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第51話 雰囲気で流してるだけだろ

本日更新予定2話中の2話目です。




 小秋市北部に構える弾麻興業の事務所。

 その奥にある役員室で、弾麻ダイカツは重厚なエグゼクティブチェアに身を沈めていた。




 室内は、拡張現実(AR)によってまるで劇場のように変えられている。

 一人のためだけに贅沢なオペラの上演が繰り広げられ、壮麗な音楽と映像が室内を満たしていた。


 だが、ダイカツはストーリーなどには興味がない。


 美しい声を背景にブランデーをあおっては、端末をいじり、適当なタイミングで立ち上がって「ブラボー」と拍手を送る。


 そんな自分が好きなだけだった。

 本物のオペラファンが見れば失笑するだろうが、今となってはそうした文化自体も絶えて久しい。




 ふと、グラスを揺らす手が止まった。

 ダイカツは視線を虚空から切り、入口の方へ向ける。


「礼儀がなっていませんね」


 断りもなく侵入した来客に、明確な不快感をにじませた。

 室内の仮想空間にふわりと影を落としたのは、仮面をつけた人物だった。


「呼ばれたから来たというのに、ひどい言い草だな」


 仮面の者はあえて親しげに近寄る。


「それで、要件は何かな?」


 その軽い調子に、ダイカツの表情はさらに曇った。


「かわいい部下たちに、あまり適当なことをふきこまないでくれませんかねえ」


 苛立ちを隠そうともせず、グラスを傾けるペースが自然と上がる。


「ああ、彼の話か。有益な情報を提供したつもりだったのだが?」


「その結果、アジトが潰れ、警戒も強化されましたよ」


 ダイカツは鋭い視線を投げる。だが、仮面の者は悪びれることもなく、にやりと笑った。


「結果的にはよかったじゃないか。あのゴミ漁りを排除する、いい口実になったんだろう?」


「――本気で言ってるのですか?」


 ダイカツの声が低くなる。


「どうせ新事業が始まる頃には遺跡群への侵入を制限し、飼い殺しにする予定だったんですよ。それを――」


 グラスをテーブルに置き、引き出しから書類を取り出して机に放り投げる。


「野放しにした結果が、これです」


 仮面の者は書類を手に取り、一瞥した後、小さく感嘆の声を上げた。


「ほう。狩協をクビになったはずが、あの遺跡を発掘するとはね。ほぼ手つかずだっただろうに。うらやましい話だ」


「まるで他人事のように言いますね」


 ダイカツの声には明確な棘があった。


「ああ、すまない。たしかにこれでは財津課長も怒り心頭だろうな」


 仮面の者が意図的に財津の名を口にする。

 お前らの繋がりは知っているぞ――そう暗に示され、ますますダイカツの神経は逆撫でされていく。


「……その程度、大した問題ではありません。それより、()()です」


 ダイカツは平静を装いながらも、仮面の者を鋭く睨んだ。


「ないとは思いますが……それでも、あの遺跡からアレが発掘されたらと思うと気が気でなりませんよ」


 微かに焦りのにじむ声。

 それを受けて、仮面の者は大げさなため息をついた。


「疑り深いな……ないと言っているだろう。あそこは崩壊直後からずっと眠っていた、本物の遺跡だぞ」


「それでもです」


 ダイカツは譲らない。

 仮面の者は、宥めるような口調で言った。


「そう焦らずとも、必ず見つかるさ」


 何を根拠に――ダイカツの表情が一瞬強ばる。その微細な変化を、仮面は見逃さなかった。


「正直は美徳だが、上に立つ者なら、もう少しポーカーフェイスを鍛えるべきだな」


「……ご忠告どうも。私もあなたのように素顔を隠せたら、楽なんですがね」


 ダイカツの皮肉に、仮面の者は肩をすくめる。


「ふふっ、それを言われると弱いな。だが、もう少し信じてくれてもいいだろう」


 親しげに声をかける仮面の者。


「私が今まで、間違った情報を与えたことがあったか?」


 ダイカツの目が、すっと細められる。




 ひと際大きく、美しい歌声が、部屋いっぱいにこだました。




 オペラがフィナーレへと向かうのに合わせるように、ダイカツはもったいぶった口調で答えた。


「もちろん、ありませんとも」


 オーケストラの最後の音が鳴り響き、仮想の幕が下りる。ダイカツはにやりと笑い、手を差し出した。


「少々過敏になっていたようです。これからも、良きパートナーでいましょう」


「ああ、もちろんだとも」


 二人が固く握手を交わす。

 その背後で、万雷の拍手が鳴り響いていた。




 ◇




「あのゴミ漁りが~~っ!!」


 小秋狩協資源管理課長・財津ザイコウの怒声が、執務室に響き渡る。


「この期に及んで邪魔をしおってっ!! おとなしく市から出て行くのが筋だろうがっ!!」


 小秋狩協の三階。


 財津は机を叩き、膝を小刻みに揺らしながら、薄くなった頭を掻きむしっている。

 その姿を、職員たちは遠巻きに見ていた。




「財津課長、まだ荒れてますねー」


 職員の中野ナツキが、隣にいた先輩職員・月山にひそひそと話しかける。


「そうですね」


「一ノ井さんに邪魔されたっていっても、新事業自体は上手くいってるんですよねえ?」


「そうですね」


「なんで一ノ井さんのこと嫌いなんでしょうね~。たしかに、一井さんて厄介者扱いはされてましたけどぉ」


「そうですね」


 月山は、表層では受け流しつつも、内心では中野と同じ疑問を考えていた。




 確かに、狩人だったイヒトが調査士資格を取得したときは、狩協内でも波紋を呼んだ。

 その後も、イヒトの行動はたびたび問題視されていた。


 だが、もうイヒトはいない。


 職員たちは日々の業務に忙殺され、やがてその存在は話題にすら上らなくなるだろう。

 それが、普通だ。


 だが――財津だけは違った。


 財津が調査士という職業に怒りを覚えているなら、まだ理解できる。

 しかし、財津の執着は、明らかに個人へ向けられすぎている――月山は、そう考えていた。




 そんな心情を知ってか知らずか、ナツキは月山の相槌を求め、変わらぬ調子で話し続けていた。


「それにしても~、一ノ井さんてば調査士になったなんてびっくりですよぉ」


「そうですね」


「資格持ってたのは知ってましたけどぉ? まさか本当になるなんて~」


「そうですね」


 月山は相変わらず淡々と受け流していたが、ナツキの次の言葉には、ふと耳を傾けた。


「あーん、チャンス逃したかなあ?」


「――チャンスとは?」


 顔を上げると、ナツキは嬉々として身を乗り出してくる。


「だって、調査士って稼げるじゃないですか。この前、トウキョウから回ってきた動画見たんですけど、もうすごくてぇ」


 ナツキは、崩壊前の車を何台も所有しているとか、自動人形を何体も侍らせているとか。

 調査士たちの成金エピソードを、矢継ぎ早に並べ立てた。


「――って感じでぇ、めっちゃ羽振りいいんですよ。こんなことなら、もっと真剣に狙っておくんだったぁ~」


 月山は何も返さず、黙したままだった。


「あれ? どうしました」


「いえ、調査士に関する動画を見ているのですねと」


「あっ……ダメでした?」


 ナツキは声をひそめ、きょろきょろと周囲を見回す。


「そんなことはありません。ただ、いろいろと思うところがある人も多いでしょう。中野さんは、そうではないのだなと」


「んー、私は別に、って感じですね。……あの時の人たちは、もちろん別ですけど」


「そうですか」


「だからぁ、一ノ井さんのこと、ショックでぇ」


「調査士が稼げるのは一握りです。特に、小秋市のような遺跡が乏しい地域では難しいでしょう」


 月山の冷静な指摘にも、ナツキはあくまで前向きだ。


「そんなの、引っ越せばいいだけじゃないですかあ。ナゴヤとかー。でも、やっぱりトウキョウかオオサカなあ~」


「気軽に言いますね」


 そう簡単に都市を移動できるわけでもないのに、言うだけならタダ――ナツキはなおも続ける。


「うーん、一ノ井さん、今からでも間に合うかなぁ。あーん、でもでも、やっぱりクトリさん? う~ん」


 体をくねくねさせながら、自分の世界へと入り込んでいくナツキ。

 月山は小さく息を吐いた。


「私語をするなとは言いませんが、手は止めないように」


「はぁ~い」


 気の抜けた返事をしつつ、ナツキはキーを叩きながら会話を続ける。




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