第30話 なんかグチャグチャしてキモいやつ
マトモとミワクが駆けて行ったその先――
視線の先には、緑に覆われた廃墟、そして蠢く巨大な影があった。
二人は、一目散に向かう。
ワゴンの扉が静かに開いた。
少し遅れて、チミツとリィズリースが降り立った。
視界の開けた高台に停まったワゴンのそばから、彼らは遠くの異形を見据える。
そこへ、一台のバイクが到着した。
砂煙を巻き上げながら停車し、イヒトと丹山が地面に足をつける。
バイクのエンジン音がまだ消えぬうちに、丹山が足早にチミツへ駆け寄った。
「お疲れ様っす! ……あの、マトモさんたち飛んでっちゃいましたけど、なんか狩るんすかっ!?」
「見ればわかりますよ」
チミツが顎で示した先を見た丹山の表情が、みるみる強張る。
廃墟の影に蠢くのは、十メートルを優に超えるクリーチャー。
「……は? な、なんすかあれ……っ!」
丹山の目が驚愕に見開かれる。
イヌ科に見えるその巨体は、しかし、ただの機械化クリーチャーではなかった。
脚は八本、尾は二本。
耳も鼻も目も二頭分――
まるで、同種の獣を無理やり組み合わせたかのような異形。
ただの獣型ではない。合成獣とも違う。
不気味なほどに歪んだその姿は、視線を向ける者を圧倒する。
呆然と見つめる丹山をよそに、チミツは有線ドローンを飛ばし、映像をチェックする。
「やっぱり遠いですね……もう少し近づきますか」
モニターを睨むチミツの表情は険しい。どうも不満があるらしい。
「お前らは車の中にいてください。自動運転をクリーチャー感知モードにしてありますから」
荷物を背負いながら、チミツはリィズリースと丹山に忠告する。
しかし、それを即座に拒絶したのはリィズリースだった。
「いいえ、大丈夫です」
対抗するように、丹山も慌てて声を張る。
「お、俺だって平気ですよっ!」
「はぁ……自己責任ですからね」
言っても聞かないだろうと、チミツは小さくため息をついた。
「一応、お前にも聞いておきましょうか?」
最後の一人――イヒトに問いかける。だが、イヒトは鼻を鳴らして応じた。
「そういうテメェこそ非戦闘員だろ。ドローン飛ばすくらい、車に閉じこもっててもできるんじゃねーか?」
「はぁ?」
チミツがムッとした顔で口を開こうとする。だが、それより早く丹山が声を荒げた。
「おい、なにチミツさんに舐めた口きいてんだ!」
イヒトは鼻で笑いながら、あしらうように答える。
「この程度騒ぐくらいなら、車の中でおとなしくしてろ」
「んだとっ……!」
激昂した丹山が食って掛かろうとした瞬間、チミツがすかさず制した。
「……やめなさい丹山。いちいち構うな」
視線すら向けず、冷たく吐き捨てる。
「ご心配なく。自分の身くらい自分で守れますよ」
「そうかよ」
イヒトとチミツは、それきり黙る。だが、丹山は収まりがつかない。
「何なんだよお前、さっきから!」
その叫びに、イヒトは冷ややかに返す。
「ろくに戦えもしねえ奴らが、こぞって狩場に近づこうとしてんだ。一言くらい言いたくなるだろ」
丹山の顔が真っ赤に染まり、ついに掴みかかる。
「このっ……! お前こそ、クリーチャーから逃げ回るだけのゴミ漁りのくせに!!」
一触即発――険悪な空気が漂う。
だが、チミツはまたもため息をつき、一喝するように言い放った。
「構うなって言ってるでしょ……もう、邪魔しないなら何でもいいですよ。それより、急がないと終わっちゃうんですから」
そう言いながら、さっさと廃墟の方へと歩き出した。
クリーチャーが狂暴に襲い掛かる中、ミワクはひらりと身を翻し、忌々しげに吐き捨てた。
「キモい見た目してくれちゃって」
目の前の異形は、まるで二頭が重なり合い、ブレて見えるかのようだった。
醜悪な巨体とは裏腹に、その動きは驚くほど獰猛で素早い。鋭い爪と牙を次々と繰り出すその動きには、ある種の優雅さすら感じられる。
「ったく、その図体のくせに自重でつぶれないなんて……どういう、インチキ、よっ!」
叫びながらも、ミワク自身も人間離れした身軽さで応じていた。
迫りくる巨体をかわしながら、曲刃の双剣を構え、一瞬の隙を狙う。
「はんっ! こっちはね、アンタみたいなの、何べんも相手にしてるのよ!」
瞬間、ミワクは一気に踏み込み、飛び上がると舞うようにクリーチャーの体を斬り裂いた。
しかし――
「っ!?」
刃が何かを裂いた感触に、ミワクは違和感を覚え、顔をしかめる。
傷口が、すぐさま閉じていく。
それどころか、切り離された肉片が地面に落ちるなり分裂し、蠢き始めた。
「最悪っ……! 群体型よ、コイツ!」
驚愕に声を上げるミワク。
「わぉ。それ本当?」
破片が再び形を成しはじめるのを見て、マトモは面白そうに声を上げた。
◇
高台を少し下った場所では、丹山が圧倒されながらも戦いに見入っていた。
食い入るようにその光景を凝視する丹山の頭の猫耳が、ピクリと動く。
「群体型……?」
即座にチミツが反応した。
「丹山、それ本当ですか?」
「は、はい。ミワクさんがそう言ってました」
チミツは舌打ちする。
「な、なんなんですか、群体型って?」
丹山の疑問に、リィズリースが静かに答えた。
「無数の小さな個体で構成されているクリーチャーのことです」
丹山はリィズリースの言葉にわずかに顔をしかめる。
悔しそうにリィズリースを睨みつけ「お前には聞いていない」の一言をかろうじて飲み込んだ。
そんな二人を横目に、チミツは眉間にしわを寄せる。
「厄介ですね。あんなサイズの群体型、資料でしか見たことがありません」
「で、でも分裂したら一体一体が小さくなるんですよね? でかいのよりは……」
丹山の素朴な疑問に、チミツは軽く首を振る。
「群体型が厄介なのは、ただ傷をつけるだけじゃ際限なく分裂していくところなんですよ」
「えっ……? そ、そんなの倒しようがないじゃないですか! マトモさんたちでも危ないじゃ……」
チミツは軽く鼻を鳴らし、丹山の心配を笑い飛ばした。
「まさか。あの二人の心配なんてするだけ無駄ですよ。むしろ、問題は私たちです」
「え……それってどういう?」
丹山が戸惑うと、チミツは少し思案し、ため息をついた。
「分裂した群れが散り散りになって、こっちまで来かねないんですよ。……惜しいですが、撤収しますか。丹山、準備を」
「わ、わかりました!」
チミツの指示に、丹山は慌ただしく動き出した。
チミツは振り返り、残る二人にも忠告しようとする。
「お前らも――」
しかし、言い終わる前に、リィズリースが口を開いた。
「イヒトさん。もう少し近づいてもよろしいでしょうか?」
「……好きにしろ」
イヒトはため息をつき、諦めたようにうなずいた。
そのまま、二人は歩き出す。
「ちょっと、どこへ行くんですか!」
慌ててチミツが呼び止めるが、リィズリースは振り返り、微笑んだ。
「もう少し、近くで見ようかと」
「……お前ら、話聞いてましたか? 分裂した奴がこっちに来る可能性もある、って言いましたよね?」
「はい。大変興味深いですね」
リィズリースはそう言うと、再び歩を進める。イヒトが舌打ちしながら、その後を追った。
「な、なにやってんだお前ら!」
丹山が叫ぶが、イヒトは冷たく言い放つ。
「テメェらは戻ってろ」
「……言われなくても。ほら、丹山も戻りますよ」
チミツがあきれたように肩をすくめ、丹山を促す。
「で、でも……!」
それでもなお、遠ざかる二人の背中を見つめる丹山に、チミツは冷ややかに言った。
「いいんですよ。放っておけば」
その一言に、丹山はぐっと口をつぐみ、二人を睨み続けた。




