第14話 最後くらいカッコつけさせてあげてよ
「本日付で、除名となります」
資源管理課主任、月山ツカサは、冷静な口調で告げた。
小秋狩協。
三階、ロビー。
イヒトは一瞬、言葉を失った。
徹夜で警察の取り調べを受け、朝一番に狩協に呼び出されて――この宣告だ。
――月山と顔を突き合わせるのも最後になるのか。
そんな場違いな考えが、頭をよぎった。
「ちょっと待てよ月山……さん!」
当然、イヒトは反論しようとするが、
「忠告はされていたはずです」
月山に一言がそれを制した。
イヒトは苦い表情を浮かべる。確かに、次に騒ぎを起こしたらクビだと警告されていたのは事実だ。
だが、簡単に受け入れられるものではない。
貧血気味で重い頭を無理やり働かせ、イヒトはなんとか抗おうとする。
「こっちにだって事情が――」
「誘拐された方々を救出した話は聞いています」
イヒトの言葉を遮り、月山は続ける。
「放置されていた遺跡が悪用され、クリーチャーの違法飼育までされていたそうですね」
「そこまでわかってんなら……! あぁ!? 俺が嘘でもついてるってか!?」
イヒトは身を乗り出し、カウンター越しに詰め寄った。
だが、月山は動じず、深いため息をついて静かに言い放つ。
「一ノ井さんの言葉も、実力も、疑っていませんよ」
「じゃあ、なんだ!? アンタも警察と一緒で、独断で動いたのが気に入らねえってか!?」
警察にとがめられたことを思い出し、イヒトはさらに苛立ちを募らせる。
――んな悠長なことを言って、手遅れになってたらどうする気だったんだよ。
そう、言葉を続けようとするが、月山はゆっくりと首を振った。
「確かに、一ノ井さんの行為は褒められたものではないでしょう。ですが――個人的にはあなたの行いも、心根も、立派だと思います」
「え……?」
思いもよらない言葉に、イヒトは戸惑う。
月山が冷淡なだけの人物ではないとは知ってはいた。
だが、それでも普段は規律に厳しく、イヒトに対し冷ややかな言葉しか返さなかったはずだ。
それがまさか、こんな言葉を聞く日が来るとは――
イヒトの心中を知ってか知らずか、月山は続ける。
「やむを得ない事情があったのは理解しています。しかし――いま一度言いましょう。次に騒ぎを起こしたらクビだと、通告されていましたよね?」
「……だから、それは――」
なおも反論しようとするイヒトを、月山の鋭い視線が貫いた。
「数十件に及ぶ不法侵入。昨夜から、苦情が殺到しています」
「……っ」
イヒトは固まったまま、言葉を失った。
すべて事実でしかなかった。
イヒトの脳裏に昨夜のことが思い返される。
「失せもの探し」でリィズリースを探した。だが、この力では向かうべき方角しかわからないのだ。
だから、一度目的地を定めたら、直進するしかなかった。
その過程で侵入した建物は数知れず――
「警察は厳重注意で済ませてくれたようですが……」
月山は静かに言葉を紡ぐ。
「狩協ではこれ以上、一ノ井さんをかばいきれません」
その事務的な声の中に、わずかな憐憫が滲んでいた。
イヒトは、すとん、と崩れ落ち、椅子に体を預けた。
たまたま、後ろに椅子があっただけだった。
「はーっはっはっはっ!!」
唐突に、高らかな笑い声が場の空気を切り裂いた。
財津ザイコウの勝利の雄たけびだった。
「ざまぁみろ、一ノ井ぃ! ようやくお前のツラを見ずに済むと思うと、せいせいするわ!!」
資源管理課長である財津の口汚い罵りが、三階のオフィス全体に響き渡る。
フロアの反応は、まちまちだった。
大半の狩人も職員も、イヒトに対して冷淡な反応だった。
だが中には、財津の品の無さを嫌悪を覚える者や、わずかながらにイヒト同情する者もいた。
フロア中の様々な視線が注がれる中、財津は気にも留めず声を張り上げ続ける。
「二度と狩協の敷居を跨がせはせんからなあ! 狩協から、いや小秋市から、とっとと消え失せろ! この疫病神が!」
晴れやかな笑顔だった。
財津がこの除名劇に関与しているのは明らかだった。
いくらイヒトに過失があるとはいえ、動きが早すぎる。
つまり、今回の件がなくともいずれこうするつもりだったのだろう。
もちろん、それを早めたのは間違いなくイヒト自身だ。
遺跡の破損も、誘拐の救助も自分の意思でやった結果だ。イヒトに、後悔はない。
ただ、受け入れるしかなかった。
だが――
イヒトは静かに立ち上がり、財津へと歩き出した。
「な、なんだ……? 暴力でも振るおうってのかぁ!? や、やってみろ、今度こそお前は豚箱に――」
財津の言葉が、明らかに動揺で歪む。
イヒトは、一切の感情を消し去った目で財津をまっすぐにらみつけた。
「――逃げ切れると思ってんじゃねえぞ」
低く、抑えた声で、財津にだけ聞こえるよう囁く。
空気が、張り詰める。
その圧力に気圧され、財津は一瞬身をすくませた。
フロアは自然と静まり返る。
イヒトは深く息を吐いて振り向くと、そのまま歩き出した。
絶対にこのままでは終わらせない――そう背中が語っていた。
「まだ手続きがあります」と月山に引き留められるオチがつかなければ、それなりの画になっていたかもしれない。
月山に促され、イヒトは階下へと降りた。
そのまま窓口用自動人形に案内され、除名の手続きを進める。
言われるがままパネルに記入し、署名し、必要な手続きを淡々と済ませていく。
無駄な動きなく、黙々と。
人間を相手にするのとは違い、実にスムーズだった。
去り際、月山が一人見送りに来た。
「ったく、あっけないもんだな」
「そうですね」
イヒトが肩をすくめると、月山は素直に同意した。
「ああそうだ、引継ぎは――」
「こちらで済ませておきましょう」
「悪いな」
イヒトは短く答え、ポケットに手を突っ込んだ。
「……ま、なんかあったら連絡してくれ」
「そうならないよう、尽力します」
月山は頭を下げた。
イヒトは振り返り、歩き出した。
こうして、一ノ井イヒトは小秋狩協を去った。
◇
だれか一人欠けたところで機能不全におちいるようでは、まっとうな組織とは言えない――
理想論だが、それができれば苦労はしないと、どれほどの人間が思うだろう。
その点で言えば、小秋狩協はとてもマシな方だった。
組合員の一人二人が欠けたところで、業務は回る。
だから、イヒトが去った後もいつも通りの日常が続いていた。
三階のオフィスには、いつも通りの喧騒が満ちていた。
ロボットの合成音声、オペレーターの指示、端末を叩く音、狩人たちの文句。
大小さまざまな音が交錯する、変わらぬ日常。
職員同士の雑談もまた、その一つだった。
「課長ヤバかったですよね~」
「そうですね」
月山は、後輩である中野ナツキの言葉に、適切な相槌を返した。
何が「ヤバい」のか問いただしても、まともな答えは返ってこないだろう。
かといって黙っているのも、コミュニケーションとしては問題がある。
だから、ただ肯定するのが最適解だ――そう月山は判断していた。
「めっちゃうるさーって感じで。あれマジヤバいじゃないっすかー?」
「ええ、そうですね」
月山は再び最適な相槌を打つ。
他愛ない会話だが、止めるつもりはなかった。
社会性が低いと自覚している月山も、こうした会話の必要性は理解している。
生産性がないように思えても、こうした会話が人間関係を円滑にすることもある。
その程度には、月山にも理解があった。
それに、時折こうした会話から思わぬ情報が得られることも――
「でも~、一ノ井さんがいなくなるのって結構まずくないですかー?」
中野の言葉に、月山は手を止めた。
「……なぜ、そう思うんですか?」
軽く問い返しながら、月山は中野が単なる世間話を超えた、問題意識を持っていることに気づく。
普段はのんびりした様子の後輩だが、それなりに状況を理解しているらしい。
「だって、一ノ井さんって~、確かに『ゴミ漁り』とか言われて苦情も来てましたしー、めっちゃ嫌ってる人多かったですけどー……でもあれって、誰かがやんなきゃダメなん仕事ですよね~?」
「ええ――そうですね」
月山の相槌は、今度こそ本当に意味のあるものだった。
「そうですねー、って。どうすんですかー?」
中野はいつも通り間延びした調子で、しかし、まっすぐな目で問いかけた。
「何もしなければ、まずいでしょうね」
月山は静かに答える。
「じゃあ、何をするんですか?」
「そのための新事業なんでしょう」
「新事業? えー、何ですかそれ?」
「財津課長の、肝いりだそうですよ」
それ以上の情報は――おおよその予測はつくものの――月山も知らなかった。
話を打ち切り、中野に手を動かすよう促す。これ以上続けても得られるものはなさそうだった。
月山の頭には、イヒトが去った後に残る「穴」の大きさが、静かにのしかかっていた。




