第48話 不思議ですね
本日更新予定2話中の1話目です。
数日後、イヒトたちは再び遺跡へとやって来た。
遺跡の玄関前には、先日と同じくイヒト、ラル、そしてリィズリースの三人が並んでいる。
「いいか、今日の目的は内部の状態確認と安全確保だ。俺が先行するから、遺跡内には不用意に触れるな」
イヒトは背後の二人にそう命じると、手持ちと装着型のカメラを操作する。
軽い電子音が鳴り、記録の準備が整った。
ゆっくりと遺跡の玄関を踏み越える。
足元の板が、経年劣化でわずかにきしんだ。
「絶対、俺より先に行くなよ」
慎重に一歩進みながら、イヒトは念を押す。その声音には、いつになく真剣な響きがあった。
「わかっている」
ラルは淡々と返事をするが、それでもイヒトはさらに釘をさす。
「何があってもだ。……たとえ、クリーチャーが現れてもな」
「百年近く閉ざされ続けていた遺跡だぞ。やはり、にわかには信じがたいが」
ラルは訝しげに呟く。
「…………先例はいくらでもある。気は抜くな」
イヒトはそれだけ言うと、照明印の明かりを頼りに慎重に歩き出す。復興調査――発掘作業の開始だった。
「わかってはいたが、やはり遺跡には見えんな」
背後でラルがぽつりとつぶやく。
イヒトは振り返らずに応じた。
「ったりめーだろ。ただの民家だったんだからな」
イヒトの言葉どおり、目の前に広がる光景は、ただの古びた日本家屋に過ぎなかった。
時代ごとの修繕の跡が、百年後の今もなお一目でわかる――そんな床を踏みしめ進む。
イヒトは玄関から最も近い部屋――かつてリビングだったらしい空間へと足を踏み入れた。
埃っぽい空気が微かに喉を刺す。
周囲を見渡しながら、ゆっくりと身体を回転させ、カメラで部屋全体を記録していく。
合理的な構造と、不合理な改修が混在した、ありふれた生活空間。
収納が足りなかったのか、家具の配置は雑然としている。後付けの棚や、つぎはぎの修繕跡が目についた。
床板や家具の表面には薄く埃が積もっているが、それでもここがかつて誰かの生活の場だったことは、一目でわかる。
イヒトは無意識に顔をしかめていた。
「使えるもんは使わせてもらうぞ」
ぼそりと呟き、端末を取り出して静止画を次々に撮影し始める。
カメラのシャッター音が響く中、イヒトは無意識に部屋の隅々へと視線を走らせた。
落ち着いた色調の家具が並び、住人の趣味がうかがえる空間。
古びた生活雑貨を眺めながら、イヒトはぼんやりと思案する。
これらは、今でも値打ちがつくのだろうか――
何となく、今の時代にも通じるデザインのように感じられた。
しかし、それが良いことなのか悪いことなのか、イヒトには判断がつかなかった。
部屋を一通り見終えると、イヒトは別の扉を開き、廊下へと出た。
その瞬間、後方のリィズリースが声をかける。
「イヒトさん。その先の部屋に生体型クリーチャーが一体います。ご注意ください」
「……わかった」
イヒトは短く返事をした。
「変わるか?」
ラルが問う。
だが、イヒトはいつものように余裕を見せることもなく、ただ一言、念を押した。
「いらねえよ――絶対に手を出すなよ」
そう言いながら、ドアノブに手をかける。
すると、リィズリースが再び口を開いた。
「部屋の左手奥です。動作は緩慢ですから、扉を開けて侵入する間に襲われることはないでしょう」
イヒトはうなずき、ゆっくりと扉を押し開けた。
その先には――リィズリースの言葉通り、動きの鈍いクリーチャーが一体。
薄暗い部屋の中、クリーチャーの輪郭は人間そっくりだった。
髪は抜け落ち、表情すらうかがえない。
それでも、服を着ていた。
乾いたような手を、ゆっくりと前に伸ばしてきた。
違和感を覚えるほど静かで――まるで、助けを求めているかのようにすら見えた。
「……これは」
背後から響くラルの声には、驚きが混じっていた。
「あれが『ギタイ型』だ。……よく見とけよ。今の時代、未開封の遺跡じゃなきゃ、なかなかお目にかかれねえぜ」
イヒトは軽く言い放ちながら、冷静にクリーチャーを観察する。
ラルは言葉を詰まらせたまま、目の前の存在を凝視していた。その様子に気づいたイヒトは、少し声を落とす。
「ビビってんなら、もっと下がってていいぞ」
そして、迷いなく拳を振るった。
淡々と、クリーチャーを排除する。
その後も、さらに二体のクリーチャーが発見されたが、いずれもイヒトの手で難なく処理された。
こうして、初動調査は滞りなく完了した。
外に出ると、日はまだ高かった。
イヒトたちが遺跡から持ち出したのは、三体分のクリーチャーの死骸だけだった。
ラルはしばらく、それらが地面に横たえられているのをじっと見下ろしていた。
「どうした。ショックで声も出ないってか?」
イヒトが軽く問いかけると、ラルは低く呟いた。
「ギタイ型……これがか?」
「そうだ……珍しい型ではあるが、ただのクリーチャーだな」
イヒトの声は平坦だった。その無関心な調子に、ラルは鋭く顔を上げる。
「クリーチャー? 頭も、胴も、四肢までそろい、衣服まで身に纏っている。それを、クリーチャーだと?」
その声音には、憤りが滲んでいる。だが、イヒトは肩をすくめるだけだった。
「なら、何だと言えば納得するんだよ」
ラルはイヒトをじっと睨み返す。
二人の間に緊張が漂う中、不意にリィズリースの声が割り込む。
「いわゆるギタイ型のクリーチャーが何であるか――興味深い問題ですね」
イヒトがすかさず睨みをきかせる。
「だからお前は……そう言う話を軽々しく口にするな、つってんだろ」
「わかりました」
リィズリースは素直に従い、口を閉ざした。
しかし、ラルがぽつりと呟く。
「……生体型とは、生体兵器の成れの果てではなかったのか」
その言葉に、リィズリースが再び口を開く。
「それが通説です。四次大戦では、生体パーツを兵器に組み込む試みが行われました。人造印に対抗するためですね」
平然とした方理屈のリィズリースに、ラルはやや顔をしかめる。
それでも、言葉を継いでいく。
「――そうだ。軍用人造印は戦場を一変させた。既存の兵器の多くが、たかが一兵卒にすらろくに効果を上げられない程度にはな」
どこか遠くを見るような目をして、何かを吐き出すようだった。
「その通りですね。しかし、人造印にも欠点があります。それは生物にしか、効果がないことです」
リィズリースの口調は淡々としていた。だが、その言葉が描き出す情景は、あまりにも冷酷だった。
人造印は無敵の兵士の量産を可能にしてしまった。
だが、それは敵も同じこと。
無人兵器が戦争を支配していた時代は終焉を迎え、人間は再び最前線へと駆り出された。
どれだけ兵士を投入できるか、それが戦況を左右する時代。
戦争は次第に、過去のどの大戦よりも深い泥沼へと沈んでいった。
「そんな中、兵器にも人造印の効果を持たせようとする発想が出てくるのは、自然な成り行きでしょう」
その答えのひとつが、生体パーツ――つまり人間の細胞――を兵器に組み込むという試みだった。
詳細な資料の多くは失われたが、かつて各国が競うように研究を進め、実戦にも投入していたことは確かだ。
「しかし、その試みの大半は、今日ではほぼすべてが失われました」
「……『怒りの日』、か」
「はい。他の生物と同じく、生体パーツが突如変異を起こし、それが生体型クリーチャーへと変貌した――そう言われていますね」
リィズリースはどこか楽しげに続けた。
「しかし、あくまでそれらの元は、人体の一部分にすぎません。では、ギタイ型――生体全身型クリーチャーとは――」
イヒトの視線が鋭くリィズリースへと向けられる。
「――一体なんなのでしょうか? 盛んに議論は重ねられていますが、その結論は出ていないようです」
リィズリースはそう言って、にこやかに話を締めくくった。
「……お前はなぜそんなにも、喜々として語れるのだ」
ラルが忌々しげに睨みつける。
「感情を込めたつもりはありませんでした。情報は、お役に立ちませんでしたか?」
リィズリースはただそう言い、変わらぬ笑みを浮かべていた。
ラルは憮然としたまま、トラックからシャベルを取り出す。
「……敷地内には許可できないぞ」
イヒトも無言でシャベルを手に取ると、少し離れた場所へ歩き出し、静かに地面を掘り返し始めた。
三体のクリーチャーの死骸は土の中へと葬られた。
イヒトたちは、再び遺跡の中へと足を踏み入れた。




