第33話 前置きしたら何言ってもいいわけじゃないよ
本日更新予定2話中の2話目です。
撮影が終わり、翌日から再びイヒト、サク、ラルの三人はがれきの撤去現場へ向かい、作業を続けていた。
マトモが引き起こしたトラブルの影響もあり、予定より早く作業は最終日を迎えた。
◇
ホンゴウリサイクルの事務室。
夕日が差し込み、室内を赤く染めている。
ホカゼは古びた卓上端末に向かい、静かに事務手続きを進めていた。
それが終われば、ようやくがれき撤去の仕事もすべて完了となる。
イヒトたち三人は、それぞれ思い思いにその時を待っていた。
「はー、やっとだよ」
サクは大きく伸びをすると、ソファへとどさっと腰を下ろした。
それなりにきつい仕事だった。終わった喜びを全身で表現するのも、無理のないことだろう。
だが、同じく解放されたはずのイヒトは、ソファに腰かけたまま難しい顔をしていた。
その様子に気づいたサクが、思わず声をかける。
「どうしたんだよ、イヒト」
「……いろいろ考えてんだよ」
その一言に、サクはハッとした。
――そうだ、イヒトは狩人をクビになっている。
今回の仕事はあくまで一時しのぎで、失職中という事実に変わりはない。
それを思い出し、慌てたように声を張り上げた。
「ま、まだ一週間くらいしか立ってないし! これからだって!」
ぎこちなく笑ってみせるが、イヒトは眉をしかめ、ため息をつく。
「一週間『も』だろ」
「そ、そうだけどさあ……ま、何とかなるって!」
バツの悪そうに頭を掻くサクに、イヒトは鋭い視線を向けた。
「……あのな、お前の話を考えてるんだぞ」
「……はぁ? オレ?」
不意に話の矛先が自分に向き、サクは目を丸くする。
「定期便の予約が取れたの、二か月後だろ。そんなに帰れなくて、本当に大丈夫なのかよ?」
「……なんだ、その話かよ」
サクはうんざりしたように顔をしかめた。
「大丈夫だって。何でそこまで心配するんだよ、イヒトは」
イヒトは一瞬、言葉を詰まらせた。だが、次の瞬間、真剣な口調で言い放つ。
「下手すりゃな、俺が誘拐犯扱いされかねないんだよ」
「はぁ~~?! お前さあ……!」
「警察をなめるなよ。アイツらは白も黒に変える」
真顔で言い放つイヒトを見て、サクは今度こそ心底呆れた顔を浮かべた。
そんな二人のやり取りに、ホカゼが口を挟む。
「大丈夫だよ、イヒトさん。お父さんも、サクさんのおばさんと話し合ったっていってたし」
ホカゼは端末を操作しながら言い、サクもうなずく。
「そうそう、ちゃんと報告済みだって。帰りが遅くなるのも、学校の件も全部相談してるから」
イヒトは「……ならいいけどよ」と納得したようにつぶやく。
だが、その表情にはまだ何か気がかりなものが残っているようだった。
「なんだよ、まだ何かあんのか?」
サクが怪訝そうに尋ねると、イヒトは腕を組んでぼそりと答えた。
「アイツのことも考えなきゃなんねーんだよ」
「リィズリースさんのこと?」
ホカゼが意外そうに聞くと、イヒトはうなずく。
「ずっとこのまま、ってわけにはいかないだろ」
その言葉に、ホカゼは苦笑いを浮かべた。
リィズリースの自由気ままさには、さすがのホカゼも思うところがあるのかもしれない。
「でもリィズリースさん、たまに事務作業手伝ってくれるときは、私がやるより何倍も速く終わらせてくれるんだよ」
「たまにじゃダメだろ」
「……あはは」
少し呆れたように言うイヒトに、ホカゼは曖昧に笑ってごまかした。
ふいに、サクが意を決したように口を開いた。
「で、肝心のイヒト自身はどうなんだよ」
最初こそ気を使っていたが、イヒトがこれだけ他人のことばかり気にしているのだ。
ならば、今度はお前自身のことを考えろ、と言いたくもなる。
「……俺のことはいいんだよ」
そっけなく返した途端、サクとホカゼの視線が鋭くなる。
「いいか。大人ってのはな、自分のことくらい自分でやるもんだ」
啖呵を切るイヒトだったが――
「じゃあ、もう仕事の紹介しなくてもいいんだね?」
ホカゼの反撃に、イヒトはばつの悪そうに言葉を詰まらせた。
わずかな沈黙が流れたそのとき、黙っていたラルが口を開いた。
「無礼を承知で言わせてもらうが、遺跡へ行けばいいのではないか?」
不意に投げかけられた提案に、一瞬場が凍る。
「一ノ井がどう呼ばれているかは知っている」
ラルは何でもない風に言った。
ゴミ漁り――
遺跡から遺物を持ち帰るイヒトは、そう呼ばれ蔑まれていた。
「だが、遺物の発掘などよその都市ではいたって普通だ。売却も、この店でしたらいい」
「それは……」
ホカゼが言葉を詰まらせる。
「いまさら人目など、気にする必要もないだろう」
ラルがさらに続けると、イヒトの目が鋭くなった。
「……あのな、お前。俺は狩人クビになってんだよ。わかるか?」
イヒトは苛立ちを抑えきれず、ラルを睨む。
「無礼を承知」と言えば何を言ってもいいと思うなよ――
そんな表情だったが、当然ラルには伝わらない。
「わかるはずがないだろう。遺跡発掘は復興調査士の領分なはずだ。狩協に所属する必要がどこにある?」
まるで尋問するようなラルの態度に、イヒトは舌打ちする。
「前に言っただろ。小秋市は狩人がもてはやされて、ゴミ漁りは毛嫌いされてるってな」
「説明になっていないな」
ラルが鋭く返すが、イヒトは鼻を鳴らし、それきり黙り込んだ。
ホカゼは俯き、サクはおろおろと視線をさまよわせる。
事務室は一気に、沈黙に包まれた。
だが――
このままではいけないと、そう感じていたのだろう。
やがて、ぽつりとホカゼが口を開いた。
「三年前……」
その声に、誰もが自然と耳を傾ける。
「小秋市は、クリーチャーの集団に襲われたんです」
小秋クリーチャー災害――それは過去に例を見ないものだった。
クリーチャーの群れが都市に被害をもたらすことはある。だが、その多くは散発的で、一時をしのげば撃退できる程度のものだ。
しかし、三年前のそれは違った。
大量のクリーチャーが、まる半日以上にもわたって小秋へと押し寄せ続けたのだ。
「その時に――狩人のみなさんが団結して、街を守ってくれて……」
ホカゼが語ると、サクが思い出したように声を上げた。
「あっ! 『小秋の奇跡』か!」
ホカゼが苦笑しながら頷く。
「……そんな風に言われてるみたいですね」
隣のあおい市に住むサクの耳にも、その話は届いていたらしい。
災害の規模に比して、被害が極端に少なかったことが「奇跡」と称されているのだ。
「小秋市において、狩人が必要以上に英雄視されている理由は分かった。で、それが発掘とどうつながる?」
ラルの問いに、ホカゼは続けた。
「『奇跡』なんて言われてますけど、被害は決して小さくなかったんです」
避難誘導が迅速だったため、民間人の死傷者こそほとんど出なかった。
だが、災害の爪痕は今も小秋市に根強く残っている。
「特に、クリーチャーが集中した北東部では、多くの建物が破壊されました。だから、市域から外さなきゃいけなくなったんです」
「……市域から外す?」
サクが首をかしげると、イヒトが補足する。
「市域ってのは、建物の密集度や荒廃具合によって決まるんだ。防衛にかかわるからな」
ホカゼが頷き、言葉を継ぐ。
「そして、外された地域の建物は、遺跡に認定されたんです」
「遺跡に認定……って、つい先日まで都市内にあった建物が?」
驚くサクに、イヒトは肩をすくめる。
「『市域の外にあって活用可能性がある』なら遺跡なんだよ」
サクは「なるほど」と頷くが、ラルはまだ納得しきれない様子だった。
「遺跡となった理由はわかった。だが――」
ラルの言葉を、イヒトが継ぐ。
「なんで狩協とつながるのか、だろ?」
「それは、発掘を行うはずの調査士が……」
ホカゼはうつむき、言葉を絞り出そうとした。
しかし、その先が続かない。事務室の空気が、再び重たく沈んだ。
イヒトはため息をつき、あっさりと言い放った。
「火事場泥棒ってやつだ」
ホカゼの体がビクッと震えた。
「よりによって、襲撃の真っ最中にやらかしたアホがいたんだ。調査士としての技能をふんだんに活用してな」
「い、一部の人だけだったんです!」
ホカゼが慌てて否定する。
だが、目撃情報は多数あり、悪評は根強く残った。
小秋市の人々の怒りは、個人にではなく「調査士」という職そのものに向かってしまったのだ。
イヒトが淡々と続ける。
「そのせいで発掘そのものへの猛反発が起きた」
「かつての所有者や住民たちが、調査士に荒らされるのをよしとしなかった、か」
ラルが低く言い、イヒトは無言で頷いた。
こうして、小秋市は異例の措置を取らざるを得なくなった。
「そこで、狩協所属の人間だけが、新遺跡を発掘できるようになったわけだ」
イヒトはさも当然のように言うが、サクがすかさず突っ込む。
「いくら狩協に人気があるからって、完全に畑違いじゃん。復興調査には資格が必要だろ?」
「残ってるのが等級E以下の、廃墟同然の遺跡がほとんどだったからだ」
遺跡はAからFまでの等級に分けられる。
そのうちE・Fランクは、事実上の廃墟とみなされる。
「ああ、じゃあ『調査士』じゃなく『調査助手』でいいのか」
サクが納得すると、イヒトは肩をすくめた。
「そういうこった」
「まともな調査士のほとんどは小秋を去ってのもあってな。狩協による復興調査――発掘の主導はスムーズに決まった」
そう言いながら、イヒトはソファで足を組みなおし、ちらりとホカゼを横目で見る。
ホカゼはとうに端末から手を離し、膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめていた。
「俺は、組んでたチームが解散してな。ちょうどいいってんで、資格を取ってソロでもできる『復興調査』を始めたわけだ」
しかし――
「ま、狩協所属だからつって『ゴミ漁り』が許されるわけでもなかったけどな」
イヒトは皮肉交じりに鼻を鳴らした。




