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家族、乃ち居場所 Ⅲ

****


 三日月みかづき りょう。若くして三日月グループの表取締役になった人。才色兼備と言われた男の人。それが悠乃の12年前、3歳だった悠乃にできた1番初めのたった1人の家族だった。


 悠乃は、涼がなぜ自分を引き取ったのか、本当の理由は結局最後まで分からなかった。なんとなく自分のことは会社の慈善活動の一環として拾い上げたのだろうと考えていたし、今までもそう思っていた。きっと義務感のようなもので世話をしているのじゃないだろうか。けれど全てを義務と呼ぶには、彼は不思議なほど優しかった。ただし、「お父さん」と呼ぶことだけは、絶対に許してくれなかった。けれど、引き取られた直後の悠乃に彼を直接「涼さん」と呼ぶ勇気はなく、いつも「あの」や「えっと」で話しかけていたし、彼の方もそうだった。彼は仕事で忙しく、家にいることはほとんどなかった。悠乃自身もその事情を鑑みて基本的には寮制の学校に通っていたので、顔を合わせることはめったになかった。普通の家族にはほど遠かった。周りの人やクラスメイトなどの家族で遊びに行ったエピソードなどを聞くととても羨ましかった。涼は悠乃に娯楽を与えてくれたし、幼い頃には遊園地に連れて行ってくれたこともあった。しかしどの思い出も彼と一緒だったという1番重要な要素は抜けていた。


 その為、悠乃はふとした時に最悪の思考に陥ることがあった。──自分は、あの人にとって「評価を上げるためのステータス」だったのではないか、と。本当は引き取るのは僕ではなくてもよかったのではないか。そう思わざるを得なかった。


 だからこそ、彼が事故で亡くなったと聞いた時、不安はあったし、たった1人の身近な人を失ったのだという実感は確かにあった。けれど、それ以上でも、それ以下でもなかった。彼は悠乃を後継者には指名していなかった。それどころか悠乃だけは後継者にはしないということが書かれていた。本当に僕の存在は彼にとって一体どんなものだったんだろうと、思ってしまうのも仕方のないことだった。彼が亡くなり、後継者となるわけでもなければ、もともと悠乃のことをあまりよく思っていなかった涼の親族達のみが残る三日月家に悠乃の居場所はなくなった。だから彼の葬式の次の日、すぐに福祉施設に戻りたいと申し出た。親族達はこれ幸いとばかりに二つ返事で悠乃を送り出した。そうして施設に戻って少し経った頃、201プロジェクトの募集があることを知り、なんやかんやでメンバーとなり、家族という居場所を実感じ始めたこの頃だったのだが……。まさかこんな形でその頃の記憶を呼び起こされるとは思わなかった。


「悪いね、悠乃」


フィルークはオフェリアが出ていき、襖が閉じるのを見ながら苦笑した。


「いえ」


「君がそんな顔をする時はちょっとめんどくさいことになった、と思っている時の顔だぞ。あの頃と同じように、涼はごまかせても私らはだまされないよ」


そう言われて、いたずらがバレた子どものような気まずい表情をする悠乃に教授はハハハ、と笑った。

「それで、涼さんとの約束ってなんなんですか」


「話をそらしたな。そういうところも変わらないんだな。唯一変わったのは僕とオフェリアに敬語を使うようになったところか……。それは変わらなくてよかったんだがなぁ……」


「そんな昔のことはいいですから、涼さんとの話を手短にお願いします」


「可愛げも少しなくなってるな。まあ、それは置いておこう。本題に移るとするか」


フィルークはそう言うと1枚の紙を取り出した。


「これは……」


「何かわかるか?」


「涼さんに何かあった際に僕をあなた達夫妻に託す、という書類ですよね……涼さんの筆跡です。あ、でもサインがないですね。涼さんのも、あなたのも。つまり、これは公式書類ではない、ただの口約束と変わらない紙か、偽物ですね。でも偽物といっても、こんなものの偽物を作っても意味はないですから、前者でしょうね」


「そうだな。冷静に分析して結論を出すのも初めて出会った5歳の頃と変わらないな」


「……」


「ああ、すまない。昔の話は一旦やめ、なんだったな」


悠乃の無言の圧にフィルークはまるで今思い出したかのように言った。


「で、ここからなんだが」


2人は書類を覗き込んでいた上体を起こすと互いに見つめあった。


「これは涼が亡くなる1ヶ月前に下書きとして私に渡したものなんだ」


「……事故ではなかったということですか?」


「いや、事故は事故だった。ただ、あいつはがんだったんだ。末期のな。もう長くは持たないだろうと医者から言われたらしくてな。そんなわけであいつはお前を万が一の時には私達に預けたいと言い出したんだ。私達は君とは5歳からの付き合いで、まあ自分で言うのも気が引けるが、君は僕達に懐いていたからな」


初めて聞く事実に悠乃は目を見開いた。


「葬式でもそんなこと聞きませんでしたよ?」


「だろうな」


フィルークは頷いた。


「僕たちのとこには涼が亡くなって1ヶ月後ぐらいに知らせが届いてね。下書きより後の書類が送られてこないから不思議に思ってたんだ。で、悠乃の件は大丈夫なのか、と手紙を書いたんだ」


「あ、でもその頃僕は……」


「そう。君も親族の人達もこの約束を知らなかったから君は施設に帰ってしまっていて、まあ、単刀直入に言うと君の親族達もどこの施設に行ったのかは知らなかった。要するに、君を見つけ出すことが難しくなった。その為涼との最後の約束は果たせるか微妙な状態になってしまったんだ。そこで僕らは考えた。君がどこであろうと幸せにやっているようならもうかかわるのをやめよう、とね。そのためにも君を探すことにしたんだ」


「……なるほど。まさかこの2年間ずっと僕を探してたんですか」


「いや、探し始めたのは今回からなんだ。それまでは君を見つけた際に君を養子にできるよう手続きを整える必要もあったからね。まさかこの1回目で見つかるとは思ってかったよ」


誰が前日に出会った少女が探している人の姉だったという奇跡みたいな偶然を信じるだろうね、涼も君が幸せそうで嬉しいと思うよう。そう続けて教授は笑った。


「……僕は……僕は、涼さんにとってどういう存在だったんでしょうね……」


フィルークの笑い声を聞きながら、悠乃は思わず本音をこぼした。


「どういう存在?そりゃあ大切な家族だったと思うぞ」


「……本当にそうなんでしょうか……」


「……何が言いたいんだい?」


悠乃は長いこと黙っていたが、すうっと長く息を吸うと吐き出すように喋り始めた。


「僕は、後継者じゃなかったんです。親族の人たちもみんな、僕が後継者として指名されれていて、僕が継ぐまでの間誰かが代わるんだろうって。みんなそう思ってたみたいなんです。なんせ、三日月グループの代表取締役は世襲制だったらしくって。義理とはいえ、一応、息子の僕が継ぐことになるんだろうって。みんな思ってたみたいです。でも、涼さんの弁護士からは、僕だけはトップに据えないって書いてあるって言われて。その書類は見せてももらいましたが、本当にそう書いてありました。もともと、涼さんの親族の人達と会ったこともなかったので、僕は僕を後継者にする気はないんだろう、って結構小さい頃から思ってたんですけど。……でもそうしたら、僕を拾った理由って本当は慈善活動の一環だった、とか本当に理由はなかった……、……ただの気まぐれだった……、……本当は、誰でも、よかったのかなって、思って、」


悠乃が嗚咽を漏らしながら話した。


「……君は彼から愛されていたと思うかい?」


嗚咽を堪えようとしている悠乃から目を逸らし、教授は窓の外を眺めながら聞いた。もう空には星が出ていた。


「……よくは、してもらい、ました。でも、一緒に遊んだり、笑ったり、そういうことは、一回もできなかったんです」


「……僕ら夫婦も涼に君への態度は直すべきところがある、と昔言ったことがあるんだ。そしたら彼はどうしたと思う?……彼は泣いたんだ。君と家族になるべきなのは本当は自分ではなかったから、と言ってね。初めは訳がわからなかったよ」


フィルークは窓から視線を外すと、悠乃をまっすぐ捉えていった。


「君は彼の甥なんだ、悠乃」


「……は、……?」


「僕らも初めはそういう反応だったんだよ。意味が分からなくてね。僕が彼に出会った時、彼は兄弟姉妹はいない、ひとりっこだと言ったんだ。甥がいる訳ないだろう?だが、実は兄弟姉妹がいない、というのは、いなくなった、ということだったみたいだった。三日月家の女性は政略結婚をすることで有名らしいんだが、彼の姉は絶対に嫌だと言ったらしい。恋人がいたんだ。その恋人は涼も会ったことがあったようなんだけど、涼からみても素晴らしい人間だったらしくてね、涼は彼を尊敬していたよ。とにかく、彼の姉は、絶対に政略結婚はしないと言ったわけだ。それはそれは揉めたみたいでね。結局、彼のお姉さんは実家、三日月家から縁を切られてしまったんだ。涼はお姉さんにものすごく懐いてたみたいでね。涼は昔から後継者として厳しい教育を受けていたらしいんだが、その時いつも笑わせて、助けてくれていたのがお姉さんだったんだそうだ。だから彼はお姉さんが家を追い出されたことにものすごく責任を感じているようだったよ。自分にもっと力が、権力があればあの時、お姉さんも恋人の彼の方もうちで一緒に上手くやっていく未来があったかもしれないと悔やんでいたんだ。」


ここまで話すと教授は一息ついてお茶を啜った。


「で、お姉さんが追い出された後。その後のことはもう全くわからなくなっていたんだと言っていたよ。でも何年か経ったある時、ある街で事故が起きたらしい。そこで若い夫婦が亡くなってね。まさかと思って調べたららしいんだ。そしたら案の定、お姉さん達だったみたいでね。絶望したと言っていたよ。だけれど、ずっと悲嘆に暮れているわけにもいかなかった。夫婦について調べた時に、彼女らに子供が、1歳程度の子供がいたことがわかったから。けれど、そこからの調査は難航したんだと、彼は言っていたよ。で、結局、君を見つけ出した時にはもう君は3歳になっていた。彼はすぐさま君を引き取ることにしたらしい。お姉さんとその恋人への償いとしてね。だが懸念もあった。お姉さんを、つまりは君のお母さんを追い出した、君の祖父母や親族達がその2人の子供を連れて帰ってきたらどうなるか。そこで君は確実にお姉さんの子供なのは確かだったんだげが、君が施設を巡っている間に施設側の情報が混乱したみたいで、君の名前以外の情報は幸か不幸かわからなくなっていたんだ。涼はそれを逆手に取った。そうすることで君を親族から守ったんだ」


教授はお茶をもう一口啜った。


「彼はその頃から君を後継者にするつもりはないと言っていたよ。君の家族の運命を狂わせた家に君を引き止める気はない、後継者じゃなくても、君の出自を知れば悪く言ったり、逆に君を利用しよう奴もいるかも知れない。君を引き取ったことは君にとって本当に幸せだったのかとずっと考えていたよ。君にお父さんと呼ばせなかったのも、君と、君の本当のお父さんに顔向けができないから、と言っていたよ。僕らはそんなことを聞けば、もう何も言えなかったんだ。ただ、あいつはずっと君の幸せを1番に願っていたよ。僕らに君を託すと話したときも君が幸せになれるのはどこかを1番考えて考えて僕らに託すと決めたみたいで。たしかに、贖罪の意識が始まりだったかもしれない、君への愛情表現は下手だったかもしれない。でも君の幸せをずっとずっと、ずっと願って考えて、君を心から大切に思ってくれてたよ、あいつは」


 知らなかった。ずっと憧れていた家族は、居場所は、ずっと目の前に見えにくい形で、不透明な状態であったのだ。

 全てを理解した悠乃の肩が震えた。気付けば涙が静かに頬を伝って落ちていた。

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