第57話 俺の方がかっこいいし
本日更新予定2話中の2話目です。
ホンゴウリサイクルの事務室での険悪な対話は、なおも続いていた。
イヒトは江越の寒々しいほど薄っぺらい美辞麗句を鼻で笑う。
「はっ、きれいごとを並べるのがずいぶん得意だな」
その一言に、財津は鼻を鳴らした。
「そういう貴様は、負け惜しみしか能がないようだな」
財津は勝ち誇ったように続ける。
「江越君。はっきり言ってやったらどうだ。お前らの居場所などもうないとな」
慇懃無礼な江越に代わり、財津は露骨に非礼をかます。
「何言ってんだおっさん」
「わからんのか?」
財津はニヤつきながら続ける。
「江越君の会社は遺跡調査だけじゃない、遺物のリサイクルから遺跡の再活用まで一手に担うんだ。お前らみたいな木っ端とは事業規模が違うんだよ、規模が。オールイン・ジャネレーションだ!」
「――失礼、財津課長。オールインワン・リジェネレーションです」
江越が苦笑しながら、財津の言い間違いをそっと訂正する。
「ああ、そうだそうだ。そういうことだ!」
訂正されたことに気づきもせず、財津は独演会を続ける。
「お前たちはもう終わりなんだよ! さっさと遺跡を明け渡し、小秋市から出て行くんだな!」
そう叫ぶと、財津は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、高笑いした。
その誇張された態度は、もはや滑稽さすら漂わせていた。
イヒトは今にも飛びかからんばかりの勢いで身を乗り出したが、ホウセイが慌てて肩を押さえる。
だが、そのホウセイも、顔をしかめ、怒りを隠せていなかった。
江越は一瞬ため息をつき、言った。
「……今日はこのあたりで失礼しましょうか」
財津がこれ以上火に油を注ぐ前に、引き上げるべきだと判断したのだろう。
「ふん、せいぜい夜逃げの準備でもしておくんだな」
捨て台詞を吐くと、財津は上機嫌で退出していく。
残された江越は、苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「本日は大変失礼しました。財津課長の発言は、少々行き過ぎたかもしれませんが……どうかご容赦を。私は、お互いに協力し合える未来を望んでいるのです」
その丁寧な態度は、財津の暴言を帳消しにするには程遠い。
ホウセイは形だけ頭を下げ、イヒトもそっぽを向いたまま沈黙する。
「お互い助け合い、良い関係を築きましょう。もし何かお困りの際には、どうぞ遠慮なくご連絡ください」
そう言い残し、江越も静かに去っていった。
◇
夜の路地裏は、ひっそりと静まり返っていた。
ホンゴウビルの裏口で、イヒト、サク、ラルの三人が顔を突き合わせている。
目下の議題はもちろん、EA社と財津が拠点を使わせろと迫ってきた件についてだった。
サクが端末を片手にぼそりとつぶやく。
「新事業の期間中は、新遺跡群への侵入が制限されるってさ」
「誘引炉や大型遺物の運び出しができなくなるな。それが妨害の手口か」
ラルが腕を組み、深く息を吐いた。
「それだけじゃないぜ」
サクがさらに続ける。
「EA社は、新事業以外の復興事業にも積極的に介入するって話だ」
その言葉に、ラルは押し黙る。
これは、今までホカゼが細々と続けていた雑用仕事の斡旋――ひいては、リサイクル販売にまで影響を及ぼしかねない。
どれも、ホンゴウリサイクルにとって不利な情報ばかりだった。
「……わかったのは、こっちがだいぶきつい状況ってことだけだよな」
サクがぽつりと漏らし、端末を閉じる。
その横で、ラルが難しい顔をしていた。
「ん? なんか気になるのか?」
サクが眉をひそめて問いかける。
「……どれも決定打には欠けると思ってな」
ラルは静かに呟き、続けた。
「確かに、多方面から首を絞められているのは事実だ。だが、どこか迂遠な気がする」
「焦る必要がないんだろ。これで十分だと踏んでるんじゃない?」
「そうかもしれないが……あるいは――」
ラルが言いかけて止める。
サクが身を乗り出し、問い詰めた。
「なんだよ?」
「――いや。妨害が多彩な以上、対策も一筋縄ではいかないと考えていただけだ」
「まあ、それは確かになあ……」
二人は押し黙る。
そんな中、それまで黙っていたイヒトが、大きくため息をついた。
「お前らなあ。さっきから何話してんだよ?」
今さら何を言い出すんだと、サクは眉をひそめる。
「何って、対策を考えてるに決まってるだろ」
「……そんなもん、お前らの仕事じゃねえだろ」
イヒトの淡々とした言葉に、サクは呆れ顔を浮かべた。
「またイヒトは、そういう……」
「わざわざお前から話を振っておいて、何を言う」
ラルも冷静に口を挟むが、イヒトは視線をそらさず、静かに続ける。
「あのな。俺がこの話を事前に伝えたのは、ホカゼには言うなって釘を刺すためなんだよ。わかるか?」
その瞬間、ラルの視線が鋭くなった。
「――知らせないつもりか?」
だが、イヒトは動じず、毅然とした声で言い返す。
「ホカゼには、時機を見てホウさんが話す。外野が口を出すことじゃねえよ」
ラルとサクが顔を見合わせる。
「そもそも、遺跡の話だって、本当ならホカゼが知る必要はなかったんだよ」
イヒトは吐き捨てるように言った。
「あいつはまだ中学生だぞ? 店のことに首を突っ込ませる方がおかしいんだ」
ラルが間髪入れずに切り返す。
「本人がそう言ったのか?」
「ガキの言うことを全部聞いてうまくいくならな、そんな楽な話はねえんだよ」
ラルが鋭い目で睨むと、イヒトは大げさに鼻を鳴らした。
「なんだよ、やろうってのか」
だが、ラルは挑発には乗らない。
「……言いたいことは山ほどある。だが、一ノ井。お前にはお前の考えがあるのもわかってきた」
「いやに物分かりがいいな。そのまま退場してくれるってか?」
イヒトが眉をひそめると、ラルは冷静に立ち上がった。
「いや――ならば俺は俺で動く。そう言いたかっただけだ」
そう言い残し、ラルは裏路地の奥へと歩き出した。
険しい表情でその背中を見送るイヒトの口から、短い舌打ちが漏れる。
「イヒト……お前はさあ」
サクもそれだけ言って、裏口からビルの中へ消えていった。
静寂が戻った路地裏に、イヒトの舌打ちがまた一つ響いた。
◇
「ふーん。今度はそういう嫌がらせを受けてるわけね」
マトモが気のない声を漏らした。
「そんな大したもんじゃねえよ。蚊に刺された程度だ」
「割と苛つく嫌がらせじゃない」
イヒトが大仰に鼻を鳴らしたのを、マトモは即座に突っ込む。
イヒトは苦い顔をして、黙った。
昼も過ぎたころ。
イヒトは狩人チーム、ストレートライトの拠点にいた。
狩協の近くにある一軒家。見た目は多少こじゃれているが、中はそれ以上に洗練されていた。
幾何学的なデザインのソファは座り心地がよく、イヒトはそこに腰かけながらも、どこか落ち着かなかった。
「新事業ねー。狩協でも多少話題にはなってるけど、ウチには全然声がかからないわ」
マトモは足を組みなおし、興味なさそうにコーラをすすった。ストローがずずずと豪快な音を立てる。
「そりゃ、お前らがやる意味なんてないだろ」
イヒトはなんとなく対抗し、ブラックのアイスコーヒーを苦い顔で一気に飲み干した。
「ま、問題ないなら別にいいわ」
マトモは唐突に話を打ち切り、大型ディスプレイの電源を入れた。
「これ、力作よ」
けたたましい音楽と共に、マトモたちの姿が浮かび上がる。
画面に映し出されたのは、公開前のMVだった。
ストライのファンなら垂涎もの。感激して涙すら流す者もいるだろう。
だが、イヒトは苦い顔をするだけだった。
「……こんなもん見せるために呼び出したのか?」
イヒトはすぐに目をそらし、不満げにマトモを睨む。
「もう、ちゃんと見ててよ」
たしなめられ、しぶしぶ画面へと視線を戻す。
しばらく退屈そうに眺めていたイヒトだったが、映像の終盤で突然声を上げた。
「あぁっ!?」
MVには、イヒトがクリーチャーを吹っ飛ばすシーンがしっかりと映し出されていた。
――あの時のかよ。
顔こそ映っていないが、動きや雰囲気で一目でイヒトだとわかる。
「……んだよ、こりゃ」
「どう? かっこいいでしょ」
「まあ、悪くないが――いや、俺はもっとかっこいいが」
「私には劣るけどね」
「あ?」
軽口を叩き合ううちに、MVは終わる。
マトモは満足げに腕を組み、イヒトは眉をひそめて問い詰めた。
「――で、これが何だよ」
「だから、これが今日呼んだ理由よ。一応、イヒト君に許可もらわないとだめでしょ?」
「んなことよりいいのかよ?」
「いいって何が?」
「お前らの動画だろ。俺が映ってていいのか、つってんだよ」
マトモは「なにが問題なの?」とでも言いたげに、心底わからなさそうな顔をする。
イヒトはその反応に、軽く困惑した。
「あの時、イヒトくんも一緒に戦ったじゃない」
マトモがあまりにもあっさり言うものだから、イヒトは言葉に詰まる。
「それより、どうなのよ。もっかい見て決める?」
再びMVが再生され、イヒトがクリーチャーを蹴散らすシーンが流れる。
イヒトは改めて見ても悪くないと、しばし見入る。
「マトモちゃんがいいって言うんだから、いいんですよ」
不意に、扉が開いた。
「あら、ヨーじゃない」
マトモが軽快に手を振った。
現れたのはストライメンバーの一人、ヨユウだった。




