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第3話 魔法じゃないけど、魔法みたいな




 小秋狩協三階、会議室。


 その扉が、どっしりとした男によって開かれた。


 作業着にネクタイを締めながら、腹の出ただらしなさを漂わせる中年――小秋狩協の資源管理課長、財津ザイコウである。


 財津は部屋に顔を出すなり、冷ややかな声で嘲笑う。


「まーだ狩協におったのか、この疫病神が」


 振り返った月山は、眉をわずかにひそめながらも冷静に応じる。


「財津課長。何か御用ですか?」


「なんだ、月山。見られたら困ることでもしとるのか?」


 そう言いながら、財津はいやらしい笑みを浮かべ、イヒトを見下ろした。


「聞いたぞ、ゴミ漁りが。クリーチャーもロクに狩らないくせに、遺跡をぶっ壊したそうじゃないか」


 その視線にイヒトは、わざとらしく舌打ちをする。


「あぁ? だから何だってんだよ」


「お前の少ない脳みそじゃわからんか? とうとうお前もおしまいだってことだ! あっはっはっは!」


 財津の声がわざと大きく張り上げられると、その挑発にイヒトは目を細め、じっと見返した。


「……な、なんだ、貴様!」


 イヒトは、財津と目を合わせたままゆっくりと立ち上がっただけだ。だがそれだけで、財津は明らかにうろたえ始めた。


「なんだって? どうおしまいなんだ? あ?」


 イヒトは冷たく、しかし毅然とした口調で財津を見下ろす。一瞬怯んだ財津は、すぐに必死の虚勢を張り直す。


「っ……! このっ! ゴミ漁りの分際でっ!」


 二人はにらみ合い、一触即発の空気が漂う中、険悪な緊張を切り裂くかのように、月山が二人の間に割って入った。


「二人とも、落ち着いてください」


 月山は冷静な口調で、まずは財津に、そして次にイヒトに向かって話しかけ、場の雰囲気を和らげようと努める。


「財津課長、誤解を招くような発言は控えてください。一ノ井さんも、まだ話の途中ですよ」


「チッ」


「ふ、ふん」


 しぶしぶイヒトは席に戻り、財津も鼻を鳴らしながら踵を返す。だが、財津は立ち去る際、振り返って冷たく言い放った。


「覚えておけよ、疫病神! 次に問題を起こしたら、問答無用でクビにしてやるからな!」


 そう吐き捨てると、財津は足早に部屋を出た。乱暴に扉を閉める音が、しばらく室内にこだました。


「チッ、テキトーなことばっか言いやがって。お前にそんな権限あるわけねーだろ」


 イヒトは苦々しい顔で、独りごちる。


 狩協は協同組合であり、イヒトはその組合員だ。一方で財津は課長と言えども単なる一職員に過ぎない。


 ただの嫌味だろうと軽く流そうとしたその時、月山が低く静かな声で口を開いた。


「どうでしょうね」


 月山の冷静な声には、どこか嫌な予感が滲んでいた。


「今回ばかりは、狩協内だけでは済まされないかもしれません。一ノ井さんも、自分の立場が危うい自覚はあるでしょう?」


もちろん、イヒトにはそんな自覚などまるでない。


 イヒトの背中に冷たい汗が伝うのとほぼ同時――月山の端末から通知音が鳴った。


画面を一瞥すると、月山は静かに告げた。


「リィズリースさんの検査が終わったそうです」




 イヒトと月山は小秋狩協の医務室を訪れた。


 白い壁からは薬品の匂いが漂い、狭い部屋は淡い照明の下でひっそりと佇んでいる。


 その中で、大柄な白衣の男とリィズリースが向かい合って座っていた。


 イヒトは、リィズリースの隣にあった椅子に腰を下ろすと、あえてふんぞり返るような姿勢をとった。


 月山は眉をひそめたが、イヒトは気にする様子もない。


ただ、これからようやく自分の正しさが証明されると確信しているだけだ。




 ――ったく、どいつも見てくれに騙されやがって。


 確かに、リィズリースは群を抜いて人間らしいのだろう。イヒトとて、最初は自動人形であると確信は持てなかった。


 だが考えても見ろと、イヒトは思う。


 どこの世界に生首となって生きていられる人間がいるというのか。




 そんなことを考えながらふと隣を見ると、リィズリースが微動だにしないことに気づいた。


 リィズリースは白衣の男の頭に生える、()()()()()()をじっと見つめている。


「……なんだよ、お前。いくら何でも見すぎだろ」


「はい、とても興味深いです」


 イヒトの注意に、リィズリースは要領を得ない言葉を返すだけだった。


 いぶかしむイヒトに、狸耳の医者が口を開く。


「彼女、ずっとその調子なんだよねぇ。なんでも、亜人を初めて見たんだとさ」


 リィズリースは素直に頷き、


「はい、つい先ほど知りました」


 と答えた。




 亜人。


 それは四次大戦末期に起きた、変異現象の産物である。


 変異現象は動物だけでなく人間にも影響を及ぼした。


 一度限りの現象だったが、その様々な変異を受け継いだ子孫が、今なお「亜人」と呼ばれ生き続けている。




「亜人をご存じない……では、大戦前の?」


 月山の言葉に、狸医者が頷く。


「そうだねえ。少なくとも、百年は前に冷凍睡眠から起きた、いわゆる『氷解者』でしょうな。ただ検査の結果は――」


 狸耳の医者がそう続けようとした途端、イヒトが慌てた様子で口を挟んだ。


「ち、ちょっと待って。コイツが氷解者って……おい、ちゃんと検査したんだろうな!」


 狸耳の医者は、イヒトの様子をいぶかしげに見ながら月山へと問いかけた。


「彼、どうしたの?」


 月山が応じる。


「一ノ井さんは、リィズリースさんの発見者なのですが……どうも、自動人形だと思いこんでいるようなんです」


「ああ、なるほど。ま、宝くじに外れたようなもんだもんねえ。ご愁傷様」


 そのデリカシーのない言葉に、月山は眉をひそめた。


「先生」


「おっと、当人の前で言う話じゃないかねえ。ははははっ」


 狸耳の医者は、悪びれず笑うばかりだった。月山はため息を吐き改めて問いかける。


「念のためお聞きしますが、検査の結果は?」


「異常なしですねえ。冷凍焼け(後遺症)もなさそうだし、健康そのものと言っていいでしょう」


 狸耳の医者の答えに、イヒトは一瞬絶句した。


「記憶の混濁は見られますが、これは氷解者にとって避けられないものですし――」


「……っ! じ、冗談だろ?」


 淡々と続ける狸医者の言葉を遮るように、イヒトは叫ぶ。


「生化学検査にCTまでクリアできる自動人形がいたら、そりゃもう人間とかわらないんじゃないかねえ」


 だが狸耳医者は、そう言ってただ笑うだけだった。


「なんならCTの画像でも見るかい?」


 本気で画像を見せようと端末をいじり始めた狸医者。それを、月山が注意する。


「先生……無断で見せるのはいかがなものかと」


「おっと、こういうのすらセクハラに当たるんだっけ? はははっ、中身なんかで興奮する人もいないと思うけどねえ」


 そう言って、狸医者は再び二人に向き直った。


「ま、納得できないってんなら『押印』もする? 免疫増強印くらいは押しておいたほうがいいだろうしねえ」


 その言葉に、リィズリースは小首をかしげる。


「免疫増強のための薬品を()()のですか? 打つ、ではないのでしょうか?」


 狸耳医者は肩をすくめ、軽い調子で説明を始めた。


「人造印ってのは、まあ、魔法のハンコみたいなもんだよ」


 そう言いながら、狸医者は手際よく判子のような器具――印器(スタンパー)を取り出し、リィズリースに見せた。


「これを体にポンと押すと、皮膚に印影が浮かび上がる。すると人間に秘められたスーパーパワーがあふれ出てくる、ってわけ」


 狸耳医者は、得意げに印器を操りながら続けた。


「まさに魔法みたいでしょう?」


「魔法、ですか」


 リィズリースはその言葉をかみしめるように、静かに呟いた。


「ま、心配することはないよ。右腕出してね」


 狸耳医者の指示に従い、リィズリースは右腕を差し出す。


「お、押せるはずないだろ。だって人造印は――」


 なぜか焦った様子のイヒトが声を上げるが、狸耳医者は淡々と続けた。


「はいはい、わかったから。ちょーっと熱く感じるだけで、痛くないからねー……っと」


 そう言いながら、狸耳医者は印器をリィズリースの右腕に押し当てた。イヒトは、食い入るようにその様子を見つめる。


 しばらくして、印器を離すと、リィズリースの右腕にはくっきりと印影が浮かび、淡い光を放っていた。


 狸医者は満足げに声をかける。


「はい、終わりと。どうかな?」


「――なるほど。()()()()()()()。人造印とはこのようなものでしたね」


 そう呟きながら、リィズリースは興味深げに自分の腕に浮かぶ印を見つめた。


「おや、それはいい傾向だ。大体二週間くらいは持つから、様子を見て――」


 二人の様子をただ呆然と見つめるイヒトに、月山が冷静な声で問いかける。


「どうですか、一ノ井さん。これでもまだ、リィズリースさんを人形だと言いますか?」




以下はキャラクターの参考画像です。




・財津

挿絵(By みてみん)

・狸耳の医者

挿絵(By みてみん)

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