幸せの音 Ⅰ
「明日からの3日ってみんな予定あるの?」
夏休みも終わって少し経った9月中旬の金曜日の夜。るいがビデオゲームのコントローラーをを仕舞いながら唐突に聞いた。今週末は3連休なのである。
「特にないけど」
澪が冷蔵庫を確認ながら言った。明日の朝は澪が食事担当なので大方その確認でもしているのだろう。
「学校の課題終わったら基本暇だと思う。明日の午前中には終わりそうな内容だし」
「僕も」
湊音の返事に悠乃も頷きながら答えた。3人の返事にるいの顔がぱあぁぁっと明るくなった。本当に顔に出やすくてわかりやすい子である。
「なんか行きたいとこあんの?」
るいがイキイキし始めたの見て湊音が苦笑した。
「うん、あのね、美術館にミニチュア展が明日の昼から来るの。そこの入場特典が先着順ですっごく可愛いんだけど1人につき1個でさ」
「僕らにも一緒に来て入場特典をもらって欲しいってこと?」
「話が早いね、入場料は学生証見せれば無料だからさ。ね? いい? 来てくれる?」
即座に話を理解した悠乃の方を向いてるいがお願いのポーズを取った。
「るいってミニチュア好きだったけ」
澪がパタンと冷蔵庫の扉を閉じた。冷蔵庫の中の瓶やパックの揺れる音がかすかに聞こえる。
「最近好きになってさ、美術館に展示が来たら見に行くぐらいには興味あるよ」
「別に全然いいけどお前、熱しやすく冷めやすいからなぁ」
澪が笑った。その目線の先には1年前にるいがはまって集め出した紅茶の缶の一個が置いてあった。1年前の最盛期には月に2個ぐらいのペースで増えていた缶だが最近では全く増える様子がない。
「紅茶缶は中の紅茶消費しなきゃいけないから大変だったんだもん!」
るいが澪の目線の先にあるものに気付いてムッとした。
「いや、紅茶の消費の大部分は今でも僕と澪がしてるんだけど。今だって絶賛ダージリン大量消費期間中だぞ?」
湊音がるいの方を向いて言った。初めこそ自分がよく飲むタイプの茶葉の缶のみ買っていたるいだったが、自分たちの紅茶代が浮くから、と兄2人が協力してくれるとなった時から自分の飲まない紅茶の茶葉の入った缶を買ってくるようになったのである。それも結構な量が入ったやつを。
「ダージリンってミルクティーにもあんまりできないし、飲み方限られてて大変なんだぞ? お前はアッサムが好きで全然ダージリン飲まないから知らないかもしれないけど」
湊音がジトッとした目でるいを見つめた。
「で、でも紅茶代は缶を買ってる私持ちだから得してるよ? それにダージリンが嫌になったなら、他のフレーバーを自分で買うとか、置いてある他の缶を開けるとかしたらいいんじゃない?」
「いや、缶が残り少ないとは言っても、買ってきたらうちは紅茶屋開けるぐらいに紅茶持ちになるだろ」
「それに飽きたからって無闇矢鱈に開けたら大変でしょうが」
るいの反論に湊音と澪が突っ込んだ。
「と、とにかく、! 明日はみんな来てくれるの?」
るいが半ば強引に話を終わらせようと3人を見回して聞いた。
「僕はいいけど。普通に面白そうな展示っぽいし」
悠乃がスマホから顔を上げると答えた。どうやらミニチュア展のことを調べていたらしい。
「2人は?」
るいが期待を込めた目で澪と湊音を見つめた。
「まぁいいよ、お前が楽しいなら行こうよ」
「展示は僕も興味あるし」
2人は互いにちらりと目を合わせると今度はるいを見て微笑んだ。
「やったぁ!」
ガッツポーズをするるい。大袈裟だな、と澪が笑った。
「ミニチュア展、この前は空錦郡でもやってたらしいね。あ、その前ではミュニニュカでもやってる。……他のとこではやってないみたい」
悠乃がミニチュア展のホームページをスクロールしながら呟いた。
「ミュニニュカはわかるよ、芸術の国だし。でも、うちの国にくる理由ってある? 空錦郡は首都だし、国で一番大きい国立美術館があるけど、それでもわざわざ青菊ノ国でやるか? リューミュとかで展示した方が儲かりそうだけど」
湊音が不思議そうに聞いて悠乃と一緒にスマホを覗き込んだ。
「その作家さん、今の活動拠点はミュニニュカらしいけど青菊ノ国育ちだから、うちの国に愛着あるんだって。SNSで言ってたよ」
「へー……。あ。販売商品もあるんだね、一覧ある」
「え、それ見てない」
「ほら」
「え、かっっっわ……。買おうかな……」
「これとかいいんじゃない?」
「っ悠乃天才? これはいい。え、まってこっちもいい感じ……、しかも値段もお手頃……」
「これとかは?」
「っっっっア、最高」
商品一覧で盛り上がる悠乃とるいを見ながら湊音は苦笑した。
「これは来週末のリビングはミニチュアが溢れかえってるかもね……」
「歴史は繰り返すなぁ……。とりあえず、ミニチュアは空になって余ってる紅茶缶に入れてもらうか……」
「一石二鳥じゃん、アリだな」
「さて、ダージリン、消費するか……。湊音も飲む?」
「早く消費したいから飲む」
そういう湊音に笑いながら澪は棚に置いてある紅茶缶に手を伸ばしたのだった。