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第93話 やまない雨

本日更新予定3話中の2話目です。




 クリーチャーの雨は、凄まじい勢いで激しさを増していた。

 体育館の天井に空いた大きな穴から、無数の異形が次々と降り注ぐ。


 小さなクリーチャーは地面に叩きつけられて即座に動かなくなるが、中型のものは這いずり回りながら獲物を求めて蠢く。


 それ以上のクリーチャーとなると、落下の衝撃で傷つきながらも、その凶暴性はむしろ増していた。


 天井を破壊して現れた機械融合型の巨大クリーチャーが、傷だらけの体を引きずりながら、じりじりとイヒトたちに迫る。


 異様な機械音が耳をつんざき、鋭利な前腕が床を削り取る音が背筋を凍らせた。




「ったく……なんで、クリーチャーが降ってくるん、だ、よ!」


 イヒトは苛立ちを隠さず怒鳴りながら、迫る巨大な前腕を蹴り飛ばした。金属と金属がぶつかる音が響き、床が軋む。


「大戦時の防空システムの暴走だ!」


 ラルは怒鳴りつつ、小型クリーチャーを掴み上げ、巨体に向かって投げつけた。

 クリーチャー同士が衝突する。


「……んだそりゃ、はた迷惑な置き土産だな!」


 イヒトはよろめきながらも、ラルの作った隙を逃さず渾身の一撃を放った。


 その拳が巨大クリーチャーの中心部にめり込み、鈍い音が響いた。

 巨体が沈黙する――だが、イヒトもまた肩で息をし、明らかに消耗している。


「おい、イヒト……大丈夫か?」


 サクが心配そうに声をかけた。


「問題、ねえよ……」


 イヒトは荒い息を整えながら、懐から印器を取り出した。そのまま、右腕に押し当てる。


「……っ……ふー……」


 印が刻まれる光だすと、イヒトの顔にやや血の色が戻っていった。

 その様子は、サクを逆に不安にさせる。


「お、おい……それ、大丈夫なのかよ」


「……心配すんな、エナドリみたいなもんだ」


「エナドリって……」


 どう見ても、そんなかわいい物には見えない――

 サクの戸惑いをよそに、イヒトは険しい目つきで前を見据える。


「ここをしのがなきゃ、話にならねえだろうが」


 その声には決意がにじんでいた。


「収まってからなら、いくらでも倒れるがいい。街までは運んでやる」


 ラルが淡々と告げる。


「はっ。お前の世話にはならねえよ」


 イヒトは鼻を鳴らし、目の前の敵に集中する。

 巨大クリーチャーが再び動き出す――戦いはまだ終わらない。




 猛攻の末、ついに巨大クリーチャーが完全に沈黙した。


 だが、降り注ぐクリーチャーの衝撃に、戦いの余波まで加われば、体育館が耐えられないも必然と言えるだろう。


 天井のきしむ音が不気味に響き渡り――次の瞬間、崩壊が始まる。


「限界だ、逃げるぞ!」


 ラルの叫びに全員が反応し、一斉に崩れかけた体育館を飛び出す。

 外は当然、クリーチャーが降り注いでいた。


 間隔だけなら、まばらに降る雨程度だ。だが、一粒でも当たればひとたまりもない。


 そんな中、ホカゼを背負ったラル、財津を抱えたイヒト、サクに、リィズリース――全員が、その隙間を縫うように校庭を駆け抜けた。


 崩壊の音が背後で響き渡る中、校庭の一角、まだ奇跡的に形を保っていた(ひさし)に全員が滑り込む。


 そこもボロボロで、いつ崩れるか分からない。校舎の中に入るのは憚られた。

 だが、頭上を守るものがあるだけ、何もないよりはマシ――そう思うしかなかった。




 ホカゼは壁を背にうずくまり、ガクガクと震えていた。

 クリーチャーを見るのは三年前の災害以来。恐怖が、身体にしみこんでいた。


 そんなホカゼに、上着がふわっとかぶせられた。

 イヒトだった。


「怖いなら目つぶってろ……その間に、終わらせてやるからよ」


「イヒトさん……」


 ホカゼはつぶやくと、言われた通りギュッと目をつぶった

 それを見届けたイヒトは再び校庭へ飛び出していった。


「……っ! お、おいっ!」


 サクが止めるが、イヒトは止まらない。

 降り注ぐクリーチャーを紙一重でかわしながら、落下から生き延びた異形たちを次々と叩き潰していく。


 ホカゼたちに近寄ろうとする前に、自らが囮になり、叩き潰すためだった。


 だが、多勢に無勢。

 一人では無茶が来る。


 ラルもまた前方へと繰り出し、イヒトのそばに並んだ。そして、同様に迫りくるクリーチャーを排除する。


「耐えろ! 長くは続かないはずだ!」


 ラルが声を張り上げる。


「なんでそんなことが分かるんだよ!」


 イヒトは半ば苛立ちを込めて問い返す。


「システムの根幹は変わっていないはずだ! 一時的に飛翔体を感知しただけなら、継続して作動することはない!」


「……だといいけどな!」


 その希望的な観測に、イヒトは半ばヤケクソ気味に叫んだ。




 それから、一時間にも満たない時は、永遠にも長く感じられた。

 イヒトとラルはクリチャーを振り払い続ける。


 サクは、二人がうち漏らしたクリーチャーをなんとか退けていた。

 その横でリィズリースは、どこから取り出したのか傘を差していた。


 たまに飛び散る小型クリーチャーから、ホカゼと、倒れ伏す財津を守っている。

 リィズリースの傘は、飛び散る異形たちを何事もないかのように受け流し続けていた。




 どれほどのクリーチャーを退けたか、わからなくなったころ。


 疲労が体を重く押しつける中、ようやく、クリーチャーの雨は小康状態に入った。

 校庭は、まさに地獄だった。


 地面は異形の死骸で埋まり、所々に積み上がった山ができている。その中には、まだ動いているものもいた。


 ぴくぴくと痙攣する姿が、異様な静寂をさらに際立たせる。

 校舎の壁にもたれかかるサクは、荒い息をつきながら立ち尽くしていた。


 全身傷だらけの体をなんとか支え、手にした棒で近寄るクリーチャーを追い払う。

 少し離れた場所では、イヒトとラルが校庭全体を警戒している。


 二人の肩は上下に大きく揺れ、息遣いは荒い。それでも、二人の視線は怠ることなく周囲を見渡していた。




 一匹のクリーチャーが、また、降って来た。


「……これでも、終わらねえのかよ」


 イヒトがそれを躱しながら、低くつぶやく。

 血の気の引いた顔で、這い寄るクリーチャーを踏みつけた。


「……残念だが、まだ続くぞ」


 ラルの声は静かだが、張り詰めた空気を纏っている。

 その目は雲間を鋭く見据えていた。何かがまた降ってくる気配を探るように。


 ホカゼは動かずじっとしている。財津はまだ気絶したままだ。

 その二人を守るように傘を差して立つリィズリースだけが、相変わらずすました顔でたたずんでいた。


「……ったく。あいつ、なんであんなに余裕がありやがんだよ」


 イヒトがリィズリースの方を横目で見てぼやく。


「……さあな」


 ラルもちらりと目をやった。

 リィズリースは、ずっと、小型クリーチャーを傘で受け流し続けていた。


 その姿は、異様なまでに自然で、かえってこの状況の非現実さを強調していた。

 ラルの脳裏に、一瞬、仮面の言葉がよぎる。




「――奴を決して侮るな」




 ラルは小さくかぶりを振りつぶやいた。


「……使える者は使うべきだ」


 危害を加える様子はない――そう判断した。

 せざるを得ない状況だった。


「そろそろ……移動しねえのか?」


 イヒトが提案した。

 ラルは少し考え込んだ後、首を横に振る。


「クリーチャーズレインは不規則だ。あと五分は様子を見たい」


「……わかった」


 イヒトは肩をすくめた。

 不満げな表情が浮かぶが、ラルの判断に異を唱えるつもりはないようだった。


 イヒトとラル――それにリィズリースだけなら、離れられたかもしれない。

 だが、ホカゼと財津。今はサクもだろう。


 全員を連れて行くとなれば話は別だ。

 この人数を守りながらの移動は、タイミングを慎重に見極めなければならない。


 それゆえの判断だった。




 それを結果論だけでミスと責めるのは、あまりにも酷だろう。

 誰もが限界を迎えていたのだ。




 その時、本郷ホカゼは、イヒトに言われた通り、ぎゅっと目を閉じていた。

 その時、財津ザイコウは、気を失っていた。


 不幸だったのは、その終わりが、ほぼ同時だったことにある。




 雨の気配が薄れ、周囲の動きが収まったのを感じたホカゼは、恐る恐る目を開けた。

 飛び込んできた光景に、ホカゼはぎょっと息を飲む。


 校庭一面に散らばるクリーチャーの死骸。

 血なまぐさい臭いと、オイルの混じった鉄の匂いが重く空気を満たしていた。




 その中で、ひときわ小さなクリーチャーが、もそりと動いていた。

 落下の衝撃から奇跡的に生き延びただけで、弱々しく、今にも息絶えそうだった。


 それでも、ホカゼたちの方へにじり寄ってきた。


「ひっ……」


 ホカゼの口から、小さな悲鳴が漏れた。

 それが、すべての引き金だった。


「……うぅ……っ! な、なんだ!?」


 隣で財津が目を覚ました。

 目を開けた瞬間、財津の視界に飛び込んだのは、這い寄るクリーチャー。


 その姿に、財津は瞬く間にパニックに陥る。


「く、くるなっ! くるなぁっ!!」


「……ち、ちょっと、何してるんですか!!」


 ホカゼが必死に声をかけるが、財津には届かない。

 そのクリーチャーは、ひどく弱っていた。


 近づくには時間がかかるはずだったし、じっとしていればリィズリースかサクが、処理していただろう。


 だが、財津には状況が理解できなかった。

 恐怖が思考を完全に奪っていた。そもそも、守られているという事実すら知らなかった。




 その小さな騒ぎに、全員が気づくのが遅れた。

 サクは少し離れた場所で、へたり込んでいた。。


 イヒトとラルはさらに離れた校庭にいて、すぐに駆けつけられない。

 そしてリィズリースは――そもそも、足元で行われるそれを「騒ぎ」とさえ認識していなかった。


「どけぇえっ!!」


 突然、財津がホカゼを突き飛ばし、逆方向に向かって走り出した。


「きゃっ!」


 ホカゼは尻もちをつき、財津は慌てて足をもつれさせ、その場に転んだ。

 二人の頭上には、何もない空が広がっていた。


 雨は、まだ止んではいなかった。


「っ!? な、なにしてんだ、戻れっ!!」


 サクが叫ぶ。

 その声に驚き、ホカゼが見上げた。


 財津も、転がった体勢のまま空を仰ぐ。


 そして――


 狙いすましたかのように、クリーチャーの雨が降り注いできた。




 すでに、イヒトもラルも駆け出していた。

 サクも、棒を握り直してなんとか走りだそうとした。


 リィズリースは、悠然と歩を進めていた。

 間に合ったのは、一人だけ。




 ぐしゃり――と、鈍い音がした。




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