家族、乃ち居場所 Ⅳ
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「まさか本当に見送りにきてくれるなんてとっても嬉しいわ」
あの衝撃的な出会いと話の日から1週間後、ファミリー3の面々はエルディアの首都、ルミナスから青菊の国の北部を通ってリューミュの首都、セレシアニティを繋ぐ高速国際鉄道「ルーヴァン」の華昴駅で、大きな旅行カバンを預け終わって身軽になったルークラフト教授夫妻と対面していた。今日、2人はエルディアに帰るのだ。
「まだ鉄道の出発までずいぶん時間があるようだ。どれ、ちょっとウィンドウショッピングでもしながら話さないか?」
ルーヴァンの駅の中はちょっとしたショッピングセンターのようになっている。列車に乗るための改札の外にあるため、鉄道に用が無い一般客も利用でき、大変人気なショッピングセンターだ。割と大きな都市の霧桐地区に大きなショッピングセンターがあまりできないのはこのルーヴァンの駅付属のショッピングセンターの人気故だと言われるほどである。
「それにしても、あなた達と過ごした1週間は本当に楽しかったわ。ねえ、フィル、あなたもそう思うでしょ?」
「ああ、君たちと過ごせて本当によかったよ」
悠乃にも、るい達3人にも悠乃の過去についてが語られた日。全てが終わった後、もう今からご飯を作るにはいろいろありすぎて疲れただろうし、このまま帰るのは申し訳ないから、と夫妻は4人を近所のレストランへ外食に連れて行ってくれたのだ。もちろん恐縮して遠慮した4人だったが、悠乃とも君たちとも、もっと話してみたいんだよ、ダメかなと夫妻の2人から頼まれ、断る方が失礼な雰囲気になったため、せめてもの抵抗として近所のお手軽めな和食系のレストランに足を運んだ。そこで話すうちに6人は打ち解けていき、もう悠乃を探す必要もなくなり、今が幸せそうだから、と彼を連れて帰る必要もなくなった夫妻の今後の青菊ノ国での予定の話となった。悠乃がこの1回でまさか見つかると思っていなかった夫妻は予定を全く考えていなかったので、どうせ夏休みで暇な4人が観光名所などの案内をするのはどうか、という悠乃の案により、今度は夫妻が恐縮することとなったが、4人の熱意に負け、その案が採用されたのだった。そのため、ここ1週間は6人みんなで行動することが多かったのだ。
「僕たちもすごく楽しかったです!」
「久しぶりにお2人に会えましたし」
「僕もいろんなお話が聞けて面白かったです」
「あなた達男性組は数学の話で非常に盛り上がっていたものね」
「君だってそんなことを言っておきながらるいと盛り上がっていただろう?」
クスクスと笑うオフェリアにフィルークが面白そうに問いかけた。
「ええ、それにるいちゃんとは言語をやる者同士、通じるところがあるのよ」
そう言ってるいの頭を撫でるオフェリアを見上げながらるいが照れくさそうに微笑んだ。
「君たちに出会えて本当によかったよ。君たち4人は僕らが見てきた色んな人達の中でも最高の組み合わせだな」
「そうね。あなたたち4人ってとってもいい感じよ。ただね、私たち1つ心配なことがあって。あなた達の国を悪く言うつもりはないけど今青菊ノ国は不安定でしょう? だから、万が一の時にはチカラになりたいの。あなた達はもう私たち2人からすると子供達みたいな存在だから。だめかしら?」
「逆にそんなに頼っていいんですか」
「ええ! もちろんよ! 何かあった時にはここに手紙でも送ってちょうだいな」
驚いて聞く澪にオフェリア夫人が笑ってペンと紙を取り出すと住所の走り書きを渡した。
『~♪~ エルディア、グランディス行き、15時25分発、258便がまもなく本駅に到着します。ご利用の方は改札口を通り、西15番ホームにて列車をお待ちください。 ~♪~』
「そろそろ、お別れだな」
「ええ、そうみたいね」
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改札付近はこの華昴駅の名物、天井の色ガラスによって色とりどりに染め上げられていた。午後らしい柔らかな暖かい日差しが色ガラスによって着色され降り注ぐなか、ルークラフト教授夫妻は何度も手を振って改札口の先のホームに向かって行った。
「言っちゃったね……」
るいが降っていた手を下ろしながら言った。
「うん……」
「2人とも素敵な人だった。悠乃の叔父さんはいい友達を持ってたんだね」
「そうだね」
「話は聞いたけど、やっぱりそんな人達と友達だった叔父さんも素敵な人だったよね」
「……まあね」
「何~? まあねって。不器用なだけで悠乃めっちゃ愛されてたじゃーん。叔父さんを認めてやんなさいよ!」
「ちょっと、小突かないでよ!」
自分たちの少し前で騒ぐ双子を見ながら澪は先ほどもらった連絡先の走り書きを取り出した。
「完全に安心できるわけじゃないけど、これでこのファミリー3の先行きもちょっと安心できるものになったかな」
澪が折り畳まれた紙切れを開きながら言った。
「まあ、確かに。それにしても2人とも本当にいい人だたな……。ん? どうした?」
紙切れを開いたて固まった澪を見て湊音は問いかけながら、澪の手にある紙切れを覗き込んだ。そして澪と同じく紙切れを見て驚いた。
「本当に最後までいい人すぎるだろ……」
「本当にそう」
紙切れには連絡先と共に『私たち夫婦はあなた達がこの連絡先を頼ることがないことを祈っています。青菊ノ国に神のご加護が在らんことを。』と書かれていたのだった。
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その日の夜。悠乃は近くの川にやってきていた。燈流しをしようと思ったのだ。青菊ノ国の宗教では、元支配国の紅玉ノ国の宗教の女神から派生したと思われる女神が信仰されている。そして、その女神によって最終的に死んだ者は星になると言われている。だから、死者に何か伝えたいことがある時には夜の川に最終的には水に溶ける特別な紙で灯籠を流して空の星々に見てもらうという文化がある。その文化は燈流しと呼ばれ、青菊ノ国で長く伝わる宗教行事であった。
「……涼さんとも燈流しにだけはよく一緒に行ったっけ」
悠乃は呟きながら灯籠を組み立てながら独り言を呟いた。よく僕に灯籠に何か書いたらどうかと言っていってたなぁ。昔は誰への灯籠なんだろうと不思議に思っていたが、あの話を聞いた後の今なら誰宛かわかるような気がした。
「よいしょ、っと」
悠乃は組み立てた灯籠に火をつけてそれを川に浮かべた。海に向かって流れていく灯籠を見ながら悠乃は過去に想いをはせた。
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『これ、なんでながすの?』
何回目かに灯籠を川に流した5歳の悠乃はずっと疑問に思っていたことを涼に向かって聞いた。
『……亡くなった人に伝えたいことを伝えるためだよ』
『……しんじゃったひとがみてくれるの?』
『……そうだよ。亡くなった人は星になるんだ』
『きらきらしてるおほしさま?』
『……ああ。』
『おほしさまなら、よるしかあえないの?』
『……それは違うよ。……星は実は昼も見えているんだ。……でも太陽が、もっと明るいもので見えないだけなんだ』
『……???』
『……難しかったか?』
『うん』
『とにかく、いつでも側にいて見てくれているんだよ。……こっちからは見えない時があるだけでね』
『ふぅん……』
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家に帰ると3人が何やら白熱していた。
「あ、悠乃じゃん。どこ行ってたの?」
腕まくりをしながら、るいが帰ってきた悠乃に気づいて言った。
「ごめん、ちょっとね」
「何それ、全然情報ないんだけど。まあいいや。ねえ、冷蔵庫にヘーゲンダッツェルのアイスクリームが1個残ってたのを湊音が見つけたんだって」
「え、まじ? 何味?」
「なんとクッキーアンドクリーム、悠乃の1番好きなやつ」
「それは欲しい」
「ちょっと、るい! 言わなくていいって!」
「わざわざライバル増やすことないだろ!」
「こっそり私に内緒で食べようとしてた君らに食べられるくらいなら、悠乃に食べられたほうがいいもん」
「おまえぇー!」
「仕方ない、こうなったら4人で堂々と勝負だな」
「じゃあいくぞ、最初はグー、じゃんけ」
「待って、こんな運に任せた決め方より実力勝負にしない?」
「どんな?」
「何か私が得意なやつで」
「お前魂胆見え見えだぞ」
「じゃあ公平にジジ抜きとか」
「長いだろ」
「じゃあなんならいいのよ!」
「「じゃんけんでいいだろ!」」
わーきゃーと騒ぐ3人。
「もう間をとって僕が食べればいいのでは」
「なんの間をとってだよ!」
「悠乃を引き入れたの間違いだったかも」
「もう、早くじゃんけんで決めようぜ、それが1番平和だろ」
「そうかも」
「あの騒ぎはなんだったんだ……」
はい、手出してー。いくよー! 最初はグージャンケンポン! あ、負けた。勝った! やったあ! 騒ぐ3人に悠乃も一緒に騒いで笑った。
僕、あの時も愛されてたんだね。そして今はすっごく幸せだよ。ずっとありがとう、お父さん。
ヘーゲンダッツェルはハー〇ンダッツのヘラニキア版です。お高めのアイスです。
ヘレニキアにも夏がやってきて、現実世界も夏に。おかしいな、現実世界でこのお話を思いついた時はまだ春になりかけの冬だったはずなのに……。
※6日の夜中に、今後の展開を考えてだいぶ編集しました。読んでくださった皆様、大変ご迷惑をおかけいたします。申し訳ありません。