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第18話 変わらないこと




 夜、イヒトの自室。


 イヒトはベッドに横たわりながら、携帯性と丈夫さだけが売りの電子ペーパー型端末を広げた。


 だが、その顔は険しい。

 小秋市の求人サイトには、ろくなことしか書かれていなかった。


「経験不問」「誰でもできる」「時間自由」「アットホーム」――耳障りのいい文句ばかり並ぶのは、いつの時代も変わらないらしい。


 かろうじてクトリから得たアドバイスを思い返す。

 こうした求人情報は、書かれていないことにこそ目を向けるべき――らしいのだが、もちろんイヒトには、さっぱりわからなかった。


 狩人一筋だったイヒトは、幸か不幸か、それまで求人情報なんて見る必要がなかったのだ。


「……チッ」


 小さく舌打ちし、イヒトは端末を枕元に放り投げた。


 別に食っていくだけなら何とでもなる自信がある。でも、それだけではダメだ。

 落とし前は、きっちりつけないといけないのだから。


「財津をぶん殴ってしまいなら、楽なんだがな」


 短気を起こすわけにはいかない。


 少なくとも今は――




 ノックの音が響いた。




「開いてるぞ」


 ベッドに寝そべったまま、イヒトは入室の許可を出した。

 サクが扉を開け、遠慮がちに顔をのぞかせた。


「よう、ちょっといいかな」


 イヒトは少し驚きつつ、入るよう促すと、リィズリースまでついてきていた。


 戸惑うイヒトだったが、話を聞けば何のことはない。

 サクたちの部屋には、まだネット環境が整っていなかった。それで、イヒトの部屋に来ただけだった。


「ちょっと、ネットだけ貸してくれよ。邪魔はしないからさ」


「別に、好きに使えばいいけどよ」


 イヒトがそう言うと、サクは床にあぐらをかき、スクロール型端末をいじり始めた。


 その端末はボールペンほどの本体から、巻物のように画面を引き出す、崩壊後に主流となっている機種だ。

 こんなところでもあおい市民らしさを見せるサクは、家族などへの連絡を済ませたいらしい。


 一方、リィズリースは壁際に立ったまま、昔ながらの板型端末を操作していた。

 ホカゼのお古を譲り受けたのだという。

 百年以上前から大して進化のないそれでも、小秋市内の限られたネットを閲覧するには十分だった。


 リィズリースは特に不満もなさそうに、指と視線だけを淡々と動かしていた。


 二人に触発され、イヒトは再び端末を手に取る。

 ぼんやり求人サイトを眺めはじめたが、もちろん先ほどと何一つ変わっていなかった。

 五分ほどで、早々に飽きがきた。


 イヒトは寝そべったまま首だけを持ち上げ、本来この部屋にいないはず二人を見やる。

 リィズリースは変わらず端末に集中しているが、サクは何やら唸っていた。


「……どうかしたのか」


 イヒトが声をかけると、サクはぽつりとつぶやいた。


「ああいや。たいしたことじゃないんだけど……なんか、忘れてる気がするんだよなー」


 悩ましげな表情。

 しかしイヒトは、どこか他人ごとのように受け流す。


「そりゃ、百年以上も寝てりゃ記憶も薄れるだろ」


「そうじゃなくて、もっと最近のことなんだけど……んー」


 サクはさらに深く考え込むと、眉をひそめた。

 そしてまた「うんうん」と唸る。

 そのわかりやすい仕草に、イヒトは目を細める。


 ――どう見てもサクだ。


 そう、イヒトは思う。

 普通、ガキの頃の記憶なんか曖昧だろう。断片的であてにはならない。


 だが、感情が態度にそのまま表れるところも、よく言えば人懐っこく、悪く言えばなれなれしいところも。


 どこを切り取っても、イヒトにはサクにしか見えなかった。

 ただ一つ違うのは――


「なんだよ」


 じっと見つめていたイヒトに気づき、サクが抗議するような、それでいてどこか不安げな声を上げた。


 イヒトは一瞬、言葉を飲み込む。


 ――お前を疑ってるんだよ。


 ……などと、まさか言えるわけもなかった。

 その沈黙の間に、サクが「あ」と小さく声を漏らした。


「えっと……()()か?」


 サクはおそるおそる、自分の尖った耳先に触れた。


「いや、そりゃそうだよな。オレもビビったんだけどさ。まさか起きたら亜人なんてのがいて、しかも自分がそうなってるなんて思わないじゃん」


 突然、早口になった。

 声が少し上ずっていた。


「あ、でもさ。冷凍睡眠状態で変異現象の影響を受けたってのは、結構事例があるみたいなんだよ。笑っちゃうよな」


 イヒトは言葉には反応せず、ただ髪をかき上げると、記憶を手繰り寄せるようにぽつりと言った。




「『なんだ、イジメられっぱなしかよ。ダッセー奴だな』――だったか?」




「――は?」


 サクの表情が凍りつく。


 まるで、イヒトの言葉が理解できないとでも言いたげに。

 だが、その困惑が別の感情へと変わる前に、イヒトは畳みかけるように言葉を続けた。


「お前が言ったんだろ。違ったか?」


「……あっ」


 イヒトのため息交じりの声を聞いて、サクの記憶の奥底で何かが弾けた。


「……そう言うお前は『いつもボコボコにされてるチビに言われたくねーよ』だったよな」


 二人の視線が交差した。

 次の瞬間、ふっと笑いがこぼれた。


「覚えてたのかよ、イヒト」


「忘れるわけねーだろ。よくもまあ初対面で言ってくれたよな」


 イヒトはニヤッと笑って続ける。


「で、今度はどいつをぶん殴りに行くんだ?」


「はっ……?」


 イヒトが茶化すように言うと、サクは一瞬間を置き、ようやく真意を察した。そして、慌てたように否定する。


「いや、行かねえよ! ガキのころみたいなイジメなんてねーから!」


「なんだ。さすがにもう、やられっぱなしじゃないか」


 イヒトが軽く言うと、サクは再び耳に触れながら、ポツリとつぶやいた。


「いや、表立っては本当に大したことないんだよ。……ただ、()()を見せてるとやっぱり、色々あるからさ」


 サクの言葉に、イヒトは鼻を鳴らして笑う。


「亜人な程度でガタガタ言うかよ。クトリの奴だって()()なんだぞ」


「え、マジ!? ……って、勝手にバラしていいのかよ!」


「いいんだよ、隠してるわけじゃねーし。それに、お互い様だろ」


 イヒトはそう言って肩をすくめた。


 サクは呆気にとられた後、ふっと笑い、目を伏せる。


「……悪かった」


 その言葉に、イヒトはぶっきらぼうに返す。


「お前が謝るようなことじゃねえだろ」


 サクはすっきりしたような顔で笑った。




「ん? でも……(コレ)じゃないならなんなんだよ?」


 イヒトはぎくりと体を震わせた。

 気まずさを誤魔化すように、慌てて言い訳を並べる。


「……俺が気になったのは、お前の学校のことだよ」


「学校? だから、なんともないって」


「そうじゃねえよ。一か月以上も休んでいいのかって話だ」


 イヒトはベッドから上半身を起こし、サクの方をじろりと見る。


 サクはあっさりと小秋市に残る決断をしたが、普通、いきなり一か月も帰れなくなれば、何かと問題が起きるはずだ。


「ちゃんとした学校に通ってるんだろ? 出席とか単位とか、どうすんだよ」


 だがサクは「ああ、そういうことか」と納得した顔を見せると、軽く肩をすくめた。


「それなら大丈夫だよ。おばさんも、学校も、事情を話したら納得してくれた」


 そう言って、サクは手元の端末を掲げて見せる。


「ネットがあれば、まあ当分は何とかなるよ。小秋市とあおい市は近いしな」


「お前……まさか、ここからリモートで授業を受ける気か? 都市間通信で?」


 イヒトの問いに、サクは笑って否定する。


「んなばかな。さすがに課題で済ませるよ。それに、通信費の請求もこっちに回してるから問題なし」


 サクは何でもないことのように言って、端末を勢いよくタップした。


「――げっ。このファイル、受信に一時間もかかるじゃん!」


 サクはお手上げだとばかりに両手をバンザイし、そのまま仰向けに倒れこんだ。


「一時間……って。お前、そんなファイル受信して大丈夫なのかよ?」


 イヒトは呆れたように問いかける。


「速度は問題ないよ。都市間にしちゃ十分速い。単にファイルサイズがさあ」


「そうじゃなくて、金……」


「これくらいなら平気だって。予算の範囲内」




 この時代のネットワークは歪であった。


 都市間を結ぶケーブルは荒野を通さねばならず、クリーチャーが跋扈するその環境では維持も修理も容易ではない。


 それでも金をかけて繋がるならまだマシ。


 広域ネットから隔離された「電子の孤島」も少なくない。

 当然、都市間通信の費用は都市内のそれとは比べ物にならないほど高額だった。




「ったく……」


 イヒトはサクを横目に、呆れたようにぼそりとつぶやいた。




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