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第73話 映画じゃないんだから

本日更新予定3話中の3話目です。





 小秋市北東部。


 ラルの根城にしている安アパートは、まるで朽ち果てる瞬間を待っているかのように静まり返っていた。

 崩壊後、小秋市中心部だけでは人口を収容しきれなくなった時期に、市域拡張の名目で急造された建物。


 資源不足の中、無理を重ねた代償は目に見えている。

 ひび割れた壁、錆びついた階段、風に軋む窓枠――どれをとっても、払いきれないツケを物語っていた。




 ラルは扉の前で一瞬立ち止まった。

 その顔には疲労と苛立ちが滲んでいる。わずかに漏れたため息を追うように、鍵をひねる。


 ドアが軋みながら開いた。

 靴を脱ぎ、数歩。視線の先に待ち構えていた人物に、冷めた声を投げる。


「勝手に上がり込むなと言っただろう」


「あなたと私の仲じゃないか」


 部屋の中央に立つ仮面の者は、飄々と答えた。まるで自分の家にいるかのような態度だ。


「相変わらず殺風景だな。ソファの一つくらいおいたらどうだ?」


 仮面の者はマットレスの他に家具らしい家具の見当たらない室内を見渡した。


「なんなら手配しようか? この部屋と同じようにね。私に任せてくれれば大概のものは――」


「何の用だ」


 ラルは仮面の者を冷ややかに睨む。芝居じみた身振りに付き合う気はない、と言わんばかりだった。

 仮面の者は肩をすくめ、大げさな動作で話を切り出した。


「そろそろ、私の目的を話しておこうと思ってね」


「前に聞いた。リィズリースだろう」


「その理由も含めてだよ」


 その一言に、ラルの動きが止まった。

 芝居がかった軽薄さの奥底に、別の何かが見え隠れした気がした。


 ラルはじっと視線を向ける。




 これまで仮面は、肝心なことを決して語らなかった。

 その軽口も、軽率に見える行動も、すべては計算ずくだとラルは感じていた。


 だからこそ、今の変化には警戒を隠せない。




「どういう気の変わりようだ?」


 ラルの問いは、鋭い視線と共に投げられる。

 仮面の者は一瞬口元を緩めると、どこか懐かしむような微笑を浮かべた。


「私はね――未来から来たんだ」


 静かな声だった。

 けれど、その一言はラルの思考に小さな楔を打ち込んでいく。


「……ふざけているのか?」


 眉間に深いしわを刻み、ラルは低く問い返した。


「未来からやってきたんだよ。あの人形を破壊するためにな」


 仮面の者は平然と繰り返す。

 そのあまりにも淡々とした口調に、かえって現実味を感じさせた。


「……お前がT-800で、俺がサラ・コナーだとでも言うつもりか?」


 冷ややかな皮肉。

 しかし、その声にはほんのわずかに揺らぎが滲んでいた。


 仮面の者はフッと笑う。


「動揺が見られるな」


「なに?」


「あなたは内心を乱したとき、決まってそんな誰にも通じない例えを漏らしていた。懐かしいものだ」


 遠い記憶を語るような声音だった。

 それが、ラルの警戒心をより一層かき立てる。


「知ったような口を聞くな」


「知っているさ――()()殿()


 刹那、空気が張り詰めた。

 ラルの表情が一変する。


「……人をからかうのも大概にしろ」


 低い声で言いながら、ラルは仮面の者の胸倉をつかんだ。

 力強い手が布地を引き寄せる。それでも仮面の者は動じない。


 むしろ、かすかな笑みを浮かべている。その態度が、ラルの苛立ちをさらに煽る。


 だが――


「ほんの十年後のことだよ」


 ぽつりとつぶやかれたその言葉が、怒りをぬるりと掻き消した。


「……十年後だと?」


 無意識のうちに、つかんでいた手が緩む。

 仮面の者はゆっくりとラルの指を振りほどき、室内を歩く。


 そして、背を向けたまま淡々と続けた。


「奴は――リィズリースは、未来で亜人を駆逐しようとした」


 その声音には、わずかな激情がにじんでいた。


「迫害ではない。文字通りの駆逐だ」


 ラルは眉間に深いしわを刻み、仮面の者を睨みつける。


「亜人の生すら許さない」


 仮面の者は振り返り、ラルをじっと見据える。


「それが、どれだけ残酷なことかわかるだろう? ()()()()()()()()()()


 瞬間、ラルの目が鋭さを増す。


「……貴様は俺を、亜人だと。そう言うのか?」


「いまさら隠すことはないだろう」


 仮面の者は、わざとらしく肩をすくめてみせた。

 だがその声は、どこか静かな哀感を帯びていた。


「機械融合型亜人で外国籍の元軍人――そして氷解者」


 ラルの目が細められる。


「どれをとってもこの時代では目立ちすぎだ。生きづらく、伏せておきたいものだろう」


 仮面の者の言葉は、間を置きながら丁寧に選ばれていた。その口調はまるで、あらかじめ用意されていた台詞をなぞるようでもあった。


「だが――それを隠さないのがあなただろう?」


 ラルは仮面を睨みつけたまま、かすかに口元を歪める。


「――むやみに吹聴するような真似をした覚えはないがな」


「それだけ、私とあなたに()()()()があったということさ」


 仮面の者は得意げに言った。だが、ラルは即座に首を振る。


「だから、信じろと? 亜人が駆逐されるなどという与太話をか?」


 その声にはあからさまな軽蔑が混じっていた。


「確かに、この国にも亜人を蔑視する者はいる。潜在的な亜人嫌いも少なくはない」


 ラルは淡々と語る。その口調は、無用な感情を切り捨てた鋭さを帯びていた。


「だが、問題となるのは一部の人間だけだ。軽微な嫌がらせはあっても、それ以上の行為は周囲が許さない」


 ラルの脳裏には、旅の中で目にした光景が浮かぶ。

 亜人に心ない言葉が向けられることは確かにある――だがそのたびに、助け舟を出した人々がいた。


 決して多くはなかった。だが、悲観するほど少数でもない。


「亜人の駆逐など、どれほど扇動を行ったところでついてくるとは思えん。民意を無視した強行など論外――ディストピア映画の観すぎだ」


 ラルは嘲笑うように首を振った。

 仮面の者はそんなラルを眺め、わずかに口元を吊り上げる。


「――やはり、あなたは頼もしいな」


 だが、その声音にはどこか皮肉めいた響きがあった。


「だからこそ、最後まで理解し合えない部分もあるのだがね」


 仮面の者はゆっくりと窓際へ歩み寄る。

 すりガラス越しの薄ぼんやりとした景色を眺めながら、その背中はどこか遠い未来を見ているようだった。


「『亜人はクリーチャーのなりかけだ』――」


 低くつぶやく。


「『変異は感染する』――聞いたことがあるだろう?」


 その言葉に、ラルは眉をひそめた。

 確かに、それは亜人差別者が好んで口にする常套句だった。


 都市の片隅に漂う、陰気な迷信。

 もはや、誰もがくだらないデマだと嘲る一方で――


 どこか、触れないままにしておきたい不吉な言説でもあった。

 仮面の者は振り返り、じっとラルを見据えた。


()()()()だけなんだよ」


 その言葉に、ラルの眉がわずかに寄る。




 何をするにも、人間には理由が必要だ。

 理由がなければ、虫一匹殺せない者も少なくない。だが、大義名分があれば――人はどこまでも残酷になれる。




 仮面の者の声が、低く抑えられながらも静かに続いた。


「百年前、その理由は『感染』の二文字だった」


 仮面の口調はあくまで冷静だった。だがその響きの奥には、押し殺した怒りが滲んでいた。


「変異が感染し、クリーチャーになるかもしれない――その思い込みだけで、歴史に残る虐殺が起きた。そして――」


 仮面は一度言葉を切り、静かに息をつく。


「三十年前にも、その悲劇は繰り返された。『適応者戦争』を知っているか?」


「EUで亜人が起こした暴動だろう」


 仮面は首を横に振った。


「暴動? 違う。あれは()()だ」


 その声には、揺るぎない確信がこもっていた。


「彼らは自らを()()()と名乗った。亜人ではなく――過酷な環境に適応した、より進化した存在だとな」


 ラルは黙って仮面を睨んだまま、何も言わなかった。


「戦争は終結した。だが恐怖は形を変えて、今もこの世界の底にくすぶっている。純人どもは今でも怯えているのさ――自分たちより優れた存在が、次代の支配者になるのではないかと」


 仮面は窓の外を一瞥し、ぽつりと続ける。


「それが、次の()()()()になる」


 ラルは鼻で笑った。


「また適応者どもが革命ごっこでも始めるとでも? お前は自分がその本物の適応者だと言いたいのか?」


 その声には、あからさまな皮肉が混じっていた。だが仮面の者は意にも介さず、ただ薄く笑っただけだった。


「……私たちは自らを、適応者解放戦線と呼んでいたよ」


「……っ」


 皮肉のはずの言葉を馬鹿正直に返され、ラルの顔が険しくなる。


「幼いころ、解放軍で私を育ててくれた恩師がいた。厳しいが公平で、誰よりも的確な指導をしてくれた」


 その言葉に、ラルの顔が険しくなる。

 仮面は一歩踏み出し、真正面からラルを見据えた。


「――あなたが、その教官だった」


 沈黙が降りる。

 ラルの眉がピクリと動き、青白い指がわずかに震えた。


「ふざけるな……」


 低く、かすれた声が漏れる。

 仮面の者はただ静かに見つめ返す。


「そんなふざけた組織に俺が手を貸しただと?」


 ラルは顔を歪め、首を振った。

 だが、怒りよりも――そこには困惑の色が濃かった。


「あなたが解放戦線に加わった経緯は知らない。だが――想像に難くないよ。これから起きることを知っていればな」


 仮面はどこか懐かしむような口調で続ける。その利いた風な態度が、ラルにはたまらなく不快だった。


「頼む、教官殿。どうか亜人の未来のため――」


「断る」


 ラルは仮面の言葉を冷たく遮った。

 その声音はあまりに即断だった。


 仮面は短く息をつく。


「……そうか」


「ずいぶんあっさりと引き下がるんだな」


 警戒を隠さぬ目で睨みつけるラルに、仮面は薄く微笑む。


「あなたの用心深さもよく知っている。簡単に信じてくれるとは思っていないさ」


 変声機越しの声に込められた無駄な親しみが、ラルの神経を逆撫でする。


「私はいずれ――リィズリースに手を出すつもりだ」


 仮面の瞳が細められる。


「巻き込まれたくなければ、あの人形からは距離を取れ」


 ラルは冷笑を浮かべた。


「それを信じろと? 俺が、お前の言いなりになるとでも思うのか?」


「好きにしたらいい」


 仮面の者は肩をすくめる。


「これはただの善意だよ――大恩ある教官殿への」


 その馴れ馴れしい呼び名に、ラルの眉がさらにひそめられる。


「そんなものになった覚えはない」


 冷たい拒絶の言葉。

 だが、仮面の者はどこか満足げに口元を歪めた。




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