第35話 本郷ホカゼの事情
本日更新予定2話中の2話目です。
イヒトとラル――時折サクも――あれから幾度か、ホカゼの紹介で仕事を請け負っていた。
その日、イヒトたちが取り組んでいたのは、がれき撤去が済んだ土地の緑化作業だった。
イヒトは地面に穴を掘り、ラルは樹木を運んでくる。
ラルが木を持ち上げ、穴へと入れようとする。イヒトはそれを横から補助した。
ふいに、ラルがつぶやく。
「この前はすまなかったな」
イヒトは特に反応を示さないが、ラルは続けた。
「ホカゼから聞いた。調査士事務所だったと。再開を目指しているそうだな」
イヒトの手が一瞬止まる。
「だからなんだよ」
ぶっきらぼうな返事。
それでもラルは気にした様子もなく、静かに言葉を続けた。
「微力ながら、力になろう」
イヒトは短く「そうか」とだけ返し、また黙々と作業に戻る。それ以上、ラルも何も言わなかった。
二人は淡々と、作業に集中していった。
それから数日間は何事もなく、仕事は順調に続いた。
◇
ホンゴウリサイクルに招かれざる客が訪れたのは、暑さが増し始めたある日のことだった。
ホカゼが帰宅すると、店の扉は閉ざされ、CLOSEDの札がかかっていた。
そんな予定はなかったはずだ。
胸の奥に嫌な予感が広がる。
ホカゼは小走りに裏口へ回った。
そっと事務室の扉に耳を寄せると、中から低い声が聞こえてくる。
息を飲む。
そして次の瞬間――
血相を変え、勢いよく扉を押し開けた。
「権利の譲渡って、どういうこと!?」
ホカゼは声を荒げ、父に詰め寄った。
「ホカゼ……!? あっちへ行ってなさい!」
たしなめるような口調だったが、ホカゼは一歩も退く気配を見せなかった。
部屋にはホウセイ、ホカゼ、そしてもう一人。
スーツを着た女性が座っていた。
女性は突然の乱入にも動じず、冷静に問いかける。
「娘さんでいらっしゃいますか?」
ホウセイは慌てて頭を下げる。
「すみません、すぐ退席させますので――」
だが、ホカゼは頑として動かず、自分から名乗った。
「本郷ホカゼです。私にも説明をお願いします」
女性は短くため息をつくと、落ち着いた様子で名刺を差し出した。
「申し遅れました。私は小秋市役所復興調査課の見城ケイコと申します」
見城は「私から勧めるのもなんですが」と言いながら、ホカゼに席へつくよう促した。
ホカゼは言われなくても、とパイプ椅子を引っ張り出し、ホウセイの隣に腰掛けた。
見城はそれを確認すると、改めて要件を告げる。
「本日は、本郷調査士事務所名義で管理されている遺跡の管理権の譲渡及び調査権の売却について、ご検討いただきたく伺いました」
◇
夕暮れ時。
イヒト、ラル、サクの三人は仕事を終え、帰路についていた。
今日はサクも一緒だったためか、普段より会話が弾み、どこか賑やかな一日だった。
三人が、ホンゴウリサイクルの裏口に戻る。
あとは手続きを済ませ、報酬を受け取るだけ――そのはずだった。
扉を開けた瞬間、奥から激しい言い争いが聞こえてきた。
イヒトは声の主たちに気づき、一瞬足を止める。サクも妙な胸のざわつきを覚え、立ちすくむ。
だが、ラルだけは構わず、真っすぐ奥へと歩を進めた。
「失礼する」
ノックとともにラルがドアを開くと、そこではホウセイとホカゼが向き合い、険しい表情で言葉をぶつけ合っていた。
ラルの姿に気づくと、二人は驚き、慌てて居住まいを正す。
「手続きを願いたいのだが、取り込み中だったか?」
あえて平静を装うラルの言葉に、ホカゼははっとして立ち上がった。
「す、すいません。すぐ準備しますから」
慌ててパイプ椅子を片付けながら、端末の起動にとりかかる。
その間に、イヒトとサクも事務室へと入った。
イヒトは何が起こっていたのかを探るように、室内を見回す。その視線の先で、ホウセイと目が合った。
ホウセイはわずかに視線を逸らし、低く呟く。
「裏にいる」
それだけ告げると、ホウセイは静かに作業場へと向かい、姿を消した。
日はすっかり落ち、事務室は静寂に包まれていた。
灯りもつけぬまま、暗く沈んだ空間を、風だけが音もなく通り抜ける。
やがて、ホカゼがぽつりと口を開いた。
「……ごめんなさい。変なところ、見せちゃって」
背を向けたままの声は、どこか弱々しく、小さく震えていた。
背後の三人――イヒト、ラル、サク――は、何も言わない。
ただ、ホカゼの言葉が続くのを、静かに待っていた。
ホカゼは小さく息をつくと、絞り出すように語り始めた。
「……お母さんが残した遺跡があるんです」
その言葉は、遠い過去を追うように静かだった。
「三年と少し前です。母が発見して、管理権も認められて……」
ホカゼがかみしめるように言う中、サクがぽつりと疑問を口にする。
「遺跡の発見に……管理権?」
イヒトがため息をつきながら答えた。
「……遺跡ってのはな、基本的に誰かしらが管理してるもんなんだ。けどな、見つかってない遺跡は管理しようがないだろ」
制度が制定されたとき、崩壊からすでに数十年が経過していた。
「復興調査」と称した遺跡の発掘や再生の管理を進めようにも、所在不明の遺跡は数多く残されていた。
「だから新しい遺跡の発見者には、遺跡の管理権と、独占調査権が認められるんだ」
「独占調査とはなんだ?」
ラルが問いかけに、イヒトは淡々と答える。
「遺跡に一番乗りできる権利だと思えばいい。つまり、遺跡の中身をほぼ独占して、そっくりいただけるってこった」
濡れ手に粟だなと、どこか自嘲するようにイヒトは笑った。
「……それって、かなりすごいんじゃ?」
サクがぽつりと呟く。
ホカゼは小さくうなずいた。
「もう今の時代には滅多にないことだ、って言ってました。だから、母も、私たちもすごく喜んで……」
ホカゼの視線は窓の外、小秋市の夜景をさまよっている。
街灯の明かりが、ちらちらと瞬いていた。
「でも――」
小秋クリーチャー災害――
小秋市に今も傷跡を残すあの災害は、ホカゼの母の命も奪った。
「母が……専任の調査士がいなくなって、事務所は続けられなくなりました」
そう語るホカゼの声は静かだったが、その震えは隠しきれなかった。
「でも、災害時の特例が適用されて、何とか遺跡の権利だけは維持できていたんです」
サクは視線を伏せ、ラルはただじっと聞き入る。イヒトは無言で夜を見ていた。
「だけど、そんなの長く続けられるわけがないですよね」
ホカゼの拳がぎゅっと握られる。
「今日、市役所の方から言われました。管理権を維持するためには定期調査が必要で……その期限が迫っているのに、申請がまだだって。お父さん……ずっと隠してたんです」
一瞬の沈黙が、部屋を包む。
「このままじゃ、権利が失効するって……」
そうなれば、誰も得をしない。
ホカゼたちにとっては、今まで支払った管理維持費が無駄になるだけ。行政側も、手続きを増やさなければならなくなる。
「だから、権利を譲渡してほしいって……そうすれば、まだうちにもお金が入るって」
ホカゼは顔を伏せ、絞り出すように続けた。
「けど……いつかは私の手で。母の代わりにって、そう思って――」
声はしだいに弱くなり、最後には消えてしまった。
長い間の沈黙のあと、サクがぽつりと口を開く。
「オレ、手伝うよ」
ホカゼが驚いて振り返る。
「……つっても、何ができるかわからないけど」
サクは誤魔化すように笑うが、その瞳には確かな意志が宿っていた。
「ようするに、管理調査さえ続けられればいいのだろう」
ラルが静かに言葉を重ねた。
「そ、そう! それ!」
ホカゼは弾かれたように顔を上げ、二人に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
その声には、ほんの少しだけ、力が戻っていた。
その様子を、イヒトは黙って見つめていた。




