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第41話 俺のために決まってるだろ

本日更新予定2話中の2話目です。




 手島の説明が終わると、本郷家の居間には重い沈黙が落ちた。


 誰もすぐには口を開かない。

 手島はわずかに表情を崩し、一歩下がるようにして一同を見渡す。


 しばらくして、遠慮がちに口を開いた。


「いかがでしょうか? 恐縮ですが、できれば今日中にご決断いただけると助かります」




「ずいぶん都合のいい話だな」


 沈黙を破ったのは、ラルだった。

 腕を組み、冷ややかな視線を向ける。


 手島は微笑を崩さず、静かに応じた。


「申し訳ありません。ただ、弊社は都市をまたいで活動しており、小秋に再訪できる時期が不確定なもので……」


「都合がいい、というのはそれだけではない」


 ラルが言葉を重ねる。

 手島は苦笑し、わずかに肩をすくめた。


「やはり、条件が良すぎると疑われてしまいますよね」


「目の前にエサをぶら下げ、肝心なものから目をそらせる――典型的な詐欺師の手口だ」


 ラルの率直すぎる物言いに、見城の視線が鋭くなる。だが、ラルは意にも介さず続けた。


「例えば――お前たちは、遺跡に何が眠っているのか知っている。だから、契約を急がせようと――」


「それは言いがかりですよ」


 手島が、ラルの言葉を遮った。


「そうだとすれば、調査権を割増価格で買い取れば済む話です。発掘成果に応じた報酬を設定する意味がありませんね」


 見城も追随するように言葉を重ねる。

 手島はさらに続けた。


「そもそもの仮定が、あまり現実的とは言えません。どんな遺物が眠っているかなど、発掘してみなければわからないでしょう?」


 ラルの揺さぶりは、完全に受け流された。




 静寂が場を支配する。

 それでもラルが口を開こうとした瞬間、不意に別の声が割り込んだ。


「ラル君……もういい」


 ホウセイだった。

 その声に力はなく、深い疲れがにじんでいる。


「ありがたいが、もう十分だ」


 その一言が落ちた瞬間、ホカゼは目を見開いた。


「お父さんっ……!! なんで、そんな簡単に諦めちゃうの!?」


 悲痛な叫びがこだまする。


「このままじゃ、お母さんの遺跡が――」


「じゃあどうしろと言うんだっ!!」


 ホウセイの怒声が響き渡った。


「これ以上何ができる! 俺に――お前に、何ができた!?」


 感情を露わにぶつける。

 瞬間、場の空気が凍り付いた。ホカゼだけでなく、怒鳴ったホウセイ自身すら驚いたように目を伏せる。


「……すまない。だが、もうこれ以上はいいんだ」


 ホウセイの瞳には葛藤が浮かんでいた。それでも、そこには諦めの色が濃く滲んでいる。


 ホカゼはもう、何も言えなかった。

 ホカゼにもわかっていたのだ――この場でできることは、もう何もないのだと。


 ラルは苛立ちを押し殺しながら、ホウセイを見つめる。

 その視線は「本当に諦めるのか」と問いかけているようだった。


 だが、決して口にはしない。

 ラル自身にも、部外者である自覚があった。そして――これ以上の策も、なかった。




 手島は場の空気を慎重に見極めながら、遠慮がちに口を開いた。


「よろしければ、こちらの資料をご覧ください。ご検討の一助になれば幸いです」


 静かに差し出された資料には、どこか粗雑なAI生成のデザインが施されていた。

 ホウセイはそれを受け取り、虚ろな表情のまま、ゆっくりとページをめくる。


 どこか無意識のような動作だった。資料を最後まで読み終えるのに、ほとんど時間はかからなかった。


「ご納得いただけたようであれば、こちらにサインをお願いします」


 手島は静かに、控えめな笑顔で電子契約書を差し出す。




 ラルの拳が、無意識に握り締められる。


 ――また、何もできないのか。


 沸き上がる苛立ちは、すべて筋違いだと分かっている。

 手島も見城も、ただ仕事を全うしているだけ。


 ホウセイもホカゼも、本意ではないはずだ。

 結局、怒りの矛先は自分自身に向けるしかなかった。




 ホカゼは何か――何でもいいから言おうとして、開きかけた口を、また閉じた。


 ――悔しがる資格もないんだろうな。


 ただ、わがままを言い続けていただけ。そんな自己嫌悪が、胸を締めつける。

 それでも、肩は悔しさに震えていた。




 ホウセイは契約書を前に、込み上げる後悔を噛みしめていた。


 どこで間違えたのか。

 資格試験の勉強を途中で投げ出したあの時か。


 あるいは、作業に没頭するふりをして、ホカゼから目を背けるようになったあの頃か。

 想いだけは、最初からホカゼと同じだったはずだ。


 ただ、それだけではどうにもならないことを知っているからこそ、諦めてしまった。




 ホウセイの手が、署名欄へと伸び――




 玄関の方から、ガタガタとひどい物音がした。

 全員の視線が向く。


 続いてチャイムが連打されると、ホカゼは立ち上がり、小走りでリビングを出た。

 入り口の鍵を開けた。


「よう」


 イヒトが立っていた。


 イヒトは乱暴に靴を脱ぎ捨て、驚くホカゼが差し出したスリッパを引っ掴むようにはくと、リビングの扉を勢いよく開け放った。


 汗だくで、わずかにふらついている。

 黙って見城の隣の椅子を引き寄せると、ドカッと腰を下ろした。まだ息が荒い。


 机の上をじっと見つめる、その物欲しそうな視線に、見城は黙って手元のお茶を差し出した。

 イヒトはそれを一気に飲み干し、カンッと音を立ててコップをテーブルに置いた。


 静寂が場を支配する中、イヒトがゆっくりと口を開いた。




「俺が、本郷調査士事務所の調査士だ」




 言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。


 全員の顔に驚きが広がる中、イヒトは調査士免許を机の上へと放り投げた。

 見城がそれを手に取り、じっと目を凝らす。


「……本物ですね」


「当たり前だろ」


 イヒトはふんぞり返るように言い放ち、そのまま手島を睨み据えた。

 次の瞬間、ホウセイの手にあった端末を奪い取り、電子契約書にざっと目を通すと、手島へ突き返した。


「この件はこっちでやる。悪いな」


「ち、ちょっと待って下さい! 急にそんな……!」


 手島が机を叩いて立ち上がる。その顔には、動揺と怒りが入り混じっていた。


「ほ、本当に本郷調査士事務所の方だとしても、管理調査が長らく滞らせていた方でしょう!? そんな方に任せられるのですか!?」


 見城もそれに呼応するように口を開いた。


「確かに、調査士資格があるだけでは、復興調査が適切に行えるとは限りませんね」


 だが、それでも。

 イヒトはまったく動じなかった。


「――遅くなって悪かったな」


 イヒトはホカゼをまっすぐ見つめると、懐から一束の書類を取り出し、見城の方へ放り投げた。

 見城は素早く拾い上げ、手早くページをめくる。


 雑然とした文字の羅列に、一瞬だけ眉をひそめたが――


「……計画書ですね。管理調査だけでなく、独占調査から遺跡再生までの」


 その言葉に、一同が再び息をのむ。


「急いでたんで、字が汚いのは勘弁してくれよ」


 見城が黙々と書類を確認している間も、イヒトは肩をすくめながら続けた。


「過去の報告書を閲覧するのに、ずいぶん時間を食っちまったよ。役所ってのはどうしてああも、人をたらい回しにするのが好きなのかね」


 見城はイヒトのぼやきを軽く受け流しながら、淡々と書類を読み進めていく。

 それを気にする様子もなく、イヒトはさらに続けた。


「申請がいまだにどれもこれも紙って、どういうつもりなんだか。ITだのDXだの、知らねえのか? ま、俺もよくわかってねえけどな」


「申請電子化の手続きは簡単ですよ。事前に申し込んでいただく必要はありますが」


 見城は顔を上げず、淡々と訂正を入れる。

 イヒトは苦笑し、肩をすくめた。


「そういうとこだろ」


 その瞬間、見城が書類から目を上げた。


「計画書を拝見しましたが――ひとまず、問題はないようですね」


「なっ!」


 手島が机に手をつきながら声を上げる。

 見城は一瞬だけ手島に視線を向けたが、すぐにホウセイへと顔を戻した。


「こちらから紹介した手前、私はEA社を推薦する立場ではあります。」


 ホウセイはその視線を正面から受け止めきれず、曖昧な表情を浮かべる。


「ただ――」


 見城は淡々と続けた。


「最終的に決められるのは、事務所の方になります」




「お父さん」


 ホカゼの静かな声が、張り詰めた空気を震わせた。

 ホウセイは視線を落とし、ゆっくりとイヒトを見た。イヒトもそれを待っていたように、口を開く。


「ホナミさんにはな、俺も世話になったんだよ」


「……すまない、私は……」


 イヒトはまっすぐホウセイを見つめ、静かに言った。


「文句ねえよな、所長」




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