家族というもの
私には自慢の家族がいる。寄せ集めの家族だけど、今までいたどの家族より居心地のいい家族。お兄ちゃんたちも、弟も天才的に頭が良くて、優しくて、いい人。世界で1番大好きな人たちで、私の自慢。
……でもね、私は今までの経験で知ってるんだよ。絢爛たるステージに冴えない役者はいらない。ふさわしくないものは取り除かれる。そしてこの場合はそれが私だってことも。
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施設長がるいに推薦をくれた時、るいはもう期待しなかった。何度も次の家族こそはと期待することはとっくに諦めていた。ところが、人生とはわからないものである。どんな家族とも一年以上長続きしなかった自分が、このわちゃわちゃの仮初の家族と2年近くも暮らしていた。3人はみんな優しかった。るいが3人に心を開いていったのも当然だった。
一緒に暮らす期間が長くなるにつれて3人がものすごく頭がいい事にいやでも気が付いた。ついていけないものは置いていかれるのだ。この天才的集団に放り込まれたことに気づいたるいは今までの経験からそう思った。
「えーるい知らないの?」
この発言があるたびるいの心はすり減った。捨てられるかもしれない。いや、彼らはそんなことをしない。いや、今まで運がいいだけかも。そういう思いがるいの頭を駆け巡る。るいはとにかく自分が3人に比べてできないことが多いことを恐れていた。
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その日は普通の朝だった。湊音に起こされて、澪が美味しいご飯を作ってくれた。平和ないつも通りの朝だった。一足先に学校へ向かったるいが宿題を忘れていくまでは。
「るいが宿題忘れてる。あいつらしいな……」
湊音は苦笑いしながらノートを取り上げた。
「あいつ……」
澪も苦笑いしていると、悠乃が登校しようと荷物を持ってやって来た。
「どうした?」
「るいがまたやらかした」
湊音はノートを振って見せた。
「僕持っていくわ」
こうしてるいの宿題ノートは悠乃に渡されたのだ。
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「るいー?」
星蘭学園の校門でるいに追いついた悠乃はるいを呼び止めるとノートを振った。
振り向いたるいはギョッとした。国1番の学校と言われる東愁夏の制服を着た悠乃はものすごく目立っていた。そして目立っている悠乃が呼び止めたるいも目立っていた。るいは小走りで悠乃に近づくと、小声な早口で捲し立てた。
「ありがとう助かるめっちゃありがとうだけど目立つからさ、ね」
「目立つから?」
るいの捲し立てにも動じず、悠乃はいった。るいが口を開こうとした時だった。
「悠乃!もう行くぞ」
「るい、悠乃に感謝しろよ」
明らかに澪と湊音の声だった。東愁夏生がまたさらに増えた事により、観衆はギョッとしていた。周囲のことを全く気にしない本人たちはその視線を感じることは全くなかったが、繊細なるいはばっちり感じていた。
「二人が呼んでるから行くわ。あ、あと今日僕ら早く帰ってるから。」
るいが言葉を返す間もなく、3人は去っていった。るいが呆然としていると観衆がざわつきだした。
「東愁夏生が3人も……」
「あの会話からして、天霧さんのご兄弟じゃない?」
「え…天霧さんだけ星蘭学園ってこと?」
「いや、あそこのご家族関係は複雑って伺ったわ」
「そういえばそうね……」
「でも……まあそういうことよね」
「天霧さんかわいそうに」
女学校の噂の広まりは森林火災より早い。もう手遅れだった。1週間ほど哀れな目で見られることを確信した。周りの人にも家族の中でも落ちこぼれだと言われた様でるいは涙を堪えて教室へ駆け上がった。
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午後6時。るいは雨の中家へ帰るとすぐさま兄達と悠乃のところへいった。
「おかえ「もうこないでよ!」え?」
料理を並べていた澪のおかえりを遮ってるいは言った。
「どうした?」
湊音が冷蔵庫からドレッシングを出しながら言った。
「とにかく!こないで!」
「でも今日僕らが気づかなかったらるい困ってたよ?」
悠乃が面食らった様に言った。
「そうだけど!こないでよ!」
「るい、持って来てくれた悠乃に対してその態度はないだろ」
「澪の言う通りだと僕も思うわ」
澪と湊音がるいに注意をした。
「…っ……のに……し…でよ」
「るい、お前な、悠乃が「いつか捨てるのに兄妹らしく注意しないでよ!!!!っ!?」
場はシーンとした。
言った。言ってしまった。こんなことをしたらもう捨てられるに決まってる。もうだめだ。終わった。るいはそう思うと、3人が何かいう前に、と家を飛び出した。雨が降っていたけどそんなことはもうどうでも良かった。家から走っていく途中自分のしてしまった取り返しのつかない事に涙が溢れた。
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「っっるいっ!!」
3人の中で1番初めに再起動したのは澪だった。るいの出ていく音を聞いて澪は廊下に向かったがるいはもういなかった。
「僕、探しにいく」
悠乃は靴を履きながら言った。
「僕もいくよ」
湊音も傘を出しながら言う。
「3手に別れよう」
ブーン、と澪の携帯の通知がなった。
「まずいな。激しい雨が近づいてるって。あいつ傘持っていってないから、急いだほうがいい」
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僕には自慢の家族がいる。みんなすごく面白い変わった人たちだ。特に双子のるいは面白い。信じられないぐらい外国語が得意だ。和語も入れたら5カ国語ぐらいを自在に操れる。しかももっとすごいのが、誰にでもフレンドリーなところだ。僕はあまり人と関わろうとしないタイプだった。けれどるいといることで人と関わろうと思えた。おっちょこちょいの姉で、正直僕の方が兄じゃないかと思うこともあったが、いつだってそこは尊敬の対象だった。そしてそんなるいはもちろん甘え上手だった。兄達は僕のことも可愛がってはくれていたが、よくるいを構っていた。僕でもわかる。懐いてくれる様なほうがやりやすいし、構いやすいだろう。るいが兄2人に揶揄われたり、甘えたりしているのを見ていると、るいの性格がとても羨ましかった。
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悠乃はるいをもうかれこれ15分ほど探していた。雨ももうバケツをひっくり返した様に傘の布地を叩きつけていて、歩くたびに水が跳ねて制服のズボンに散った。正直るいに感謝されるどころか、理不尽に怒られたのにはちょっと腹が立った。けれど思い返すと最近るいの様子はおかしいとこがあった。悠乃達男兄弟が話していてもどこかここにあらずだった。そしてそんなとき、悠乃は決まってるいをとても遠くに感じた。目の前にいるのにどこか知らない遠くにいそうな感じだった。悠乃は僕が兄2人とるいの組み合わせにモヤモヤ感じた様にるいも僕と兄2人に何か感じていたのかな、と思った。るいの今にも泣きそうに顔を思い出して足を速めて角をまがった。公園のブランコにるいが大雨の中1人で揺れていた。
悠乃はるいの姿を確認すると、反射的に携帯を取り出し、兄2人にメッセージを送った。
『見つけた。公園のブランコにいる』送信を確認すると、すぐにるいへと駆け寄った。
「るい、帰ろうよ」
悠のはうずくまったるいに傘を被せて言った。かなり長い、5分ぐらいのの沈黙の後、嗚咽と共にるいの声がかすかに聞こえた。
「ゔうん、かっ帰れないよっ……」
「なんで?」
公園の階段を一目散に兄2人が駆け上がってくるのを横目に見ながらるいに悠乃は聞いた。
「わ、私、ひ、酷いこといっ、いっちゃって……悠乃にも酷いた、態度だったしっ……」
兄2人の足音が近づいてくる。
「か、家族じゃなくなるの、慣れてたの、のにお兄ちゃんたちや悠乃とは、ず、ずっと家族でいたいの……」
兄2人が隣に来た。
「でっでも、私、お兄ちゃん達や、ゆ、悠乃みたいに賢くないし、何にもできないからっ……!」
「るい、僕もさ、似たことで心配になることあった」
「っ、ぇ?」
悠乃の突然の話にるいだけではなく悠乃の隣の2人もびっくりした様だった。
「るいが澪たちに甘えてるのを見て、僕、ずっと羨ましかった。僕よりもるいの方が構われてるって、好かれてるって、正直思ったこともあった」
「でもだからって、家族じゃなくなるわけじゃない」
「……!」
「るいは、僕たちが賢いとか、何かできるから家族だと思ってるの?」
「ちっ、違うよ…!でもっ、わ、わたしじゃ、ふっ、ふさわしくないかなって、」
「『ある場所に留まりたいのなら、常に走り続けなきゃいけない』っていうじゃん……」
るいの声は震えていた。澪はじっとるいを見つめた。
「……誰に言われたんだ?」
るいは唇を噛んで、何も答えなかった。代わりに、湊音がそっとるいの手を握る。
「るい……そんなことないよ」
「でも……!」
るいが顔を伏せた。
「うーん、ふさわしいとか、正直ないと思うよ?」
悠乃が静かに言った。
「もしその観点があったとしてもるいは、僕たちにはできないこと、思いつかないこと、たくさんいいものを持ってる」
「るいがなんでそんなに自信がないのか分からないけど、るいは十分すごいよ」
「そしてそもそもそんなのが無くたって、僕たちはるいを家族じゃないって思ったりしない、絶対」
「帰ろうよ、家に」
悠乃が言った。沈黙が続いて遠くの雨の音すら聞こえそうだった。
「あのさ」
悠乃はるいと同じ目線になろうとしゃがんだ。
「僕は今まで決していい家族と言えるとこにいたわけじゃないから、家族ってこうだと思うよって語れる立場にはないけど、僕はここでなら家族のカタチが見つかるんじゃないかなって思ってるんだよね。だから、るいもこれから探していけばいいんだよ。この前澪が家族への向き合い方を見つけたみたいにね」
「その節はご迷惑をおかけいたしました」
澪は気まずそうに笑った。
「だから帰ろ?」
悠乃の声にるいはゆっくりと顔を上げた。
「……ほんとに、いいの?」
「当たり前だろ」
湊音が、ふっと笑う。
「るいが泣いてたら、そりゃ僕たち、放っておけないからね」
澪も、優しい声で言った。
「……わかった。帰る。あと……ご飯の雰囲気ぶち壊してごめん……」
るいが立ち上がりながら言った。
「まあ、お前帰っても先にご飯より風呂入れ」
澪は濡れ鼠なるいを眺めて、苦笑した。
「ほら、帰るなら傘さすぞ」
「3本しかないけど、ま、大丈夫でしょ」
ぽんぽんと傘が開いていく音。4人は小さな傘にすべり込んで、肩を寄せ合った。
3つの傘をみんなで分ける4つのシルエット。
それは間違いなく、「家族」の姿だった。
明日からは一旦、3話ほどの単発の幕間に入ります。青菊ノ国の情勢だったり、みんなが初めて出会った頃の話だったり、色々書く予定。興味があればぜひ覗いてみてください。明日(2025/5/23)の更新は16時30分頃になります。ちなみに幕間①までが書きだめられているので、明日までは普通に更新できると思います。