累、涙、るい Ⅲ
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「……あれ、あ、私の部屋か……」
誰か部屋に連れてきてくれたのか。るいはそんなことを思いながら起き上がると時計を見た。もう19時になっている。結構長い時間眠っていた様だ。
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寝ている間に夢を見た。昔の夢。怖くて、悲しくて、虚しかった日々の夢。ぎゅうっと自分自身を抱きしめる。巡り合う家族が皆『そういう人達』だったのは偶然なのだろうか、やっぱり実は自分にも原因があるのではないか、原因を見つけて直せればいつかは無条件で優しく抱きしめてくれるのではないか。ああいう家族は普通ではない、もう期待しても無駄だと理解した後でもそうやって心の奥深くではそんな日を待っていた。周りでなんとなくるいの置かれた状況を察して助けてくれたり、なんとかしようとしてくれる優しい人々にも今まで多く出会った。助かったし、嬉しかったが、求めていたあたたかさとはやはり違うものだった。
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ふと深呼吸をするとるいの胸は美味しそうな香りの空気で満たされた。大方、リビングに面した部屋のドアの隙間から夕飯の香りが流れこんできたのだろう。るいはベッドから立ち上がると静かにドアを開けた。
「お、起きたか」
「夕飯できてるよ」
配膳作業をしていた湊音と悠乃がダイニングテーブル越しにドアから顔だけを覗かせるるいを見つけておいで、とばかりに手をひらひらとさせた。もう後は食べるだけのようだ。
るいはそろそろとダイニングに向かって歩いていき、自身がいつも座っている席に座った。
「るい、お茶いる?」
澪が冷蔵庫を覗きながら言った。
「うん」
「氷入れる?」
「入れなくていいよ」
4人はそんなたわいもない、なんとなく先程の出来事に触れない会話をしながら夕飯を食べ始めた。
「さっきはごめんね、急に泣いちゃったりして」
るいがふと切り出した。
「なんで謝るの」
湊音がポツリと静かに、だけどはっきりと聞いた。
「いや、ちょっと興奮しすぎたかなぁって思って」
だからごめんね、と笑うるい。
「謝らなきゃいけないのはるいの今までの家族だよ」
湊音が吐き捨てた。るいが目を見開く。
「ちょっと」
「悠乃、黙って。るいが今までの家族をどう思っているかは知らないけど、僕はそいつらはるいに何されても文句言えない立場で、謝らなきゃいけない奴らだと思う」
悠乃の静止も聞かずに湊音が起怒った様に言った。
「……そう思っていいと思う? 私にも何か原因があったのかも……」
「原因がおまえにあったとしてもやっていいことと悪いことっていうのはあるだろ? お前がイヤだって思ってたんなら怒っていいよ」
澪はるいを見つめて言った。沈黙が続く。
「私ね……今までの家族のこと嫌いだった。だけどどんなに諦めててもどこかで優しくしてもらえる日を待ってるの。そんな甘い考えを捨てれない自分にもムカついてた」
るいは、はぁーっと息を吐くと続けた。
「でもここにきて、甘い考えがあってもよかったんだって思えた。だって実際私の望んでた『家族』に巡り会えたから。だから今までの家族に対する怒りを感じる余裕ができたと言っても、今は幸せの方を噛み締めたいの。イヤなことをぐちぐちと考えるよりは、幸せだなぁって思って同じ時間過ごす方がずっといいでしょ?」
るいはそう言って晴れやかに笑った。
「随分割り切るなって思った? 今までの人生どんだけ割り切ってきたと思ってんの。そうやって生きてきたんだから。仕方なく割り切ることもあったよ。でもこれは今までにはない幸せな割り切りだからこれで良いかなって」
だから、そうしようと思ってる。るいはそう締め括った。
「お前は、……うん、いやなんでもないうよ。そうだな、るいがそれがいいならそうしなよ」
澪がカトラリーを置きながら言った。もう食べ終わったらしい。
「何、何か言おうとしたよね」
「お前はすごいやつだなって思った」
「えー。嬉しい。照れる」
本当に照れたように笑うるい。
「でも、これだけは覚えてて欲しい。お前が今までの家族のことで言いたいことがあったら僕らはいつでも聞くから」
澪の言葉にそうだぞ、とばかりに湊音と悠乃が頷いた。
「さ、洗い物するか。お前ら早く食べろよ」
「え、お前早すぎんだろ」
「まだ僕半分ぐらい残ってるんだけど」
「まあそんなには焦らなくていいから。しっかり食べるように。るいもちゃんと食べろよ」
「うん」
形はあまりない特殊な家族だけど、私の家族のカタチはここにある。るいはたわいもない会話を聞きながら残りの夕飯を笑顔で口に運んで思うのだった。
るい編、おわりです!