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第8話 人さらいは滅びない




 本郷ホカゼは信じることにした。




 小秋市東にあるホンゴウビル。その三階、イヒトの倉庫部屋にて。


 ホカゼは深呼吸すると、クローゼットに立ち尽くす女性から話を聞く方を選んだ。


「ちょっと、来てもらってもいいですか?」


「しかし、イヒトさんからはここでおとなしくしていろと言われています」


「……っ! そんなの無視していいですから!」


 言うが早いか、ホカゼは女性の手を取り、二階の本郷家へと案内した。




 あらかたの事情を聞き終え、ようやくホカゼは、警察に通報するという選択肢を捨てることができた。


「イヒトさんってば、何考えてるの……!?」


 それでも、ホカゼの胸には怒りが渦巻いていた。


 まず、何よりもリィズリースの扱いだ。


 聞けば、リィズリースは氷解者であるという。それも、今日まさに目覚めたばかりらしい。


 なのに。


 クローゼットに押し込んだまま、棒立ちにさせ放置していだなんて。


 おおよそ()()()()()()()()()に等しいではないか。


 当然、イヒトがホカゼに黙っていたことも許せなかった。


 ――私たちが拒否するとでも思ったの?


 そんな薄情な人間だと思われていたんだろうか。ホカゼは悲しさと、それ以上に怒りが収まりそうになかった。


 ――帰ってきたら、絶対に説明してもらうからね。


 ホカゼは鼻息荒く、決意を固めた。




 ともあれ、今はリィズリースのことだ。


 リィズリースをホンゴウビルに迎え入れるのは、ホカゼの中でもはや決定事項だった。


 となれば、必要なものは山ほどある。なにせ、人が一人増えるのだから。


 まず食料。


 差し当たって、夕食が一人分足りない。


「ええっと、何か苦手な食べ物はありますか?」


 その質問にリィズリースが首を振ったことは、ホカゼにとって幸いだろう。


 だが、かといって事態が好転するとは限らない。


「そうですか……えっと、今日は豚型の生姜焼きにしようと思ってたんですけど……お肉が足りないかなあ」


 こうした想定外の事態への臨機応変さを、中学生であるホカゼはまだ持ち合わせていなかった。


 もう少し経験を積めば、かさ増しのために肉野菜炒めに変更したり、ありものでさっと一品増やしたりと、いくらでも方法はあっただろう。


「ああもう、やっぱり買い物に行かなきゃだめだよね」


 徐々に、ホカゼの顔に焦りが募り始める。


「あと、着るものは……」


 ホカゼはリィズリースの全身をさっと見渡し、考える。


 母の服を使えば大半は間に合うだろうが、下着だけは新品を用意しなければならない。


 タイツだけならたくさんあるが――ダメだ、サイズが合わない。


 歯ブラシやタオルといった日用品もいる。家族で色をそろえているから、新しい色を買った方がいいだろう。


「えっと、えっとー……青はお父さんで、イヒトさんが緑で……黄色かオレンジでいいですか?」


 リィズリースが頷くのを確認すると、ホカゼは一拍おいた。


「じゃあ、私は買い物に行くので――」


 続いて一息に、まくしたてる。


「テレビはそこにあります。リモコンってわかりますか? 映画とか本とか、漫画も見れます。その端末にも、ちょっとだけ入ってたかな? あと、トイレはそこで、えっと、お風呂はあっち……あ、でも着替えを買ってくるまでは待っててください! おなかが空いたら、そこに、お菓子がありますけど……あ、お夕飯があるので、食べ過ぎないでもらえると助かります。あとは、えっと、えーっと……とにかく、好きにしていいですから!」


 矢継ぎ早に言い終わると、ホカゼはバタバタと部屋を飛び出した。




 そのまま階段を駆け下り、裏口へ。


 急いで靴を履き、扉に手をかける。


 そこでふと、イヒトの言葉が脳裏をよぎった。


 ――そういうのは俺に任せとけって。


 外に出て、顔を上げた。


 空は薄黒く、赤みを帯びていた。


 ――人さらいが出るぞ。


 昔の話。


 この街は()()()()()()()、治安が悪い時期もあった。でも、今どき堂々と人さらいなんて――


「大丈夫だよね」


 自分に言い聞かせるように、首を振る。


 大通りを歩くだけなら平気だろう。


 ホカゼは小さく息を吸い込み、小走りで買い物へ向かった。




 ◇




 人さらいは、今も出る。


 人が人である限り、悪事が絶えることはない。治安が少し良くなった程度で、悪人が諦めてくれるなら苦労はない。


 だが、人をさらうのは簡単ではないのも、また事実だ。


 抵抗は激しいし、運ぶのも一苦労だ。被害者の家族だって必死に探すだろう。物を盗むのとはわけが違う。


 他の犯罪と比べても、手間もリスクも格段に高い。


 それでもなお、人さらいを選ぶには、それ相応の理由があるものだ。


 普通なら、後先考えずにやることではない。


 普通なら――。




 ◇




 小秋市の市域から外れた、廃墟同然の工場跡。


 簡素ながら改装され、悪事の温床としてうってつけのアジトになっていた。


 そんな場所に、割れんばかりの怒声が響き渡る。


「バカかテメェはよぉっ!!」


 ここは市域の外。


 多少大声を出そうが、人を殴ろうが、誰も気にしない。


 そういう意味でも「うってつけ」な場所だった。


「でも、センパイ――」


「でもじゃねぇ!! だからテメェはいつまで経ってもカスなんだよ!!」


 殴られた青年――通称カスは、常日頃から「カス」呼ばわりされていた。


 殴ったのは、三十代の男。組織では「センパイ」と呼ばれる立場だ。


 一見すると、典型的なパワハラの光景。


 だが、この場面だけを見てセンパイを一方的に責めるのは、少し酷かもしれない。


 センパイには、センパイなりの言い分があるのだ。




 ◇




 事の発端は、カスが「金がない」と愚痴をこぼしたことだった。


 彼らは「アブレ」と呼ばれる反社会的勢力の一員である。都市からあぶれた者たち――それが名前の由来だ。


 ようするに、古い時代のヤクザや半グレ、マフィアと大差ない。


 当然、アブレもまた犯罪を手段とする営利組織であり、下の者は上から搾り取られる運命にある。


 カスが金に困っているのも、至極当然のことだった。


 そんなカスに、センパイは軽い調子で言ったのだ。


「女の一人二人でも捕まえて、稼がせりゃいいんだよ」


 ちょうど、麻雀に勝って機嫌がよかった時のことだった。




 ◇




「だからってなぁ! 文字通り捕まえてきてどうすんだよ、このカスがっ!」


 センパイは拳を振り上げると、何度もカスを殴りつけた。


 荒い息を吐きながら、目の前の光景に改めて目をやる。


 そこには、制服姿の学生が二人。


 一人はロングヘアで、声を押し殺して泣いている。


 もう一人は尖った耳を持つ亜人。


 全身をぐったりさせながらも、鋭い目でカスっちを睨みつけていた。


 明らかに、自分の意思でここにいるわけではない。


「てて……上モノだと思ったんッスけどねえ?」


 カスの呑気な言葉に、センパイは頭を抱えた。


 確かに、見た目だけなら「上モノ」かもしれない。


 だが、問題はそこではない。


「上モノを二人もなあ! 無理にとっ捕まえてきてるからまずいんだよ、このカスがっ!」


 センパイは再び拳を振るった。


 ロングヘアの少女はビクリと体を震わせ、亜人の子は鼻息を荒くし、今にも飛びかかりそうな気配を醸し出していた。


 だがカスは、そんな周囲の緊迫感などものともせず、あっけらかんと言い放つ。


「でも、センパイが捕まえろって言ったんじゃないッスか」


 へらへらと笑うカス。


 その姿にセンパイは呆れ果て、蹴りを入れた。


「奥の部屋に押し込んどけ!」


 カスは声を荒げるセンパイに首をかしげながらも、二人を引きずるようにして奥の部屋へ連れていく。


 ようやく静かになった空間。


 センパイはソファにどさっと腰を下ろし、深く、深くため息をついた。


 天井を見上げる。


 荒んだ空気の中、ただ無力な疲労感だけが広がっていくのを感じていた。




 しばらくしてカスが戻ってくると、センパイは苛立たしげに声を荒げた。


「捕まえろってのは、そう言うことじゃねえだろうがよ……!」


「はあ……」


 カスは心底納得できない様子で肩をすくめる。


 その投げやりな態度に、センパイはさらに眉間のしわを深めた。


「あのな。いっぱしのアブレなら、女を騙くらかして金を巻き上げるくらいしろ――って意味だろうが」


「騙くらかす……?」


 間の抜けた声で聞き返すカスに、センパイは額に手をやり、深々とため息をついた。


 それからカスの顔をじろりと睨む。


「いいか。最上は女を惚れさせて、自分から貢がせることだ。それができて一人前だ……まあ、お前にはまだ無理だろうけどな」


 そう言い放ち、センパイはカスを上から下まで値踏みするように眺めた。


 顔だけは悪くないが、頭と性格は救いようがない。


「普通はな、ワケありの奴をはめるんだよ。ほかに行く当てのない――逃げ場のない女をうまく誘い込んでな」


 センパイは指を立て、講釈を続ける。


「逃げ場のない女、ってなんスか?」


 カスが首をかしげた。


「例えば、家族から厄介者扱いされている女とかだ。そういう奴の親に金を払って引き取れりゃ、上々だな」


 センパイの声には自信があふれている。だが、その内容はどこか寒々しかった。


「帰る家がなくなる上に、売られたって事実を突きつけられるだろ。それだけで、女の抵抗も格段に減る」


 センパイは得意げに話すが、あまりピンとこないカスはぼんやりつぶやいた。


「なんか、どれも『捕まえて』はないッスね」


 その言葉に、センパイは額を押さえた。


「あのな……拉致なんて、女を得る方法としちゃ下の下なんだよ」


 一時期、小秋で人さらいが流行ったのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()からに過ぎない。


「今じゃ治安もよくなりやがったしな。ただリスクが高いだけだ。なによりやるにしたって、獲物は選べって話だ」


 その点、あの二人は最悪だとセンパイは再び頭を抱えた。


「なにがダメなんスかぁ?」


 カスが緊張感のない声で尋ねる。


「……おいカス、あいつらがどこのガキだかわかってんのか?」


「芙蓉学園っすよね? あおい市の」


「テメェな……そこまでわかってて手出すんじゃねえよ!」


 あおい市――崩壊後、小秋市近隣で最も発展している都市。


 その中でも芙蓉学園は名門中の名門だ。大企業の子息たちが通う学園として知られている。


「え? 上モノなんだから捕まえたほうがよくないッスか?」


 カスは何の悪気もなく言い放つ。センパイは顔を覆った。


「……間違いなく警察が動くだろうが」


 あおい市だけでなく、小秋市の警察だって捜索に加わるだろう。警察が動けば、ボスにまで話が届きかねない。


 こんなヘマをしでかしたと知られたら――


 センパイは身震いした。


 藁にもすがりたい気分で、必死に思考を巡らせる。


「おい、カス。お前、あいつらどうするつもりだったんだよ」


「え? そりゃ風呂に沈めるんすよね? センパイが言ってたんじゃないっすか」


 藁は、しょせん藁だった。


「お前な、亜人の方を思い出せよ。『脱力印』まで押さざるを得なかったんだぞ。あんなのが、おとなしく従うと思うのか?」


 あまりにも暴れたため、ご禁制の人造印を押さざるを得なかったのだ。


 あんな状態で、どう金を稼がせろというのか。


「さあ? 無理なら、どっかに売っぱらっちまえばいいじゃないッスかねえ」


 カスのへらへらした口ぶりに、センパイも脱力してしまった。怒る気力も失せていく。


「売る伝手なんて、どこにあるんだよ……」


 センパイはうめいた。


 女を売るなら、可能な限り遠方へ輸送するべきなのだ。足はつきづらくなるし、女の逃げ場も奪える。


 理想を言えば、現地で働かせる体制を整えるべきだろう。本気でやるなら、それくらいの準備は必要だ。


 だが、現実はどうか。


 売る伝手はない。現地の協力者もいない。


 そもそも、長距離を運べる足すらない。


 それはつまり、自分も逃げられないということだ――警察からも、ボスからも。


 センパイは頭を抱え、深いため息をついた。




「ずいぶんお悩みのようだな」




以下はキャラクターの参考画像です。




・センパイ

挿絵(By みてみん)

・カス

挿絵(By みてみん)


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