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第44話 思い出しました

本日更新予定2話中の1話目です。




 イヒトは、クトリが自信満々にプレゼンをした空気生成印を即断で却下した。


「でも、これならサバイバルにも便利じゃない?」


 サクがフォローするが、イヒトがその言葉を遮る。


「あのな、山に登るんじゃねえんだぞ。たかがキャンプに酸素ボンベ持っていくやつが、どこにいるんだよ」


 サクは言葉に詰まり、クトリもため息をついた。


「ま、イヒトはそう言うか。生成印は、最低でも印枠5は使うからねえ」


「そのくらいなら……あっ」


 サクは言いかけて、ハッと表情を変える。

 イヒトの印枠が40――一般的な成人の半分程度だったことを思い出したのだ。


「ご、ごめんって!」


 慌てて謝るサクだったが、イヒトの眉間にはしっかりシワが寄っていた。


「別に気にしちゃねえよ」


 そっけなく答えたものの、口調の端にはわずかに苛立ちがにじんでいる。

 一方、押し売りに失敗したクトリは大きくため息をついた。


「結局、イヒトが押すのはいつものメンツか。増強も頑強もなしじゃなあ」


 その何気ない一言に、サクが驚く。


「えっ!? 頑強印すら押さないの!?」


 その問いにイヒトはクトリを鋭く睨む。クトリも「しまった」といった顔をした。


「……あー、イヒトは自前で用意できるからね」


「へぇ、頑強とか増強の印器ってたっけーのにすごいな。やっぱ、仕事道具にかける金は別かあ」


 サクは感心したようにつぶやくが、クトリはため息をつく。


「まあ、そうだね。おかげでイヒト相手じゃ全然儲からなくて――」


 そこで、ふと何かを思いついたようにイヒトを見やる。


「なあ、イヒト。やっぱり頑強印押さないか?」


「……あぁ?」


「今なら半額――いや、タダで押してやるぜ」


「……何を企んでやがる」


 イヒトは、クトリを訝しげに睨んだ。


「実はさ、いい頑強印を入荷したんだよ」


 クトリは、イヒトの疑わしげな視線を意に介さず、裏の棚から大きめの印器を取り出した。


「標準時出力30、最大出力45、最長持続時間二週間! さらに刺突、切断耐性まで完備だ!」


「最大45!?」


 サクが驚きの声を上げる。その声に釣られて、リィズリースも興味深げに印器を覗き込んだが、イヒトはその光景を胡散臭そうに見守っていた。


「軍用レベルじゃねえか。どっかの横流し品じゃねえだろうな」


「あはは、大丈夫だよ。あおい市で発掘されたのが流れてきただけ。法律的には全然セーフだから」


 クトリは印器を掲げ、自慢げに微笑む。その様子にサクとリィズリースが興味津々で近寄るが、イヒトは深い溜息をついた。


「……で、出土後にどこまでチェックしたんだ?」


「あー……どうだっけな」


 とぼけるクトリに、イヒトの目が鋭く細まる。


「お前、俺にテストさせる気だっただろ」


「あ、バレた?」


 クトリはいたずらっぽく笑い、誤魔化そうとする。


「テストって……?」


 首をかしげるサクに、クトリがにっこりと答える。


「人造印がちゃんと機能するかのテストだよ。イヒトがやってくれると嬉しいなあって思ってね」


 そう言いながら、クトリはイヒトにじりじりと迫る。


「なあ、頼むよ。標準出力だけでいいんだって。バイト代も出すからさあ」


「アホか! テスト前の頑強印なんて、おっかねーもん押そうとするんじゃねえよ!」


「俺も一緒にテストするから!」


「うるせー、テメェ一人でやれ!」


 イヒトが怒鳴ると、クトリはさらに食い下がる。

 そんな押し問答を横で見ていたサクが、おそるおそる口を挟んだ。


「……なあ。ひょっとして、頑強印のテストって、体張ってやる感じ?」


「もちろん」


 クトリはカウンターの下から、いくつもの道具を取り出し、無造作に並べる。

 その光景を見たサクの顔が引きつった。


 道具――銃のような形をしたものが、いくつも転がっている。


「ちょっ……それって、本物?」


 目を丸くするサクに、クトリはにやりと笑う。


「はは、()()()偽物だよ。例えばこれとか、ただの釘打ち機みたいなもんで――」


 そう言いながら、クトリは一つの器具を手に取り、引き金を引く。その瞬間、ガシャッという音と共に、細い針が勢いよく飛び出した。


「ね、針が飛び出すだけ。これを押し付けて――」


 言うが早いか、クトリはそのまま自分の腕に器具を当て、再び引き金を引いた。

 ガシャンッ! と音がした。


 クトリの腕が軽く跳ねる。サクも驚きで思わず身をすくませた。


「――傷がつかなかったら、出力15のテストに合格だね」


「い、痛くないの?」


 サクが恐る恐る問いかけると、クトリはあっさりと答えた。


「痛いよ」


 ますます顔を引きつらせるサクをよそに、クトリはひょうひょうと続ける。


「頑強印はこうした器具を使って、定期的にテストしなきゃいけないんだよ」


 サクはげんなりした顔で、クトリが取り出した道具の数々を一瞥し、冷や汗をかく。


「あ、あはは……そっちのいかにも本物っぽいのも、テスト用の道具だよね?」


「テスト用の本物の銃だよ。ちゃんと合法なやつ。でも危ないから、触っちゃだめだからね」


「…………それも使って試すの?」


「もちろん」


 あまりにも当然のように返すクトリに、サクは半歩後ずさる。


「ほら見ろ、これが普通の反応だ」


 イヒトが呆れたように肩をすくめた。


「銃ぶっ放して人体実験するなんてな、イカレてんだよ」


「ちゃんと段階踏むから大丈夫だって。血が出た時点で中断するよ」


「まず血が出るのがおかしいんだよ。そのうち誰か死ぬぞ」


「あはは、死にはしないよ。ちゃんと、安全な部位に撃ち込むんだから」


 クトリは軽い調子で言いながら、再びイヒトにじりじりと迫る。


「なあ、頼むよ。最低でも三人くらいは試しておかないと、お客様に押すのは忍びないんだって」


「俺だって客だろうが!」


 イヒトが苛立ちを隠さず言い返すと、クトリも負けじと反論を重ねる。

 そのやりとりを、サクは呆れたように眺めていた。


「何やってんだか……ん?」


 ふと違和感を覚え、サクは隣にいたリィズリースを振り返る。


「……リィズ?」


 リィズリースは二人の口論を横目に、思案するような顔をしている。


「――少し、思い出しました」


 そのつぶやきに、サクは怪訝そうに眉をひそめる。


「思い出したって、何を?」


「かつての軍隊でも、必ず性能テストを行っていたそうです」


「……さっきやった、人体実験みたいな?」


「はい。信頼性に欠ける頑強印が支給されることは珍しくありませんでした。そのため、最終的には実地試験で確認するしかなかったのです」


「うわー……仕方ないけど、やらされる人は最悪だな」


「むしろ、積極的に試すものも多かったそうですよ」


「えっ? なんで?」


「頑強印に限らず、人造印の効力は個人差が大きいためです。兵士の方々は、自分の手で確かめたがったのですね」


「そりゃ、そうか。メーカーの出力値ってあくまで目安程度って話だしな」


 サクが記憶をたぐるように言うと、リィズリースは静かに頷いた。


「はい。例えば、出力30の頑強印とは『9mmパラベラム弾を被弾しても深刻な外傷に至らない』性能が基準とされています」


「9mmパラベラム弾……? ってなに?」


「二十世紀初頭より普及している、最も一般的な拳銃弾です。そのため出力30は頑強印における一つの基準と言われています」


「へぇー」


「ただ、同じ出力30でも、完全に弾を防ぐ人もいれば、弾が肉にめり込む程度の傷を負う人もいるそうです」


「なんだそれ……いくら目安とはいえ、めちゃくちゃ振れ幅でかいな」


「しかし、『深刻な外傷』には至っていないため、どちらも基準をクリアしている判断されます」


 リィズリースの淡々とした説明を聞きながら、サクは複雑そうな顔をした。


「弾がめり込む時点で、十分ヤバい気がするんだけど……えっ?」


 突然、サクの動きが止まる。


 リィズリースの手には、いつの間にかクトリが先ほど掲げていた頑強印用の印器が握られていた。


「おい、勝手に――」


 咎めようとしたサクの言葉をよそに、リィズリースは印器を自らの手に押し当て、ためらうことなく押印を済ませる。


「ですから、性能確認のためにサンプルを多く募ろうとするクトリさんの行動は、正しいと言えるでしょう」


 リィズリースは淡々とした口調のまま、さらに手を伸ばし――


「――お、おい! 何やってんだ!」


 サクが叫んだ。


 リィズリースの手には、いつの間にか銃が握られていた。

 驚きに目を見開くサク。その声に、イヒトとクトリもハッとして振り返る。


「頑強印のテストは、兵士の方々にとって必要な作業でしたが――」


 リィズリースは、静かにほほ笑みながら銃口をこめかみへ当てた。


「――同時に、生を実感するための、度胸試しの意味もあったそうです」


 銃声が響いた。




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