第62話 ちょっと(ちょっとじゃない)
本日更新予定2話中の1話目です。
昼になり、休憩時間が訪れた。
サクはリィズリースと並んで適当な石に腰かけ、配給された弁当を広げる。
そこへ、牛亜人の男が豪快な笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ほーん、なるほどね」
約束通りペンダントを見せると、牛亜人の男はそれをしげしげと観察し、軽く頷いた。
「おう、もういいぜ。ありがとな」
「なんかわかったのか?」
サクが問いかけると、牛亜人の男は肩をすくめ、あっさりと答える。
「いや、何も。子供の玩具じゃなさそうだ、ってことくらいだな」
「なんだよそれ」
サクは呆れた顔をするが、牛亜人は軽く笑い、理由を続ける。
「レアモノが出る可能性があるってだけで、モチベになるだろ? だから、チームで漁るときは発掘物を見せ合うもんなのさ」
「ふーん」
サクは納得したような、してないような曖昧な顔でうなずいた。
「おっさん、こういう仕事長いんだな」
「おっさんってな……俺はまだ二十代だぞ」
「十代から見りゃおっさんだよ」
サクが軽口を叩くと、牛亜人は「まあいいけどよ」と渋い顔をしながら弁当を開け、語り始める。
「ナゴヤに潜り始めて、もう十年くらいになるな。ちょうど暇になったのと、条件も悪くなさそうだったんで来てみたんだが……」
「後悔した?」
率直な問いに、牛亜人は苦笑を浮かべた。
「ぼちぼちってとこだな。話がうますぎるとは思ってたが、案の定だった」
やはり、今回の新事業はベテランの目から見ても「釣り」同然の条件らしい。
「ま、金はともかく、安全が担保されてるのは悪くない。それに、うまい飯も出るしな」
そう言って、牛亜人は弁当を豪快にかき込む。
サクも箸を動かしながら、ふと思い出す。
求人条件において「食」は案外馬鹿にできない。少々の賃金差よりも、食事の充実を重視する者も多いという。
ただ――
「確かにウマいけどさあ」
サクは弁当の中身を見下ろした。
人造米の炊き込みご飯の横には、クリーチャー肉の揚げ物がこれでもかと詰め込まれている。
すべて茶色。くどいほど濃い味付けだ。
「これ一食で、様々な栄養素が一日分摂取できますね」
リィズリースが淡々と弁当を口に運びながら言う。
サクも苦笑しつつ箸を進める。
周囲を見渡せば、おおむね好評なようだったが、弁当を前に顔をしかめている者もちらほらいる。
――人を選ぶ飯だよなあ。
そう思いながら、弁当を平らげていく。
その後もサクは、牛亜人の男から話を聞いていた。
「ふーん。まだそんなに遺跡が残ってるんだ。百年もありゃ、掘りつくされそうなもんだけどなあ」
最後の唐揚げをつまみながら言うと、牛亜人は豪快に笑い飛ばす。
「ははは、ナゴヤを知らない奴らの言葉だな」
「そんなにすごいのか? クリーチャーがわんさかいるとは聞くけどさ」
「こうして郊外に来ると、天国に思えるくらいにはな」
「でもその分、稼ぎもいいんだろ?」
サクがそう言うと、牛亜人は肩をすくめた。
「そんな甘くはねえよ。都市に近い遺跡ほど、めぼしいもんは大体取りつくされてるんだぜ」
「それでも潜るんだ?」
「ま、取りこぼしはあるからな。今日のお前さんみたいに、ちょっとしたものが手に入る場合もある」
「なるほどね。なら、こりゃラッキーだったんだな」
サクはペンダントを掲げて見せる。
その瞬間、牛亜人の表情がわずかに引き締まった。
「……あんまり見せびらかすなよ。誰が見てるかわかんねえからな」
「わかってるよ。ってか、最初はおっさんの方から見せろって言ってきたくせに」
サクが軽く笑うと、牛亜人は慌てたように弁解し始める。
「いやいや、そりゃそうだけどな……ほら、よからぬことを考える奴はいる、って注意をだな――」
「確かに、そのようですね」
突然、リィズリースが静かに呟いた。
「は?」
サクが訝しむ間もなく――
ザッ、と地を蹴る音が響いた。
「――っ!?」
咄嗟に身を翻したサクは、間一髪で襲撃をかわす。
振り返ると、そこにいたのは猫の亜人、丹山だった。
「おまえっ……!」
驚きに目を見開くサクを、丹山は殺気立った目で睨みつける。
低く唸るように――
「……返せよ!!」
その言葉と同時に、再び突進してきた。
サクは慌てて地面に転がりながら、ペンダントを必死に握りしめる。
丹山の手がそれに届こうとした瞬間――
ドカッ、と鈍い音が響いた。
「バカヤロウ!!」
牛亜人の拳が振り下ろされる。
丹山は勢いよく地面に倒れ込んだ。
「人の稼ぎを横取りするなんて、一番やっちゃなんねえことだろうがっ!!」
怒気を孕んだ声が響く。
牛亜人は鼻息荒く、倒れ伏した丹山を見下ろした。
「いいか坊主!! どんなに追い詰められようが、絶対超えちゃならねえ一線ってのがあるんだ!」
しかし、その言葉にも丹山は何の反応も示さなかった。
微動だにしない。
サクの胸に嫌な予感が広がる。慌てて駆け寄り、丹山の肩を揺さぶった。
「おい……大丈夫か、おいっ!」
呼びかけても、返事はない。
みるみる、牛亜人の顔が引きつっていく。
「ちょ、ちょっと小突いただけだぞ?」
先ほどまでの威厳が嘘のように、動揺を隠せない様子だった。
「小突いてそれなら、アンタもう何人か殺してるよ!」
サクが声を荒げると、周囲にいた作業員たちがざわめき、次第に人が集まり始める。
「失神ですね」
リィズリースが後ろから覗き込み、冷静に言い放った。
「見りゃわかるよ!」
「特に損傷はないと思います」
「見ただけでわかるかよ!」
苛立つサクとは対照的に、リィズリースは相変わらず淡々としていた。
丹山は相変わらず目覚める気配がない。サクも牛亜人も焦りを隠せない。だが、こういう時に限って――
「休憩終われ! そろそろ作業に戻るぞ!」
監督係の無情な声が響く。
「と、とりあえず救護室に連れて行かねえと」
牛亜人がそう言うが、サクはすぐに首を振った。
「いや、頭を打ったかもしれない。動かしちゃまずいだろ」
牛亜人は言葉に詰まる。
「おとなしく、引率の奴らに報告した方がよくないか?」
サクの提案に、しかし牛亜人は険しい顔で首を横に振った。
「……ダメだな。このガキ、班員じゃねえだろ」
「あ、そっか……」
今になって、サクははっとした。
「都市外でのことだ。引率のヤツらじゃ、なあなあな対応されかねない」
牛亜人は吐き捨てるように言い、周囲を見渡す。そして、知り合いらしき女性を見つけると、足早に駆け寄り頭を下げた。
「俺は医者呼んでくる。スマンが、作業の方はうまくごまかしといてくれ」
「……はぁ、今度奢りなよ」
女はため息をつきつつも、了承する。
「後はアタシがやっとくから、アンタたちも戻んな」
サクはなおも丹山を気にしていたが、女に押し戻されるようにして作業場へと向かうしかなかった。
女が慣れた様子で監督役に事情を説明して場を収めた。
やがて、ざわついていた作業員たちも散り、いつもの喧騒が戻っていった。




