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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

毒の華

作者: 調彩雨

※書きたいとこだけ書きました




 −−わたしは、化物バケモノだ。




 最上級のビジョンブラッドの如き深紅の瞳に、闇より尚暗い闇黒の髪。蝋の様な肌は血の気が無く青白いのに、唇だけはまるで血でも啜ったかの様に紅く色付いている。


 悪魔子爵。その通り名に相応しいメアリ・シェルブラッド子爵令嬢、否、女子爵の姿に、アシュトン・カーライル伯爵は生唾を飲み込んだ。少女らしいサーモンピンクのドレスが、おぞましい位に似合っていない。


「メアリ・シェルブラッドと申します」


 スカートを摘んでソツなく礼をした声は、真冬の外気の様に澄んで冷たく、背筋をぞわりと凍らせた。


「……アシュトン・カーライルだ」


 手袋をはめた手を差し出すと、手袋をはめた手で握り返された。二枚の布越しの筈なのに、ひやりと、冷気が伝わった気がした。

 手袋をはめる貴族文化の慣習に、初めて感謝した。


 目の前の少女はぞっとする程美しく、見れば見る程、心を冷やした。


「この度は我がシェルブラッド家の後見を引き受けて下さり、大変有難く存じます」


 シェルブラッド家も何も、あんたしか生き残ってないだろうに。


 十二にして親族を全て失った彼女を、哀れに思わないでも無い。

 元々親戚筋が途絶えてただ一家となっていたシェルブラッド家が彼女を残して殺されたのは、昨年暮れの話だ。

 表向きは夜盗に襲われたとされたが、その後ろに黒幕が控えて手を引いたのは明らかだった。シグヌス・コーグロア侯爵。三十路過ぎの親父が子爵令嬢メアリに申し込んだ婚約を、シェルブラッド家は突っ跳ね続けていた。噂によればメアリと同時にシェルブラッド家が治める領地も狙っていたと言う話。シェルブラッド家の領地は土地こそ微細ながら、宝石の大鉱脈を有する。

 冬期休暇で学校の在る王都から帰省したメアリが見たのは、城下町ごと壊滅させられた実家の邸宅で、父母祖父母や叔母夫婦は勿論、まだ十歳にも満たない幼い妹達すら、切り刻まれて無惨な遺体を晒していたと言う。


 自らの預かり知らぬ所で家族を失った悲劇の令嬢メアリの話は、瞬く間に国中を駆け抜けた。

 遂に悪魔子爵家が潰えるのかと言う、一言を供にして。


 けれどメアリは折れなかった。寄宿学校を退学し子爵位を叙勲し、十二歳の女子爵として立ったのだ。幸にも王都の方の邸宅に使用人の半分を置いていた為、辛うじて、人手は有った。




「わたしは、化物です。この手を取るには、同じ化物でないと、不足します」




 強く噛み締めた唇は、自らの歯に穿たれて血を溢れさせていた。

 薄いヴェールを上げられて目の前の男を睨むメアリを、シグヌスは愉悦の表情で見詰めた。顔こそ何の表情も示していないが、メアリの紅く光る瞳には隠し様の無い烈火の怒りと憎悪が、ありありと浮かんでいた。


 少女らしく凹凸に乏しい身体にも純白の婚礼衣装にも似合わぬ、血濡れて艶めいた唇と苛烈な瞳が、酷く扇情的だ。


 強引に抱き寄せ、濡れた小さな唇を食む。


 少女の身体を放し鉄錆の味を感じながら、歪んだ笑みを浮かべたシグヌスの目に写ったのは、弧を描き、まるで獲物を見る狼の様な色を湛えた瞳だった。


 とんと、痩せ細った手に押され、教会の中心から追い出される。どう見ても力無い少女の腕に、シグヌスは何故か逆らえなかった。

 そんなシグヌスに見向きもせず、メアリは司祭から婚姻誓約書を奪い、教会の参列者達を見回した。


「何故、シェルブラッド家が悪魔子爵等と言われるのか、皆様はご存知でしょうか」


 血濡れた唇で淡い笑みを浮かべながら、メアリが羊皮紙の婚姻誓約書を薄紙の如く千々に破り捨てる。


「まさか高々悪魔の如き見た目で、悪魔子爵なんて悪名を付けられるとお思いですか」


 シグヌスは、抗議の声を上げられなかった。

 苦しい。呼吸が、ままならない。


「自ら名乗ったのですよ。シェルブラッド家の始祖が、自分を悪魔だと。それも当然の話。何故なら、我等が始祖の父君は、悪魔の娘と契りを交わして、我等が始祖たる女性を得たのですから。彼女はその美貌と魔力でとある貴族家を乗っ取り、人としての地位を得た。それが我が家に伝わる、シェルブラッド家の起こりです」


 ふふっと、メアリが鈴を転がす様に笑った。

 滑稽な作り話だと、お思いですか。

 彼女が問い掛けた言葉に、答えられる者はいなかった。


 彼女から少し目線をずらせば、ちょっと前までぴんぴんていたはずのシグヌスが、声も無くうずくまっているのだから。


「シェルブラッド家には女しか生まれません。何故でしょう。シェルブラッド家は時折、誰とも知れぬ美貌の男を夫に迎えます。何故でしょう。シェルブラッド家の子供は、死産が多い。何故でしょう」


 少女の紅い舌が、唇を濡らす血をちろりと舐め取った。


「我がシェルブラッド家の人間には、悪魔の血が流れているからです。悪魔の血を濃く引く娘しか、母から与えられる毒の血に、耐えられないのです。だから女しか生まれられない。数代に一度悪魔の男を婿に迎えないと血縁を繋げない。血に負けた子供は死産してしまう」


 今日はうららかで暖かい晩春の日だと言うのに、教会の中は凍りついた空気で満たされた様に冷え切っていた。


「シェルブラッド家は五代に一度、悪魔の婿を迎えます。先の悪魔を迎えてから、わたしで丁度、五代目です」


 ギィイィィと、不穏な音を立てて、教会の扉が開く。

 参列者の誰一人、振り向く事は適わなかった。


「悪魔の花嫁を横取りする助力をして、果たして皆さんは無事でいられるでしょうか」


 恐怖で固まる参列者達は、震える事すら適わずにただメアリを見詰め続ける。


「ふふ。シグヌス・コーグロアとメアリ・シェルブラッドとの婚姻等と言う事実は、存在しなかった。そうですね?」


 否定の声も、肯定の声も、上がらなかった。

 それを肯定と受け取り、メアリは教会の扉へと歩み寄る。


「二度と、私欲でシェルブラッド家に手を出そう等と思わぬ事です。あなた方は、何故国王が権力を行使してまでシェルブラッド家を潰すまいとしたのか、よく考えてみるべきでしたのに」


 気付けばシグヌスが、血溜まりに沈んでいる。

 誰一人として、動く事は適わない。


「それでは皆さん。ご機嫌よう。二度と相見あいまみえない事を期待します。くれぐれも、暗闇にはご注意なさって下さい」


 ギィイィィと、大きく軋んで、扉が閉じる音がした。




 シェルブラッド家の領地の邸宅と城下町は、何時の間にか再建されていた。


 城下町の住人は皆、蝋の様な青白い肌をしていると言う。


 メアリ・シェルブラッド女子爵は何処の誰とも知れぬ美しい男を夫に迎え、数人の娘を授かったそうだ。





やりたい放題のお話をお読み頂きありがとうございます


たぶんもうちょっとちゃんと間を埋める予定だったはずですが

埋まらなかったのでこのまま

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― 新着の感想 ―
好みです!短編なのにすごく満足感があります^ ^
好き!とっても好き!!!(語彙力皆無) 知らない方が良いもの、というのは案外その辺に転がっていたりするものです。人によってダメージを受けたり受けなかったりなのは考え方次第なのでしょうけど。(物理的な…
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