第22話 理解はしたが、納得したとは言ってない
ホンゴウリサイクル。
勝手知ったるはずの店内で、本郷ホカゼは妙に緊張していた。
イヒトやサク、リィズリースがいるのは別にいい。仕事をしているところを見られるくらい、なんてことはない。
でも――
目の前には、じっとこちらを見つめる長身の男――ラルがいた。
イヒトたちが連れ帰り、廃材を持ち込んだその客は、ラルと名乗った。
金髪碧眼で、背が高くて、ホンゴウリサイクルみたいな雑然とした店には、全然似つかわしくないくらいかっこよかった。
まるで、昔の映画に出てくる外国人スターみたいだな、とホカゼは思う。
だから、見せるのが少し怖かった。
「これくらいになっちゃいますけど……」
ホカゼはおずおずとカウンターへ電卓を差し出した。
そこに表示された数値を見て、ラルは眉をひそめる。
「ご、ごめんなさい」
反射的にホカゼが謝ると、ラルは手を軽く上げて制した。しかし、その表情には明らかに不満が残っていた。
「えっと、決して買い叩いたわけじゃないんです。でも、直接プラントに持ち込むよりはどうしても……」
「いや、いい。わかってはいたんだがな」
言葉では理解を示しながらも、ラルの渋面は崩れない。
ホカゼは申し訳なさそうに縮こまるしかなかった。
「これが遺物、か」
ラルは自身が持ち込んだガラクタの山を見つめ、低く呟いた。
「遺物ってのは『市域外から持ち込まれた、現在も利用価値があるとされるもの』だからな」
冷ややかに言い放ったのはイヒトだった。
ラルはため息混じりに肩をすくめる。
「今まで多くの都市を訪れたが、こんなガラクタを遺物商に持ち込んだのは初めてだな」
「文句があるならお帰りいただいてもいいんだぜ? そのガラクタなら、こっちで処分しておいてやるからよ」
イヒトが軽く鼻で笑うが、さすがにその言い草はまずかった。
「イヒトさんっ!」
ホカゼが慌てて口を挟む。
イヒトは肩をすくめるだけだったが、ラルの表情は険しさを増していた。
納得いかないかと問われれば、そうに決まっているのだろう。
市域外から持ち込まれた、現在も利用価値があるとされるもの――
それが遺物の定義だった。
この線引きは世界復興支援機関の指針に基づいているが、実際の運用は各国や各都市、さらには担当者の裁量に大きく左右される。
ラルの顔には、その実態への不満がにじみ出ていた。
「小秋じゃ、これが普通なんだよ」
イヒトが冷めた口調で言い放つ。
だが、ラルは眉をひそめ、納得する様子はない。
イヒトは小さくため息をつき、話題を変えた。
「狩協って知ってるか?」
「狩猟協同組合。この国のクリーチャー狩猟を地域単位で統括する組織だ」
「どう思った? 他と比べてここのはよ」
「クリーチャー愛護団体にでも迷い込んだのかと錯覚したな」
皮肉めいたラルの言葉に、イヒトは小さく笑い声を漏らす。
「ま、あながち間違っちゃいねえよ。そうでもしないと狩りつくされちまうからな」
「それの何が悪い」
「悪いさ、それで食ってるんだから」
ラルの眉間に、再び深い皺が刻まれる。何か言い返そうとした、その時だった。
「えっと……小秋市は狩猟で知られてるんだっけ? ストライとか、有名な狩人もいるよな」
様子を見守っていたサクが、少し戸惑いながら口を開いた。
「小秋市は、クリーチャー狩猟自体が産業として成り立つ数少ない都市だって聞いたことがある。そのおかげで狩人のレベルも高いんだって」
どこかフォローするように、サクは続ける。
「ほら、小秋のあたりはまだ安全だって評判じゃん。その質を維持するためなら、計画狩猟も仕方ないんじゃないかな」
その説明に、ラルはようやく理解を示したが、その表情は険しいままだった。
「……狩猟についてはいいだろう。で、ガラクタが遺物になるのとどう関係するんだ?」
ホカゼは困ったように口を閉ざし、イヒトもだんまりを決め込んだ。
リィズリースは特に興味がないのか、ただ微笑んでいる。
そんな中、サクだけが少し考え込み、口を開いた。
「……もしかして、単に遺跡発掘が狩猟より軽んじられてる、とか?」
どこか自信なさげなその推測に、ラルは「そんな馬鹿な」と首を振る。
しかし、イヒトはふっと笑い、肩をすくめた。
「そうだと言ったら?」
ラルの表情が険しくなる。
「ばかばかしい。狩猟と遺物発掘は役割が違う。どちらかを疎かにしていい理由にはならないだろう」
「残念。そうでもないんだな」
イヒトは鼻を鳴らし、嘲るように言った。
「この町の連中はな、遺物という名のゴミを漁って小銭を稼ぐ奴らが大嫌いなんだよ」
その言葉と共に、自嘲するように笑うイヒト。
ホカゼは、ただ黙って俯いていた。
場に漂う重い空気に、ラルも口を閉じる。話はそれで終わりだった。
「で、決めたか?」
イヒトが、買取承諾書を表示した端末を振ってみせた。ラルは短くため息をつき、渋々とサインをする。
金を支払う側のホカゼが、何度も頭を下げていた。
「ここではクリーチャーを買い取っているのか?」
金額を確認したあと、ラルがふと尋ねた。
「えっ……? えっと、それはちょっと……」
ホカゼは困った顔で言葉を濁す。
「お前、人の話聞いてたか? 狩猟は狩協の管轄だって言ってんだろうが」
イヒトが呆れたように言った。
「そうか。路銀は、クリーチャー退治で得ていたのだがな。やはり、狩協に行くしかないか」
ラルの言葉に、イヒトは冷たく言い放つ。
「無理だろ。生体型の多い区域すら、きっちり予定が組まれてんだ。よそ者の入り込む余地なんかねーよ」
元狩人のイヒトは、ただ淡々と世知辛い事実を述べる。
「とっとと、小秋を離れるこったな」
突き放すようなその言葉には、忠告の意も含まれていた。
だが、ラルはそれでも首を横に振る。
「約束がある。しばらくは滞在が必要だ」
「あっそ」
イヒトは肩をすくめ、さじを投げるように言った。
その時、じっと考えていたホカゼが口を開いた。
「あの……クリーチャー退治をされるなら、体を動かすのは得意ですか?」
「人並み以上にはできるつもりだ」
「もし、よかったらなんですけど……お仕事を紹介しましょうか?」
ホカゼの申し出に、ラルとイヒトは同時に顔を上げた。予想外の提案に、二人の視線が彼女に集中する。
「うち、もともとはリサイクルショップじゃなくて……仕事の斡旋なんかも請け負ってたんです」
三年前までは、そうだった。
本郷復興調査事務所――かつては小規模ながらも活気にあふれていた。
この場では、イヒトとホカゼだけが鮮明に覚えている。
あの日までは――
「最近、伝手をあたっていたところなんです。イヒトさんも、一緒にどうかなって」
ホカゼはちらっとイヒトに目を向けると、少し早口になりながら続けた。
言い終えると、二人の反応を伺うように視線を動かす。
ラルは少し考え、冷静に答えた。
「内容次第であるにしろ、ありがたい申し出ではあるが――」
そう言いながら、ラルもまたイヒトの方を見やる。
だが、イヒトはホカゼに向き直り、きっぱりと言い放った。
「だめだ」
ホカゼは一瞬、驚いたように肩を揺らしたが、それでも食い下がった。
「仕事の斡旋だけなら大丈夫でしょ?」
「それだけで済ませる気じゃないだろ。今再開したらどうなるかくらい、わからないか?」
「まだ先の話だよ。その時には大丈夫になってるって」
「三年たっても、この状況だぞ」
「うん。三年かかって、やっと斡旋業を再開できるくらいにはなったの」
二人の間にだけ伝わる言葉のやりとりを、ラルたちは黙って見守っていた。
イヒトは強く否定するが、ホカゼも引かない。沈黙が漂う。
そして、ホカゼは静かに言った。
「お父さんも、いいって言ってくれたんだ」
「――ホウさんが?」
「……私の好きにしろって」
しばらくの間、二人はじっと見つめ合う。
サクとラルは、ただ成り行きを見守るしかなかった。
サクは特に落ち着きがなく、視線をキョロキョロさせたり、耳を触ったり、とにかくじっとしていられない様子だった。
やがて、イヒトはふっと息を吐き、諦めたように言った。
「わかった」
そしてラルを見据え、努めて偉そうに言い放つ。
「おい、ホカゼが仕事をくれてやるってんだ。ありがたく思えよ」
「受けるかどうかは内容次第だと言っただろう」
「あぁ? えり好みできる立場かよ」
ラルとイヒトは再び睨み合う。しかし、先ほどまでの緊張感はどこか和らいでいた。
「あの、たぶん工事現場みたいな力仕事が多くなっちゃうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
ホカゼが遠慮がちに問うと、ラルはすぐに答えた。
「問題ない。得意分野だ」
ホカゼは少し安堵しつつ、仕事の内容を説明し始める。
話を聞いていたサクが、ふと顔を上げた。
「せっかくだから、オレもいいかな?」
「あぁ!? お前な、ガラの悪い奴しかいねえような現場だぞ!」
イヒトが驚いたように声を上げるが、サクは気にする様子もなく、にこやかに言う。
「その、キツイ仕事も多いんですけど……」
「大丈夫だって。少しでも金稼いでおきたいんだよ」
ホカゼの心配をよそに、サクは明るく言う。
イヒトはそれでも反対を続けたが、結局、本人の意思を尊重せざるを得なかった。
ラルは「明日の朝、もう一度訪れる」と約束し、その場を後にした。




