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第31話 いたってマトモな感性




 緑に染まる廃墟の中、マトモは愉しそうに笑っていた。


 マトモは亜人であり、その特異な能力――自在に操ることのできる髪を持つ。

 その能力を駆使し、髪をどでかい拳型に結い上げると、特注のグローブをはめた。


 マトモがクリーチャーを屠るときの基本スタイルだった。


「斬るのはダメでも、これはどうかしらっ、と!」


 勢いよく拳を振りかぶり、巨大クリーチャーの胴体めがけて叩き込む。


 ドゴォン、と鈍い衝撃音が響いた。

 しかし、拳を叩きつけた部分から肉片が飛び散り、地面に落ちた破片が蠢き始めた。


「あら、失敗ね」


 マトモは肩をすくめる。


「ちょっと、バカっ! なにやってんのよ!」


 うんざりした表情でミワクが叫ぶ。


「ごめーん」


 悪びれもせずマトモが笑う。

 だが、文句を言いながらも、ミワクは双剣を鮮やかに振り、這い回る肉片を確実に断ち切っていく。




 ◇




 展望台の上、仮面の者とラルは、眼下で繰り広げられる激戦を静かに見下ろしていた。


「おや、お気に召さないかな?」


 仮面の者は、どこか退屈そうなラルへと声をかける。


「あの女の力なら、すでに見た」


 つれない返事。しかし、仮面の者は肩をすくめ、楽しげに笑った。


「くく、そう焦らないでくれよ。もう少し道中を楽しんだらどうだ」


 そう言いながら、仮面の者はラルに問いかける。


「ストレートライトがなぜこれほどの人気を集めているか、わかるかい?」


 ラルは答えず、ただ戦場に目を向けている。その無反応を気にする様子もなく、仮面の者は言葉を続けた。


「動画を公開し始めて数か月で全国的な注目を集め、一年足らずで世界的な知名度を得た。この時世を考えれば、驚異的なことだろう?」


 ラルの沈黙は続く。だが、それすらも仮面の者は愉快そうに受け流し、話を重ねる。


「まずはMVのクオリティだな。今となっては信じられないだろうが、初めはただの狩猟動画に音楽をつけたものに過ぎなかった。きっかけは、マトモの無茶ぶりにチミツが応えたこと。ただ、それだけだったんだよ」


 それが今や、本職の映像作品にも匹敵するほどの完成度を誇るようになった――そう熱を込めて語る仮面の者に対し、やはりラルの反応はない。


「シンプルな迫力も要因の一つだ。まだ十代の少女たちが、恐怖の象徴であるクリーチャーを圧倒的なまでの力でねじ伏せていく。こんなにも心躍る光景、そうそう見られるものじゃない」


 仮面の者は、華麗に戦うマトモたちを指しながら、さらに続ける。


「さらには、グロテスクさえも理由の一つなんだよ。マトモの方針で、MVには狩猟されるクリーチャーの生々しい映像がそのまま残されている。本能的に忌避すべき映像ほど、逆に人々を強く引きつけるものさ」


 ここで、仮面の者は一拍置いた。そして、ラルの顔にぐいっと身を寄せ、問いかける。


「さて、ここで本題だ。ストレートライトの人気を決定的なものにしている、最も大きな要因は何だと思う?」


 ラルは煩わしげに眉をひそめた。


「俺は評論家でもアナリストでもない」


「くくく、よく知っているよ」


 冷たい一言にも、仮面の者は愉快そうに笑いながら応じた。そして、にやりと口角を上げ、静かに言った。


「マトモだよ」


 唐突な名を告げられ、ラルはようやく仮面の者を見やる。しばし逡巡しながらも、否定するように首を振った。


「確かにあの女(マトモ)には抜きんでた強さがある。しかし、もう一人(ミワク)とてそん色はないだろう」


 ラルは、あくまで狩りの実力を基準にストレートライトを評価する。


「さすが、慧眼だな。狩りの技量や映像美の話をするなら、その通りだ」


 仮面の者は微笑を浮かべると、ふっと息をつき、言葉を継ぐ。


「だが――貴方も気づいているんだろう? マトモに宿る、人知を超えた理不尽な力に」


 次の瞬間、マトモを中心に力の奔流が巻き起こった。

 衝撃は、遥か離れた展望台の二人にまで届くほどのものだった。




 ◇




 巨大なクリーチャーが牙を剥き、マトモを丸呑みにせんばかりに食らいつく。

 だが、マトモはそれを紙一重でかわすと、肩をすくめてため息をついた。


「うーん、これもダメか」


 叩き、突き、挟み――


 あらゆる手を尽くしても、肉片が飛び散るばかりで決め手に欠ける。

 それでもしぶしぶ攻撃を続けるマトモの背後から、鋭い怒鳴り声が飛んできた。


「アンタね、いい加減にしなさいよ! だれが後始末してると思ってるのよ!」


 振り向く間もなく、ミワクの怒りがさらに募る。


「ったく! 群体型の倒し方なんかわかってるでしょうが!」


 群体型クリーチャー――特異な存在ではあるが、その対処法は周知のものだ。

 一つは、分裂体が動けなくなるまで細切れにする、いわゆる殲滅戦法。


 実際、ミワクはひらりと舞うように双剣を振るい、中型犬ほどのサイズになった分裂体を次々と断ち切っていく。


 しかし、これほどの巨体相手にその方法をとるのは、いくら二人と言えど現実的ではない。

 従って、必然的にもう一つの方法を取るしかないのだが――


「それとも、マトモでもこのサイズは無理ってわけ?」


 挑発じみた言葉に、マトモの眉がぴくりと動く。

 ムッとした彼女は、近くの分裂体を髪の拳で掴み、そのままミワクへと放り投げた。


「ちがうわよ、気が進まないだけ! こんなの、髪で触りたくないもの」


 飛んできた分裂体を瞬く間に賽の目に切り刻みながら、ミワクは呆れたように毒づく。


「はぁ!? ふざけんじゃないわ、よっ! アンタ、気合入れるだけでヘアケアいらずじゃないの、このチート体質女!」


「だって、なんか嫌じゃない」


 マトモは肩をすくめるが、なおも続くミワクの罵倒に、ふっと覚悟を決めた。


「仕方ないわね」


 そう呟くと、巨大グローブを外し、編み上げていた髪の拳もほどいていく。


「ちょっとは飛び散るかも! 覚悟してよ!」


 叫ぶやいなや、マトモは高く跳躍した。

 クリーチャーがそれを追い、前足を振り上げる。


 しかし、マトモは髪を伸ばし、近くのビルを掴むことでさらに勢いをつけ、その屋上に降り立つ。

 結局のところ、群体クリーチャーを倒す方法など知れている。


 細かく刻むか――


 マトモは眉を寄せ、静かに気を練る。

 すると、力の奔流が辺りに渦巻き、前髪がふわりと舞った。その下には、金色に輝く(しるし)が浮かび上がる。




 ◇




 少し離れた場所では、丹山はもちろん、チミツさえもマトモから溢れ出す力に圧倒され、一心に見つめていた。


「まあ」


 遠巻きに見ていたリィズリースも、珍しくただ感嘆の声を漏らす。

 さきほどより一歩、また一歩と前へ進み、その瞳をマトモへと釘付けにしていた。




 ◇




 マトモは髪を操り、球体を編み上げた。


 それは、クリーチャーの巨体に匹敵するほどの大きさ。マトモはそれを頭上へと高く掲げると、静かに息を整える。


 次の瞬間、ビルの屋上から跳躍。

 勢いをつけ――


「一撃よ」


 振りかぶった髪の球体が、轟音とともにクリーチャーを押し潰した。

 地面が揺れ、爆風が吹き荒れる。


 やがて粉塵が晴れると、そこにはただ静かに、巨大なクレーターだけが残されていた。

 マトモは地上に降り立つと、無造作に髪を整え、ため息混じりに呟く。


「じゃないとアンタ、面倒なんだもの」




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