表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/99

第37話 屋上ってだけでなんかカッコいいし

本日更新予定2話中の2話目です。




 ビルの屋上には、強い風が吹いていた。


 ホカゼは小秋市の狭い夜景をぼんやりと眺めながら、手すりに体を預けている。

 わずかに灯る街の光がちらついていたが、それすら頼りなく見えた。


 イヒト、サク、ラルの三人は誰が言うともなく、その様子を見守っていた。




「落ち込むなら上でやれ」


 以前、イヒトが言った言葉が、脳裏に浮かぶ。


「街を見下ろせるくらい高い所に行けば、悩みなんてどうでもよくなる――そんなもんだ」


 あの時は馬鹿みたいな理屈だと思った。でも、いざここに立ってみると、まんざらでもない気分になる。


 以来、何かあるたびに、ホカゼは屋上を訪れるようになっていた。




「……私が、わがままだったんですよね」


 夜景を見つめたまま、ホカゼはぽつりと呟いた。


「ごめんなさい。付合わせちゃって」


 振り返ることなく、イヒトたち三人にそう告げる。


 それきりホカゼは黙り込んだ。


 短い沈黙。やがて、ラルが低く口を開く。


「まだ諦めるには早いだろう」


「……っ! そ、そうだよ!」


 サクも慌てて続ける。


「ホカゼちゃん、まだやれることあるって!」


 だが、ホカゼは弱々しく首を振るだけだった。


 屋上には再び静けさが戻る。




 ぬるい風が吹き抜けた、その時――


「イヒトさんはどうでしょう?」


 ふいに響いた声に、全員が驚いて振り返る。


 そこには、リィズリースが立っていた。


「い、いつの間に?」


 サクが驚きの声を上げると、リィズリースは変わらぬ笑顔で応じた。


「はい、お夕飯の時間になってもいらっしゃらないので、探しに来ました」


 的外れな答えに、一瞬、場が固まる。


「先ほどの言葉は、どういう意味だ?」


 警戒を込めたラルの問いに、リィズリースは淡々と答えた。


「今必要なのは、調査士と呼ばれる、遺跡発掘で生計を立てている職業の方ですよね」


「そう、ですけど……」


 ホカゼは眉をひそめながら頷く。

 リィズリースは微笑みを崩さぬまま、静かに続けた。


「私はイヒトさんの手で発掘されました。つまり、イヒトさんは条件に合うのではないでしょうか?」


 その言葉に、一瞬、沈黙が訪れる。ホカゼは気まずそうに視線を落とし、かぶりを振った。


「えっと……イヒトさんが遺物を発掘していたのは、いわゆる廃墟遺跡と言って、調査士の資格は必要ないんです」


 ホカゼがそう説明すると、リィズリースは静かに頷いた。


「そうですね。私が発掘された小秋新遺跡群の遺跡も、ほとんど廃墟のような様相でした」


 突然の発言に、一同の視線がリィズリースへと向けられる。困惑の色が浮かぶが、リィズリースは意に介さず淡々と続けた。


「ところで、小秋新遺跡群はクリーチャー災害で大きな被害を受けた地域ですよね。遺跡指定の際には、かなり揉めたと聞いています」


「当然だろう」


 ラルが低くつぶやく。


「クリーチャー被害に遭った上に、他人に家財を掘り返される許可まで与えられるとなれば、反発が起きて当然だ」


 その言葉に、ホカゼは慌ててフォローするように口を開いた。


「だから、遺跡群に認定される前に、みんなで協力して持ち出せる家財は運び出したんです。……もちろん、全部は無理でしたけど」


「それでも折り合いをつけるのは難しかったのでしょうね」


 リィズリースはさらりと続けた。


「結局、狩協組合員にのみ発掘許可を与えるという条件で、ようやく話がまとまったのですよね?」


 ホカゼは静かに頷いた。


「ですが、発掘行為は、狩人の方が行ってなお問題視されたようですね」


 リィズリースの言葉に、ホカゼは苦笑交じりに応じる。


「……そうですね。狩人の中にも、生活が変わって苦労していた人がたくさんいましたから」


 ホカゼの声は、遠くを見つめるようにわずかに揺れる。


 それが、いわゆる「ゴミ漁り」と蔑まされる狩人のはじまりだった。


「調査士への嫌悪は、結局、拭えなかったということか」


 ラルが低くつぶやく。ホカゼは目を伏せた。




「そこで、小秋市はさらなる対策を講じざるを得ませんでした」


 不意に、リィズリースの言葉が場の空気を変えた。


 ホカゼがリィズリースを見つめ返す。その先の話は知らないようだった。


「――一年前。小秋市は小秋新遺跡群一帯を特別再開発予定区と認定することで、事実上、調()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その一言に、全員の動きが止まる。


「にもかかわらず、イヒトさんは最近まで発掘を続けていました」


 リィズリースは、穏やかな口調のまま、言葉を重ねる。


「つまり――イヒトさんは『特別復興調査士』の資格を有していると考えられます。いかがでしょうか?」


 その言葉とともに、リィズリースは静かに微笑みながらイヒトを見つめた。

 リィズリースだけではない。全員の視線がイヒトに注がれる。


 しかし、イヒトは何も答えなかった。ただ黙って腕を組んでいた。




 ◇




 小秋狩協三階。

 広々とした執務室に、資源管理課長・財津ザイコウの高らかな声が響き渡る。


「そうですか、拠点の目途はつきそうだと! ええ、それはもちろん! 狩協内での調整も順調ですとも!」


 受話器を片手に、朗々と語るその姿には、満足げな自信が滲んでいた。

 その様子をガラス越しに眺めながら、中野ナツキが隣の月山に身を寄せて囁く。


「また、例の新事業の話ですよねぇ?」


 月山は手元の資料をめくりながら、そっけなく応じた。


「そうでしょうね」


 ナツキは口を尖らせ、不満げに続ける。


「やっぱり? 課長もひどいですよねぇ。一ノ井さんを追い出したかったのって、再開発に邪魔だったからじゃないですかぁ」


「憶測で物を言うものではありませんよ」


 月山の言葉に、ナツキは「でもぉ」と甘ったるい声を漏らしながらも引かない。


「一ノ井さんがいるとぉ、狩協主導の計画に()()()調()()()を参加させないわけにはいかなかったですもん」


 その言葉に、月山はようやく顔を上げた。そして、ナツキを一瞥しながら淡々と返す。


「それは、そうでしょうね」


「なんで、そんなに一ノ井さんを嫌いだったんですかねぇ?」


 つい先日まで新事業の存在すら知らなかったはずのナツキが、まるで事情を把握しているかのような口ぶりで話す。


 月山は軽く息をつき、短く注意した。


「私語をするなとは言いませんが、手は動かしてください」


「あ、はぁ~い」


 だが、ナツキの口元は悪びれるどころか、また新たな話題を見つける準備をしているようだった。




 ◇




 かつて、ある氷解者が復興調査助手の資格を「原付免許みたいなもの」と評したことがある。


 その例えは、おおむね的を射ていた。

 この資格は、簡単に取得できなければ意味がない。


 試験内容は至って単純だ。体力と常識があれば、少しだけ予習するだけで合格できる。

 遺跡調査は正規の調査士だけでは手が足りない。だからこそ、多くのアシスタントを必要とする。


 しかし、調査には危険が伴うことも多いため、最低限の基準は欠かせない。

 その基準を示すのが、「復興調査助手」の資格だった。


 では、その上位資格である「特別復興調査士」はどうか。


 試験の合格率は一桁台と厳しく、さらに、地域ごとの復興事情が試験内容に反映されるため、難易度にはばらつきがある。


 たとえば、大都市遺跡群付近では人材確保を優先するため、試験が比較的甘くなる傾向がある。


 ちなみに――


 昨今の小秋市では、調査士に対する視線は極めて厳しく、試験のハードルも非常に高かった。

 災害以降、資格取得者はたった一名。




 つい先ほど、その一名は資格の行使を断った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ