崩れ去った場合、どうなるかはわからないのだ。放っておかれるならまだマシな方だが、国を乗っ取ったものがその権利を受け継いだ場合、「法律的」には彼らが後見人となり、16歳未満の参加者を連れ去る可能性もありうる。澪と湊音にはもし紅玉か軍部にるい達が連れ去られたとしたら、かなりまずいことはわかっていた。うまいこと利用されて搾取されるかもしれないし、2人の性格を考えると大人しくいうことを聞きそうにもないので、そう言った理由から命を落とすかもしれない。
「まあ、とりあえずは対策をしながらも、国が崩壊しないことを祈るよ…。もうだいぶ軍部が台頭してきてる以上、国は頼りにならないしな…。1番いいのは国を出ることだけどまあ、無理だろうし。こういう時に他の201プロジェクトのファミリーと連絡できたらいいんだけどな」
澪は残り少なくなった白湯を一気に飲み干した。201プロジェクトのファミリー同士の情報は互いのプライバシー尊重のため教えられることはない。どこに住んでいるかも知らないし、あと何ファミリーいるかも分からない。自分達にファミリー3とついているからと言って、少なくとも3ファミリーあるとは限らないのである。
「ところで、201プロジェクトってなんで201なんだろうな」
湊音は澪の入れてくれたすっかり冷めた白湯を一口飲みながら聞いた。
「HTTPステータスコードが由来らしいぞ。201で『新しいリソースが作られた』って意味あるじゃん。404は『見つかりません』、とかさ」
自分のコップをさっさとシンクに下げながらいう澪に湊音は言った。
「…ああ、webのやつか」
「そう。元々このプロジェクトに関わってた人の中に、情報通信系の出身者がいたらしくて。『子どもを保護するんじゃなくて、新しい家族を創る』って理念で、あの番号にしたらしい」
「へえー意外に深いな」
「悪くないネーミングだよな」
湊音は歩きながら残りのぬるくなりすぎた白湯を一気に煽るとコップをシンクに置いた。
「まあ僕ら家族が200を弾き出せるよう祈ってるよ、僕は」
ニヤッと笑う澪に湊音も笑った。
「マジで451とか出さないことを祈るよ」
「エラーの中でもそれは1番まずいって」
2人の控えめな笑い声が夜の闇に溶けていった。
ちょうど次の幕間を書き終わりましたので明日(2025/5/24)更新します。16時30分頃更新の予定です。
※追記 今日(2025/5/24)の更新は色んな事情から12時頃の更新になりそうです。