第32話 興味深いですね
本日更新予定2話中の1話目です。
展望台。
ラルと仮面の者は、その光景を見下ろしながら、一瞬、自らの目を疑った。
それほどまでに、マトモが引き起こした光景は現実離れしていた。
「――聖印か」
ラルが低くつぶやく。
仮面の者は愉しげに笑い、まるで待っていましたと言わんばかりに言葉を重ねた。
「ハハハ、そうさ! あれこそが、全日聖をして太陽のごとしと言わしめた――『金焔の聖印』だ!」
ラルは鋭い視線を仮面へと向ける。
「これを見せるために呼んだのか?」
「先に見られてよかっただろう? 知らずにいたら、策ごと潰されかねない」
仮面の言いぐさに、ラルは眉をひそめる。
「……まるで、何かを謀る気があるような口ぶりだな」
その警戒を孕んだ言葉に、仮面の者はふっと微笑み、問いかけた。
「だとしたら、どうする?」
◇
マトモは悠然とポーズを決め、余韻に浸っていた。
しかし――
「なにカッコつけてんのよ、このバカ!!」
ミワクの怒鳴り声が響く。
「こんなに飛び散らせて、どーすんのよ!」
苛立ちを隠せないミワクは額に手を当て、深々と溜息をついた。
マトモの一撃は確かにクリーチャーを仕留めた。だが、その余波であたりに破片が飛び散り、蠢き始めている。
すでに、それぞれがクリーチャーの姿を成しつつあった。
「あっちゃ~」
マトモは周囲を見回し、「やっちゃったか」とぼやく。しかしミワクは容赦しない。
「もう、片付けるわよ! あんたも手伝いなさい!」
「しゃーないか」
困ったように肩をすくめるマトモをよそに、ミワクはさっさと動き出す。
こうして派手な怪獣退治は、一転して地味な残党狩りへと移行した。
◇
「素晴らしいですね。聖印の力を使いこなしています」
リィズリースが感嘆の声を漏らす。
聖印――
その言葉に、イヒトは一瞬目を細め、疑わしげに尋ねた。
「……なんで、そんなことがわかるんだ?」
「そう見えたからです」
答えになっていない答えに、イヒトは舌打ちする。
「おい、もういいだろ。戻るぞ」
「私はもう少し見ています」
視線をマトモに釘付けにしたまま答えるリィズリース。
イヒトは、ため息をついた。
長い付き合いではない。それでも、リィズリースの様子がいつもと少し違うことくらいはわかった。
「――満足したら言えよ」
「はい。ところで、一つよろしいでしょうか」
「あ?」
「危機が迫っていることをお知らせします」
その一言で、イヒトは初めて気が付いた。
分裂体のクリーチャーが、音もなく忍び寄っていたことに――。
◇
その様子は、高台から手に取るように見えていた。
「まったく。だから言ったでしょうに」
チミツは呆れたようにため息をつく。
「くそっ……あいつら!」
焦った様子の丹山が駆け出そうとするのを、チミツは軽く静止した。
「やめておきなさい。お前までミイラ取りのミイラになるだけですよ」
「チミツさんっ! で、でも……っ!」
「言いましたよね? 自己責任だと」
チミツは目を細めると、視線を遠くへ向けた。
「それに――」
「? な、なんですか?」
「……ま、見てればわかるでしょ」
◇
イヒトとリィズリースは五体の分裂体に取り囲まれていた。
「囲まれていることをお知らせします」
「だから、おせーんだよ。見りゃわかるっての」
冷静すぎるリィズリースの指摘に、イヒトは舌打ちで返す。
「ったく、クリーチャーの分際で囲んで叩くつもりか? 猿知恵働かせやがってよ」
「群体型は個が全でもあります。どれだけ分裂体しても統一された思考で連動し、効率的に動けるのがメリットですね」
「何目線で言ってんだ、テメェは」
イヒトは拳を掌に打ちつけながら吐き捨てる。
「つーか、コイツらってよー。アイツらから逃げて、俺らの方に来たんだよな」
「そうですね。群体型クリーチャーは知能が高いことでも知られています」
「知能が高い、ね。んだよ、おい。俺の方が『狩り』やすいってか?」
じりじりと距離を詰める分裂体。
そのうちの一体が、イヒトの殺気を察したのか、飛びかかろうとした瞬間――
「群体型クリーチャーを殴打するのはお勧めしません。さらに分裂し、かえって危機が高まる恐れがあります」
リィズリースが冷静に口を挟む。
「だから、テメーは! 誰に、何目線で言ってんだっつーの!」
イヒトは分裂体の突進を交差するように躱し、カウンターで拳を叩きつけた。
次の瞬間、分裂体は一瞬で爆ぜ、霞のように消え去る。
「舐めてんじゃねー、っつーの!」
「まあ」
ただ一言、リィズリースは感嘆の声を上げた。
◇
高台。
丹山は目を見開き、驚愕していた。
「そんな……アイツ、ただのゴミ漁りじゃ……」
イヒトの拳が分裂体を次々と粉砕していく。信じられないといった表情で、思わずつぶやく。
隣のチミツは肩をすくめた。
「だから言ったでしょう」
「で、でもっ……! 普通、ゴミ漁りなんて、クリーチャーを狩れない奴がなるんじゃっ……!」
「そこそこやれる奴が、たまたまゴミ漁りをしてただけじゃないですか?」
「……チミツさんは、知ってたんですか?」
「知るわけないでしょう。ボクだってゴミ漁りは大嫌いですからね」
「――じゃあ、なんで……」
丹山が問い詰めると、チミツは呆れたようにため息をついた。
「……マトモがあんなに執着してるやつが、普通なわけないでしょう」
丹山は息をのむ。
「ま、そうは言っても、たかだか分裂体をあしらう程度です。マトモたちには到底及ばないですよ」
そう言いながらも、チミツの目はどこか面白がっているようだった。
だが、丹山の表情は険しいままだった。
丹山もまた狩人を目指す者として、クリーチャーの習性や戦闘にはそれなりの知識がある。
群体型クリーチャーを狩る方法はいくつかある。
ミワクのように細切れにして動きを封じるか、マトモのように圧倒的な物量で一度に押し潰すか。
もちろん、それをやってのける二人は超人的だが、方法自体は確立されている。
だが――
ただの殴打で群体型を破裂させるなど、丹山は聞いたことがなかった。
群体型は単に強い打撃を与えられても分裂し、数を増やす性質を持つ。
あのサイズの分裂体を、拳のような小さな打点で完全に破裂させることなど――理論上、不可能なはずだった。
考えられるとすれば――
例えば、イヒトが殴打と同時に、分裂体の限界をはるかに超える刻印力を撃ち込んでいるのだとしたら――
「アイツ――」
丹山は奥歯を噛みしめ、非常識な戦いぶりを睨み続けた。
◇
群体型の大半が消えると、ようやく無線が回復した。
チミツは手際よくドローンを再起動し、残存する分裂体の捜索を開始する。
そして、漏れがないことを確認すると、討伐完了を宣言した。
戦闘が終わった頃には、イヒトだけが派手に汚れており、それを見たマトモが笑っていた。
つつがなく、群体型の狩猟は終わった。
帰り道、丹山は一言も口を聞かなかった。




