家族、乃ち居場所 Ⅱ
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次の日。
「なんでこんな暑い日に限って買い物に行かなきゃいけないわけ……」
「仕方ないよ。夕飯になりそうなものがなんにもなかったんだから」
「もうこのクーラーのついたスーパーから出たくない……」
「そんなこと言ってないでこれ詰めて。早く詰めれば早く帰れて、クーラーに当たれるじゃん」
夕方、冷蔵庫の中にもうあまり食材が残っていない事に気づいた澪によってるいと悠乃が買い物を頼まれたのだ。空からは太陽に、地面からはアスファルトからの反射熱によってやられたるいはもうヘトヘトだった。スーパーに入った瞬間のクーラーの風の気持ちよさは1週間ぐらいは忘れない、と思うぐらいに外は暑くて地獄のようだった。
「それにしても悠乃は平気そうだよね……」
「平気じゃないけど、グダグダしてたらより暑いじゃん」
「もういや……太陽キライ……」
「はいはい、もう行くよ。こっちだけ持ってくれない?」
悠乃に情けはないらしい。くたっとしているるいに買い物袋を渡そうとする悠乃。軽くて小さい方の袋を持たせようとしてくれるところは優しいのに、それ以外が全然優しくない……、と思いながらるいが買い物袋を受け取った時だった。
「あ! フィルさんとリアさんだ!」
「ちょっ! るい待って! どこ行くの!?」
外を見ていたるいが走り出した。悠乃の静止も虚しく、るいはあんなに嫌がっていたスーパーの外に転がるように出ていくと、ある夫婦の前にズサアアァァと効果音がつきそうな程の急ブレーキをかけて止まった。
「フィルさんとリアさんですよね!? 昨日は楽しかったですか?」
「あら……? あら……!」
「君は!」
「こんな偶然ってあるんですね」
るいはそう言うと目の前の、昨日道案内をした夫婦、「フィル」と「リア」に笑った。
「あなたのおかげでとっても楽しかったのよ! マッチャって美味しいのね。私気に入ってマッチャの粉を買ったのよ!」
「僕もリアがすごく楽しそうで嬉しかったよ。君のおかげだ。ありがとう」
「それならよかったです!」
ニコニコとする2人にるいは笑った。
「今日のあなたはここに用事があったの?」
リアがスーパーとるいの持つ買い物袋を見ながらるいに尋ねる。
「あ、そうなんですよ。弟と買い物に来ていたんです」
「まあ。弟さんがいるのね」
「ええ、まあ。あ、ちなみにあの人ですね」
るいはこちらに走ってくる悠乃の方を向いて買い物袋を持った方の手を振って悠乃を呼んだ。
「るいさ、もうちょっと落ち着いてこうどう…………!」
るいに追いついた悠乃はそこまで言うとリアとフィルの方を向いて絶句した。リアとフィルの方も
「……オフェリアさんと……、フィルークさん……」
「……悠乃? ……悠乃なのよね?」
悠乃が呟いた。声が震えている。2人の方も酷く驚いた顔をして悠乃を凝視していた。リアとフィルというのは2人の愛称だったようだ。……それにしても、
「……みんな……知り合いなの?」
何も答えない悠乃の代わりにるいがみんなを見回して聞いた。誰も何も言わない。車が道路を通っていった。
「……オフェリアさんと、フィルークさんは、ルークラフト夫妻は……僕の、前の保護者の友人、なんだ……」
ようやく口を開いた悠乃から驚きの真実が飛び出してきた。
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「るい……今うちに入ってきた人ってルークラフト教授……だよな?」
「……どっちの方?奥さん?旦那さんの方?」
「2人とも。奥さん、オフェリアさんの方は言語学で、フィルークさんの方は数学の分野で今1番勢いのあるエルディアの研究者だぞ。そんなすごい人がうちにやってきてんの?」
「しかもなんで悠乃とお前は知り合いみたいな感じなの?」
あの衝撃的な出来事から30分後。あの後、夫妻2人の青菊ノ国訪問の目的が悠乃だったことが判明。『涼との約束なんだ』という夫妻2人の言葉を聞いた悠乃が家で話そうと2人を家に招き、そして今、ルークラフト夫妻がるい達の家にやってきて、悠乃と和室で話し込んでいた。先程澪が3人にお茶を出してきたばかりだ。
「いや、知り合いっていうか私は昨日ちょっと助けてあげたってだけの仲なんだけど」
りょう、というのがきっと前、悠乃が言っていた「三日月家のおっさん」なのだろうと、るいは悟った。それはともかく、自分がまさか昨日出会ったエルディアのエルヴェ人が自分の家族の古い知り合いだったとは。世間は意外にも狭いのかもしれない。
「悠乃は前の家族の友達って言ってた」
「マジか。え、じゃあ、あの人達三日月家の繋がりがあるってこと?」
「ううん、なんかプライベートな関係って言ってた」
悠乃が夫妻を家に誘った帰り道、ソワソワと悠乃と夫妻を見比べるるいを見かねたのか、悠乃がぽつぽつと少しだけ自分の家族と夫妻との関係について語ってくれたのだ。
「なるほどね」
納得したように頷く湊音と澪。その時カラカラと襖が開いて閉まり、ルークラフト夫人、もといオフェリア夫人が和室から出てきた。
「あら、お話し中だった?」
困ったように微笑む夫人。
「いいのよ、ごめんなさいね。突然訪れて」
「あ、いえ、いいんです」
「むしろこちらこそ、こんなところに招いてしまって」
「大したもてなしもできてないですし」
それは全然気にしてませんから、という風に顔の前でひらひらと手を振る3人を見てオフェリア夫人はまた困ったように笑った。
「やっぱり、知りたい? 悠乃と私達の関係について」
「悠乃がいいって言ってるなら教えてください」
「そうですね、僕らもあいつが知られてもいいと思ってるならなら知りたいです」
「あなた達、優しいのね」
オフェリア夫人が口元を緩めた。優しい、思いやりのある笑顔だった。
「悠乃があなた達を好きな理由がわかった気がするわ。ええ、これから話すことは悠乃が了承してくれたことよ。安心して聞いてちょうだい。まずは……、そうね、12年ほど前まで遡りましょうか……」