第29話 本業は狩人ですから
撮影を終えたストライのワゴンが、廃墟だらけの荒野を走っていた。
運転席でハンドルを握るミワクは、ため息をつきながらバックミラーをちらりと見る。
後部座席では、チミツが鋭い眼差しでリィズリースを質問攻めにしていた。
「それじゃ、AI制御の割合を極端に――」
「通信が改善された以上――」
「確かに、単純なPID制御の方が――」
延々と続く専門用語の応酬に、ミワクの忍耐は限界を迎えた。
ついに後ろへと振り向き、いら立った声を上げる。
「ちょっとおチミ、そのオタク会話やめてってば! わかる言葉で話しなさい、っていつも言ってるでしょ!」
会話を遮られたチミツは、呆れたようにため息をつき、皮肉げに言い返す。
「ミワに合わせてたら、音楽とファッションの用語しか使えませんよ」
「最高じゃないの。是非そうしなさいよ」
ミワクはあっさりと肩をすくめ、今度はリィズリースに声をかける。
「アンタも悪いわね。撮影手伝ってもらった上に、おチミのお守りまでさせちゃって」
「いいえ。こちらこそ貴重な経験をさせてもらいました」
「誰がお守りされてるってんですか!?」
チミツの抗議をさらりと聞き流しながら、ミワクは続ける。
「その調子で、次の時もおチミをサポートしてあげてよ。……っていっても、今日はもう終わりかもしれないけどね」
「本日は、ミワクさんの撮影のみで終わりなのですか?」
リィズリースが尋ねると、ミワクは頷いた。
「おチミは裏方だし、マトモのは運が絡むからねー」
「運ですか」
「そっ。今日は釣れるかしらねえ」
ミワクは荒野をぼんやり眺めながら、ハンドルを小さく叩いた。
◇
荒野の展望台に、二つの人影。
その視線の先には、砂煙を上げながら走る二台の車両があった。
仮面をつけた者は延々と喋り続け、ラルは顔をしかめながら、ただ黙って聞いていた。
「知っているか? あのワゴン、実は三代目でね。二代目はもっとシートが硬くて、移動中それはそれは車内の空気が悪かったそうだよ。ほら『勝てば賊軍』のMVにも――」
「もういい」
そんな仮面の言葉を、ラルはいらだちを露わに遮った。
「お前がストライとやらに熱狂しているのは十分わかった。いい加減、本題に入ったらどうだ」
だが、仮面の者は肩をすくめ、おどけた調子で返す。
「熱狂など。ただのしがないファンの一人さ」
その飄々とした態度に、ラルの眉間の皺はますます深くなった。
だが、仮面の者はくすりと笑い、言葉を続ける。
「待ち合わせより早く来たのは、あなたの方だろう?」
「約束の時間はとうに過ぎている」
「そうだったか? ま、正確な時刻がわかるわけじゃないんだ。そこは我慢してくれ」
剣呑な空気をまとい続けるラルとは対照的に、仮面の者は肩をすくめながら、再び遠くの景色へと目を向ける。
そして、ふと、何かに気づいたように視線を動かし――
「――ほら、そろそろおでましのようだ」
◇
突然、ワゴン車の中に、ドン! という 大きな音が響き渡った。
リィズリースだけが反射的に上を見上げる。
屋根に立つマトモが、勢いよくワゴンを踏みつけた音だった。
「二時の方向! 一瞬見ただけど、かなりデカそうよ!」
上から叫ぶマトモは、じれったそうに足で屋根をバンバンと打ち鳴らす。
「ああもう、マトモうるさい! それやめてって言ってるでしょ!」
顔をしかめながらも、ミワクはすぐにハンドルを切り、マトモの指した方角へ向かう。
「何か見つけたのですか?」
リィズリースが問うと、ミワクは何でもないことのように答えた。
「釣れたのよ」
チミツは無言のまま、静かにドローンの準備を始める。
ストレートライトは狩人である。
アーティストじみた活動も重要ではあるが、本業は狩猟だ。
クリーチャーをぶっ倒し、その素材を売りさばく――それが生業である。
「やっぱり、狩りしてなんぼよね」
マトモは一人ごちた。
ストライが全世界に映像を公開しているのは、決して伊達や酔狂ではない。
崩壊後を生きるすべての人間にとって、クリーチャーは恐怖の象徴だ。
それを、かっこよく、バタバタとなぎ倒す――最初はただ、それを見せたかった。
より多くの人々に見てもらうため、活動は変化していった。
だが、根底にある信念は変わらない。
チミツは眼鏡型デバイスを装着し、一人称視点ドローンを起動。
すぐさま現場へと急行させる。
「南東約五百メートルに、森林化した廃墟群……遺跡指定はなし」
運転席のミワクがハンドルを切りながら答える。
「あそこか。近いけど、迂回するから少しかかるわね」
「標的は?」
「いま探してます」
チミツがドローンの映像に集中していると、ミワクが視線を向ける。
「こっちにも映像見せてよ」
少しためらったが、チミツはため息をついておとなしく従った。
「……映像、送ります」
車内のモニターに、ドローンの映像が映し出される。
上空から廃墟群を旋回し、クリーチャーの姿を探している――が、見た瞬間、案の定ミワクが口を挟んできた。
「アレじゃないの? 違う、そっちじゃなくて右よ、右。ちょっと、行きすぎ! そのでかい建物の裏とか……もう、じれったいわね!」
「あーっ、うるさい! 手元が狂う!」
こうなるから映像を見せたくなかったのだと、チミツはイライラしながら、ドローンの操作を続けた。
「今、動いたのではないでしょうか」
最初に気づいたのはリィズリースだった。
チミツが即座にカメラを向ける。三階建てのビルの隙間、そこに巨大な影――
一瞬、建物と見間違うほどの巨体が揺らめいた。
「でかいですね……体高約十一メートルだそうです」
分析結果を見ながら、チミツが冷静に告げる。
「わぉ。久々の大物ね」
ミワクが思わず声を上げる。
「四足歩行なようですが、ただの獣型には見えません。合成獣でしょうか」
チミツは慎重にドローンを接近させ――
「……っ!」
影が振り向いた。瞬間、モニターがブラックアウトする。
「なによ、壊れたの?」
「――電波障害ですね。タイミング的にコイツのでしょう……多分機械化してます」
「うわ、メンドくさ」
「生体ベースじゃないだけ、マシだと思いましょう」
チミツは眼鏡型デバイスを外し、ため息をつく。ミワクも露骨に顔をしかめた。
「機械化したクリーチャーとは、それほど厄介なのですか?」
リィズリースが問いかけると、チミツが説明する。
「電波障害をはじめ、様々な特殊機能を有する場合があって、とにかく予測しづらいんですよ」
ミワクもうんざりした表情で同意する。
「せっかく狩っても、獣型よりリターンも少ないし――」
叫び声が響いた。
「私たちが見つかったのでしょうか」
リィズリースが尋ねると、ミワクは肩をすくめる。
「まさか、まだ距離はあるわ。おやつの時間なんでしょ」
機械化されたクリーチャーは好戦的で、ただの獣型に比べて引くことを知らない。
狩猟時の損傷率も失敗率も高くなる。
そんな奴を相手にするというのに、車内はどこか落ち着いていた。
「それより、せっかくの大物なんです。気合入れて撮りますよ。ミワ、カメラの装着をお願いします」
チミツがカメラを取り出すと、ミワクはげんなりと顔をしかめた。
「げぇ、最悪。まーたそのクソダサカメラつけなきゃいけないわけ?」
ミワクが嫌がるのも無理はない。
長い棒を肩から生やし、その先に全天候型カメラをつける――どう見てもスタイリッシュとは程遠い。
本当はヘルメット装着の方が楽なのだが、ミワクは断固として拒否していた。
「しょうがないじゃないですか、有線ドローンや望遠撮影だけじゃ限界があるんです」
チミツは淡々と続ける。
「お願いしますよ。どうせ、ミワ向きの相手じゃないでしょう?」
「……はいはい、わき役に徹すればいいんでしょ」
ミワクはうんざりした様子でアクセルを踏み込んだ。
緑に覆われた雑居ビルと、住居の廃墟群が迫ってくる。
「そろそろいいわよね!」
突然、待ちきれないとばかりに、マトモが走行中の車から飛び降りた。
「ちょっと!」
「あとよろしくっ!」
チミツの叫びが届く間もなく、マトモはビルの影へと駆け出していく。
ワゴンが遅れて停車するが、すでにその姿はどこにもない。
「……ああもう、絶対カメラの電源入れてないですよ」
「言っとくわよ」
ミワクは深く息を吐くと、カメラを肩に装着し、狩りへと向かった。




