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第43話 手品グッズなら間に合ってます

本日更新予定2話中の2話目です。




 肩書が違えば、場の空気も変わる。

 少なくとも、当人はそんな気がしてしまうものだ。




 ホンゴウリサイクルが本郷調査士事務所へと戻った翌日。


 イヒトはクサカベスタンプの前に立っていた。

 後ろにはサクとリィズリース。


 遺跡の調査が決まったとはいえ、すぐに行けるわけではない。正式な手続きはまだだ。

 その間にやるべき準備もある。


 その一環としてイヒトはスタンプショップを訪れたのだが――

 なぜか、店の前で立ち止まったままだった。


「どうした、行かねえの?」


 急かすようにサクが問いかける。

 手伝いについてきたくせに、どうやら自分の買い物の方が楽しみらしい。


「なんでもねえよ」


 イヒトは短く答えると、苛立ちを押し殺すように扉を押し開けた。

 何度も通った店の入り口なのに、今日は妙に気が重い。


 店主のクトリは、いつも通りカウンターに座っていた。


「どうした。そんな緊張するような店じゃないだろ」


 イヒトの様子を見て、笑いをこらえながら言った。




 ◇




 サクとリィズリースを店頭に待たせ、イヒトとクトリは店の裏へ回った。


 狭い作業場に、二人だけ。

 クサカベスタンプのバックヤードは、イヒトとクトリが話をする際の定番の場だった。


 最初は息苦しく感じた空間も、今ではすっかり慣れている。

 クトリが口を開く。


「よかったじゃん、金のあてができてさ。ま、結局調査士かよとは思ったけどね」


「悪いかよ」


 クトリの苦笑に、イヒトはやや開き直るように返す。


「そりゃあ、元同僚としては素直に『いいね』とは言いたくないね。まあ、狩協辞めさせられた時点で今更だけどさ」


「お前にゃ関係ねーだろ」


 そう言うと、クトリはわざとらしく驚いた表情を作った。


「お前が狩人じゃなくなって、アッチの内情を探るのにどれだけ苦労してると思ってんだよ」


「……あ?」


「今までは、イヒトの様子を知るって名目で、狩協の知り合いから話を聞いてたんだぜ」


 イヒトは一瞬、言葉を詰まらせる。


「どうする? 財津の情報、もういらないか?」


「……俺の方でも調べはする」


 ぽつりと答えたイヒトを見て、クトリは思わずくっと笑う。


「ただでさえ嫌われてたイヒトが、調査士にまでなったんだぞ? どうやって狩協内を探る気だよ」


「うるせえよ」


 ぶっきらぼうに言い放つイヒト。

 その態度があまりにも変わらなくて、クトリはまた笑うしかなかった。




 ◇




 イヒトとクトリが店頭へ戻ると、カウンターの上にどすんとカゴが置かれた。


「お願いします!」


 サクが満面の笑みで声を上げる。

 カゴには、あふれんばかりの印器(スタンパー)が詰まっていた。


「……これ全部押すのか?」


 イヒトが呆れたようにカゴを覗き込むと、サクは何でもない風に言う。


「別にいいだろ、自腹なんだから。前来た時から気になってるやつが多くてさ」


 そう言いながら、カゴの中から印器を一つ取り出す。


「それに、フルで押してもらうわけじゃないって。ほとんどは『お試し』だよ」


 『お試し』とは、出力を抑えて半日程度しか持たせずに押印することを指す。

 通常の押印よりはるかに安価だが、それでもこの量となるとクトリは驚きを隠せなかった。


「『お試し』でも、そこそこ押印代かかると思うけど……大丈夫?」


「平気平気。バイト代入ったし、印枠も余ってるから」


 サクが気楽に答えると、クトリは笑いながらイヒトに視線を向ける。


「印枠が余る、だってさ。イヒトには一生縁のないセリフだね」


「うるせえよ」


「え? イヒトってそんなに少なかったの?」


 サクが驚いたように言う。


「イヒトはね、印枠40しかないんだよ」


 クトリがいたずらっぽく告げると、サクはぎょっとして声を上げた。


「よんじ……っ!? あ、ゴメン」




 印枠とは、体表中に人造印を押せる量の指標である。

 簡単に言えば印枠が多いほど、一度にたくさんの人造印を押せる。


 一般的な成人の平均印枠100。

 つまり、印枠40のイヒトは、平均の半分以下しか保持できないことを意味していた。




「別に気にしてねえよ」


 慌てて謝るサクに、イヒトはぶっきらぼうに返す。

 クトリはおかしそうに笑いながら、サクの持ってきたカゴを改めた。


「でもまあ、ここまでいろいろ試してもらえるのは人造印(スタンプ)屋としては嬉しい限りだよ。それに比べて――」


 クトリの視線が、イヒトが持っているわずかな印器へと移る。


「イヒトは相変わらず、いつものでいいわけ?」


「それ以外何がいるんだよ」


 そっけない返事に、クトリはあきれたように息をついた。


「本格的な発掘の準備に来たんだろ? なら、いい加減アップデートしたらいいのに」


 だがイヒトは鬱陶しそうにするだけで、返事もしない。


「イヒトさんは普段、どんな人造印を押印されているのですか?」


 リィズリースが興味深そうに首をかしげると、クトリが答えた。


発火印(マッチ)照明印(ライト)なんかの、よくあるサバイバルセットだよ」


 クトリはそう言って小さな印器を二つ取り出し、自分の指先に押した。

 それから指先を掲げると、小さな火と光が、それぞれ灯る。


「おおっ」


 サクなど驚きの声を上げるが、クトリはため息をつくばかりだった。


「ほんとつまらない」


「実用品に面白みなんていらないだろ」


 イヒトがそっけなく言うと、今度はサクが興味深そうに言った。


「でも、こんなの押すんだな」


「なんだよ、お前まで文句あんのか?」


 軽く睨むイヒトに、サクは慌てて手を振った。


「いやいや、そうじゃなくて。どれも道具で代用できそうだなって思ってさ」


 イヒトは嘆息する。


「印枠一つ潰す程度で、荷物が減らせるんだぞ」


 サクは「そんなもんか」と納得したように頷いた。

 それでも、クトリはまだ口をとがらせていた。


「ったく、せっかくの刻印工学の結晶が泣いてるよ」


「派手なだけが取り柄のガラクタよりはずっとマシだろ」


 イヒトが言うと、サクがフォローに入るように口を挟んだ。


「でも、さっきのだって十分派手じゃん。魔法みたいで、オレは好きだよ」


 その言葉に、クトリの表情がぱっと輝いた。


「いいこと言うね、沙倉! そう、人造印ってのはまさに魔法そのものなんだよ!」


 急にテンションを上げたクトリに、サクは少々面食らう。


 だが、クトリはお構いなしにカウンターからいくつかの印器を取り出し、次々と自分の掌や腕に押し始めた。


「ただ、発火印や照明よりさ――魔法って言うなら、これくらいやらなきゃね」


 右手を掲げた瞬間、刻まれた印が光を放ち、掌の上にソフトボール大の火球が浮かび上がる。


「おお~!! 火球(ファイヤーボール)だ!」


 サクが歓声を上げると、クトリは得意げに火球を操り、それを宙に浮かせる。火球はゆっくりと弧を描き、元の位置へと戻ってきた。


「火属性だけじゃないよ」


 そう言うや否や、今度は左手を掲げる。

 すると、水の塊がふわりと浮かび上がり、次いで土の塊、最後に色のついた風の渦が現れる。


 四色の球体が空中を漂い、クトリの周囲をゆっくりと回る。


「――っと、こんな感じかな」


 すべての球体を消し、クトリが手を下ろす。


「すごかった! マジで魔法じゃん!」


 サクが感嘆の声を上げながら拍手をすると、リィズリースも柔らかな声で称賛した。


「大変すばらしかったです」


 クトリは満足げに微笑む。

 だが、イヒトだけは腕を組み、冷めた視線を送っていた。


「あーすごいすごい。で、その宴会芸はどう役に立つんだ?」


 途端に、クトリの眉間にしわが寄る。


「イヒトは本当に、ロマンがわからないよな」


 睨むクトリに、イヒトは鼻を鳴らして受け流した。


「ロマン、ね。実用性はないって言ってるようなもんだろ」


 イヒトの意地悪な一言に、サクは慌ててフォローに走る。


「で、でもさ、水を出せるってだけでもすごくない? あれならサバイバルでも十分役に立つじゃん」


「本当に出せるならな」


 イヒトが薄く笑うと、クトリも微妙な顔をする。


 その反応に、サクは戸惑いを見せた。


「えっ……なんか違った?」


 イヒトはため息をつく。


「あのな。人造印で物質を作るなんて、そんな簡単に出来るわけないだろ」


「……ったく、イヒトは。そんなすぐネタ晴らしするなよ」


 クトリが肩をすくめ、カウンターの上に水と土の入った二つのコップを置いた。

 サクは目を丸くする。


「実は水と土は、あらかじめ用意してたのを動かしてただけなんだよね」


 クトリがさらりと言うと、サクは「あ、そうだったんだ……」と少し拍子抜けしたように頷く。だが、すぐに慌てて言葉を継いだ。


「いやでも! すごかったのは本当だから!」


 励ますように言うサクだったが、クトリは小さくため息をつく。


「まあ、自分でも欠点なのはわかってるんだよ。土はまだしも、水はどこででも出せてこそ魔法って感じじゃん」


「それは……そうかも」


 サクもうなずく。


「一応、水を生成する人造印もあるにはあるんだけどね」


 そう言いながら、クトリはカウンターから二つの印器を取り出した。


「沙倉、手を出してくれる?」


 言われるままにサクが右手を差し出すと、クトリは印器を手のひらに押し当てる。


「手に、水が集まるイメージをしてみて」


「……おおっ!」


 サクが言われた通りに意識を向けると、印が淡く光り、じわっと水滴が浮かび上がった。


「へ~。これは便利そうじゃない?」


 サクは掌を物珍しげに眺める。


「これは空気中の水分を集めるタイプなんだよ。だから、時間がかかるのが難点」


「あー……なるほどね」


 サクはじわじわとしか出てこない水を見つめ、微妙な表情を浮かべる。


「これでも、非常時には生命線になるんだけどね」


 クトリは苦笑しながら、次の印器を手に取る。


「もう片方の手も出してくれる?」


 今度は左手を差し出すサク。クトリは同様に印器を押し当て、コップを手渡した。


「こっちは刻印力(エナジー)を直接水に変えるタイプなんだけど、どう?」


 再び印が光ると、今度は勢いよく水が湧き出し始める。


「おっ、すごい! これは魔法っぽい!」


 サクは目を輝かせ、コップに水を注いでいく。

 クトリは満足げに頷くが、すぐに苦笑を浮かべた。


「ただこれ、めちゃくちゃ効率悪いんだよ。一般的には、一日コップ一杯出すのが限度って言われてる」


「そうなの? まだ出せそうだけど」


 コップを満たしながら言うサクを見て、クトリは軽く驚いた。


「へぇ、すごいね。沙倉は、生成系の人造印と相性がいいのかも」


「相性なんてのもあるんだ。でも、これなら他の生成印も使えそうじゃない?」


「それがね、水はまだ効率がいいほうなんだよ。イメージがしやすいし、人体との親和性も高いからね」


 クトリは印器を片付けながら話を続ける。


「昔、金みたいな希少金属を生成する人造印も開発されたことがあったんだけど――」


「え、そんなのあるの!?」


 サクの目が輝く。


「――一か月かけて一グラムとか、そんなレベルだったんだってさ」


「それは……」


「だから、性質変化や操作に比べて、生成系の印はマイナーなままなんだよ」


 そう言いながら、クトリの表情が突然引き締まる。


「――ところが!」


 唐突な変化に、サクはぎょっとする。


「そんな生成印の中でも、抜群の実用性を誇る人造印があるって知ってたかな?」


「え? ……な、なんだろ?」


 プレゼンモードに入ったクトリに、サクも思わず身を乗り出した。


「それがこの空気生成印(酸素ボンベ)!」


 クトリは印器を掲げ、得意げに語る。


「気体――それも空気なら、割と実用的な生成量が見込めるのさ! 火事になろうと、溺れかけようと、これがあれば安心ってわけ!」


「おお~!!」


 サクは大げさに手を叩き、クトリの期待通りのリアクションを返す。


「さあ! イヒトもこれを機にどうだい?」


「押すわけないだろ、バカか」


 イヒトは差し出された印器を、呆れ顔で突き返した。




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