第28話 ダイエットはまず骨格から
展望台の静寂を破るように、仮面の者の背後に金髪碧眼の男――ラルが立っていた。
「何を企んでいる」
低く鋭い声が、風の音すら届かぬ沈黙を切り裂く。
仮面の者はゆっくりと振り返った。
その真っ白な仮面の奥からは、どこか楽しんでいるような気配が漂っていた。
「貴方とこの景色を楽しみたかった――そう言えば信じてもらえるかな?」
おどけるように言い放つその態度に、ラルの目が細まり、鋭い視線が突き刺さる。
「御託はいい」
吐き捨てるような一言には、あからさまな怒りが滲んでいた。
だが、仮面の者はその反応すら楽しむかのように、静かに笑う。
「そう焦らないでくれ。まだ時間はあるんだ」
仮面の奥から漂うのは、何かをまだ隠している余裕。その曖昧な態度が、なおさらラルの苛立ちを募らせていた。
◇
廃虚では、MV撮影が進んでいた。
最初の撮影場所となったのは、廃墟から湖へと続く幅広い階段だった。
長年の風雨にさらされ、くすんだ石段の隙間には植物が生い茂っている。
その舞台で、ミワクは音楽に合わせ、激しく、そして優雅に踊っていた。
真っ青な空から降り注ぐ陽光が彼女の舞を幻想的に照らし、複数のカメラや照明を搭載したドローンが、その姿を逃すまいと追い続ける。
撮影のオペレーションはほとんど自動化されていたため、イヒトたちに課せられた仕事はごくわずかだった。
時折、ちょっとした雑用を頼まれる程度で、ほとんどは見学に近い状態だ。
せいぜい手持無沙汰なせいか、丹山が少々いらだっているくらいだ。
まるで先日の出来事をなかったことのように振る舞うリィズリースが、気に入らないらしい。
だが、もちろんその程度で撮影に支障はない。
そう。
撮影は順調に進んでいる――はずだった。
「ダメ、やり直し」
ミワクが映像を確認すると、即座に首を振った。
「ミワ……これで何度目だと思ってるんですか?」
監督のチミツがげんなりした表情でため息をつく。
「回数なんか関係ないわよ。アンタ、これ見ていいって言えるわけ?」
そう言って、ミワクは端末の画面をチミツの目の前に突き出す。
そこに映し出された映像には、ダンスが画角からはみ出していたり、ドローン同士が映像内に映り込んでいたりと、明らかに見逃せないミスが散見された。
「仕方ないじゃないですか! 何もかもボク一人でやってるんですよ!」
チミツが憤慨して言い返すと、ミワクは鼻で笑い、わざとらしい口調で真似をした。
「『完璧なシステムを組みました、ボク一人でも余裕ですよ』……って言ったの、アンタじゃないの?」
痛烈な指摘に、チミツは悔しそうに唸る。
彼は野外での撮影をすべて担うため、カメラや照明を搭載したドローンを駆使し、事前に綿密なシミュレーションを行っていた。
もちろん、実際の運用上でのトラブルも想定し、AIやフィードバック制御を活用して解決する――そのはずだった。
「テストでは完璧だったんです!」
チミツは叫んだ。
だが、現実はそう甘くない。
複数のドローンを群制御するのは、やはり容易ではなかった。
なにせ、用意されたドローンはすべて遺物の寄せ集め。
サイズもバラバラ、メーカーも違えば、製造年代すら統一されていない。
当然、搭載されているセンサーや飛行制御装置、通信規格もまちまちだった。
そんなものを無理に連携させているのだから、些細な環境変化にも影響を受け、制御がズレるのは避けられない。
チミツは苛立ちを押し殺しながら、その仕組みを説明しようとする。
しかし――
「あのねえ、失敗した理由なんて誰が聞きたいわけ? いいから、さっさと成功させなさいよ」
ミワクの冷たい一言が、チミツの神経を逆撫でした。
「~~~っ!!」
こめかみに青筋を浮かべながら、チミツが怒りを爆発させかけた、その時だった。
「少しよろしいでしょうか?」
不意に割って入った声に、その場の空気が一瞬凍る。
リィズリースが、静かに二人の間へと歩み寄った。
「何してやがる!」
丹山が即座に声を荒げるが、リィズリースはまったく意に介さず、穏やかに続ける。
「ドローンの調子が悪いようですが、何かお困りでしょうか?」
その言葉に、チミツはムッとし、ミワクは可笑しそうに笑い出した。
「ははっ、雑用の子にすら言われてんじゃない」
「うるさいですねっ! だから何だって言うんですか!」
チミツが声を張り上げるが、リィズリースは淡々と告げる。
「もしよろしければ、直させていただいてもよろしいでしょうか?」
思いもよらぬ提案に、ミワクとチミツは一瞬ぽかんとする。
「騙されないでください! そう言って壊すつもりですよ、こんな奴!」
丹山が再び声を荒げるが、ミワクは肩をすくめ、軽く手を振った。
「うるさいわよ、ニャー助。で、なに。アンタ直せるの?」
問いかけるミワクに対し、チミツは即座に否定する。
「ばかばかしい。この場でそんな簡単にいくなら苦労しませんよ」
その言葉に、ミワクがニヤリと笑う。
「いいじゃない、やれるって言うならやらせれば。それともなに? 自分じゃできないのに解決されるのが悔しいってわけ?」
「ハァ!? 何ですかそれ!? ボクがいつそんなこと言いました!?」
ムキになって言い返すチミツ。それを見たミワクは、ますます楽しげに笑う。
「アハハ、図星じゃないの」
チミツの額から、何かが切れる音がした。
「いいですよやってみてくださいよ! その代わり、できなかったらタダじゃおきませんからね!」
ビシッと指を突きつけるチミツに、リィズリースはにっこりと微笑み、静かに頷いた。
「わかりました」
チミツが怒り心頭で立ち尽くし、ミワクがケラケラと笑い、丹山が鋭い視線を向ける中――
リィズリースはただ淡々と、ドローンと端末をいじり始めた。
作業は、ものの数分で終わった。
再撮影は、たった一度で成功した。
シミュレーション通りに収められた映像を確認し、ミワクは満足げにうなずいた。
「ばっちりね」
一方、チミツは信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「……っ!! こんなのあり得ません!」
その驚愕を楽しむように、ミワクはリィズリースを振り返る。
「リィズリースって言ったわよね。このおこちゃまに、どうやったのか説明してあげてよ」
リィズリースは静かにうなずき、淡々と説明を始める。
「今回の群制御において最もネックとなっていたのは、異なる通信規格でのプロトコル変換における遅延でした。それを――」
「あー、そういう難しいのやめて。もっと誰にでもわかるように言ってよ」
ミワクの言葉にリィズリースは少し考え、簡潔に言い直した。
「外国人との会話において、翻訳作業がネックになっていました。その外国人に日本語を教えたので、通訳する手間が省けました」
「ふーん、なるほどね」
ミワクは、わかったような、わかっていないような顔で頷いた。
だが、チミツはそうはいかなかった。
「通訳の手間って……! 通信遅延は物理的な問題なんですよ!? そんな簡単にいくわけ……ソフトウェア上でどう処理しようが、解決できるはずないでしょう!」
「はい。ですからまず、すべての機器における通信規格を統一しました」
その瞬間、チミツの表情が怒りから戸惑いへと変わる。からかわれたのかと最初は苛立った。だが、次第に顔色が青ざめていった。
慌ててドローン本体をチェックするが、外装にはこじ開けたような痕跡は見当たらない。
当然だろう。
チミツ自身、作業中のリィズリースを細かく監視していた。
端末をいじっていたのは確かだが、それもアプリの設定を変更しているようにしか見えなかった。
ドローン本体にはほとんど触れていない。
ましてや、チミツ自身を超える改善を行ったとしても、それはソフトウェア部分のみに限られる。
本来なら、通信規格の完全な統一には、ハードウェアの改造が不可欠なはずだ。
だが――。
チミツは震える指で端末のログを開いた。
そこには、通信遅延が劇的に改善されたという、紛れもない事実だけが残されていた。
「なによ、青い顔しちゃって。なんか壊されたわけ?」
「違いますよ……でも、こんなのめちゃくちゃです」
「なにがよ」
チミツはミワクにも伝わるよう、慎重に言葉を選ぶ。
「……服のサイズが合わないからって、身体の方を変えたようなものなんです」
「ただのダイエットじゃない」
「……」
大げさね、と肩をすくめるミワク。チミツはそれ以上の説明をあきらめた。
チミツは言葉を失い、恐れすら感じながら、リィズリースを見つめた。
少し離れた場所で、マトモとイヒトがその様子を見ていた。
「あの子、なに者?」
「知るかよ。お前が雇ったんだろ」
どういう経緯かは知らないが、この場にいる以上、マトモが許可を出したのは確かだろう。
「イヒト君に助けられた氷解者だ、って話は聞いてるわよ」
「じゃ、そうなんだろうな」
イヒトはとぼけたように鼻を鳴らした。
「ふーん。やっぱりいいわね、イヒト君の周りって」
マトモはただ、面白そうに笑っていた。
イヒトはただ、舌打ちをした。
第二章の終わり、いったん区切りをつけられるところまで書きあげました。
明日から、推敲ができる日は一日二回投稿出来たらと思っています。よろしくお願いします。




